移動、建築、終戦
…
~樹海樹深部~
そびえ立つ樹海樹の林の中で、足を止めて休む集団がいた。解放した百人前後の獣人を連れた護たちだ。
魔物を糧にしながら進んだこと、二日。救われた獣人たちはというと、
『あいつら食おうぜ!』
『彼らが強いことを理解できてない、哀れな猫だワン。』
『あぁ?なんつった犬。』
『喧嘩せずに、とっと歩くにゃー!!』
喧嘩が勃発していた。特に、猫人と犬人の間での喧嘩が多い。
こうなることは予測できていたので、護はある程度選別したのだ。
少なくとも、『傲慢』など精神系のスキルを持った者は除いたのだが、半分をミゥに任せた以上、しょうがない部分と言える。
なので、仮面を被り続ける護は、ガンドルフに頼む。
「お願いします。意識を奪わないよう調節をしてもらえれば。」
「おうよ。『威圧』!」
『シャッー!?』
『キャイン!?』
喧嘩をしていたものを含めて、全員に威圧をかけた。ほとんどの者がその場で動きを止める。
あのシィも好戦的な目を向けてはいるが、足が震えている。
『お前たち、今の現状を分かってやっているのか?俺たちはこのままいけば、彷徨うだけの存在になるんだぞ。』
大半の獣人たちが俯く。分かっていない男が叫んだ。
『俺は一人で勝手にするワン。』
『別にいいが。そいつのように、生きていく自信がある奴らは、ここから離れるといい。ただし、戻ってくるなよ。今度会えば、敵とみなす。』
護から見れば、Lv30前後での若い者の跳ね返りが多い。ただ、同じ年代でも、ミゥやシィのレベルになると、落ち着いて状況を考えることができるようだ。
(はっきり言って、余裕がない。食い扶持が減ってくれるのは有難いが、ライラたちの迷惑にならないようにしてくれよ。)
去っていく獣人たちを見送った後、護は残った約七十人の獣人に告げた。
『俺たちに今、帰るべき場所はない。』
『……』
『そこで、新しく居場所を作る。いつかは獣人族全てを併合し、エルフで数減らしをしなくてもいいように、国を作るつもりだ。』
『にゃ!?』『ワンッ!?』
護は本気でやるなら、これぐらいはしないといけないと思っていた。
正気ではなく、狂気に飲まれてやらなければ。
『王になるつもりにゃー?』
『俺はならない。だが、国を作るのに尽力するつもりだ。』
『今のままじゃ、駄目なのかワン?』
『当然だろ。ここに来るまで、どれだけの奴が死に続けていると思っている?なぜ、戦った?…それは、お前たちに居場所がなかったからだ。食い物が無かったからだ。彷徨いただ単に生きるために刹那の戦いをずっと続けていくつもりか?それを子供にも強いるのか?』
護は尊敬する彼女を自分に重ねて鼓舞する。
『戦いなんて、ない方がいい。悲しむことすら、忘れてしまうような世界なんて、くそったれだ。俺たちは、変える。死ぬしかない運命を持つ奴らに、知恵と力を与えて生き残させる。それが、俺の目的だ。』
不安は残る。過酷な環境であることは変わらず、それに負けてしまうかもしれない。獣人たちの様子を見て、不安は積もるばかりだ。
護は仮面の裏側でそっとため息を吐くのだった。
~三日後~
ミゥの案内で、ついに護たちは樹海深部を抜ける。
強烈な日照りと、乾燥した土。植物は生えているが、かろうじてといった所だ。
「ようこそー。私たち獣人が住む砂漠へー」
「このまま進むぞ。とりあえず、場所を見つける。他よりも土地が高いところへと案内してくれ。」
「んー。わかったー」
強い日差しが容赦なく体力を奪う。水魔法がなければ、到底住もうとは思えない場所だ。
護の『気配察知』に複数の反応が引っ掛かる。
「魔物がこっちに来ている。我こそはという奴は手を挙げろ。後で褒美をだす。」
一番最初に手を挙げたのはシィだった。次にミゥ。それから四人手を挙げた。
名前とレベル、顔を記憶した護は、魔物が来る方向を指さす。
「来るぞ!」
体長一メートル半ほどのサメ型が三匹、現れる。
ザント・ハイ Lv42
LP 340 MP 210
STR 546 AGI 589
TEC 243 END 308
INT 210
一般スキル 身体強化Lv1
特殊 硬質化
ザ・脳筋。そんな言葉が護の中によぎる。
砂を泳ぐための強靭な皮膚と砂をかき分けて進むための、STRとAGI。口には、相手を逃さない為の歯が生え揃う。
また、サメたちが近づいてくるたびに、砂柱が立っていた。
『サメにゃー。あまりおいしくないにゃー』
そんなことを言いながら、一体に狙いをつけたミゥが矢を放つ。
風魔法を纏った一矢は、潜ろうとしていた個体に突き刺さり、周囲の砂を巻き上げ、打ち上げる。
『残りも一緒にゃー』
二射、三射と狙いを変えて、撃ちぬいた。
陸に打ち上げられたサメは、刺さった矢など気にせずに、器用に尾を強く打ちつけて、バウンドして寄ってくる。
『一匹にゃ』
サメに対し、半身にしたシィが短剣を突く形で構える。
彼女を飲み込まんとするサメの顎を躱し、突いた。
「凄い。」
アンが思わず言葉を漏らす。綺麗に土の刃がサメの頭を貫いていたのだ。一発で絶命している。
そのまま、二匹目も同様に処理する。
残り一匹は、残りの獣人が相手をしている。
「攻撃し過ぎだぁ!」
「はぁはぁ、分かってるよ、犬ころ!!」
「喧嘩せず…こっちきたぁ!『パワースイング』!」
ぎゃあぎゃあ、わいわい言っているようだ。
男猫人一人が、スタミナ切れを起こしながらも、皮に無数の傷をつけ、そこを長剣を持った男犬人と槍を持った女犬人が広げていく。最後の一人はメイスを持つ女犬人だ。
メイスをフルスイングし、かち上がったところに息を整えた男猫人が駆け上がって、脳天に着いた傷に短剣を深くさし込み、止めを刺す。
(足場は悪いんだけどなぁ。樹海樹の枝渡りもしていたし、本当に身軽だな。)
足元の砂を何度か足踏みする。足が沈み、踏ん張りがきくまで、タイムラグがあった。
「メイア、水を。」
「畏まりました。」
死骸を仕舞い、メイアに水の用意をするように告げて、護はミゥの元に行く。
「ありがとー」
「あと距離はどれくらいだ?」
「うーん…」
「行ける所まで行こう。」
「ごめんねー」
水を渡しながら、護も飲み干す。
風が強くなってきた。熱風が顔を叩きつける。さらに、砂嵐に巻き込まれるのは勘弁願いたい。
「急ぐぞ。」
「うん!」
護たちは進み始める。
~夕方~
「地平線が見える。丁度、いい場所だが…」
砂に塗れた護は、げんなりとしながら、目的地に着いていた。
途中砂嵐に遭遇し、そこにサソリ型の襲撃も重なった。サソリ型は固く強かった。
砂と汗で最悪な気分で、今すぐにでも風呂があるなら入りたいと思う。
ただ、それよりも先にやることがある。頂上から、五メートルほど下り、護は目を閉じる。
「ふぅ。『ロック』」
砂を岩のように固めていく。門に通路、部屋、通気口といったものをひたすらイメージし、それを固めつづける。
魔力がどんどん減っていく。やりたいことはあるが、魔力が足りない。
とりあえず、全員が休める場所を確保した。
ポカンと、間が開いた後、それぞれが驚きの感情を示した。
「すごいねー!!」
「…」
抱き着いてくるミゥと、殺気を駄々洩れにするシィに苦笑いを返しながら、護は全員に告げた。
「ここを拠点とする。六人で一部屋。将来は、似たような家にそれぞれ住んでもらうことになる。後、スライムは忘れるなよ。」
義手から本来の姿に戻ったハイドロから、大量の子分が護の元に集まる。
その子スライムを渡すと同時に、あの口の悪い猫人が入っていく。それを始めに、猫人たちは声をあげて入っていった。
突撃した猫人たちをしり目に、律儀に待っている犬人にも入るように言う。
『感謝するワン。』
『とりあえず、しばらくは狩りと土木作業だ。かなり働いてもらうことになる。しっかり休め。』
『御意ワン。』
犬人たちも入っていった。
疲れた護はその場にへたり込む。かなり精神的な疲労があった。
「お疲れ様です、護様。自分たちの部屋は確保されているのですよね?」
「わざわざ、扉と鍵も作ったから、邪魔もされにくいと思うぞ。」
「もしかして…」
「いや、流石に今、誰かに離脱されると困る。子供はな…」
メイアはただ微笑むだけ。セレスたちもどこか諦観めいた思いで似たような表情をする。
居心地の悪くなった雰囲気に、話を逸らす。
「とにかく部屋に行くか。」
「ええ、どうなっているのか楽しみです。」
護たちも新拠点に入っていく。地下に下るような形で作っていた。
驚きと興奮で、疲れを忘れてはしゃいでいる獣人たちを横目に、ひんやりとした通路を歩いて行く。
魔法で固めたとはいえ、強度に問題が出ても困る。素人の考えではあるが、円形のドーム状で力が分散するように、通路も、部屋も統一していた。
また、通気口も作っており、スライムに除湿と換気をしてもらうつもりだ。すでに親となるハイドロに森の主の魔石などを使っており、風魔法も習得させている。
閑話休題。
扉のついた部屋の元までたどり着いた。
「ここが俺たちの部屋だ。ガンドルフさん達は右隣りの部屋です。」
「いかにも、俺たち専用って感じだな。」
護たちと同様に、扉がつけられた部屋を覗いたガンドルフは頷く。
「今日は特に、何かするつもりはありません。明日の朝、ミーティングですかね。」
「そうかい。しっかりと休むさね。」
「はい。」
護たちはそれぞれの部屋に入っていった。
「マモル様、あれは?」
「着替用の個室、もしくはスライム浴の部屋だ。二部屋構造になっていて、左側はトイレだな。」
入って右に箱のような部屋があった。護は扉を開けて説明する。
着替え程度は、護が目を閉じて拷問を受ければ問題ないのだが、流石に、スライムと戯れている彼女たちを見るのは、最近勝っている理性軍の敗北につながりかねない。
「これって、ミゥちゃんたちも同じ造りにしてあるの?」
「いや、違うな。聞いてみたらいらないらしい。そのスライムは利用するらしいんだが、裸を恥じらう文化自体がないそうだ。戦闘や外出の時は…」
ドンドンッ!
扉を叩く音がする。
開けてみると、裸のミゥとシィが。シィは相変わらず、剣呑な目を護に向けている。
「…」
「ここも涼しくて気持ちいいー。入ってもいい?」
「服を着てから、頼む。」
「えー、何で?えーと、お邪魔しますー?」
「おわっ」
護が扉を閉めるよりも、二人の動きが速かった。血の気がひく。
慌てて、鍵を閉め、二人を追う。
『!?』
「わー広い。やっぱりマモの休む部屋は、広いんだねー。」
『…ミゥ、流石に無防備すぎにゃ。武器を取ってくるにゃ』
「駄目だよー。マモは、敵だったけど、今は味方なのー。」
人族、エルフが固まる中、やせ細った体の二人は呑気にやり取りしていた。内容が物騒だが、それを誰も気にする暇はない。
護は凝視する訳には行かず、すっと、目を閉じ椅子を取り出して座った。
「マモ、仮面外さないの?外してもいいんじゃないー?」
「後から外す。それより、ミゥたちは寒く無いのか?」
「そうだねー、私たち毛がエルフたちよりもあるからかな、これぐらいが丁度いいの。服は、毛が薄い人たちなら、ずっと来ているけどねー。」
『…こいつ、目瞑っているにゃ。』
シィが余計な事に気づく。仮面に手を伸ばし、引き剥がそうとしてくる。
護は勘弁してくれと、その手を座ったまま躱す。
「本当だ。何で、見てくれないのー」
ミゥが抱き着いた。動きを止められた護は、為す術なく、仮面をはがされる。
物騒な気配がして、目を開けると、手の爪を伸ばしているシィが。あれで、目を無理矢理開けようとしたに違いない。
また、護の胸の中には、毛深いミゥが。腕や足だけなら人と変わりないが、背中やお腹といったところも、かなり毛が生えている。
ただ、一部だけ毛が生えておらず、そこに目が向いてしまった。
「護様?」
「は、はい。」
ようやく再起動を果たしたメイアの冷たい声音が響く。
メイアはくっついているミゥを引き剥がすと、彼女たちに言った。
「護様は疲れていらっしゃるのです。これ以上は護様の迷惑となります。貴方たちも、疲労しているはず。しっかり休んでください。そうですよね、護様?」
「その通りだ。今日は部屋に戻って休め。」
「うん。」
メイアは二人を部屋の外まで見送ると、護の身体を動けないよう鋼糸で拘束する。
「メ、メイア。あれは不可抗力なんだ。」
「……護様の身体は反応なされていないようですし、劣情を向けている様子はないので、良しとします。」
許された。あの不機嫌なメイアを見れば、身体の反応など消え失せる。そもそも、年齢に反して、身体はともかく、幼い印象の彼女たちに欲情するような護ではない。
胸を下ろしている護に、セレスがおどおどと聞く。
「あの、護さん。彼女たち、やせ細っていました。…ここでの生活はできるのですか?」
セレスの心配に、拘束されたままの護はこれからのことを喋りだす。
百名足らずで、ブラック企業ばりの仕事量をこなさなければならないと気づくまで、あともう少し。
~エルフの国・北部戦線~
「女王様のご登場!」
とある天幕の前の馬車から、ウィスが降り手を内部へ差し出す。
ライラはその手を握り、馬車から降り立った。その場にいた兵がそれぞれ敬礼の動きで止まった。
『作業を続けて頂戴。貴方たちの仕事を邪魔したくはないわ。』
ライラは風魔法で自分の声を拡張して、そう伝える。
兵たちがそれぞれの業務に戻っていくのが見え、ライラは目の前に立つ女性に視線を向けた。
「ご苦労様。」
「いえ。女王様こそ、西での戦闘の次に、北まで来ていただいて、お疲れではないでしょうか。」
「そんな…ことは。」
ないわ、と続けようとして女王がふらつく。ウィスが体を支えた。
「すぐに、場所をご案内します。それから、お医者様を呼んできます。」
「必要ないわ。あれがきついだけだから。案内してくれる?」
「はっ」
ライラは自分の足で彼女の後ろをついて行く。
兵たちはライラの姿を見ると、その場で敬礼してはそれぞれの活動を再開する。ライラは一人一人に手を振って、微笑む。
ゆっくりとした足取りで、一つの天幕へと入った。
「これは、女王陛下!」
「流石ね。ごく少数で、鼠人の精鋭を押し返したのは。」
ところどころに包帯を巻かれ、右足を厳重に固定された男にライラは称賛を贈る。
その男、状況を一転させるために死兵を連れて戦場に突撃し、援軍が来るまで粘り続けて、ついには帰還まで果たした。
数日前まで、騎士団長として指揮を執っていた男だった。
「申し訳ございません、陛下。多くの死者を出し、まして、死に損ね、このような醜態を見せてしまうなど。どんな罰でも受けましょう。」
「よくやってくれました。思ったよりも、厳戒態勢が長引いてしまった。士気が下がる中で、兵を上手く引き締めてくれたのはあなたです。それに、ずっと守ってきたあなたは多くの兵から信頼を得ている。罰よりも、勝利のために活躍してもらうことに期待します。」
「有難き言葉。このノルバロン・パル、命を賭して、勝利を約束します。」
「ええ。癒えない傷があったとしても、できることをしなさい。」
団長の天幕を後にし、自身の天幕に案内される。
ライラはそこに用意されたベッドに倒れ込んだ。
「やはり、お医者様を呼んだ方が…」
「駄目。切羽詰まっている声を聞いたわ。私なんかのために呼んでは駄目よ。生死を彷徨う人たちを生きている方へと一人でも引き上げてもらわないといけないわ。」
「女王様が倒られる方が困ります。診察を…」
「女王として命じます。この天幕の見張りをすること。外部に私の情報を漏らすことを禁じます。破れば、罰則を与えます。」
「承知しました…」
案内役の女兵士が外に出た後、ウィスが声を掛ける。
「あの男、ライラ様に迷惑をかけるなど…ご判断を尊重しますが、時期早々で契ってしまったのではないかと。」
「マモル君の悪いことは言わない。彼は彼なりに頑張っているのが分かるわ。私が上手く眠りについて、主導権を握りたいのだけど、彼、抗ってそうしないから。」
ライラの疲労は生理反応のせいではない。彼の肉体に引っ張られているのが原因だった。
ENDの差が、LPの減少につながったこともある。
激しく消耗する環境に護はいるらしい。魔道具が伝える疲労は、尋常なものではない。
「このままでは、倒れてしまうのは時間の問題です。」
「メイアちゃん辺りが止めてくれるかしら…。でも、彼女も劣悪な環境で育った感じがするから、止めるタイミングを失敗しそう…」
明らかに、大丈夫とは言えない状態のライラ。
ウィスは睡眠薬を服用させるかどうか、迷う。主の消耗を止めるのが、護衛兼従者としての役目ではないだろうか、と。
「もう少しは、大丈夫よ。でも、無理だと判断したら遠慮なく飲ませてね。」
「では、今すぐ、飲んでもらいましょう。」
「い、今っ」
主の許可を貰ったウィスはライラに睡眠薬を飲ませる。
すっと、意識を失ったライラを、そっとベッドに寝かせ、ウィスはあの青年への愚痴を吐く。
「あの男と契約したせいで、ライラ様は苦しんでおられる。いったい、あいつは何をしているのだ。」
「あ、あの女王様は?」
「寝ておられる。言伝があるなら、私が引き受けよう。」
案内役が入ってくる。どうやら、様子を覗きに来たわけではないらしい。
「再び、侵攻の兆しあり。どうやら、仲間の骸を板に張り付け、武器を手にしている様子が見られたと。」
「下種が…すまない、君を怖がらせてしまった。」
「あ、あのウィスさんに謝られたら、私の方がどう返せば…あ、そうだ、握手してください!」
ウィスは案内役の言われた通りに、手を差し出す。彼女はその手を握った。
「あ、あ、ありがとうございます!!とても硬いですね。そ、その悪い意味ではなくてですね、ずっと戦士をされてきた手だなぁって。その手でライラ様を守られてきたんですね。」
「それは違う。」
「えっ?」
「話を聞かせてやってもいいが、見張り仕事はどうする?」
「も、戻ります。その話はぜひ、私たちに聞かせてください。」
案内役は天幕の外へと戻ってしまった。
ウィスは、剣士としては柔らかった手を思い出す。それは、ずっと前に捨てたものだった。
嘆息し、ポツリと呟いた。
「あの侍女も、巫女も、奴隷も、それぞれが修羅場を潜っていた。そして、あの男も。全く、若いというのに、死に急ぐ者が何と多いことか。」
今、眠っている主もそうかと、ウィスは思う。自身もまだ、五十手前だ。エルフとしてはこれから。
それでも、Lv50を超し、名誉公爵たちと一部の団長、将軍を除けば、最強の一角だ。
「男はともかく、私のような女は、できれば減ってほしいのだがな…。なぜ神様は、ステータスという平等なシステムを作られたのか…」
ウィスは天幕の入り口を見ながら、そう思わずにはいられない。
誰もが力を得られる。それをウィスは悪いとは思わなかった。
「努力次第で、強くなれる。若さのまま強さを得られれば、名声と畏怖が得られる。愛する人との時間も増える。かつては純粋にそう思えていた。」
ただし、良いとも思えない。
「私は違えてしまった。強さとは何かという、考えを置いてきぼりにしてしまった。本当に愚かだ。」
過去の苦い記憶が蘇る。失ってからでは遅い。そのことを失念していた、過去の自分を思い出す。
それを怒りに変え、ウィスは決意する。
「ライラ様のために、この戦いを終わらせる。再びその力、殺すために使うことをお許しください。」
今の主に忠誠を誓ってから、ずっと使い続けて来た長剣をベッドに立てかけた。
そして、眠るライラの頬をやさしく撫でる。剣士としての手は、彼女の頬の感触を鈍く伝える。
「大変です!全戦力で向かってきます!」
「分かった。ライラ様を頼む。」
「え?ライラ様を起こさないのですか?」
「ぐっすりしている所を起こすのは忍びない。私は戦場に向かう。任せたぞ。」
「え、え、え?」
「もし負けた時は、全力で逃せ。分かったら返事。」
「は、はい!」
ウィスは天幕を後にする。一瞥もしなかった。
「貴殿、こんなところにいて、大丈夫なのか?」
「心配する必要はない。優秀な部下を生かすために、私はここにいる。足手まといに到底なるつもりはない。それで、陛下は?」
「休まられている。連続した行軍の疲れがやはり出てしまった。」
「そうか。私に声をかけた際、誤魔化そうとしているのが見えたからな。」
馬に乗るパル騎士団長と、ウィスは戦場での道中で再開する。
多くの兵を連れて、開けた戦場へと移動する中、二人は会話を続ける。
「数を減らしてまで、攻め続ける理由はなんだ?今回は、単なる人減らしでは無いからと言って、粘る理由などないだろう。」
「それは分からない。」
「報告では攻める形も大して変わっていないように見られた。敗戦が濃厚になっているというのに、同じ手を繰り出すという愚を犯す。その意味を知らないほど、あいつらは頭が獣ではあるまい。」
「さぁ。何であろうと、叩き潰す。」
ウィスはそう言い残すと、団長を追い抜いて行った。
これは荒れるぞと、団長は思いながら、馬のペースを少しだけ上げる。
「前哨戦といった所か。」
ウィスがたどり着いた時には遠距離戦が始まっており、エルフ側は数を生かした絨毯爆撃をしていた。
最初の頃は崩されたとは言え、必要最低限の見張りをおき、援軍を集めたエルフの数は、三万。
それに対して、相手は一万をきっている。
接近すら許さないエルフたちの弾幕を潜り抜ける猛者もいるが、討ち取られる者たちがほとんどだった。
「地下から伏兵!対処を求める!」
「土竜人でもいたのか。珍しい。」
ウィスはその声を聞き、その場所へと駆けだした。
「うわっ。」
「ぎゃ!」
『オラオラァ!!我らが一番槍!ド様のお通りだい!雑魚は失せな!!』
槍で近くのエルフを薙ぎ払う。鎧を着た数人が吹き飛ぶ。
ドという土竜人の後ろには、鼠人の最高戦力『穿行』の姿を現す。
同胞の亡骸を盾に貼り付け、見せつけてくる。
腐臭と血の匂い、そして、無惨な同胞の姿が、エルフたちの意識を奪う。
「あぁぁ!」
「しまった!」
意識の隙を突かれ、エルフたちは次々と相手の攻撃に倒れていく。
恐怖が伝播し、陣が崩れる。長たちが必死に立て直そうとするが、『統率』で抑えられる域を超えている。
数で勝り、最初の頃の恐怖が和らいだ。また、勝ち戦だと思っていた大半のエルフに、獣人たちの奇襲はてき面だった。
「邪魔!」
『おうおう、活きの良いエルフが来たぜ!』
ウィスは風魔法で跳躍して、混乱の最中を突破。味方、敵問わず『威圧』をかけ、動きを強制的に止める。
また、獣人の中で、止まらなかった者たちの攻撃を光の防壁で防いだ。
腕のしびれを覚えた『穿行』の隊長とドは、狙いをウィスに変更した。
「その命、もらい受けるぅ」
「鼠の旦那、俺が隙を作るぜ!!」
「ごみが。ライラ様に仇名す輩は、全て切り伏せる。」
ウィスは、『アイテムボックス』から愛剣を取り出す。
全長一メートル半。柄が片手で握るには少し長く、切っ先は鋭く尖っている。さらに、片刃の刃は炎のように紅く、大気を揺らす。それは、バスタードソードと呼ばれる類の剣だった。
そして、この場にあの男が居れば、彼の目にはこう見えていただろう。
ウィス・アミュリカ(女・54歳・妖精族)上級戦士Lv58
LP 654 MP 428/592
STR 600 AGI 442
TEC 402(382) END 409
INT 537
一般スキル 剣術Lv6 大剣術Lv5 直剣術Lv5 体術Lv2 盾術Lv5
魔法(火・水・光)Lv4 威圧Lv4 不屈Lv3 勤勉Lv3
集中Lv3 憤怒Lv1 洗濯Lv1
職スキル アイテムボックスLv2 獅子の心
エクストラ 狂乱 能力拡張(技)Lv1
更に…
炎舞・血乱れ染め(所持者のAGI・STR+20、特定技能『ロンド』使用可。血を吸う度、所持者の精神を汚染。元々の名は炎舞単体だった。しかし、素材に使われた暴食蛇の特性により一定量の血を吸ったことで変化、名も変わった。強力な炎と力を与える代わりに、心を食み、正気を失わせる。素材になり武器へなったとしても、暴食の力は、屠りさった女性を喰らいついて逃さない。)
「死ね。」
ウィスは両手で土竜人へと突きを放つ。ドは単に右横へ避けようとして、慌てて槍で防ぐ。剣の軌道が変わったからだ。
ウィスの突きからの派生攻撃に、ドはいなすことに集中する。
ドが頭を下げるのと同時に、頭があったところを通って、槍がウィスに迫る。彼女は冷静に弾き、ドへと牽制の一撃を放つ。
「あぶねぇ!それは無しだろ!」
「おしいぃ。後で戦うぅから、ここで殺そうと思ったのにぃ」
「マジかよ、旦那!」
二人の攻撃が、ウィスに迫る。
小さな傷を作る程度のダメージにコントロールし、接近する。そんなことをおかまいなしに突きを放つ二人。
特に、ウィスではなく、獣人族同士を狙った一撃は、必ず、彼女を巻き込む形で放たれ、その際、相手の動きが読めなくなるため、厄介極まりない。
彼女の腕を掠った。血が飛び散る。その血を吸った剣が、女を突き動かす。
「なんだ!」
ウィスの右脇腹をドの短槍が貫く。歓喜よりも、死の気配に動揺した。
それは、彼を苦痛へと誘う。右手首が飛び、左手の人差し指と中指、薬指が半ばで飛んだ。
「ぐぁぁ!」
「馬鹿やろぉ!」
思わず悪態をつく、『穿行』のリーダー。女の気配が一瞬だけ変わった。
ウィスは首だけで、リーダーを捉えると体に刺さる槍を抜き去り、投げつける。
「甘いぃ」
力任せに投げつけられた槍を弾き、別のエルフに突き刺さった。
確認するまでもなく、血を帯びたただしく流しながらも、切りかかってくるウィスの剣を受け流す。
「ちっ、コンパクトォ」
狂気と抗いながら、振るわれるウィスの剣術は一言で言い表せば、それが相応しい。片手での突き、振りを基本に、もう一方の手を使って小回りを利かせ、大振りを補う。
そして、剣から漏れ出る熱気が、リーダーに神経を尖らせることを強要する。
しかし、ドの手を切り飛ばしたあの荒い攻撃はない。舐められているのかと、頭に血が上ったリーダーは叫ぶ。
「どうぅしぃたぁぁ!」
気を込めての、『トリプル・スラスト』。リーダーの攻撃は、ウィスの右足、傷口横、頭を狙う。
「解放」
ウィスの足取りが変わった。バランスを崩したように、倒れ込む動きで、頭を回避、残り二つの突きは読んで、剣を軌道に割込み、防御する。勢いのまま、ウィスは弾き飛ばされた。
「まだぁ」
追撃を使用した瞬間、左足に鋭い痛みを覚えて、そのままこけた。よく見ると、脛から先が無くなっており、血が溢れ出す。
「ギャァァ!!」
「便利だな。」
傷を塞ぎ、血の衝動を抑え込むウィスは、そう呟きながら、憎もうにも憎めない男がしていたことを思い出す。
剣は届かず、槍の範囲だった。それを覆したのは、剣から伸ばされた魔力の刃と、『ロンド』。『ロンド』は体の制御を著しく上げるスキルだ。その効果は獣人たちが保有する『超・制御』に匹敵する。
あの忌々しい女猫人の弓と、できることは似ているため、嫌いな切り札だった。
「エルフにぴったりな技だ。」
霧散した魔力の刃の感触に感嘆を漏らす。
イメージは刃。ウィスにとっては、厄介な衝動があるため、『ロンド』の発動直後の一瞬しか使えないが、高INTが充分な威力を成してくれる。
「まだぁ!終わってないぃい!」
片足で立つリーダー。切り飛ばされた足は、誰かが矢で燃やしており、治すことはほぼ不可能だった。
「ぜっやぁぁ!」
リーダーの『ボア・バッシュ』。槍術スキルの中で、単発、高威力の攻撃。片足でも、弾丸のごとく突進をかける。
ウィスは剣で真正面から、迎え撃つ。一歩、二歩と横に体を揺らし、剣を両手に握り、胸のあたりで剣を横に構えた。
ギイィィン!
鈍い金属同士が擦れる音と、身体を逸らし、槍を上へと撥ね上げる。
浮き上がった相手の股間を右足で的確に蹴り上げる。
「ッ!!」
急所への一撃に、苦悶の声がリーダーから聞こえる。
頭上を越えるように飛ぶリーダーに、『ロンド』を発動しているウィスは地面に後ろから倒れる状態で、技を発動した。
「『クロススラッシュ』」
リーダーへの追撃が決まる。両肩からバツ印に切られ、心臓も含めた急所を深々と切り裂かれた、リーダーは吹き飛び、地面に鈍い音を立てて墜落する。
大量の血を浴び、さっきよりも激しくなった衝動を堪え、ウィスはリーダーの首を切り飛ばし、槍の先で器用に刺す。そして、掲げた。
「タイチョウォォォ!!」
「ちくしょぉぉ、隊長がやられた!あの女から、槍と亡骸を奪いとれぇ!」
『穿行』の動きが、ウィスに引っ張られる。それは、その場に現れた団長たちに隙を与えることとなった。
結局、奇襲はウィスと団長の活躍により、抑えられ、獣人はその数を三分の一に減らすまで戦い続けるも、エルフ側の数の暴力に屈し、逃走を図ったことで終息する。
過去の中でも、数える程しかない規模の戦争は、幕を閉じるのであった。
A:なんちゃってQ&Aを始めるぞ。
Q:救いがない…。後半は必要だったのですか?
A:後々、絡んでくるとだけ…
Q:にしても、ウィスさん、強いですね。
A:護衛だから、それぐらい当然なのでは?
Q:それもそうか。過去の話が気になりますが、重そうな話が多い…
A:争いばかり起こっている世界だからなぁ。
Q:……。(それ、筆者のせいでは)
これにて、前半は終了です。




