選別~試験と会議~
……
~護たちの拠点・ドーム~
『私の名前はソラ。マモに絶対の服従を誓っているワン。私を含め、以下四十三名、よろしくお願いしますワン』
ソラはそう言うと、護に向きなおって跪く。突然の行動に、畏まられた本人は困惑する。打ち合わせではただの紹介だった筈だ。だというのに、いきなり服従を誓われても困る。
真面目な表情の裏に蕩けた笑みを幻視してしまい、手を取ることを躊躇ってしまう。
「…服従の誓いは要らない。俺はここで働いて生きてくれれば、それだけでいい。だから、立ってくれ。……やめるぞ。」
そう宣言して、跪くソラを立たせる。その際に彼女だけに聞こえる声で、一言だけ呟いた。
一瞬びくりと震わせて、立った後も尾をを元気に揺らしている。傍から見ると、護の言葉に感謝しているようにしか見えないので、性質が悪い。
「ソラ、下がっていいぞ。」
『…は~い。』
やはり、機嫌を隠せていない彼女がドームの後ろに下がっていった。
内心頭を抱えながらも、ボードを取り出して話を再開する。
「これからの予定について、説明する。」
護が取り出したボードには状況に応じて、書き込みと改良を重ねられており、絵だけだったものが、少しずつだが言葉でも書かれるようになった。例えば、養殖場でのサイクルの回数と魔物の強さの関係、砂防林の管理と、壁の修復のやり方などが言葉で示されている。
また、この拠点にいる面子は努力の甲斐があって、文字や計算ができるようになってきた。今は、子供たちに教えられるように、親を中心に教えている。
「まず、養殖場だが、東と北、鼠人と犬人がいる場所でも展開できるようにする予定だ。それに合わせて、農場も開拓する。やり方については、従来と変わらない。円滑にやっていくために、この場にいる者から、何人か向こうの拠点で、指導に回ってもらう。」
『つまり、副族長になるのかにゃ?』
副族長は族長が不在の時に、族長が持っていた権限を行使できる。ミゥやリーダーといった班長役が一番近い。何となくでやってきたところがあり、言動に影響力がある者がやっていた訳だ。
「ミゥやリーダーと同じ立場になると思ってくれて構わない。二人をよく見ている者は知っていると思うが、指示だけしてさぼれるわけじゃないからな。全体への指示を出しながら、自分も働いたり、考えて俺たちに相談したりする役だ。その分、特典は用意しようと思うし、望みがあるなら、できる限り叶えよう。」
『肉が食いたいワン!』
「なら、自分ができると証明してもらう。やる気がある者は?」
ほぼ全員が手を挙げた。やる気は充分だ。
それを一瞥した護はどう選別するかに話を移す。
「ここに、評価表がある。まず、ここで必要最低条件を満たしていない場合、失格だ。」
『ええー!!』
「はっきりに言っておくが、現時点での評価になる。もし、落ちたとしても、空きができたり、増えることもあるから、終わりじゃない。それにラーたちで基準を作成してもらった。そこに書かれている通りだ。」
護の指さした先には、評価基準がしっかり描かれている。読み書きや計算能力、後は、課題への取り組みの態度を、三段階に分けて評価している。
『いつの間に…』
『マモが鼠人たちを受け入れた頃にはできてたワン』
『え、そんな前から?』
そんなやり取りが聞こえる。この日になるまで、気づかなかった者もいるようだ。
「ということで、今から合格している者を呼んでいくから、呼ばれた者はこの場に残ってくれ。呼ばれなかった者は、いつもの作業に戻るように。」
手にある薄い石板に書かれた名前を呼んでいった。呼ばれる度に歓喜の声が上がり、呼ばれていない者の縋るような視線が護に刺さる。…合格者十名を呼び、全員がその場にいることを確認すると、「以上だ」と、締める。
落胆と不貞腐れる不合格者が出ていく。今日は、作業量が落ちるだろう。
「この場に残った十名からさらに、半分までに絞り込むため、二つのグループに分かれてもらう。ただし、内訳は、狩猟組、農場組から一人は絶対に入れて五名になるようにしてもらう。」
『どっちかのグループが選ばれるということかにゃ?』
「…そのグループは仲間でもあり、競争相手でもある。この五名ずつで、鼠人の拠点と、新しくできた犬人の拠点にそれぞれ向かってもらう。それから、やってもらいたいのは、この拠点で行われているような養殖場と農場の設置の段取りを上手く取ること。また、自衛できるようなシステムの構築だ。」
『ちょ、多すぎるし、無理なことが多いワン!』
「冗談だ。ただ、呑気なことは言ってられない。狩猟組の大規模化は、エルフとの衝突する可能性を高めてしまうし、ここで全員を養うには、養殖場と移動に限界がある。…防衛も似たようなものだ。だから、自給自足ができるような状態になるのが、一番だ。この問題に対して、それぞれ異なるリソースを利用して、上手く対処できた方を任命する。」
面接官なんてやったことがない護は、優秀な人材を選ぶ方法なんて分かるはずがなかった。ゆえに、自分では上手く人を選ぶことができない。
そのため、メイアたちの言を基に、必要最低限の能力と態度の基準を設定し、それを満たなかった者だけを外した。それからの選別は、実際にやらせて、目的の達成と人間関係の面を、評価してもらい、それで決定するつもりだ。
「試験期間は、今日を含めずに、七日。」
『短すぎるにゃ!』
「ああ。だから、しっかり何ができるのかを考えてくれ。まずは、仲間分けからだな…」
残った十人が分かれ始める。それを尻目に護は待機していたソラと鼠人の男族長、ネクへと向かった。
二人はにらみ合っていたようだが、護が来たことで、休戦し視線を外した。
「いがみ合うなとは言わないが、手が出た場合は罰するからな。」
『承知しているチュウ』
『罰~?』
ソラが体をくねくねし始める。それを無視し、護は続けた。
「彼らが円滑に活動できるように力を貸してくれ。それに、横暴な言動をし始めたら、容赦なく制圧してくれて構わない。俺が責任をもって処理する。」
『分かった~』
『…我らにはチャンスはないのですか?』
すぐに承諾したソラが、ネクを睨みつける。
確かに、ずっと過ごしてきた猫人と犬人の中だけの選抜だ。ネクたちの中で優秀な人材が埋もれている可能性を否定できないし、チャンスがないことに不満があってもおかしくない。
「済まないが、今回は選別に時間がなかった。それに、次回からは俺たちが選別する訳じゃない。今、基準や方法を定めている最中だ。完成したらそれを利用して、今回決めた者に実施してもらうし、そこで力を見せてほしい。力が及ばず、申し訳ない。」
『次回はいつに?』
「それは分からない。上手く回っている間はないかもしれないし、回らなかった場合にあるかもしれない。もし、上手く立ち行かなくなった場合は、人を変えられるようにはするつもりだ。」
『そんなことできるのでしょうか?』
「出来るようにする。出来なかったら、笑うなり、罵るなりしてくれ。」
急がねば、そんな思いが護の中に巣くう。規模が大きくなってきたことで、もともと手が届かなくなっていたところが更に増えた。気づかない内に不満が募っていてもおかしくない。
もうそろそろ限界だ。次のステップに行く時が来た。護はそう思うのだった。
「分かれたようだから、彼らを案内してやってくれ。たまには様子を見に行く。」
『一先ず、了解チュウ。』
『はいは~い。』
ソラとネクが二つに分かれたグループの元に行くのを見守る。二人は、「サメとサソリ、どっちが好き?」といったユニークな質問をして、軽く会話をしつつ、どっちのグループを選び、選ばれるかを図っているようだ。
しばらくもしない内に、それぞれグループが決まり、ドームから出ていった。そんな彼らの代わりに来たのは、象人の職人。後ろには、モンもいる。
「ぞぉく長…」
「何かあったのか?」
「これを収めに参りました…」
『アイテムボックス』から取り出されたのは、穂先から石突まで白色の角でできた槍。太さからして、穂はサイ型、柄はウシ型の脚部の足で出来ているようだ。接合部は角の方が直径が大きいため、柄がはめ込められるようにしてあるようだ。軽く振ってもぐらつくことがない。下手な金属製よりも、耐久性に優れていると何となく理解できる。
振るうのに十分な間をあけて、構える。そして、突きの動きから薙ぎ払い、突き…と踊るように舞った。最後は、技を連続発動。それに耐えきることができることを確認し、終了する。
「いい槍だ。」
「ありがとうございます…。いい武器を作ることができたのは、ぞぉく長たちのおかげです…」
「俺たちはただ、素材を提供しているだけだ。…これの名称は?」
「迷っていまして…できれば、ぞぉく長に決めてもらえればと…」
『真理眼』で名称のところが空白だったのは、決められていなかったかららしい。護自身、ネーミングセンスはないと思っているので、こういう相談は少し苦手だ。
「どんな名前にするつもりなんだ。」
「……『シーベン・ランス』と…、そのまま過ぎますよね……」
「分かりやすくて、良いとは思うが…」
持っている装備がどれも、『月光・真打』や『月蝕』、『夜見纏い』といった和名のニュアンスでつけられている。そうなると、ついつい揃えたくなってしまう。
「うーん、『白犀』…これもストレートだな…」
「『犀之白角』とか、どうでしょうか…やっぱり、サイを外せません…」
悪くない気もする。見た目はほぼ白一色で、素材として重要なのは、サイ型の角だ。それを名前に組み込んだ方が呼びやすいだろう。
悩んでも、両案は湧かない。
「『犀之白角』でいいだろ。マモが決めれば、割と何でもいいし。」
「どういうことなんだ?」
「マモが使うには、その槍は長く持たない。それぐらいは俺でも分かる。だったら、槍使いに報酬として、渡せばいい。その時大事なのは、職人の銘とマモがつけた名称だ。族長が認めていたということが、褒賞としては、性能と同じくらい大事だと俺は思う。」
ずっと黙っていたモンが、そう言ってきた。
この槍を実践で使うとなると、他の槍と同じで使い捨てになる。おそらく柄が衝撃に耐えきれないという予想はあった。それを指摘される。
モンはさらに後押ししてきた。
「マモの表情がそれでいいって、感じになってた。後は、マモ次第だ。」
「…それでいいか?」
最終確認を象人の職人にすると、彼も頷く。決まりだ。
「『犀之白角』にする。命名は族長であるマモル・アカシミヤだ。」
護にだけ見えるテキストに命名者の欄が加わった。これがどんな意味を持つのか…現状では分からない。
「ありがとうございます…」
「モンのおかげで決められた。ありがとう。」
「ふんっ。こうなると思ったからついてきただけだ。それより、トヴァを危ない目にさせてないだろうなぁ?」
「彼女の強かさはお前が良く知っているだろう?今頃、ガンドルフさんたちと、見回りにでも行っていると思うぞ。」
「ちっ」
舌打ちだけを残して、モンは出て行ってしまった。その後ろを象人の職人が慌てて追いかけていく。
「護様」と、今度はメイアが来た。息を吐いて力を抜くには、まだまだ先のようだ。
「猫人族の族長たちから使い魔が来ております。」
彼女の肩には、一匹の隼が乗っており、護をじっと見つめている。脚に薄皮でできた布が括り付けられていて、それを護は解き、広げる。
「月が満ちる日…今から三日前後で来るそうだ。」
「他には、何と書かれているのですか?」
「シィの父親たちは族ごと、他は族長と護衛のみらしい。…新たな住居の設営が必要になりそうだな…」
「そうですね。」
シィの父親の族は影によって、仮の拠点に身を寄せている状態だった。影の脅威は無くなったので、本来の拠点に戻るかと思っていた護だったが、影の影響で魔物がほとんど狩れず、他の族からのなけなしの支援で成り立っているらしい。
それを伝えにきた女副族長は『職変えの水晶』の洞窟で寝泊まりしてもらっており、族長と共に来て、残った者たちは、混じって作業してもらっている。食事を貰えるからか、不満なく生活を送っているようだ。
「やっぱり、食料か…そう言えば、スライムたちが魔力放出の手伝いをしてくれているんだった。」
「そのおかげでサイクル速度は上がっています。それでも、負担が減るどころか、増しています。魔物との戦闘で怪我をする頻度も増えているようです。」
この拠点には、大量のスライムたちが存在する。施設を維持するのに必要なスライムたちを除き、暇なスライムが一定数存在する。護はそれらを養殖場で魔力放出させ、獣人たちがMP切れを起こしている横で、注いでもらっているのだ。
それに応じて、魔物の出現頻度が上がっており、当然、怪我をする獣人たちも出てくる。護やセレスといった魔法が得意な人が回復を携わっているが、手が足りなくなっている部分がある。
「水薬の原料の植物の種は、既に蒔いているが…」
「まだまだ小さいですから、様子を見つつ待つしかないかと。」
農場は一部でありながら、稼働し始めている。マジック・ププレアほどではないが、タフな水薬の原料になる植物を蒔き、もう小さな芽が出始めている。とは言え、ここ一週間で利用できるほど、成長速度は早くない。
また、ノウハウは『完全なる図書館の司書』で把握しているので、温度管理、水管理は教えられる。ただ、専任させるほど、人材が足りない。回る回る頼んでいる状態だ。
「とりあえず、拠点を作りにいくか。セレスは?」
「今日は料理を手伝っているようです。おそらく、まだ、調理場にいるのではないかと。」
「じゃあ、行くか。」
護たちもドームを後にする。それから三日後、北側、ソラたち犬人の拠点の隣に新規で作られた拠点と、ドームの中で関係を決める会議が始まる。
~三日後~
『……』
無言。視線だけが仮面を外し、フードを下ろし、素顔を出して円卓の一席に座る護に集まっていた。
注目を受けている本人は、周りを一瞥する。幸せそうに座るソラに、緊張の色が隠せないネク、護を観察し続けるシィの父親。そこに、他の猫人を纏め上げる族長たちが、護を警戒するように睨みつける。護の背後で控えるミゥとリーダーが負のオーラを出しているのも、周囲が黙っている原因の一つだろう。
「集まっていただき、ありがとうございます。私の名は、マモル・アカシミヤと申します。今は、この地で彼らを率いている族長を務めさせてもらっている身です。今日は、そちらとの取り決めの相談をしたく、集まっていただいた次第です。」
『…シザの取引相手が、肉とは笑えてくるにゃ。…誇りは捨てたのかにゃ!』
一人の肥え太った猫人が下手に出た護を笑う。そして、シザを怒鳴りつけた。どうやら、短気かつ護の実力を測り切れていないらしい。シィとリーダーがますます不機嫌になる。ソラも犬歯がむき出しになっているあたり、似たような状態だ。
『誇りなどいらないにゃ。我は民を纏め上げ、生き残らせるのが務め。それに、マモ殿の提案が魅力的だったから、我らは呑むだけにゃ。それに対する対価を払うことも、すでに覚悟している。』
シザとの取引はすでに終わっている。出した条件は原則一緒で、食料の支援も始めた。今のところ、ソラ側のチームが早速動き始めているようだ。
『我らは獣神から選ばれた人間にゃ!責務を放棄することは、意を無視していることに久しいにゃ。それでも、この肉に忠誠を誓い、対価を払うと!?』
『忠誠を誓っている訳ではないにゃ。』
獣神というのは、彼らが信奉する神様らしい。セレスに確認すると、聞いたことがない上、種族単体を携わっている神はいないとのことだった。信仰上のみの神にあたるらしい。
声を荒げている獣人はどうやら、神の思し召しで族長をやっていると思っており、護の傘下に入ることを、その神の代行を止めることと同じものとして捉えているようだ。
シザの明らかに躱した物言いに、ボルテージが上がっていく。さらに、怒鳴りつけようとするが、衝撃を受けて椅子から落ちる。
『頭を冷やしてこい!』
『うにゃぁ!』
その男にブチ切れた隣の女猫人が、倒れている男の足を持ってジャイアントスイング。十分に遠心力が乗った男はドームの外に放り出され、慌てて護衛が追いかけて行った。
見た目に反して、豪快な技を見せた女族長はふーっと息を吐きながら、椅子にどかっと座った。耳を荒々しく掻き、護へと豪快な笑みを浮かべる。
「悪いな、あいつ頭の中が固すぎるからよ、こっちで上手くやっとくわ。で、マモ、アカ?取引ってなんだ?」
「マモでいいですよ。とにかく助かりました。」
「いいって、いいって。片苦しいの嫌いだから、普通の口調で話してくれ。」
「…これでいいか?」
「そうそう。へっぽこじゃねぇな。そっちの方が、雰囲気と合っているぜ。」
ゾッとするような笑みを浮かべられる。ミゥたちが毛を逆立て、今にも制圧しそうな勢いなので、手を挙げて二人を静止して、言った。
「戦いをしに来たわけじゃない。護衛を刺激するような真似は止めてくれ。」
「…終わったらやろうぜ。」
「余裕があればな。」
女族長はすぐに引き下がった。護から言質がとれたので、それで一先ず満足したらしい。
「本題に入ろうと思う。そちらに対して通行した際、攻撃しないことを要求する。ここにいる鼠人、犬人、シザの猫人も含めて。」
『こっちに来ることはあるのかにゃ』
「ある。俺たちは、ダンジョンの攻略を目指している。目的は宝石や金属が欲しいからだ。」
『挑むつもりか!?』
「そうだ。」
ザワッとする一同。族長ともあって、ダンジョンに関する情報は押さえているようだ。挑むことがどれだけ命がけなのか、も。
「その際に通る邪魔をしない感謝も込めて、成果をそちらに分けてもいい。」
「!!」
「ただし、そちらが襲ってきた場合は、譲ることは無くなるし、次からは敵として排除させてもらう。」
悪いどころか、良すぎる条件だ。自分たちが負担する必要なく、冒険する必要なく、安全に金属を貰える。護が付け加えた条件も、当然と言えるものだ。欲に溺れないように気をつければ、負担にならない。
『おいおい、あんちゃん、正気か。俺たちはお前さん方を通すだけで、金属をくれるって?』
「ああ。不満か?」
『いや、全然にゃ。その量は?』
「取れなかった時を除いて、剣十本分は渡そう。何かしら対価を払うならそれ以上渡してもいい。」
『なんと!!』
護の話にのめり込んでいく。目を光らせているのが幻視できた。
『どうやって、そちらだと判断すればいいにゃ?』
「決まった合図をしよう。どの距離で分かればいいかで、変わるが…」
『俺は乗るにゃ!』
次々と、護の提案にのっていった。ソラたちは目を丸くして、その様子を見ている。
「ありがとう。…あー、忘れていたが、そちらと遭遇しなかった場合は、分けることはできない。遭遇して、通してくれる時だけだ。それにそちらが身内争いをしている間は、取引しないから、おすそ分けの独占目的で争うようなことがないことを祈る。」
『承知したにゃ』
「後、そちらで養いきれなくなった者がいた時は、こちらに送ってくれ。俺たちが面倒をみよう。」
『!?』
沈黙が支配する。護は練習した笑顔で、続きを言った。
「そちらで武器を持たせる必要はないし、連絡があれば、こちらから引き取りに行こう。条件を指定させてもらうが、自分たちの立場を食料不足で脅かされる可能性をほぼゼロにできると思うぞ。」
『条件は?』
「こちらの通りだ。」
護はとある石板を取り出し、ミゥたちを使って渡して行った。そこには引き受ける条件が書かれており、破った場合などのルールも彫られていた。
『読めない…』
一人がポツリと言った。文字を使わず、生活している彼らからすれば、この石板の価値は石ころとほぼ変わらない。
「それには最初に了承してもらった金属の契約も彫られているから、壊すなよ。…文字が読めない者にはこれを貸して教える。覚えて帰ってくれ。それまでは滞在を許そうと思う。」
『これは?』
「初めてみたぞ。」
「紙だ。エルフの技術になる。力を入れすぎるなよ。破いたら、直す方法がない。」
辞書のようなぶ厚い本を、護の警告で恐る恐る開いてみる獣人たち。その本はエルフの国の童話本で、共通言語で書かれている。様々な物語が載っている上に、文法を学ぶのに適しているので、かなり重宝している。
なお、護の場合、書けてしまうので無用の長物だった。
「紹介する。ラーとメイアだ。教え役でもあり、そちらが滞在する間の世話役も務めてくれる。相談や要望があったら、言ってくれ。」
「驚いた。鳥人までいるのかい?」
「私もいるの!」
ラー、メイア、トヴァが入ってくる。メイアに縄で拘束され引きずられているのは、先ほどジャイアントスイングを受けた肥え太った族長だ。護衛たちは、耳をペタと下ろし、目を伏せながら、三人の後ろについてきた。
護の頬がラー同様に引き攣るが、視線を受けて何とか立て直す。
『他の獣人までいるなんて…一体、何があったんだにゃ?』
「戦争の一件で、色々とあったとしか。話すと長くなる。」
「護様、失礼な豚が襲い掛かってきたのですが、これの処理はどうしますか?」
メイアは引きずってきた族長を指してそう尋ねてきた。若干殺気が漏れているところを見ると、逆に何をしたのか、気になる。
「こんな奴が族長で、よくやっていけるな…」
『マモ殿の配下にはいないのかにゃ?若くて未熟な者を送っていたような気がするにゃ』
(うーん。多分、亡くなっていると思うんだよなぁ。俺が弾いた結果、いなくなってしまったのかも。)
シザの言葉に、護は首をひねる。信仰深い教徒はいたか、記憶がはっきりしない。
大体、ろくでもない者だと確定してしまった哀れな猫人に、向ける視線は冷たい。メイアかトヴァに手を出した時点で、痛い目に遭ってもらうのは、確定だ。
「メイア、済まないが、そいつのことは後回しにしてもらっていいか?」
「畏まりました。護様の妻、メイアと申します。こちらに滞在される間、読み書きの基本をしっかりお教えするほかに、周りのお世話もこなしますので、お気軽にお声をおかけください。」
「ラーです。…族長の、文官見習いとして、働かせてもらってます。……ぞ、族長~、本当にこの方たちと過ごすんですか~?私が教えるなんて、恐れ多いと思います。」
「ああ。教えるんだ。ラー、これから、族長クラスの大物とやり合わなければなくなる。いい経験になるぞ。ラーならできる。」
ヘタレてしまったラーを励ます横で、トヴァが元気に挨拶する。
「トヴァなの!マモルお兄ちゃんの妹なの。こう見えても、マモルお兄ちゃんからは信頼を得ているの。」
(おいおい!トヴァの兄はモンだろ!?族長が重なってしまうから、兄と呼んでいいとは許可したけど、実の兄になったつもりはないぞ!)
トヴァを護は呼んでいない。さらに、聞き捨てならないことを言い出したので、護は顔色を変え始めた。
族長たちは驚きに染まっている様子で、口をパクパクさせている。何か言いたいが、言葉がでないようだ。
「妹…血のつながりを超えて、兄弟だと…」
「そうなの!そこにいるミゥやリーダーとは友達なの!お姐さんたちとも友達になりたいの!」
そう言って、女族長に近づき上目遣いをする。撫でようとした手が止まり、護を見てくる。頷くと、優しく撫でて笑みが零れている。
トヴァの頬が歪む。あれは、撫でられて喜んでいるというよりも…
(あざとい。小柄な体に、甘えるような視線、自分が拒まれることはないと知っての行動か…)
孫がいそうな他の族長からも好感が得られているあたり、それも計算に入れているようだ。
「マモル兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますなの。」
「偉いね~。……妹をくれ、マモ!」
「断る。彼女の言う通り、友達になってやってくれ。」
女族長の要求を即答で跳ねのけた。
護に分かるようにだけ、右耳をピョコピョコと震わせてくる。サムズアップに当たる行動で、ナイス!だと言いたいらしい。
「滞在する間は、トヴァも居させる。後、とっとと覚えろよ。不当に長く滞在するようなら、トヴァを引き上げさせるからな。」
「覚えようね、おじさん。」
『もちろんにゃ。』
読めないと呟いていた族長が、トヴァの上目遣いに、大きく頷きながら同意する。
「俺からは以上だ。質問があれば、メイアたちに気軽に尋ねてくれ。メイア、皆さんを宿に。」
「畏まりました。トヴァ、ラー、行きますよ。族長の皆様もついて来てください。」
「ソラ、ネクさん、シザさんはこの場に残ってくれ。聞きたいことがある。」
『は~い。』
メイアがぞろぞろと連れて、ドームを出ていくのを見送った後、護は残った三人と共に、現状とこれからについて、情報取集と方針について話し合うのであった。




