二度目~今度は~
……
~外縁部~
『なにこれ?訳が分からないよ。さっきから変な柱が立ってて不気味だったし…』
『聞いたことがあるチュウ。木っていうチュウ。エルフたちの戦いから逃げて来た奴らが話をしていたチュウ。』
『え?じゃあ、エルフがいるの?』
『分からないチュウ。最早、どこに行ってもあいつは追いかけてくるチュウ。進むしかないチュウ。』
「敵が!!」
『また!…早く上がらせるチュウ!!』
この砂漠の王者、サソリ型が南東から姿をぼんやりと現す。しかし、傷だらけの戦士たちの動きは鈍い。
度重なる移動と魔物の襲撃。五百人以上を連れての大移動。非戦闘員を守りながらの移動は消耗を加速させ、見捨てて行くしかなかった者たちは数知れない。
急いで子供や戦うことができない者を壁の上へと引き上げていく。
陽炎によってぼやけたサソリ型の輪郭はどんどんはっきりとしてきた。まだ、全員上がりきっていない。さらに、深い堀を飛び越えられず、立ち止まっている者が邪魔になり、中々進まずにいる。
そして…
「駄目ぇ!」
『魔法持ちだ!』
遠くから石礫が飛んできた。運悪く当たる位置にいた子供を庇い、その母親の背中に石が刺さった。庇う母親から流れる血を見た子供の悲鳴を上げる。それは、周りに恐怖を伝播させていく。
半狂乱に壁をよじ登ろうとし、邪魔になった同族を蹴落としていく。壁を上れるように立てかけられた石の板が重さで壊れ、倒れた者は足で踏みつぶされていってしまう。
『落ち着くチュウ!!もっと広がるチュウ!』
一人一人登れるほど、壁は広く展開されているのだ。集まって登る必要はない。そう、呼びかける新族長だったが、彼の『指揮』のレベルでは効き目がなく、犠牲者は増えていくばかり。
声のあらん限り、叫び続けるも、冷静さを失った民たちは止まらない。
『『なぁ!!』』
さらに互いを見た二人の男が驚きの声をあげる。壁の向こう側からやってきた犬人に動きを止めてしまった鼠人は、後ろから押され堀に落ちた。ドッという鈍い音が響く。そして呻き声も。
後ろから押されまいと、鼠人たちは壁の上を広がっていく。そこで、さらなる悲劇が襲い掛かる。
「うわぁぁあ!助けてくれぇぇ!!」
遥かなる上空から人一人を余裕で持ち去る膂力を持った鷹型の襲来。持ち上げられた男鼠人は地面に頭から落とされた。落とされた彼はピクリとも動かなくなる。
もう一匹の鷹型、おそらく番だと思われる個体が現れ、その死体を獣人からもサソリ型とも離れた位置に移動させ確保する。それで終わりではない。最初の一匹は、戻って来て、再び襲い始める。
一人二人と、数を増やし、四人目を攫おうとする。狙われた少女は恐怖で悲鳴を上げることしかできない。迫りくるかぎ爪が…不意に止まる。その空間を二条の光が代わりに通り過ぎて行った。
「いやあぁ!……?」
ケッケッケッ!
「まだまだ、おかわりはあるさね。」
急降下を邪魔をされ、鷹型は怒りを示す。林を抜けて複数の光線を放ってくるエトリアに視線を移し、次々と迫る攻撃を強力な防壁で受け流していく。
「お前たち、ぼさっとするんじゃないよ!『クリエイト』!」
エトリアが一気に堀を超えるための橋を架けた。命からがら物凄い勢いで壁の上から鼠人が駆け下りていく。
その頭上を障壁や魔法を利用した空中移動で抜いていくエトリアたち。エトリアとガンドルフは視線を交わし、狙いを決めた。
「私はこっちの鳥どもを相手にするよ!トヴァ、手伝いな!」
「じゃあ、俺は向こうのサソリ型だ!お前らついて来い!」
混乱しかけていた犬人と猫人を叱咤する。今相手にすべきは、逃げまどう鼠人ではない。脅威はあの魔物たちだ。
エトリアは壁の外側をスロープにしつつ、空で合流した二匹の鷹型と対峙する。その隣にはトヴァが目を閉じ、魔力を放出し臨戦態勢に移った。
初手、トヴァが放った炎が飛んでいくが、鷹型は大きな羽ばたき一つで打ち消した。時間差の光線が当たるものの、当たった瞬間、進路が変わりダメージを与えられていない。
「厄介さね。『障壁』」
エトリアたちに向けて放たれた羽の嵐。硬質化した羽はエトリアの『障壁』に激しくぶつかり、大きな音を鳴らしていく。抜け落ちた部分は即座に生え変わっているようで、尽きる様子は見られない。
「エトリアおばさんの攻撃は当たっていたの。でも、羽で受け流していたの。」
「うーん、骨が折れそうだねぇ。トヴァちゃん、雷は使えるかい?」
「できるの。でも、真っすぐにしか飛ばせないの。」
「充分さね。隙は私が作るよ。」
エトリアは属性を変える。
「『エレメント・フォース・リアライズ』」
四つの属性、火の赤、水の青、土の黄、風の緑の玉が『障壁』の外側に現れる。ただの魔力を可視化しただけのそれは、羽の攻撃を受け付けず、すり抜けて羽を飛ばす一匹の四方を取り囲む。
警戒したその一匹の攻撃が止まり、防御を担当していたもう一匹から羽が飛んでくるようになるのを張り直した『障壁』で無視し、次のステップへと移る。
「『セパレイト・インクリース』」
四つの玉が縦に、横に、どんどん割れていき、鷹型が見えないほどに高密度に溢れかえる。抜け出そうとして中の鷹型は見えない壁にぶつかる。
ケェッケッケッ!
状況に慌てたのか、取り囲まれていない鷹型は助けようとその球体に突進をかけた。
そのタイミングだった。
「『リリース・ニードル』」
エトリアの魔法が発動する。小さな玉一つ一つが一本一本の針へと変換、内側の鷹型を突き刺していく。耐性を持った鷹型の羽を貫通し、大量の血が舞い散って大きなダメージを与える。
「『ライトニング・ボルト』なの!!」
トヴァの一点集中の雷撃。それは驚きで動きを止めたもう一匹に直撃する。羽でも受け流せない量を浴び、身体を震わせて地面へと落下していく。
「『シャイン・レイ』」
止めの光線が二本迸る。それは的確に目と脳を貫き、絶命させた。
仕上げに死体を回収し、こちらの戦闘は終わった。…ガンドルフたちの戦いも終盤に入り、しばらくもしないうちに終わるだろう。鼠人の戦士たちは、その様子を見ることしかできていないようだった。
「さて、どうしたものかねぇ。」
「ボロボロなの。まるで私たちを見ているみたいなの。」
「…そうだったねぇ。時が経つのは早いものさ。」
トヴァたちがやって来てから、過ぎた日にちはまだまだ少し。そうだというのに、大分時間が経っているような気がした。護がどんどん推し進めている拠点の整備と、それに付随する慌ただしい毎日を過ごしているからだろう。
それを頭の片隅に置いた後、壁の再構築をする。それも終わり、再び怯えた様子で自分たちを見てくる鼠人たちを見た。
「マモルたちはまだ、来ないのかね?」
「もうちょっとしたら来るよ。……いきなりの敵対は避けたいなの。」
「見えないのかい?」
「どっちに転んでもおかしくないの。私が族長のサポートをしてみるの。」
トヴァの視線は外側、一人の槍を持った鼠人に向いていた。特徴的、石突の部分も穂先になっている槍を持つ彼が鍵を握ることになる。
一方、護たちは走っていた。そこには普段、戦闘に関わらない少女が一人、メイアにおんぶされて運ばれている。
職人見習いだった女鼠人だ。彼女は何度目かの同じ呟きをする。
『なんで…』
「自分たちの領域から出ることは、やっぱりないんだよな?」
『そうチュウ。移動は他みたいにするけど、ここまで大移動することは無いチュウ』
「つまり、何かが起こっていると。」
知らせを受けて、自分の工房の打ち合わせのために集まっていた職人の中から、それなりに事情が詳しい彼女を選び、同行させている。
(魔物の次は獣人…。丁度いい感じで養殖場を回せるようになったというのに、厄介事がやってくるとは。)
『気配察知』に多くの反応が引っ掛かる。その数は百を超えていて、護の処理能力では完全に把握できないほどだ。喧騒は聞こえるが、戦闘音はしない。
「こ、来ないで!」
「傷を見せな!『ライト・ヒール』」
「…ほえ?痛くなくなったよ?治った!」
近づくにつれ、そんなやり取りが聞こえる。護が内側の壁を二歩で駆けあがって見た砂防林の状況は、混沌に満ちていた。回復魔法を使える者が、エトリアの指示の元、けが人を癒しており、怯える子供たちをトヴァが『指揮』をこっそり使いつつ、纏めていたりしていた。
そして、一番厄介なのはその外、ガンドルフたちと対峙している鼠人たち。明らかに敵意、いや不信感を向けてくる。
メイアにエトリアの治療の手伝いを託し、護は新作の白のローブに、あの仮面姿になると、職人見習いの少女を連れて、ガンドルフたちに合流する。
「おお、マモル、やっと来たか!」
「すみません。遅れました。彼らは?」
「話を聞かない奴らなの!」
いつの間にか大人に子供たちを預けて、護の隣にやってきたトヴァがそう言い切る。
彼らの中から一人、前に出て来た。それはあの槍を持っていた男鼠人だった。
「お前が、ここの族長か?」
「そうだ。」
「無辜の民を助けてくれたことは礼を言おう。だが、我らは進まねばならぬ。邪魔をするなら、突く。」
穂先を向ける鼠人。飢え、やせ細っているにも関わらず、その眼光は鋭く、構える手は一ミリも震えることはない。逆境を超えて来た戦士。その言葉が相応しかった。
「俺たちはここから動くつもりはない。俺たちの領域は、後ろにあるこれで囲っている。入らないか荒らさない限りは邪魔をするつもりはないし、どこに行ってくれても構わない。」
「隊長、本当なのでしょうか。そう言って背後から襲い掛かってきたり、無辜の民を殺したりするのでは?今、治療しているのも民だけです。我らはこうして、体力を削らされている。民の面倒をみて、疲れ果てたところを狩りにくる策略ではないでしょうか。」
「それは…」
『魔物は共通の敵にゃ。だから、狩ったにゃ。エトリア姐さんに免じて傷ついている子供たちを助けたりはしてやるにゃ。でも、お前らは敵にゃ。助けた途端に襲い掛かってくるかもしれないにゃ。襲って来ないと分かったら、傷を治してもいいにゃ』
不信。互いの命を奪い合う敵だった。本格的な戦争こそなくても、いざこざは何度も起こり得る。互いに獲物を追いかけてぶつかり合うこともしばしば。こうして武器を突きつけあうことも多い。どっちかが手を出して、殺し合いになることも。
魔物の脅威という恐怖で判断ができなかったところに、エトリアたちが癒すという行為に出たことで、状況に右往左往している内に、こうしてガンドルフたちと睨み合いに繋がっていた。
それも、猫人に指摘されたことで、目の前に立つ戦士たちは関係を思い出したようだ。目つきが剣呑になっていく。
「ちょっと、待つの!戦っても、解決しないの!」
「狐人!?貴様のような戦士の端くれにも置けない獣人など、信用できるか!あの戦いで我先に逃げたと聞いているぞ!!」
悪い方に転がった。疲労でフラフラしている者も、怒りで武器に力が入っているのか、持つ手が震えている。
緊張感が漂う中、護が動く前に、職人見習いの少女が前に出て、両手両足を広げて、庇うように立つ。
『族長たちと戦っても良いことは無いチュウ』
「黙れ!裏切り者が!同族を見捨てたクズが、出てくるんじゃねぇ!お前が逃げるから、王たちは負けたんだ!!」
『違うチュウ。私たちより、エルフの方が強かった!あんな、相手に戦う方が馬鹿だったの!』
「ふざけんな!戦争に負けて、王と穿行たちが弱かったからじゃない!お前みたいな逃げた奴がいたから、負けたんだよ!この、裏切り者がぁ!!」
激昂した男鼠人の剣が迫る。上段からの袈裟斬りだ。
その剣は、彼女の一歩手前で見えない壁にぶつかった。当たった瞬間だけ、その壁が光を反射して見える。何度も打ち付けられるが、彼女の身体に剣が届くことはない。
さらに、剣を振り回す男鼠人も、周りも、恐怖に駆られて動きが止まる。
『どうして、俺たちにもワン?』
「落ち着け、若造共。剣一本だけで、飛び掛かろうとするな。おい、マモル、この嬢ちゃんを連れてくるのは、失敗だったんじゃねぇか?完全に火種になっているぞ。」
「すみません。まさか、自分たちの前にでるとは思わなかったので。」
「そうか?『障壁』をきっちりかけているから、織り込み済みだと思っていたぞ。」
「念のために。」
ガンドルフの言葉で、止まってしまっていた護が復帰する。トヴァと少女を後ろに下がらせて前に立つ。
後ろでトヴァと一緒にサポートに回ってもらうつもりが、少女が面に出てしまった。性格を把握できていない護の落ち度だ。念のために張っていた『障壁』が功を奏した。
ガンドルフが気絶しない程度に敵味方関わらず『威圧』をかけ、動きが止まる中、剣を振っていた男に問いかける。
「確かに、王たちを見捨てて逃げた奴は裏切り者だ。だが、死にたいのか?仲間のためにだと言って。」
『当然チュウ。俺たちは、仲間のために戦うチュウ。死んでも、仲間がそれを達成できるなら、本望チュウ。逃げたら、達成できることもできなくなるチュウ!』
「それは正しいな。」
「えっ!?」
護が彼の意見に同意したのを聞いて、職人見習いがびくりと震える。恐る恐る彼女が護を見るが、背後からどんな表情をしているかは、見えないし、表からでも仮面で見えない。
突っかかってきたあの男鼠人も、護のいきなりの賛成に、目を丸くしている。
「ただし、達成可能な場合だけだ。お前に聞くが、今まで戦争を仕掛けて勝った回数は?」
『そんなの知らないチュウ』
「ゼロだ。少なくとも、文献を漁った限り、エルフたちが人族によって侵略されて混乱しているときですら、勝利を掴んだことは無い。」
『そんな訳ない!!』
護の言葉に、獣人たちが騒がしくなる。エルフの国が管理している文献からなので、信憑性はある程度信頼できる。もちろん、局所的な敗北はある。しかし、それでも獣人たちが樹海樹林を抜けて、エルフの国の一部を領土にしたことはなかった。
「お前が生きている間に、戦いに赴いた奴はいたか?」
『役に立たない奴が行って、戻ってこなかったチュウ。役に立たなかったのだから、死んだチュウ。でも、彼らは違う。精鋭だった。勝ってもおかしくなかったはずチュウ!』
「どれだけの規模で襲い掛かったかなんて、俺は知らない。でも、また負けたんだ。一度も勝てない相手に挑むことが正しいと思うか?まだ、猫人族や犬人族と争った方がマシだ。」
『それは困るにゃ』
冷静なツッコミが入った。護は咳払いし、主導権を握り直す。
「とにかく、勝てない相手がどこかには存在する。そいつらと遭遇した時、逃げられるなら、逃げた方がいい。例え、戻るところがなくなっても、死ぬよりかはマシだ。……お前たちは逃げて来た。だから、生き残れている。違うか?」
男が黙り込む。顔を真っ赤にしているが、護の言葉を吟味しているようだった。
その代わりに、仲間をかき分け、砂を鳴らして護に掴みかかってきたのは、同年代に見える女鼠人だ。
「じゃあ、どこまで逃げればいいの?もう逃げるのは嫌ぁ……」
涙目が号泣に変わる。嗚咽と共に護の前で泣きじゃくり続けている。
対処に困り、助けを求めて周りを見る。一同の視線が同時にフイッと逸らされる。助けてくれる奴はいないらしい。仮面の裏で、顔が引きつった。
とりあえず、首を絞めたり、武器を抜く気配はない。宥めるのを失敗した時のために、『障壁』を自分の身体表面に展開しつつ、彼女の肩へと優しく手を置いた。
「落ち着いてくれ。ゆっくり息を吐くんだ。」
「ひぐっ、ひぐっ……」
「俺が言ったことを続いて言うんだ。『三、五、二…』」
「『三…』」
どこかのドラマで見た光景をもとに彼女に数字を言わせる。近距離で泣き続ける彼女は、ゆっくりではあるが、護の言った数字を復唱していく。七度、繰り返した後にようやく彼女は落ち着いた。
周りからの視線が冷たく刺さっている気もするし、毒気が抜けたような気もする。
トヴァの呟く声、「メイアさんに報告なの」と、聞こえて、冷や汗が流れるが、目の前の彼女が自分をじっと見つめてくるので、ここで逃げる訳にもいかない。
「何から、逃げて来たんだ。」
『そいつらと、影』
『にゃ!?』
猫人の一人を指してそう言った。緊張感が場を再び支配する。
『ここにいる彼らじゃない。逃げる途中であった奴らチュウ。姿が見えて来た途端、襲い掛かってきたチュウ。互いにとって貴重な食べ物だから。』
手負いの状態で、襲われたら一溜りもないだろう。どれだけの人数が犠牲になったのか、想像がつかない。
思い出してしまい再び涙ぐむ彼女に代わり、彼女を追いかけて来た男鼠人が後を引き継ぐ。
『あいつらに追われて、民が多く減った。だが、幸運だったこともある。影の狙いが移ったチュウ』
『私たち、最初は影に追われていたの。夜にいきなり現れて、皆、そいつに食われた。私たちが敬っていた人も。』
悲しみの他に、怒りが乗っている。気のせいかもしれないが、彼女の真っ赤な目は泣いていたからだけでは、なさそうだ。
それも、涙が再び零れ始めると、雲散霧消してしまう。
『老人たちは逃げ切れないから、皆残ってしまったし、私たちは見捨てきた。…もう限界チュウ。貴方たちから逃げて、私たちもどこかで死ぬのよ。ねぇ、何でも言うこと聞くから、私たちを助けて?もう、こんな生活をするのはうんざり…』
『パロ!!』
『えっ…』
キィン!!
護が咄嗟にできたのは、急所から逸らすだけ。護に助けを求めた少女は背後から槍で貫かれ、その穂先は『障壁』を砕きかけていた。
護は、彼女の身体を抱き寄せて槍から引き抜き、後ろへと飛びのく。血を水魔法で、回収しつつ、傷口の真上に手を当て『メガ・ヒール』を発動、風穴が空いてしまった体に、血を注ぎ、臓腑を癒していく。一気に危険域まで減っていたLPが回復していくが、彼女は意識を手放しており、ぐったりしていた。
今まで黙っていた槍の男。彼がした凶行に、意識が冷えていく。
「なぜ?」
「我らは、貴様らの手当てなど求めない。最早、裏切り者の女を助けた時点で、お前たちは信用するに値しない。お前もだ。」
『くそっ!』
パロに加担していた男に槍が迫る。その一撃の前に光の壁が現れ、激しくぶつかり合う。槍の主が見据えた先には、険しい視線を向けてくるガンドルフが。
「嬢ちゃんは限界って言っていただろうが。俺たちが信じられないのは理解できるが、この嬢ちゃんは別に裏切っていないだろう。ただ、助けを求めただけだ。それが裏切りに当たることなのか?」
「お前たちは敵だ。我らは民を守る者。その我らが、敵に助けや情けを求めるなど言語道断。その女を差し出せ。そいつはこちらで処分する。」
槍男の瞳は狂気じみており、話が通じない。そして、誰もが彼の怒気に巻き込まれ、その場で固まってしまう。
「助けを求められた以上、彼女を引き渡すわけにはいかない。最初は、追い払って終わりにするつもりだった。しかし、俺たちに助けを求めてくる奴を、俺は見殺しにはしない。」
「率いる上で、そんな甘ったれたことをほざくとは、やはり敵だな。」
「いいじゃないか、甘いことがあっても。あんたみたいな奴が必要な時もある。ここまで進んできたのは、称賛されるべきだ。でも、やりすぎだ。あんたが引き連れた部下をよく見ろ。あんたが否定するから、休める時間が減っている。癒せる傷を癒せないままでいる。それはどうなんだ?」
「うるさい!私は間違っていない!お前たちもそうだよな!?」
怒気に押されて頷く者はいるが、あからさまに顔が引きつっている。その事に気づいたのか、槍を振り回し、さらに怯えさせる。八つ当たりだった。
「お前が部下をかどわかしただけにすぎん!」
「もういい、あんたは少し眠ってくれ。」
護はガンドルフにパロを預けて、『月光・真打』を引き抜き、切っ先を向ける。それを合図に戦闘が始まった。
柄の両端に尖った穂先がある槍を使う彼は薙ぎを中心に攻め立ててくる。柄を切ろうにも、魔力によって補強でもしているのか、切れずに魔力が煌めいていた。
躱すことを中心にし、護は相手を観察する。
激昂していたはず。それでも、技は冴えていた。護の射程圏内に入れないよう、薙ぎ払いの嵐に、土の石礫と多様に護を狙ってくる。そこから活路を見出すのは、非常に難しいと思わせてくるほどだ。
「くぅ。なぜ当たらん!」
「さてどうしてだろうな。」
いなされ、躱され、まともに当たらない。フェイントを織り交ぜつつ、護の身体の中心を当てるように、しているはずなのに当たらない。自分が狙った所と微妙にずれている。もどかしさが募っていく。
(『ディフェクト』。闇魔法の相手の知覚を狂わせる魔法。メイア、シィ相手には効果が薄いけど、この男なら、充分だ。)
相手の攻撃は荒々しくも丁寧だ。ずれを直そうとしているのが分かる。あえて切れる時間を護は設定し、ずれを直したと思った時に、通常の感覚に戻し、ミスを誘発させる。メイアとの模擬戦の時は、二撃目で修正してきたため、魔法発動のオン・オフが上手くいかなかった。シィの場合、メイアほどではないが、四撃目で修正、かなり苦しい戦闘をさせられた。
だが、この男は大体六撃目。縦と袈裟の頻度が多く、縦は完全に躱せるし、相手が勘違いしている間合いの内に入れば、完全に弾けるか流せる。唯一横の薙ぎだけは、上手く受けるしかないが。
魔法では『障壁』を貫けないことを悟った男は、技を使用する。
「これならどうだ。『ローン・モゥイング』!」
「『フル・パリィ』」
強力な薙ぎ払い。槍術Lv4の技の一つ。『ローン・モゥイング』。名前はいかがなものかと思えるスキルだが、威力、速度ともに優秀。何より特徴は、この攻撃は静止状態からでも、発動できる点にある。要するに、ぶつかって動きが止まった瞬間に引くことなく、力押しできるということだ。今回はその特徴を無視した攻撃だが、身体を上手く使っている分、威力が上がっている。
それに対して護が発動したのは、剣術Lv5の技、『フル・パリィ』。剣術Lv4の『パリィ』の上級版で、STRを参照して、ただ弾くのではなく、自身の力を加えることができる。
結果、男の槍は強く打ち上げられて、隙ができた。
「まだだっ!」
崩れる体勢と引き換えに、出された顎へのつま先蹴り。これは、護の鼻先を掠って不発になる。それを目を開いて倒れ込んでしまうしかない。まだ『ディフェクト』の効果は続いていることに気づけていなかった。
「眠れ。」
『アイテムボックス』から槍を取り出し、石突側で顎を掠めた。振り切る前に『ローン・モゥイング』
を発動し、もう一度、掠める。脳を一気に揺さぶられた男は、意識を手放した。
一応、『真理眼』で状態を確認した後、動けないよう光魔法で拘束し、武器を収めた。
鼠人たちは自分を見て驚愕している。それで、自分の姿に気づいた。仮面で顔は隠せても、フードが外れてしまっていた。ハーフエルフの耳がむき出しになっており、鼠人たちの視線が釘付けになっている。
「「「「……」」」」
「俺のことを信じられない者は、立ち去ってくれても構わない。今、林の中にいる民の中からそういう奴がいた場合も同じように薦める。背後から襲うようなんてことはするつもりはない。…信じてもらえないだろうが、約束する。」
『なぁ、何で、あんたはここにいるんだ?』
素朴な疑問。護の存在は、殺したくて仕方がない相手だ。それでも、猫人や犬人がついていっている。なぜなんだと、疑問が胸の中を支配していく。
それはぎらつく視線となって、護を見据えた。
「それは…変えるため。お前たちが戦争を仕掛けて、何かを変えようとするのと同じだ。」
『…』
「お前たちは、なぜ、戦う?何が原因で戦わなくてはならないんだ?なぜ、追い出さなければならなかった?…少なくとも、ここには食べるものがない。娯楽がない。余裕がない。そして、失うということ自体が当たり前になっているんだ。俺はそれを変えたい。」
『訳が分からないよ…』
「今は、それでいいんだ。ゆっくり考えられる生活になるまで、理解できなくてもいい。」
鼠人たちは、理解が追い付かない。でも、熱意は伝わる。この男がやろうとしていることは分からなくとも、本気であることは、伝わってくるのだ。自分たちと同じ部分をこの男は持っていると、そう感じる。
『助けてくれるチュウ?』
「勿論。ここで治療しよう。」
『俺たちは、村の中に入れないチュウ?』
「あいにく、場所がない。できるまでは、ここで過ごしてもらうことになるが…それでいいのなら、滞在を許可しよう。ここに住みたい奴がいるなら、考えてもいい。やるべきことはやってもらう。その条件を呑むなら、俺たちは歓迎する。」
『お願いします。もう疲れた。ゆっくり休みたいチュウ。』
目が死に始めた戦士たち。緊張の糸が切れてしまい、倒れそうになっている者もいる。
猫人と犬人はやれやれといった感じで肩を竦めている。少なくとも、反対はしないらしい。トヴァたちという前歴もあるからだろう。
こうして、新たな住人(仮)がしばらく居候の形で加わることになった。
「ごめんなさい、族長。」
『すみませんでした、族長様。』
戦士たちを砂防林に運ぶように指示を出した後、狐の耳と鼠の耳を持った少女たちが、謝ってくる。
二人の耳を手慣れた感じで撫でて、護は笑った。
「こういうこともある。トヴァはともかく、ススは前に出てはいけない。戦えないことは自覚しているだろう。気持ちは嬉しかったが、命は大切にしないとな。」
『チュウ』
それ以上、叱るのはやめて、護は二人を子供たちのところへと送る。
「護様、お怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫だ。さらに、大変になるぞこれから。エトリアさんは?」
「向こうです。…行かれる前に、一ついいでしょうか?…女に泣き縋られたとか。」
「うぐっ。やましいことはしていないぞ。」
(誰だ!メイアに話をした奴は!?)
メイアはアルカイックスマイルを崩さない。護は対処しただけで、下心なんて出す暇はなかった。そう伝えれば、彼女は納得してくれるだろう。ただ、悪くなった機嫌を直すのは別だ。
護は鼠人たちとやり取りよりも高難易度の説得に挑むのであった。




