会敵~怨念は光よりも強く~
……
~夜・砂漠~
星空がゆっくりと動く中、稲妻のごとく進んでいる一団がいた。
「セレス、右から三だ。『ライト・ボール』」
「おっきなお魚たちなの。とてもごつごつしているの。」
「……視認できました。撃ちます。」
護が発動した光球が星空の下、反応があった方向に飛んでいく。
息を白くし、静寂を切り裂いて進む護たちに突進をかけてくるのは、いつも見かけるサメ型ではなく、魚型。デボン紀に出てくる前面が甲冑のような装甲で武装している。サメ型は先になるにつれて、尖っていくが、魚型は顔が丸い。
一番の特徴は、あの魚型の付近に強力な力場が発生しており、砂がかき分けられ、まるで宙を飛んでいるかのように移動する点だ。
セレスが三条の光を魚型に解き放つ。
「お、曲げられた。」
「この前の鷹といい、この丸顔も面倒だねぇ。」
力場によって、光が曲がった。散乱した光が砂に当たり白熱しているのが見える。
さらに、魚型は失速どころか加速して、距離をどんどん縮めてきた。追いつかれそうだ。
「次は…『ストーン・ウォール』です。」
「浮くの!」
セレスが効果がほぼない光の代わりに発動したのは、土魔法。相手の突進と力場に負けない強度の壁を、相手の進路上に作り上げた結果、魚型は対処できず上に打ち上がる。空を飛ぶことはできないのか、身体を揺らして落ちているだけのようだ。
「力場は前方だけみたいだな。『エア・カッター』」
「『ファイア・ランス』」
「『シャイン・レイ』」
護の風の刃、メイアの炎の槍、セレスの光線が、抵抗できない三匹に、それぞれ着弾する。前面にしか展開できていなかった力場の外側から来た攻撃は、柔らかい部分を貫き、大ダメージを与える。
巨体が沈み、大きな砂埃が舞うのが見えた。断続的に舞っているあたり、仕留めきれなかったらしい。
「追ってくる気配はないな…」
追いかけてくる気配がなくなったのを確認し、護たちは移動を続ける。魔物の素材が気になるが、今、回収している暇はない。
「この人数で、攻略可能なのぉ?」
「必要以上、呼んでもしょうがない。移動をするのにも、これが最適だ。」
護に尋ねたのは、鼠人の女戦士、パロ。危うく仲間に殺されるところを助けた護に色目をしばしば使う女性だ。彼女は光魔法が使えるため、彼女の戦友の二人と共に、仇を取らないかと、誘った。
ここにいるメンバーは以下の通り。
まず、護、セレス、メイア、ガンドルフ、エトリア、オリーの六人。メイアは光魔法が使えないので、トヴァ、セレスのサポートについてもらっている。また、影に対して、特攻を持つオリーを拠点の仕事から引き抜いている。アンは魔法が一切使えないため、お留守番を頼んでいる。
そこに、トヴァ、パロ、その戦友二人が加わる。トヴァは『予知』と『指揮』で後方に、パロたちは光魔法で影戦に加わる。ちなみに、三人とも、『本能回帰』に目覚めているため、ステータス以上の活躍をしてくれると、護は予測している。
そして、シィの父親と側近三人。他のお供は、疲労が抜けきらず、『アイテムボックス』、光魔法と共にそこまで、得意としていないことから、待機するようにさせた。護たちの拠点にいる同族と情報共有もしたいそうだ。
(まぁ、反対しているお供がやけに従順になっていたところを見ると、ただ、情報共有ではすまないかもしれないな…ミゥとリーダー、彼が上手く機能してくれるといいが。)
秘匿したい技術や技能は特にない。というよりも、再現できるか、怪しいピヌス・ワスティも、管理の仕方が問題で、種と環境が揃えば増やすことができる。腐属性も、全く未知の魔法ではなくなっているし、この場所で生きていく上では強力なツールだ。
(ロクでもないことにも使えるが…)
それは使用者の責任だろう。まともに教えてもらわず、自爆しても文句は言えない。もし、手を出して来たら、容赦なく倒せばいい。
(もうそろそろ…反応が。)
「向かってくる方角から、反応が複数。」
「猫人なの!…嫌~な感じもとてもするの!」
護の『気配察知』に、感覚を尖らしたトヴァの『予知』が近寄ってくる反応を裏付ける。
近づくにつれて、猫人たちがはっきり見えて来た。その顔は恐怖に染まっており、何度も荒々しく吐かれる息が大きく白くなり、彼らの背後へと流れていた。
『族長!』
『待たせたにゃ』
『こいつらは?』
『味方にゃ』
『あいつが襲ってきて、皆バラバラに!犬人の領域に行っちゃった子もいる!』
興奮でそれぞれが一気に話してくる。シィの父親が冷静に話を聞こうとするが、複数が同時に、思い思いに話すので、上手く状況把握ができていない。
「『カーム・ダウン』」
護が闇魔法を発動する。強制的に気分を抑え込み、息を整えさせる魔法だ。多用すると、反動で感情の抑えがきかなくなってしまうため、注意が必要になる。
族長の視線が飛んでくるが、頷いて、前を向くようジェスチャーを送った。
『影はどっちに行ったにゃ?』
『多分、自分たちとは逆の方向にゃ』
『副族長は?』
『逃げる人が多いところに向かったにゃ』
『丁度、犬人の領域に行っちゃった子のところが一番多いにゃ』
全員がその言葉を聞いて、顔を険しくする。急がなければ、全滅もあり得る。
何より、犬人の領域に入ってしまうと、彼らとの戦闘になる可能性が高い上、影からの被害がでれば、戦火が広がるのが、目に浮かぶ。
「急がねばならん。」
『族長、俺たちは?』
『仮の拠点に戻るにゃ。夜が明けても戻って来なかったら、南に逃げるにゃ。いいな?』
『わ、わかったにゃ』
逃げて来た者たちを置き去りにする速度で、進行していく。
沈黙する天幕や日干し煉瓦の家からなる拠点を駆け抜け、彼らが言っていた方向へ、族長を先頭に進んで行く。
「やばくなってきたの!」
「トヴァちゃん、見えるかい?」
「…一人、逃げ遅れてる子がいるの!」
『!!』
『気配察知』に引っ掛かったり、消えたりしている反応が影なんだろう。距離が近づくになるにつれて、反応が増えていく。トヴァの言う通り、一つの反応だけ、異様に影に近い。このままでは、影に触れられてしまう。
「マモル兄ちゃん!」
「『シャイン・スワロー』!!」
トヴァの叫びと、護の魔法が発動するのは同時だった。光の燕が、一直線に、影まで直進していき…爆発した。
狂気に染まった叫び声が遠くでもはっきりと聞こえる。近くにあった反応はそれに当てられたのか、動く気配がない。その代わり、影は護たちの元へと移動し始めた。
「こっちに来るぞ!」
「絶対に触れるんじゃねぇぞ!」
「あんたは、仲間を連れ戻してこい!!」
護が族長へ叫ぶ。彼が横へ逸れて向かい始めた。既に意識は、目の前に現れた影に向いてる。
「『真理眼』」
クラウド・シャドウ・ヴァリエート Lv88
LP 1202/1272 MP 1322/1500
STR 0 AGI 0
TEC 704 END 0
INT 711
一般スキル 憤怒Lv5 憎悪Lv5 強欲Lv5
特殊 憑依 怨差 認識阻害Lv1 非実体 霊体 吸収
エクストラ 恐怖の叫び
(タフすぎるだろ!)
(ちょっ、気持ち悪い!主~!こいつ、切りたくない!!)
LPの高さとINTの高さに戦慄を覚えながらも、護は迫りくる手を光魔法を纏った『月光・真打』で切り裂いていく。『月光・真打』から霊の悲鳴がガンガン頭の中に響いてくるが、気にしている暇はない。
影に極太の光線が突き刺さる。放ったのはエトリアとセレスの二人。LPが一気に吹き飛んだ。
オオオオォォォォオオオ!!
「セレス!」
頭を鈍器で殴りつけられたかのような衝撃が襲い掛かってくる。そして、流れ込んでくるのは、切りつけられる恐怖。足が竦むのを堪え、顔が青ざめているセレスに襲い掛かろうとしている影を追いかける。
「きゃ!」
「『シャイン・ブレード』!」
メイアがセレスを離脱させ、護の光の刃が影を薄くした。ヘイトが再び護に変わる。
そこにガンドルフが『守護』を発動。しかし、ヘイトが移らない。すぐさま、光魔法での攻撃に切り替え、高威力の攻撃を見舞うが、護に執着してくる。
ジュ、ジュウジンガァ!
何十本もある手が護に集中する。先ほどの言葉にも、恐怖を与える効果があったようで、セレス、鼠人たちは棒立ちになっているのが、目の端に映った。
加えて、護にある獣人の因子を感じとっているらしい。ダメージ量が少ない護の光魔法と『守護』がよく効く。そのおかげで、一歩間違うと発狂するリスクも抱えてはいるが。
「『障壁』さね!」
「『浄化』!」
「『シャイン・レイン』」
護に触れようとした手は押し止められ、そして、光になって消えていく。また、光の雨が打ち付け、それを放った護に浮かび上がる顔の大半が怒り始めた。
護は、光を『月光・真打』と魔力の刃に付して構える。目の前の影は叫びを多用し、セレスたちを動けなくしつつ、引き続き、取り込もうと攻撃を続ける。
(主、処理しきれなくなる!)
「マモル兄ちゃん、左!」
『障壁』が砕け散った。護の左から迫る手にオリーが光線を放つが、器用に千切れないように、うねらせて回避された。右からの対処に手一杯だった護に迫る。
それに対して、護は自らの身体を輝かせて後退した。
手はその光に触れた途端、消失していく。憤慨と恐怖の悲鳴が鳴り響き、影は護から手を引っ込めた。さらに手を伸ばしてくる様子はない。…引き続き光り続ける彼の様子を睨み続けてくるだけだ。
「魔力消費が尋常じゃないな…」
某ロボット系である、エネルギーを纏って突撃する技を基にした防御魔法だ。燃費が悪く、何度も発動できないのが欠点だが、影相手の防御としては破格と言ってもいい性質を持っていた。
あと、周りから視線を集めるのにも使える。恐怖で竦んでいたセレスたちもピカーッと光っている護を見て、顔に血の気が戻り、噴き出している。
「私も負けていられないの!狐火なの!」
やっと狙いがガンドルフに移った影に、トヴァから金色の炎が飛ぶ。その炎は消えることなく、影に纏わりついたかと思うと、じりじりと影を侵食していく。消えるまで持続的にダメージを与えているようだ。
「俺たちも!」
「…ごめんなさい、護さん。…頑張ります!」
恐怖状態から復帰した鼠人たちとセレスが攻撃に加わる。
ほぼぶっつけ本番であるにも関わらず、ガンドルフに当たらないように立ち位置を調節しながら、攻撃を重ねていく。特に、鼠人たちはMPが切れるほど攻撃を叩きつけた。そのせいで、MPが切れてへたり込んでしまう。未だ目はぎらついており、戦意は無くなっていないようだが、回復を待たないといけない。
ただ、そのおかげもあって、影のLPは三割をきった。
「強いのが来るの!」
アアアアア!!
『!!』
強烈なイメージが頭に流れ込む。一瞬の後、臓腑を貫かれ、血を吐き、骨が折れ、激痛が走る。そんな、幻視が護たちを襲い、強烈に死への恐怖を感じさせてくる。毛が逆立ち、視線がふらつく。魔法へのイメージは完全に途切れてしまった。
耐え切れなかった鼠人たちは失禁して、意識を手放してしまっており、セレスとオリー、トヴァの三人も、膝が折れてしまっている。目は虚ろで、動き出す気配がない。さらに迫りくる手を対処しているガンドルフとエトリアも、動きが悪くなっていた。
「トヴァ、しっかりしろ!」
メイアに視線を飛ばし、幻の痛みを振り払いながら、まず、トヴァを再起させる。彼女の身体を強く揺すり、目を合わせる。虚ろになっていた目に徐々に光が戻り、護と視線を交わす。
「『指揮』でセレス、オリーを!」
「分かったの。」
トヴァに二人を任せて、護はガンドルフたちに加勢し、魔法を放つ。
先ほどまでとは違い、後ろの顔もこちらを視認してきて、腕が伸びてくる。怯んでいる暇はない。考えるよりも速く腕を切り裂き、本体を削る。
(ちっ、ヘイトはもう、関係ないか!)
攻撃する分だけ、相手は反撃してきた。手でいつまでも追いかけてきて、こちらを逃がそうとしない。
腕を切り裂き後続が来ないタイミングで、復帰したトヴァ、セレス、オリーの三人の元に駆け寄る。
「一撃で頼む!!」
護はそれだけを言い残し、再び前線に出て、手を切り裂き始めた。
すぐさま、セレスが動き始める。
「私に合わせてください!」
彼女は自分の右人差し指を護身用の短剣で切りつけた。流れ出る血を水魔法で操作し、地面に魔法陣を描いていく。…どんどん血が抜けていき、心臓が早鐘を打つが、彼女は止めない。
そして、描き切る。出来上がった魔法陣に三人で魔力を注いでいくと、血で赤黒かった魔法陣が、金色に変わり、どんどん魔力で輝きを放つ。
「オリーさん、浄化の力を!トヴァさんは、黄金の炎を魔法陣に撃ってください!」
二人は言われた通りに力を放った。
すると、金色に白色のラインが混じり始め、輪郭は燃え上がり、ゆらゆらと揺れる。最後には、白銀の光へと収束し、セレスたちの周りを昼のように照らす。
準備は整った。
「護さん!!いきます!!」
護、エトリアが逃げられないように『障壁』で囲みながら離脱、ガンドルフも光の壁を作り、閉じ込める。そして、影の足元に、白銀に輝く魔法陣が展開された。
「『ディバイン・ガイダンス』」
セレスから魔法名が呟かれる。魔法陣から空へと延びる白銀の光の中に、影は完全に包まれた。
アアアアアァァ!クソォ!
悲鳴に力は既に乗っていない。影は光に塗りつぶされ、数多の顔の絶叫だけが響く。
さらに、影は崩壊していき、同時に顔も消し飛んでいく。それでも、最後まで残ったのは、エルフの姿をした男だった。LPは残り1になっても、0にはならない。
ユルサナイ!オレハシニタクナカッタ!ジュウジン、ユルサナイ!
「何という執念なんだ。」
影の核となっていた男は倒れない。護たちが張った障壁を叩きつけ、その身を光で焼きながらも、止まらない。憤怒と憎悪は膨れ上がり、その男に終わることを許さなかった。
アア、アアァ!シネェ!シネェェェ!
護たちに感情が流れ込む。それは、その男の恐怖。石を足に受けて体勢が崩れた後、鼠人に群がられ、ゆっくり死んでいくように、殺された男が感じていた恐怖。それが、獣人に対しての復讐心に変わった。影となった時に。
大きな恐怖が、他の死を上回り、変質したのだ。エルフたちを無視し、自分に取り込まれた獣人たちの記憶の残滓を基に、鼠人を探し出し、直感でさらなる獣人を探し、取り込み続けた。
「……」
かける言葉なんて、見つからない。もはや、言葉など意味はないだろう。
「『カーム・ダウン』」
魔法によって強制的に憎悪の炎が収まり…LPが0になる。そのまま影は光に呑まれて消滅した。
完全に消え去るその瞬間まで、その男の顔は歪み続けていた。忘れられない棘となって心に突き刺さる。
「護さん…」
顔色が悪いセレスを抱きしめ、支える。
血を流したところに、魔法の行使の疲労、そして影の残留思念が相まって、セレスは意識を保っているのがやっとだった。
「凄い魔法だったぞ。」
「三人の合わせ技なの!…マモル兄ちゃん、後を頼むの。」
トヴァは力を注ぎきったのか、耳と尾が垂れ下がっている。また、指している方向は、シィの父親が向かった先。どうやら、戦闘は終わりではないらしい。
「マモル、メイアを連れて行きな。セレスたちは私たちが看ておくさね。」
「お願いします。」
セレスをエトリアに預け、護はメイアと共に走る。
ふと、星空を見上げると、大分、星が傾いて来ている。長く戦ったつもりはないのだが、実際は感覚よりも時間が流れていた。
「大丈夫ですか、護様?」
「これを使うから大丈夫だ。」
『月光・真打』を腰に納め、『アイテムボックス』から取り出したのは『月蝕』。鞘から血の色をした刀身を抜き放つ。これなら、消費したMPの回復ができる上、相手の継戦能力を奪える。
「…」
視線を受けた護は、メイアに曖昧な笑みを浮かべる。戦闘の興奮は冷め、今は冷静だ。
記憶が無い訳ではない。あの時の衝動も、覚えている。ただ、『月蝕』を見ただけで、それに呑みこまれないよう、事実として俯瞰している自分がいた。
護の身体の動きで、彼がいつもと変わらないと判断したのか、メイアは前を向き直る。
「護様、あなたを優先しますので。」
「頼りにしている。」
その言葉に、何があっても譲れない意思を感じるのであった。
~二十分後~
『あたしが知っているお前は、そんな奴じゃなかったワン』
『…』
『どうして、戦おうとしないワン。テリトリーを侵害する意味を知っているはずワン』
『…』
『武器を…何者ワン!』
二人が『気配察知』で獣人たちが対峙している場所にたどり着いた時、困惑する犬人の女族長と、シィの父親が跪き、両手で無抵抗を示している姿が目に入る。
また、猫人は自分たちの族長がずっと、その体勢で、相手の刃が掠ろうとも、動かないことに困惑しているようで動きが止まっており、犬人たちはすぐさま自分たちの長に殺してしまおうと囃し立てている。
そこに、護という猫人の他に複数の匂いが混じり、判別できない男と、匂いがほとんどしない女が現れたことで、両者とも、静まり返った。
『影は?』
「討伐した。もう、怯える必要はない。村に戻っても襲われることはなくなった。」
『あたしを置いてきぼりで話すんじゃないよ!』
『ずっと言っているだろう。本気で侵攻するつもりはないと。すぐさま撤退するにゃ。魔物に追われて入っただけで、そちらに喧嘩を売るつもりはないにゃ』
『そんなこと、どうでもいいワン!!』
剣がぶつかり合う。言葉と共に振るわれた刃を護は赤黒き刃で打ち払った。
下がった女族長は、護を睨みつける。
『お前から、追放した男の匂いがしたよ。一体何者だい?』
「知りたいなら、一旦下がってほしい。はっきり言って、寒くてしょうがないんだ。年端もいかない子供たちもいる。日が出てからなら、そちらに話してもいい。」
『関係ないね!殺しちまえば、どうでもいいことさ。やっちまいな!』
待ってましたと言わんばかりに、襲い掛かろうとしてくる犬人たち。猫人たちもそれぞれ武器を持って、自分の身を、子供を守ろうとする。
一番近い犬人の一人が一歩踏み出すのと、メイアの刃がそいつの両手両足を切りつけるのはほぼ同時だった。
「がぁぁ!」
「遅いですね。無力化するのは骨が折れます。」
さらに、『バイト』を発動し、自身に切りかかる犬人の槍を傷つけ、へし折る。呆気に取られているところを、顔面を蹴りつけ、戦闘不能にする。
他の犬人は見えない壁にぶつかった。激しく叩きつけどんどん罅が入っていくが、魔法を練るには十分な時間が稼げる。
「『ボグ・ダウン』からの『スモッグ』」
急に足元をすくわれたところに、夜の闇よりも黒い煙が彼らを覆う。たちまち涙目になり、咳き込む。むやみやたらに、武器を振っていて、同士討ちが起きていた。
被害を増やすと面倒なので、目を瞑り、煙を吸い込まないように、メイアが制圧していく。
また、唯一五体満足で残した女族長も、猫人たちも頭の中が真っ白になって、佇むだけだ。シィの父親だけが、護の行動をじっくり意思を持って見つめている。
「さて、このまま…」
『あんたたちを殺せば!』
剣が再びぶつかり合う。猫人のことは頭の中から完全に抜け落ち、護に刃を向けてくる。戦意を持ってというよりは、冷静さを失い混乱していた。
護は内心、冷ややかに剣を受け続ける。鼠人の槍使いの方が圧倒的に上手い。ステータスも彼の方が上だ。防御主体で捌きつつ、一番甘い攻撃が来るまで待った。そして、『フル・パリィ』。
剣が手から飛んでいき、痛めた手首を抑える彼女を柄で打ち据え、意識を奪う。
「護様、終わりました。」
完全に終えてしまった。ピクリとも動く気配がない。このままだと、凍死してしまいそうなので、適当に薪を取り出し、炎をつける。そこに犬人たちをまとめるように、自然に猫人たちを動員させて、動かす。
それも終わった頃に、猫人たちは護とメイアの存在に怯えるようになった。圧倒的な強者に対する恐怖に、支配されているようだった。
『命の恩人たちにゃ。怯える必要はないにゃ』
『で、でも…』
護は『アイテムボックス』から調理していない肉を取り出した。それを見た子供からお腹が鳴り始め、ほとんどがお腹を鳴らして、凝視してくる。今にも飛び掛かってきそうな気配がある。空腹は恐怖より勝るものらしい。
『落ち着くにゃ。肉は沢山あるにゃ。まずは、村に戻るにゃ』
「俺たちは、こいつらの面倒を見ないといけないから、一緒に行けない。渡すから『アイテムボックス』で上手く管理してくれ。」
『助かるにゃ』
「俺の仲間たちにも伝えておいてくれ。」
護は『アイテムボックス』から肉を取り出していく。渡せるだけ渡し、彼らは族長の指示に従って、帰り始めた。
のびている犬人たちを監視しつつ、護はメイアと共に、天幕を設置する。
「護様、お休みに…」
「いや、早い復帰者がいるみたいだ。」
両手両足を拘束されて、口に猿ぐつわをされながらも、目覚め転がり離脱しようとしているのは、女族長だ。氷点下を切っている中、その状態で火から離れようとしているのは無謀に近い。ステータスはそこそこあり、ある程度は耐えられる。それでも、低体温症から命を落とすのと日の出の時間の賭けでは、分が悪いだろう。魔物の脅威もある。やはり、自殺行為だ。
護は暴れる女族長を抱えて、火の近くに戻す。ついでに聞きたいことがあったので、猿ぐつわだけ外し、座らせる。護自身は彼女の背後に座り、ピンと立つ、耳と尾を触れる位置をとった。
『おまえら!起き…ひゃぁ!』
「声が大きい。質問にだけ、答えろ。喘ぎ声で仲間を起こしたいか?」
『それは…駄目ワン。強い長じゃないと…まわさ…』
「んんっ!」
聞かない方がいいワードがあったので、護は咳き込む。尻尾を振り、腰も振ってくる。見える横顔は赤い。彼女の変なスイッチを押してしまったのか、一気に煽情的になった。
どこからともなく寒気がする。…護は問い始める。
「俺より一歳上。あの猫人の族長に比べて、大分若いな。」
『…私は、前の族長の娘だったワン。前の族長が死んだ後、兄たちが衝突して、ばらばらになっちゃった。それで残った仲間で新たな家族を作ったワン。でも他よりも小さいから外れに追い出されたワン』
「それがここにいる面子か。」
『もう少し居るワン。ここには、猫人の匂いを嗅いできただけ。テリトリーに入ってくる奴は仲間以外、敵ワン。でも…』
流れて来た匂いを辿ると、猫人たちが入ってきていた。いざ、戦おうとした時に、間に合ったシィの父親が同族たちを下がらせ、無抵抗を示してきたのだ。少しだけ彼を知っている女族長は、裏を警戒して護たちが来るまで剣で軽く傷つけて、本気なのかどうかを確かめるだけだったらしい。
『それに、相手の本気が怖かったワン。後ろにいた二番目に強い猫人が、あいつを殺した瞬間、私を殺したと思うワン。』
「そんな状況で、よく武器を振ろうとしたな。」
『あなたが出てきてから、訳が分かんなくなって、それで…気づいたら…』
どうやら、護たちが介入したことで、冷静さを失ったらしい。詳しく聞いてみると、目の前で無抵抗を示す、族長よりも、ゾッとする雰囲気を纏い、匂いは未知。混乱に拍車がかかり、味方の目の前ということもあって、混乱のまま剣を振り、襲う指示をしたという。
さらに恐慌状態に陥った彼女は、仲間が一気に制圧された後も、正気をほぼ失ったまま護を襲い、そして敗れた。
「逃げ出そうとしたのは…」
『仲間が危ないから。他の仲間たちを逃がさないといけないと思ったワン!そうだ…ん!』
「落ち着け。他の仲間の位置は分かってる。魔物が近づいたり、動き始めたりしたら、教えてやる。」
『はぁっ、はぁっ…分かったから~、止めて~』
慣れた手つきで耳を撫でる護に、女族長は完全な軟体動物となりつつある。押し寄せる快楽に、抗えない彼女は、身体を弛緩させて護に倒れ込んだ。
耳を少し強く抓った。身体を大きく震え上がらせて、必死に声を漏らさないように耐えている。その姿に、更なる嗜虐心が湧きあがり、手を動かし続けてしまう。
…何度も彼女の身体は震え続け、そして…
『もうだめかも~。私、あなたの手なしじゃ生きられない~』
「…」
やり過ぎた。「警戒心」の「け」の言葉すらない。ハート目になっている彼女から手を放したが、もう遅い。
腰をいやらしく振り、媚びる目と甘い吐息が護に押し寄せる。男口調はなりを潜め、雌としての艶やかさで誘惑してくる。護が彼女を目覚めさせてしまった。
『あなたの下僕になります~。だから、続きを~』
「却下。あいにく、妻がいるからな。」
『……ッ!!ぞくぞくする。番じゃない女に、こんな仕打ち?酷くて、でも…』
「そういう目的でやった訳じゃない…」
『嘘つき。奥さんにそんなことできないから、私にしたんでしょ?』
「……」
悪のりしたのは間違いない。ただ、彼女たちはもっと激しいので、不満はない。
もっと、と強請る彼女の尻尾を強く握る。ミゥたちでも痛がる強さでだ。それでも、彼女の妖しい笑みが一瞬歪んだだけで、再び蕩けた表情になる。
『…ッ!…ッ!はぁはぁはぁ…痛いって気持ちいい…』
護は手を放すしかなかった。酷い頭痛がする。手を当て、上目遣いで見てくる女族長から、顔を背けた。
恍惚な表情を止めない女族長は、匂いをこすりつけるようにして、提案する。
『人族なんてずっと現れなかった。こうして、生かされたのも、気持ちよくされたのも、偶然じゃない気がする。私たちにできることなら、何でもするよ?だから、私を虐めて?』
「後悔している最中に、押し付けてくるな。お前は二度と撫でたりしない。」
『…ッ!…じゃあ、暴れようかな。今の私なら、もう少しまともな戦いができそうだから。それとも、あの女の人族に、今の出来事を言う?』
「自殺行為だぞ。…ただでさえ、猫人のことで荒れているのに…」
実際にあったことを思い出し、護の目が死ぬ。ただならぬことだと気づいた女族長も、「冗談、冗談」と言って、護の意識が戻ってくるのを待った。
しばらくしてから再起動を果たし、護はこう言った。
「少しだけなら、相手してやる。」
『約束だよ。…あっ、名前は?私の名前は、ソラ。』
「俺の名前は護だ。」
『マモル…じゃあ、マモだね。よろしくお願いしますワン』
「こちらこそよろしく、ソラ。」
大人しくなった女族長の元を離れる。燃え尽きていた火を維持し、彼女の毛を落としてメイアがいる天幕に戻った。
その夜はそれ以上、騒ぎが起こることなく過ぎていくのであった……
…Aは失踪中のようだ。




