疲労、衝突、植林
フィ、フィクションだから…
~砂漠・護たちの拠点~
「くっ…」
「護様、いい加減、休むべきです。」
強烈な体の怠さを振り払い、硬いベッドから起き上がる護に、メイアは苦言する。
メイアから渡された水を飲み干し、腕を上に伸ばしたり、足を曲げたり伸ばしたりして、身体の動きを確かめる。やはり、動かす度に重りをつけているようだった。
疲れが抜け切れていない。その悪影響が出始めている。
「流石に限界が来ているみたいだ。」
「そうですよ。その様子だとLPも全快していないのではないですか?」
「…ああ。」
獣人たちを連れて、この地に来てから二週間ほどだろうか。部屋の隅に置かれた石板に刻まれた線の数が経った日を示していた。
護はひたすら生活のためにできることを、休みを減らしてやっていた。
その反動が出始めており、いつ倒れてもおかしくないだろう。
「食事をしっかり取ってください。減らす前の量です。様子を見ていましたが、私は我慢の限界です。」
「すまない。」
護はメイアから器に入ったかゆを受け取った。色々と考えながら、口へと運ぶ。
食事の量を減らしていた。単に、食料事情は徐々に苦しくなっていくことが予想できた。そのための処置だが、それも、護の体力を削っていた原因の一つだった。
(LPが完全に回復しきらない状態が続く。…体力が落ちると、どうなるか、身をもって体験にはなったかなぁ)
ステータスに表示されている上限まで回復しきっていないLPを見つめながら、そう嘆息する。LPが回復しきらない上に、ENDによる補正も落ち、地球の肉体に近い状態になるようだ。
護は二人きりの部屋を見渡す。朝ではないらしい。
「みんなはどうしている?」
「セレスさんは掃除と洗濯を、他は引き続き、樹海樹に狩りに出ています。」
「ミゥは?」
「護様が居られないので、間伐?をして、それを粉々に砕くよう他の獣人たちと協力をしているそうですよ。」
「作業が止まっているのか…俺しか腐属性の魔法が使えないからなぁ。」
護は暑い中、ずっとやっていることを思い出して呟く。
とある作業に、今は護しか使えない魔法が必要であり、そこでどうしても護が倒れると、作業が止まってしまう。
「腐属性もエクストラ…一体基準はどこにあるんだ?」
「存知ないです。私は、初めて聞きました。他の誰も習得していないかもしれませんね。」
由奈が習得しているが、二人が知っている筈もなかった。
護が闇属性に加えて、新しく覚えたのが、腐属性。植物、動物の亡骸、金属と腐食させるという、強力な魔法だった。日属性と変わらないレベルで、MPの消耗が激しく、魔力回復薬の使用を控えている中、一日に発動できる回数も限られる技能だ。
(『コロード』に『ディケイ』ね…。腐食させるものによって、イメージに使う単語が変わるからなぁ。同じイメージで発動しないところを見ると、原理が違うことが関係していそうだな。)
色々と仕様を考えたいものだが、発動できる者が護しかいない。
イメージの難易度から、日属性よりも腐属性は教えられそうだ。ただ、金属を腐食させる必要がある。
金属は貴重だ。将来鋳つぶして再利用するためにも、壊れた道具を完全に潰すには決断が必要で、護はその踏ん切りがついていない。
「やっぱり、鍛冶師と金属資源を見つける必要があるな。」
「そうですね。どうお考えですか?」
「うーん、獣人たちでも、有力者に囲まれた存在だからなぁ。連れてくるのはかなり困難だ。攫うという選択肢もあるが、今の状況ではできない。それに金属の方はさっぱりだ。」
「そうなりますね。それに、魔物の素材加工をできる者はいるのですが、やはり、職人としての補正がないと、いまいち品質が落ちてしまいます。」
「そっちはどうにかできそうだぞ。職変えの水晶と、冒険者の宝珠の生成条件が分かった。」
「本当ですか?」
護には無縁のものだが、これから先、獣人たちを強化していく上で必須のものだ。強力な職に必要最小レベルで転職する。無駄にレベルを上げると、それだけ、とり損ねるステータスが増える。この世の常識として、普及している。
肝心なのは、それを可能にする『職変えの水晶』と呼ばれるものと、冒険者への転換に必要な『冒険者の宝珠』だった。これらが、どうやって確保されているのか、謎だった訳だが、調べてみると答えがあった。
「これは一日も掛からないから、今すぐやろうと思う。」
「体調の方は大丈夫でしょうか?」
「ああ。激しく体を動かすものではないし、MPも全快しているから、何の問題もない。」
メイアに器を渡し、ローブと仮面を被る。
優しい声で、彼女は「早く戻ってきてくださいね」とだけ言い、護を見送る。
部屋から出ると、様子を見に来た獣人たちと遭遇した。彼らは驚きのままに、護を取り囲む。
「マモ、目が覚めたかっ!」
「身体は!」
犬人の男女に体を叩かれる。痛い。
「問題ない。痛いから止めてくれ。」
「セレやアンがとても心配していたぞ!」
「そうか。後で、ちゃんと会って安心させる。」
「ふぅん。で、どこに向かっているの?」
「ちょっと、外に用がある。」
「倒れないでよ!マモが居ないと、私たち、死んじゃうからね。」
大丈夫だと、笑って外へと出た。すでに日が暮れ始めており、気温も下がり始めている。
下の平らにした場所で、洗濯物を仕舞うセレスたちを見つけて、護は彼女の元へと固められた階段を下りる。
「セレス」
「…護さんの馬鹿。」
プイッとへそを曲げられてしまった。そんなセレスに、護は謝る。
「すまなかった。」
「そればかり。護さんの謝り文句は聞き飽きました。」
「…」
「……はぁ。メイアさんが叱ったと思うので、私からは特に怒りません。今日は、夕食一緒に食べましょう。」
作業が長引き時間がずれて食べている夕食を一緒に取る約束を、はきはきとした口調でセレスは取り付ける。
肌が少し焼け、逞しくなった彼女に、護は頭が上がらない気持ちが湧きあがる。二人には完全に歯が立たない部分がある。
護は気まずそうに頬を掻きながら、こう言うのが精一杯だった。
「早く戻ってくる。」
「気をつけてください。…作って待っています。」
用事を早く済ますと心に決めて、護は最初の目的を果たすため、さらに下りる。
拠点と、農地予定地との間、将来拠点を作る場所で、止まった護は、
「『ロック』」
最初の拠点と同じ要領で、一つの地下空洞を作っていく。
階段も作り、その中へと護は入っていった。真っ暗な空間の中央で、イメージをさらに練る。
「『ライト』……『クリエイト』」
ひんやりとした空間に一つの明かりを灯し、イメージを練り更に魔法を発動させる。
石でできた祠が二つ出来上がった。その一つに中にこの世界の言葉で、『世界神に送る』と書かれた石板を置く。
「世界を作りし、神よ。この世の枠組みに触れ、生きる力を欲す。」
光が満ちた。あまりの眩しさに目が眩み、瞼を閉じる。
改めて目を開くと、そこには、あの大きな水晶が宙に浮いていた。
「後は…我願う、冒険の果てに辿り着きし景色を、この目で望まん。そのための、力を欲す。」
やや抑えめの光がもう一つの祠の内部で起こった。
光が収まり、護は開けてみると、そこには宝珠があった。
(シンプルだが、失伝に近い状態なんだよなぁ。数を求めるような代物じゃないことが原因か。)
『冒険者の宝珠』は各国の冒険者ギルドの最重要事項として、その祝詞と祠が継がれているところが大半だが、職変えの水晶は、失われかけているようだ。
教会を新規で作ることが無くなったことが大きく関係しているらしい。さらに、記録がほとんど残ってなく、数えるほどしかない点から、冒険者ギルドのように継ぐものとして扱われなかったらしい。
(予想以上に簡単に作ることができると知ったら、不用意に作る奴はいるだろう。神が嫌った可能性もある。)
とりあえず、目印の棒を二本立てて、拠点へと戻っていく。
風が吹き荒れる。夜は極寒だ。一度、アンと共に星を見るために、外に出たが、とてつもなく寒かった。
ふと、階段から拠点周りを見下ろす。それから、今までの苦労を思い出してため息をつく。
「はぁ…防砂林の育成に、暫定領土の線決め、植物栽培のための土壌改良、魔物の駆除に、新規拠点づくり。目標には至っていない部分が大半だが、よく進められたと言うべきか。」
砂漠には異質な光景があった。防砂林に囲まれるようにしてある小さな草原、遠くには、道に迷わないように、十メートルほどの土柱が規則正しく何本もそびえ立つ。それら一本一本に分かるよう印が彫り込まれているものだ。
(地球なら、何世紀単位の改変に当たるのか。発酵に土壌改良なんて、一か月単位で済むようなものではないはずだし。)
できることの幅は魔法が便利である分、広いと改めて理解させられる。
物理法則や腐食の仕組みなど、世界の仕組みが地球と同じなのか怪しいところは多いが、少なくとも、護は気にしないし、それに対する深い知識を持ち合わせていなかった。
「まだまだこれからだ。…セレスが待っている。今日はしっかり休もう。」
自分の部屋に戻ると、セレス自作の魔道具を利用したキッチンでセレスとメイアの二人が料理をしていた。
しばらくしてから、二人と一つの机を囲んで、護は出来立ての夕食を取るのだった。
ちなみに、護は引きずるような疲れから眠るのが早く、メイアとセレスにもみくちゃにされる夢と現実を体験したらしい。
~翌日~
「マモル様、いっぱい獲って来たよ。」
「お疲れ様。アンもガンドルフさんたちも、無事に帰って来られて、良かったです。」
「今回は運が良かった。これで、二十日前後は、普通の食事をしても持たせられるぞ。それにしても、マモル、新しくできた洞窟の中に入ったら、『職変えの水晶』と祠があったんだが、あれはどこから持ってきたんだ?」
「呼び出しました。」
「は?」
アンの頭を撫でながら、一言で答えた護に、疑問符を掲げた後、頭を抑える。
「まぁ、マモルがやることだ。何が起こっても、驚いていたらきりがない。」
「大分、酷い言い方ですね…」
「お前さんが、勉強もできるとは思っていなかったからな…」
「向こうでは、勉強できない方が死活問題ですから。」
「「ハハハ…」」
「笑ってないで、手伝うさね。」
エトリアに言われて、解体の手伝いをしていく。
結構な数をやっているのに、『解体』スキルが出てこないことに不思議を覚えるが、道具と完全なTEC依存技能な分、ステータスと知識、経験さえあれば、思った通りにできてしまうので、自己完結する。
どうしても捨ててしまう部分を貰うため、時折、獣人たちに声をかけていく。
そんな中、護に近づく猫人がいた。
『ごめんなさいにゃー。マモがいないと、全然上手くいかないにゃー』
「これからできることを増やせばいい。俺たちはずっとここにいる訳じゃない。いつかは、自分たちの手で上手くできるようになれるさ。」
『マモと一緒にいたいにゃー』
手に付いた血を『浄化』し、ミゥの耳をやさしく撫でまわす。彼女は顔を赤くして、護の好きにさせる。
甘え上手な彼女に和む。今更ではあるが、猫耳という強力な魅力が護を虜にしていた。
そんな護に手刀が振り下ろされかける。咄嗟に躱した護の目に、不機嫌さを隠さないシィがいた。
『馴れ馴れしいにゃ。ミゥに手を出したら、許さないにゃ。』
「シィは相変わらずだな。約束は守るはずじゃなかったのか?」
『むぅ』
シィはそれ以上、暴力に訴えるのを止める。
二日目にあった決闘の結果、護との約束で暴力行為は禁止されていた。約束を破れば罰がある。
『駄目にゃ、シィ。マモの言ってることは守らないと、メイたちに怒られるにゃー』
『…』
何より、ミゥが完全に護たちの側についてしまった。
面白くはないが、自分の居場所がなくなっていくだけ。負けるまでは、自分本位だったシィも、学ばざる得なかった。
居場所を作り、誰よりも動き続けているのは、ハーフエルフだと。
『フンッ』
『行っちゃったにゃー』
シィは抵抗と言わんばかりに、部屋に戻っていった。
「なんだよあいつ!」
その様子を見ていた犬人の男が悪態をつく。声が大きかったので、周りの視線を引いた。
「歯向かってくる奴に、マモ、何も言わないのか!?」
「彼女は約束を守ろうと努力している。さっきのもじゃれ合い程度の速度しかなかったからな。…ミゥから聞いたんだが、ずっと彼女は獣のように相手を求めて戦い続けて来たんだろう?感情のままに振るってきた力を自分の意志で抑え込もうとしている。あれぐらい、どうとも思わない。」
「そうなのか?そうには見えないし…そもそも、お前は一体なんだ!」
「?」
その問いに護は首を傾げる。矛先が急に変わったことに、ついていけない。
また、男は、他の犬人が咎めるように視線に気づいていない。
昂った感情のままに、護に言葉を投げつける。
「俺たちと戦ったんだろ。どうして助ける!敵じゃなかったのかよ!あんたは同族を殺しまくった!俺たちをゴミのようにそうしたんだろ!なのに、どうして!!」
護はその問いに仮面を外し、男と視線を合わせる。
そして、正々堂々と護は答える。
「そうだな。俺は嫁を殺されかけたし、怒りと衝動でお前たちの同族を殺した。…俺が助ける理由?最初に森で言ったはずだ。戦いを無くすためだ。」
「そんな筈ない。俺たちを利用するつもりなんだろ。出来るだけ利用して、搾り取るつもりなんだ!」
「利用することを否定するつもりはない。だが、搾取して何になる。お前たちが苦しむ様を見たいなら、こんな回りくどいことをしない。これまで、何を見て来た?」
「…ッ」
「争っている暇はない。まだまだ、始まったばかりだ。農業は始まってもいない。ここから先、やっていく自信はあるのか?」
「ッ!」
考え、自制する心はある。ただ、男の怒りはどこにぶつけようがなかった。
彼は嫌悪感があるのだ。護という男に対して。
そんな彼を終始嫌う目で見ていたミゥが、呆れた様子で言った。
「少し、頭を冷やしてきてー。マモを余計に困らせないで。」
「そうする…」
男は出て行ってしまった。彼の友人の男犬人が護に謝って、その後ろを追う。
「怒ってないのー?」
「ああ。寧ろ、やってしまった気分だ。」
護は疲れた表情になる。感情を煽るような言動をしてしまった。
もう少し、良い言い方があったかもしれない。
心配そうに見つめてくるミゥに、護は彼女の耳を撫でる。
「ロアのことは罰しない。彼の感情は間違っているものではないから。」
「いいのー?」
「あいつみたいな奴が一人はいないと困る。俺は…」
「?」
言葉を続けることなく、護は再び仮面を被る。
情緒豊かな奴がいないと、多様性に欠ける。
(前々から分かってきたことだ。鈍くなっている。かなり冷たいやつだと思われていても仕方ない状態だしなぁ。)
しみじみと思いながら、護は解体が終わると、日が照りつける中、農場予定地に足を運ぶ。
そこには十メートルほどのマツが四角に囲むように植わっており、砂だけの地帯を挟んで草原ができていた。
「マモ、種ができていたよ。どうするべき?」
一人の女猫人が護に両手いっぱいの種を持ってくる。
護は一粒受け取り、『真理眼』を発動する。
ピヌス・ワスティ[改良種](従来は砂漠と樹海樹林の間に生えている種。護が変化薬につけたことで、成長が栄養のある限りできるようになった。それと同時に、生活環が改変され、通常の数百倍以上の速度で開花、結実等ができる。これは、変化薬で改変されたものから、十三世代目にあたる種子である。高温、乾燥によるストレス下の耐性がつき、水分保持、根の吸水力が従来よりも大分改善されている。)
(賢者から貰った変化薬…世界樹の葉の効果がえげつない。気をつけて使わなければ。)
護は種をみてそう思う。初日に一時間かからずに五メートルほどの高さになった時は驚いた。それから、夕方ごろには種を残して枯れていることにも。
今、植わっている木は成長を止めているものの、枯れている様子はない。
「ええと…、選別するからちょっと待ってくれ。」
『はいにゃ。』
成功した種子を選んでいく。一つ一つを『真理眼』で選別していき、一つ前の世代のものを弾いていく。
まばらな木陰でその作業を終え、『アイテムボックス』に仕舞うと、護は木々を通り越し、草原の中に入っていく。
「栄養と水を吸って、大分大きくなったか?」
「そうみたいだよ。今まで見てきたけど、ここまで大きくなったものはなかったかなぁ。」
足元に生える雑草をつついて、猫人がそう言った。
護は様子を観察する。何度か砂嵐があった訳だが、障害物がある分、砂の移動量が若干減った気がする。
(確か、水の量が少ないことと、土の移動が激しいのが砂漠化の原因だった筈だ。土や砂が移動すれば、それだけ、植物が使える土が減ることになる。それを上手く止めてやれば、水を確保するだけで、大分改善する筈だっけ。)
土の移動が減っただけでも、僥倖だ。上手くいかなければ、この手は使えなくなる。
(後は、スピードが問題な訳だが…肥やし用の土地を作ることもできるけど、数か月単位で見ないといけない。…ショートカットが無ければ、挫折するしかない状況を綱渡りでやっているようなものだな。)
自分の手を見て、護は悩む。自身の魔法では、今管理しているところだけの肥やしを作ることができる。しかし、面積を拡大するとなると、担い手が足りない。
(ミゥに教えるにしても、金属は貴重だしなぁ。どっかに鉄でも落ちてないかな。)
習得のために潰してしまった槍を思い出す。
他に解決策が思い浮かばずに、頭をひねる。照りつける日差しを避けるように木陰へと移動した護に、ミゥが声を掛ける。
「マモー。頼みたいことって何ー?私が、マモの悩んでいること、聞くー」
「金属を手に入れたいんだが、獣人たちが使っていない場所はないか?」
「うーん、あったかなー」
『マモ殿。無い訳じゃないワン。ただ、かなり危険ですワン。』
はぁはぁと荒く息を吐きながら、男犬人が新たな種を持ってやってくる。
種を選別し、水を渡して、詳しく話を聞くことにした。
『マモ殿は、ダンジョンという単語を聞いたことがありますかワン?』
「いやないが。」
心の中では、おおっと感動しているが、想像でしかないので言葉では否定する。
『あそこは、階層ごとに迷宮になっていて、金属やキラキラした石がドロップするワン。ただ、一層から、今の我らと同じくらいの強さの魔物が、群で徘徊していて、一歩間違うと死んでしまうワン。』
「私も聞いたことあるよー。メビュースだねー。あそこ、神聖な場所として祀られてなかったー?」
『私の方では、恐れられていたワン。』
獣人族間での違いをとりあえずスルーして、護は場所を確認する。
「うーん、狐人の領域が一番近いのかなー」
『そうであるワン。犬人の領域から三日、猫人の領域から五日ぐらいの距離はあるワン。距離は違えこそ、あそこの周りを取り囲むようにして、領域が展開されているワン。』
「どっかの領域を越す必要があるのか。」
護の言葉に二人は頷く。護は顎に手を当てて悩む。
「通してくれるか?」
『運が良ければ通れるワン。領域内を移動しながら生活しているワンから、会わなければいけるワン。』
「会ったら、間違いなく、こじれると思うよー」
「それは面倒だな。そもそもメビュース?にたどり着けるのか?」
二人は視線を逸らした。領域からの位置は分かっても、ここからの位置は分からないらしい。
「大体分かった。夕方、集まってから説明するつもりなんだが、二人に相談しておいた方がいいか。」
「何ー?」
「どちらかの種族に接触したい。」
「お勧めしないよー。そもそも、メビュースと同じで場所がよく分からないしー」
微妙な表情でミゥに言われてしまった。
大体、前の話の感じからして想像がついていた。
「難しいのは分かっているが、ジリ貧になることが見えている。鍛冶師がいないことが問題なんだ。」
「マモはできないの?」
「できない。今、やっていることだけで精一杯だ。」
(エルフと接触することも考えたけど、今の状況で来てくれる人物はほとんどいないだろ。禍根も深すぎる。何より、ここを離れる訳にはいかない。)
この選択肢は最初に候補から外していた。
つい先ほどまで殺し合いをしていた相手なのだ。どちらにとっても距離を置いた方がいい。
また長い期間、護たちのパーティーから離脱者を出すのは、不安が大きい。
「地道に、場所を把握するほうが先決か。」
「そうだねー」
探索範囲を徐々に増やしつつ、領域に接触するのを待つしかないという結論に至った。
この地は、風により地形が少しずつ変化していく。目印が無ければ、遭難することは間違いない。
ちなみに、拠点の場所を見つけられたのは、樹海樹につけられたマーキングから、大体の方角を覚えていたミゥのおかげである。理想に近い場所を見つけられたのは運によるものだろう。
『お力になれなくて、申し訳ないワン。』
「もっと頑張るからー、許してー」
「気にしてない。この暑さの中での働きぶりは凄いぞ。」
褒められて喜ぶ二人を、護は静かに見守る。
(ダンジョンと鍛冶師か…武器しかり道具の事情もあるし、喉から手が出るほど欲しい。さて、どうするか…)
名案が思い浮かばない護は、休憩を取りやめ、いつもの作業に移る。
「俺の剣線上から離れてくれ。……『ウィンドカッター』」
すくすくと成長していた砂防樹を全て切り倒す。上が切り倒されても根がまだ生きている。
「頼んだ。」
『はいにゃ。』
獣人数人がかりで、一つ一つ、根っこを抜いていく。かなり深くまで根を張っているせいで、中々抜けない。
(もうそろそろいいか。今の人手でこの作業をするのも限界になってきた。)
その様子を見て、改良についても潮時だと判断する。この様子なら、次に移った方が良さそうだ。
(無茶は厳禁だからなぁ。)
心の中ではそう思いつつも、護も参加し、一本残らず抜いた後、獣人たちと共に細かく裁断していく。
粉々した後、そこへ『アイテムボックス』から魔物の死体を取り出して、混ぜ込んでいく。細かい骨は、ミゥたちが物理的に砕いていった。
「退避。」
近くに作った休憩所へと、魔法を使う者以外退避し、それぞれが持ち場につく。
『ドライ』
混ぜ込まれたものの水分が一気に飛んでいく。余分な熱気と水蒸気が体へと叩きつけられ、汗が止まらない。
カラッとした暑さには強い獣人たちだが、湿気の強い暑さは嫌いだった。一歩間違うと倒れてしまうため、休憩所の仲間はその様子を見守る。
「止めていい。しっかり汗を拭って、身体を冷やせ。水も忘れずにな。」
「あ、暑いわぁ。」
女獣人にハイドロⅡを手渡しし、退避していく獣人に労う。
照りつける日の中、護とミゥだけが残った。
護はしっかりイメージを練り、魔法を発動する。
「『ディケイ』」
一気に腐食させていく。最初は失敗して獣人たちが逃げ出すほどの悪臭を放っていたが、今はそんなことは起こらない。
(やっぱり量が増えたせいか、時間と魔力がいるな!)
数分以上かけて全てを腐植土に変えた護は、隣にいるミゥに話しかける。
「よし、また選別した種を蒔いてくれ。」
「分かったよー。」
獣人たちが種を蒔いていく。水をかけると一分も掛からずに発芽した。
それから適宜、水を魔法で撒いていく。
「危ないから離れよー」
一気に成長を始めだした。栄養の争奪にまけた株は、その身を枯らし、その残骸を残す。
「『エアカッター』」
中途半端に伸びた木を容赦なく切っていく。重なる部分をできるだけ減らし、まんべんなく日に当たるように調節していく。
日が暮れるほどまで、その作業を交代で続けていく。
作業が終わる頃には、高さ八メートル、幹の幅が六十センチほどのマツが生え揃う。すでに、開花の兆しが見られていた。
「今日はここまでだ!拠点に戻るぞ!」
「終わったー!!」
『ご飯にゃ』
『疲れたワン』
獣人たちが、護の言葉で戻り始める。
護はその様子を見守っていたが、外して東に視線を飛ばす。
「マモ、『気配察知』を使って、どうしたのー?」
『逆探知』に反応があったミゥは護に話しかける。
護に言われるまま彼女も、『気配察知』を使ってみると、
「…あっ、たくさん違う反応がある!どうする?」
「ミゥはメイアたちに知らせてくれ。俺はひっそりと様子を見てくる。」
「分かったー。無茶は駄目だよ?」
護は手を振って答える。そして、『月光・真打』を確認して走り出した。
なんちゃってQ&Aはお休みとします。
補足
ハイドロⅡ 初代ハイドロから初めて分裂した個体。護専用で、暑い場所ではしばらくの間冷却のゲル代わりになる。水魔法を習得しており、魔石も与えられている。




