第五章 プロローグ
さ、再開…
~エルフの国・女王の執務室(仮)~
「七回目かしら。」
「正確には、十回目だ。再び鼠人による偵察。数は五百。」
「他に情報は?」
「騎乗している様子はなし。遠目からの確認だが、やせ細っていたそうだ。武装については不明。パル騎士団長によると、例年と比べて異なる点はなし。今回も怪しい動きは見られなかったようだな。」
その報告に、女王ことライラ・ン・ポルンは額に手を当てる。純血派が内乱を起こし、魔物の脅威に曝されてから、一か月が経とうとしていた。そして、新たなる危機に彼女は頭を捻っている。
『獣人』
エルフの国の北部にいる種族だ。彼らが住まうのは、砂漠とその周辺。限られた資源を取り合うため、競争が激しく、エルフの国にも侵略してくる。農業は進んでおらず、狩猟が中心になっている種族だ。
また、獣人の中でも様々なタイプがある。その中でも、猫人、犬人、鼠人、この三タイプが一番勢力を伸ばしている。
「彼らにとっては、私たちは狩りの対象だったかしら…」
何より、ライラをゾッとさせるのは、彼らにとって別種族は食料だという点だ。
遭遇すれば、戦闘になる。もし、話すことが出来ても、本当の意味で分かり合える部分はほぼない。唯一、食料を分け与えたり、武器を与えたりと明らかに利になることを持ち出せば、多少交渉紛いなことができるが、調子に乗って、不可能な要求をしてくるなど、長くは続かない。
圧倒的な力で叩きのめし、力の差を見せつけることが一番、獣人たちに分からせる方法だった。
「兵たちの士気は?」
「低下している。それに、商人たちを斡旋して食料を運ばせているが、兵站の確保が不十分だ。冬にかけてだと、現状維持は不可能だろう。」
「今年も例年と同じ規模で攻めてくるのなら、義勇兵を一旦、戻すのだけど。」
「もう少し、様子を見るべきだろう。今のところ、鼠人しか動く気配がない。犬人、猫人あたりの動きが補足できてから決断をした方が良いだろう。」
「なにも動いていないことはないものね…」
代表的な三部族は互いに争う相手だ。それでも、エルフの国の侵攻の際には、漁夫の利を求めて同時期に攻めてくる。どの部族が『待て』を我慢できなくなるかで、最初に攻めてくる相手が変わる。
それがここ数十年の獣人の動きだった訳だが、今回は鼠人の動きしか国境で把握できていない。
ライラと宰相はきな臭さを感じ、現状のまま警戒することを選択した。
「厄介な案件は、他にもある。財源確保をどうするかだが…」
二人の話は、財源確保へと移っていく。その日は夜遅くまで、女王の執務室には明かりがついているのであった。
~宿~
「護様、魔力回復薬他、水薬類の確保が終わりました。」
「大分、調合したかいがあった。これで、急に長距離移動しても大丈夫かな。」
「私も頑張った。」
護はアンの頭を優しく撫でた。彼女は嬉しそうに微笑む。
ここ数日、復興の合間を縫って物資を確保している。ライラから知らされた情報通りなら、再び戦火が迫ろうとしている。
「もし戦うなら、今度は連れて行って。セレスお姉ちゃんと私からのお願い。」
「分かっている。でも、俺たちが今回戦う必要はないかもしれないぞ。」
エルフの国からすれば、獣人はずっと戦ってきた相手になる。内乱の爪痕は残っているとはいえ、ライラたち重鎮は脅威として警戒しているし、それに応じた兵を配置している。
混乱の最中、戦う必要があった内乱とは異なり、備えられている。護たちがでしゃばる必要性も当然ながらない。
(それでも、準備はしておかないとなぁ。)
護はしみじみとそう思う。この世界に来てから、戦いと無縁になることがない。
「そういえば、チュリさんから樹海深部の影響調査に参加してほしいとの連絡が来てましたね。」
「前にアンが断ったやつか。確か、主がここに来た影響で、縄張り型の魔物の行動範囲が変わっているんだったよな?」
「そのようです。縄張りを張るタイプの魔物に合わせて、それ以外の魔物も動きを変えています。冒険者には関係ないのですが、アスタイト王国と辺境伯領を繋ぐ大道路に魔物が頻出しているといったケースもあるようです。」
「支障が出てもおかしくないか。」
獣人との戦争も気になるが、魔物の影響も見逃せない。結界がある分、獣人よりも脅威は下がるが、アスタイト王国との国交に問題が生じれば、目も当てられない。アザレア名誉公爵が駆り出されていることから、それが分かる。
自身が為政者ならば頭を抱えているところだろう。その仕事をしている彼女のために、できることは最大限したい。護は次の予定を決めた。
「明日、チュリのもとに行ってみよう。アンたちも連れて、レベル上げも兼ねるとするか。」
「私たちの出番。頑張る。セレスお姉ちゃんにも伝える。」
「ああ。さて、夕食の準備をするか。そろそろ行こう。」
護たちは荷物を確認し、部屋を後にした。
~翌日~
護はセレス、アンを連れて、チュリの元を訪れていた。
国周辺の調査に加わると告げると、チュリは顔色を少し明るくさせる。
「ありがとうございます。先日の調査で重体者が出てしまいました。彼らを休ませるために、丁度補給人員を含めて、志願者を募集しようと思っていましたから。」
「そうなのか。こちらこそ、世話になる。」
「よろしくお願いします、チュリさん。」
「その人たちの分も、たくさん魔物を狩る。」
やる気に満ちたアンの言葉に、チュリが屈託のない笑みを浮かべる。
「ありがとう、アンちゃん。では、調査計画の説明をするので、一刻後に第一兵舎の作戦会議室に来てください。部屋への案内はスブラ騎士長を宿の方に寄こします。場所は変更されてないですよね?」
「していない。」
「分かりました。」
執務を邪魔しないよう、早々にチュリの執務室を後にする。宿に戻る道中、店主に遭遇した。
騎士団と執政、最近分かれた建物を利用している。彼は宰相の下、執政に関わっており、騎士団の方に来るのは珍しかった。
店主が護たちに気づく。
「侍女の旦那、珍しいね。もしかして調査の護衛に志願かな。」
「そうだが。」
「何故分かったかって?この国の民じゃない旦那が、冒険者ギルドは再稼働し始めているのにこちらに来るとしたら、それぐらいしか用がないと思ったからね。もしかして、こちらの騎士団に志願かい?」
「定住する予定はないな。」
「そうか…。君たちほどの実力者がこの国に留まってくれたら、心配が減るんだけどなぁ。あの計画を説明したら、貴族たちの一部は間違いなく面白く思わないだろう。このまま君が女王の婿になってくれれば、多少は落ちつくだろうに。」
「…」
店主は残念そうに言った。対して護は黙り、無表情となる。
「こればかりはしょうがないことさ。そういう生き物であることは、重々知っていると思う。新たな争いが生まれるだろう。」
「だから、止めておけと?」
店主は首を横に振る。護に確認しただけのようだ。
「いいや。君たちの関係を言うのは野暮だったかな。それに、若いっていいね。向こう見ずで諦めが悪い。だからこそ力を持てる。…僕みたいな年上を言うのは無視してくれていい。助言は善し悪しがあるからね。」
「…」
店主はそう言い残して、その場を去っていった。
セレスとアンが護の顔を心配そうに見てくる。当の護は苦笑して見せた。
「大丈夫だ。あいつは事実を突きつけて来ただけだ。ライラと二人で答えを出しているし、言われて迷うこともない。」
「でも、マモル様は辛そうにしてた。」
「今まで責められることが少なかったからな。気持ちの問題だ。」
「…怒るべきです。護さんとの距離をあれこれ他人が口を出して来たら、私は怒ります。」
「そうするべきかなぁ。」
「怒らないの?立場は大事。でも、余計なことを言ってくる相手に好き勝手言われるのは嫌。」
二人がやや低い声音で護を責める。怒りの琴線に触れたらしい。両脇から拘束してくる。
護は降参の音を上げようとしたが、二人が塞ぐ。
「大体、護さんは…もう少し、意思をはっきり伝えるべきだと思います。黙っていては…自分の気持ちが暗くなるだけです。」
「そう。イライラする。はっきり言ってやったらいい。スカッとできる。」
「上手く反論できなかっただけだ。怒るのは疲れるし、俺としてはしたくないな。」
「えっ!?」
護はさらに地雷を踏んでしまったことを悟る。余計な一言を付け加えてしまった。
腕の拘束が緩む。護は振りほどき、興奮で顔を赤くするセレスを片腕で抱きしめる。一瞬、虚を突かれても抗議の目を向けてくるセレスに護は目を合わせる。
「怒りとか悔しさが無い訳じゃない。でも、それを相手にぶつけて何になる?互いに傷つくだけだ。二人が言ってくれていることは間違いじゃない。正しいと思う。ただ、怒鳴ったりするのは得意じゃない。どうせやるなら、華麗に切り返せるぐらいにならないと、と思うだけだ。」
「…我慢している訳じゃないんですね?」
「ああ。」
セレスが少しだけ落ち着きを見せる。護は上ずった声で恥ずかしそうにだが、言葉を加える。
「とはいえ、俺にも何が襲ってこようとも絶対に譲れない妻たちがいる。絶対に失くしたくない。目の前に立ち塞がって邪魔をしてくるなら、戦うまでだ。」
二人の顔が真っ赤になる。周囲で護の言葉を聞いていた兵士もだ。
護は後悔する。かなり恥ずかしい。痛いこと極まりない。それでも、護の本心だった。
セレスが護の背に手を回し、アンが腕にかける力を強くする。
「「馬鹿」」
小さく呟かれたその言葉には嬉しさが滲んでいた。
照れくささを隠すように、その場からそそくさと、三人は宿に戻るのであった。
~一刻後~
スブラ騎士長の案内の下、メイア、オリーを加えて第一兵舎の作戦会議室に着く。扉を開けた護に視線が集中する。ふと目が合った女性隊員が顔を赤くして目を逸らす。
メイアの視線が刺さる。事の説明に理解はしているが、感情は別らしい。
「何をやっているんですか。全員揃っているようなので、始めますよ。」
違う扉から入ってきたチュリが動きが止まっている護たちに声を掛ける。彼女はどうやら、周りから何があったのか聞いていないようだ。一瞬だけ怪訝そうな顔をした後、真剣な表情に戻る。
全員が椅子に座るか、壁にもたれる。チュリは地図を取り出し、前面にあたる壁にピンで固定し、準備が整った。
「では、これより、第八回、周辺脅威調査及び排除に関しての作戦行動予定を説明します。」
獣人との戦争が迫る中、護たちの戦いが始まる。
A:なんちゃってQ&Aを始めるぞ。
Q:おー。遂に、獣人登場ですか。それもひと悶着ある登場の仕方ですね。
A:基本的に、他種族同士、仲が悪いんだよ。特に獣人族は多種多様な設定にしているからな。
Q:エルフと人も戦争がありましたね。三章では、エルフの中に火種が残っていて、くすぶっていた形に火が灯って炎上した形ですし。
A:まぁ、エルフと人族は、勇者という共通の人気者がいるからまだマシだがな。
Q:獣人族、さて、どうなることやら…、というか、思いっきり護たち関係ないことに参加していません?
Aは視線を逸らした。




