第五章 エピローグ
こ、ここでひとまず…
~護たちの拠点・『堅牢』夫妻の部屋~
「え、あいつらの死体が?」
「『予知』で見つけたの。」
拠点に来てから丁度二十日目。遠征組がほとんど無傷で帰って来た。
護はトヴァ、エトリア、ガンドルフの三人からの報告を聞いて、驚きが満ちる。
自ら護の傍を離れていった獣人。前回の遠征では、遭遇しなかった彼らだが、今回は遭遇したらしい。ただし、死体として。それも跡形もなく残された毛と大量の血だけが、彼らがそこで息絶えていたことを示していた。
「魔物に殺された線が一番大きいだろう。」
「食べられたんだろうねぇ。彼らが選んだ道とは言ってもさ、悲しいねぇ。」
(…脅威が減ったと、喜ぶことは顔に出さない方がいいか。)
自分たちに牙を向けてくる可能性があった。トヴァたちと戦闘になっていた可能性も高い。
余計な戦闘にならなくて、助かったという安心がある。それをはっきりとは言えないが。
「獣人族で死者を弔うにはどうすればいい?」
「え?裏切り者なんでしょ?弔う必要なんかないの。」
トヴァの真っすぐな瞳に護は射抜かれる。そこには、自分が形だけで、それを言ったことを咎められているような感じがした。
思わず動きを止める護に、ガンドルフが彼らの遺品をどうしたか、簡潔に告げる。
「マモル、あいつらの遺品は全て、土に還した。」
「そうなんですね…これを他に知っているのは?」
「遠征組は全員だ。」
「裏切り者の死なんか、気にしてる奴はいないの。今は取れて来た食べ物と、族長に頼まれた物をとってきたから、それについて考えるの。」
トヴァの言葉で、三人とも黙り込む。護の心の内以上にドライな言葉に、エトリアとガンドルフの瞳には、悲しみが映る。言ったトヴァ本人は、首を傾げる。
「間違ったことを言っちゃった?」
「いや、トヴァの言う通りだ。解体作業も終わっていないし、砂漠でもきっちり育つか、早速試してみないといけない。やるべきことはある。」
「だったら、とっとと動くの。」
トヴァは部屋を出て行ってしまった。
残された三人はそれぞれ別の表情をとる。護は眉を寄せ、エトリアはため息を吐き、ガンドルフは視線に鋭さを宿す。
「行ってしまったさね。」
「俺たちも追いかけなければならんな。マモル、そっちの状況はどうだ?」
「大体、農場用は五割、外縁部は三割と少しのところまでは。これと同時進行で、魔力草がちゃんと育成できるのか、確認もしていくつもりです。」
「そうか。こっちも、しばらくは遠征しないで済むような獲物をとってきた。ただ、気になることをトヴァが言っていた。樹海樹林からして、北東にとてもつもなく嫌な気配がすると。『予知』で見える範囲のいる脅威ではないらしいが、トヴァが息遣いを乱していた。」
護は顔を顰める。北東、ここからすれば東で、何かが起こっているらしい。それも、かなり厄介なことが。
トヴァから教えてもらった『予知』について思い出す。まず、『予知』には種類があり、その数は三だ。
一つ目では、方角とざっくりとした状態で吉と凶がでる。具体的には、向いた方向に対して、凶方では嫌な感じが、吉方ではどこか落ち着く感じがするそうだ。少し移動するだけで、それが薄らいだり、濃くなるらしい。ちなみに、拠点に来るときには、ひたすら吉方だけを選んできたそうだ。
二つ目では、具体的な予知だ。正確には、自分以外を対象とした予知になる。対象を指定し、相手がしようとしていることを見る。複数にも対応が可能だ。とは言え、言葉で指示できる量と、トヴァ自身の状況処理能力が、予知に対する限界を左右する。
三つ目は、彼女がしたことに対することに対しての相手の反応への予知だ。二つ目と違うのは、トヴァからの複数のアクションに対し、それぞれの結果を感じることができる。その中から、直感を元に最善を引き出し、行動に移す。そして、一番の特徴は予知からの最善手までの行動までほぼノータイム。身体の判断に委ねる状態になっているそうだ。
(かなりのチート。まだまだ、聞いてみたいこともある。それに欠点もあるけど、差し引いてもかなり強い。)
欠点としては、距離とトヴァの処理能力、そして、精神力だ。距離が離れすぎていると、正確な予知は不可能になる。また、多くの状況が同時に起こる場合、トヴァが取捨選択できる情報を超える。すると、最善手を全てに対してフィードバックすることは不可能だ。また、精神的に疲労していると、取捨選択の精度自体が落ち、三つ目の予知はほぼ発動不可になるらしい。
当然、どこまでも見える訳ではなく、限界がある。
「見えなかったということは、距離自体は離れているみたいだな。それでも、かなりの脅威を感じていたということは…今から備えていける部分は、備える必要が…」
「そうかもしれねぇが、戦闘に関しては、俺たちがやれば十分だろう。今、やっていることをしっかりやるべきだぞ、マモル。」
「そうさね。」
護は眉を軽く揉んだ後、頷く。最高戦力である二人を信じることにした。
メイアたちにも情報共有することを決めて、三人は動き出す。ドームで解体作業ができるようになったことで、拠点内に血生臭い匂いが充満しなくなったのは、地味にありがたい。
血汚れも、『浄化』で一発だ。獣人たちには驚かれた。どうやら、神官の存在すら、知らなかったらしい。魔法職自体が少ないのも原因だろう。魔法で傷を癒すのは魔法使いだけと思い込んでいても不思議ではなかった。
今、この拠点で戦闘職が下級のままなのは生産職メンバーだけなので、神官にする暇も機会もない。
それも豊かになっていけば、将来、獣人の中から、神官系の職業に就く者が現れるかもしれない。
「似合わないな…」
神官服を着る獣人を想像して出た護の呟きは前を進む二人に聞こえることはない。
苦笑もすぐに消え、意識を切り替えるのであった。
~エルフの国・西の砦~
「遅れて申し訳ありません。これをあのアカシミヤ殿から、渡してくれと頼まれていました。」
「…ライラ様と貴族たちの書面…」
かつての隊員からある書面を受け取った、チュリはベッドから身を起こして、それに目を通していく。
貴族たちの不干渉を約束させるという内容。
そして、護からの手紙が残っていた。
「貴方、護さんからの手紙を読みましたか?」
「いえ、恋文であれば、読むのは不味いと思いましたので。」
「目を通してみてください。」
チュリから渡された手紙を隊員は読んでいく。
そこに記されたのは異なる戦場に向かう前の、丁度、渡されたときの出来事に関してだった。
「女王様と共謀して、獣人たちを逃がした!?それで今、獣人たちの領域にいるだろう!?」
「それと、貴方に渡すことも読まれていたようです。裏の後書きを見てください。」
「『ストランド名誉公爵の傍に俺たちはいることができません。彼女のことを頼みます。』…何を当然のことを…」
窓からまばゆい光が入ってくる。また、窓の傍には鉢が置かれてあり、花を咲かせていない植物たちが静かに光を浴びていた。
チュリの視線に従うように、隊員はそれらを見る。
「アンちゃんからの言葉も残っています。『多分、元気になる頃に戻ってくる。』だそうです。」
「そうなのですか…。ところで、あれは五年に一度咲く花でしたか?」
「はい。五年…もしかしたら十年後かもしれません。ですが、いつかアンちゃんに見せたいのですよ。」
チュリは優しく微笑み、隊員もつられて笑った。
日の光が部屋を温めていく。しばらくの間、二人は近況を話し合うのだった。
「失礼しました。」
「ご苦労様。」
隊員が出ていく。チュリは少しだけ、顔色を曇らせた。
まだあの暗く沈むような思いは自分の中にある。それでも、燃え盛る炎のような激情はもうない。
「戦わなくていい…そう言われたのは初めてです。」
ベッドから降り、植物に優しく水をかけていく。
いつ以来だろうか、こうして草花を愛でるのは。いや、こうして花を育てるのは初めてかもしれない。
チュリは実用的な植物を好んでいた。具体的には農作物だ。
「ふふっ。」
結局、アンに見てもらいためにやっている。誰のためにやるかの対象が、自分からアンに変わっただけで、根本的なことは変わっていないのかもしれない。
そう思うと、少しおかしく感じて、笑いが零れてしまう。
「えーと、お邪魔するわよ。」
「失礼する。」
「おひさー」
扉を叩く音がしたかと思うと、ライラ女王に、同期のニースメンドとアザレアが入ってくる。
ニースメンドは相変わらずやつれたように、アザレアは元気そうだ。
「元気そうで何よりよ、ストランド名誉公爵。」
「ライラ様も、ご元気そうで何よりです。今日は、どのような用で来られたのでしょうか?」
「特には用はないの。そうね、お見舞いかしら。」
「女王様とは偶然、出会ったから、一緒に来たんだよ。」
なお、ニースメンドは、アザレアに引っ張られてきて、その途中でライラと遭遇し、同じ目的地を目指していたために、一緒に来たらしい。
「大分、落ち着いてきているようだな。」
「そうですね、ニース。とはいっても、剣を見ると、まだまだ正気でいられません。」
「…仕方あるまい。今は幸い状況も落ち着いている。今いる人員で事足りている状態だ。焦らずとも、上手くいっている。」
ニースメンドの顔色を見ると、そういう風には見えない。ただ、いつもそのような顔をしているとも言える。少なくとも嘘を言っているような感じはなかった。
「影の処理も終わっているから、ニースの言うことは本当だよ。南の方も、元に戻り始めている。戦争は終わったんだ。」
アザレアからも似たような言葉を聞いたことで、チュリは安心する。
「そう言えば、アカシミヤさんからの手紙に書かれたことは本当なのですか?」
「どんな内容だったの?」
「これを。」
手紙を読んでいく。読むにつれて、ライラは呆れ顔になった。
「ライラ様の言っていたことは本当だったのですか。」
「信じていなかったの、ヴェルシェ名誉公爵?」
「いえ。彼らがいなくなってからそれなりの時間が経っております。それにライラ様の言葉を疑ってもおりません。ただ、受け入れるのに、時間がかかっているだけです。」
「僕もこればかりはニースに同意。ライラ様もアカシミヤ君に無茶をお願いしたなぁと思うよ。」
誰が聞いても、そう思うだろう。殺し合った相手を逃がし、まして、その相手と暮らさせる。
支援もなく、方針すら丸投げ。罰なら分かる。しかし、それを頼むなんて。
心に巣くう狂気を超えて、狂気染みている。引き受けた護たちに驚愕と、ある種の共感をチュリは感じる。
「報酬は?」
「えーと、何も考えてない…」
「流石にそれは、駄目じゃないかな。成功しても、失敗しても、渡すべきだよ。ライラ様の無茶無謀に付き合ってくれているんだよ?見限られることはないかもしれないけど、確実に落胆されるよ?」
「それは駄目よ!何を渡せばいいのかしら…」
三人も今すぐには思い浮かばない。ライラ様自身は女王の座から降りた後、護の元へと嫁ぐ予定なので、よくあるライラ自身を報酬に、という手は使えない。
「金銀財宝の類は、どうだろう?」
「それは…」
「ニース、ライラ様の貯蓄を知ってての発言だよね?」
「当然だ。ほとんど残っていない。」
「宰相から聞いたのね…そうよ、そうよ、人の上に立つ人としてお金を盛大に使ってるわ。だから、お金が残っていなくても、しょうがないの。」
三人はため息を吐く。散財気味のアザレアでさえ、名誉公爵をクビになった時に備えて、三か月以上の貯蓄があるのだ。
「敵を作る言い方ですので、言わない方がいいです。」
「分かっているわ。ただ、現状、節約さえすれば一か月を持たせられるほどのお金しかないのよね。それに、しばらくは使った国庫の回復のために、女王、宰相含めて報酬カットよ。生活費でほとんど消えるわね。」
「いっそのこと、国からの報酬としてはどうでしょうか?」
「表立った形にはできない。不信感を煽ることになる。唯一、詳細を隠せる軍事費に入れたとしても、内部から不満が出る可能性がある。チュリ、現実的ではない。」
「…」
良案は出てこない。それから一刻ほど悩みに悩んだが、出てくることはなかった。
「もうこんな時間ね。ストランド名誉公爵、これからも度々来ていいかしら。相談に乗ってほしいの。」
「はい。私で良ければ。」
「一つだけいい?マモル君のことはどう思っているの?」
「え?」
不意に聴かれたチュリはキョトンとした。少し間が空いてから、笑みを浮かべる。
「友ですよ。大事な親友の旦那様です。決してライラ様の殿方に横恋慕することはありません。…興味深い殿方で、ライラ様にお似合いな方です。」
「ありがと。」
明らかに頬を染めつつ、笑ってくれた。チュリたちもつられて笑う。
ようやく、エルフの国では穏やかな日常が戻ろうとしているのであった。
Q:なんちゃてQ&Aをしましょうか。
A:お、おう。
Q:これ、次章に話丸投げ再びなのでは?
A:エルフから獣人への転換の章になる。否定は…難しそうだ。
Q:まぁ、いいですけど。しばらくエルフ組は出て来なくなるんですか?
A:チュリたちはそうなる。アンやオリーはエルフであり、護本人もハーフエルフだから、エルフ自体が全く出てこない訳ではないぞ。それに、閑話での登場もあるだろう。
Q:忘れた頃に出てきそうですね…
こんな感じでしょうか。
後は、閑話を二話(勇者+エピローグの少し後の出来事)と登場人物紹介を予定しております。




