閑話 ~聖女と勇者~
~フォーレスト・ウォール~
「ちっ。貴様たちの力を借りなくてはいけないとはな。」
「それは俺たちのセリフだ。」
睨み合っていたのはガルマ騎士団騎士団長、ヘストル・ガルマと、リヒト教会、聖女ナヒーリヤ・キントグルだった。
数日前に樹海深部から起こった魔物行進。規模が大きく、砦同士が分断され、機能を上手く果たしていない中、ヘストルは苦渋の決断をした。聖女がいるのはその要請があったからだ。
「時間が惜しい。私の方に来ている報告では、赤ランク級は見られていないが、黄ランク級が二十。その内、飛行している奴を優先して倒したが、一番厄介な奴が残っている。」
「ほう。」
「『ヴェスぺ・ケーニギン・ヴァリエ―ト』。蜂の女王が、巣から出てきている。飛行速度はそこまでないが、取り巻きの数は数百。女王が進む道は地獄だ。一つの砦が危うく崩壊するところだった。それも夜になると、数が増えている。人間一人の大きさの幼虫どもを下っ端に運ばせて育て、蛹から羽化させて即戦力にしているようだ。ある程度、数は減らしているが、女王が特殊なのか強くてな。」
「お前ら、割と脳筋のところがあるからな。魔法と弓では落としきれないんだろ。」
「っ。…その通りだ。」
ナヒーリヤはにやりとし、ヘストルは顔を歪める。
「もう既に、魔法や弓が得意な奴はまとめてある。場所と進路を教えろ。」
「ここから、馬で一日の距離、北部第五砦あたりだ。」
「了解。直ぐに向かう。」
「後、勇者が来ている。」
「あ?」
聞き慣れない単語を聞いて、ナヒーリヤはそう反応する。彼女が勇者のことを聞いたのは、妹と護からであり、きな臭いことに巻き込まれているみてぇだなと思っている相手だ。
面白くなさそうにヘストルは続ける。
「何でも、箔をつけないといけなんだとよ。勇者と第二王女様、賢者の三人だけで来ているみたいだぞ。戦力としては微妙だな。わざわざあの大公爵様の書簡が送られてきて、ある程度活躍させろだってさ。」
「面倒なお世話をしろ、と言われたことには同情してやるよ。…会いに行ってみるか。」
「先に、蜂の女王を始末しろよ。」
「当たり前だろうが。」
ナヒーリヤはそう言い残して、本部を後にするのだった。
~翌日~
「リヤ姉さん、索敵に引っ掛かり始めた。集団行動してる奴らが蜂か。」
「そうか。総員戦闘準備。視認でき次第、各自攻撃を始めろ。」
「砦はどうするんですか?」
「無視。あいつらの正確な位置が分からん以上、誤射は大目に見てもらう。」
『了解。』
そして、壁のごとく侵略してくる魔物どもに、光線が殺到する。
圧倒的な火力が込められた光の砲撃は魔物を焼き払う。ただし、蜂へのダメージは予想よりも少ない。
「数を使った魔力防壁。地味に硬いな。」
蜂たちは集団で、魔力防壁を張ることで、光を減衰させ被害を少なくさせていた。ヘストルが言っていた通り、打ち落とすのに苦労するだろう。
「『ムーン・フォール』」
毒の大蛇を殺した攻撃が蜂たちを襲う。障壁ごと押しつぶし、燃やしていく。とは言え、焼け石に水。空いた穴は後ろから補給することで塞がってしまった。
ナヒーリヤは舌打ちをして、『アイテムボックス』から一枚の羊皮紙を取り出した。
「面倒くさいな。二班手伝え。」
「久しぶりにあれ、使うのかよ。砦がないことを祈るぜ。」
「そうね。時間を稼いでよ、キールス。」
「はいはい。」
INTの高い面子で構成された二班を呼び、儀式魔法の発動させる準備をする。
膨大な魔力が展開された魔法陣へと注ぎ込まれ、光の粒子がその場を満たしていく。ナヒーリヤがこん棒で狙いを定めるように、敵へと向けた。
「リヤさん、西南西の方向に女王バチだ。」
「でかした、キールス。」
「魔力を注ぎ込み終わりました。」
「総員。閃光防御。失明は許さないぞ。」
ナヒーリヤを除く全員が攻撃方向から目を背け、光で目がやられないようにする。ナヒーリヤは分厚い覆面を片手で被り、射撃体勢を変えず、唱えた。
「『グローリー・ロード』」
地面に展開していた魔法陣が空中に投射される。直径六十メートルほどに拡大していき…そこから光の円柱が女王バチに向けて走る。
視野が潰れる。光の道が命中しなかった魔物でもその余波を受けていた。
肝心の光の道に入っていた魔物は、防御を許されず、魔石を残し蒸発していく。
膨大な光エネルギーは大半が熱エネルギーと変わっていた。さらに熱は魔法陣に組み込まれた通り、光の道から逃れらない。内部を確実に蹂躙する。
光が収まり、道が解除される。膨大な熱気を風魔法で上手く流したナヒーリヤたちは効果を確認する。
「魔石以外、残っているものはなし。周囲の魔物は光にやられて、地上で混乱中。後、砦が見えるな。」
「道の中に無くて良かった。」
魔法で氷を作り出し、地面や魔石を冷やす。冷えた魔石を回収しつつ、砦に向かう。
女王バチを失った蜂たちは集団行動に精細さを欠き、騎士団の的となっている。他の魔物とも拮抗していて、空を飛び始めない限りは、脅威度は低くくなっていた。
「側面に損傷した形跡はなし。相変わらず頑丈にできているな。」
砦が破られている様子はない。アスタイト王国で、防御力がトップクラスの建物を思いつけと聞かれれば、フォーレスト・ウォールの砦群と言えるだろう。
地面と接する扉は塞がれており、入れなくなっている。ナヒーリヤは頭上を見上げ、壁の高さを調べる。
「これならいけそうだな。お前らは周辺の魔物を排除。俺は挨拶してくるとしよう。」
『了解』
ナヒーリヤは助走をつけると、壁を駆けあがる。そして、一気に上がりきると、砦内部へと侵入した。
扉を蹴破って開けると、不安そうにしている兵の姿があった。
「おーい、生きているか。」
間延びしたナヒーリヤの声に、兵士たちは驚いて剣を構えてしまう。
ナヒーリヤは両手を上げて交戦の意思はないことを示しつつ、ヘストルの指示で来たことを話す。
そうすると、彼らは安堵し、それぞれ確認を始めた。外ではまだ教会騎士団が戦っていると聞いて、出撃するためだ。その動きは一気に砦全体に広がり、準備ができ次第、戦い始めている。
「流石はガルマ騎士団。気に入らねぇが、仕事は一流だな。」
壁の上で魔法を放ち続けるナヒーリヤは、兵士たちの動きをみて、そう評価する。
正確な立ち回り。互いの間合いを把握し、上手く攻撃が重なるように調整している。あえて技や魔法を最小限にすることで、フレンドリーファイアを避けている。
リヒト教会騎士団は一騎当千、ガルマ騎士団は集団戦法といった方向に重きを置いている。それが原因で喧嘩に発展することもあるのだが、実力は認めているのだった。
「ここをとっと終わらして、護の同郷の勇者に会いに行ってみるとするか。」
ナヒーリヤはこん棒を構え、壁を飛び降りるのであった。
~その頃~
「『ファイヤー・ランス・フィフス』!!」
影に縛られた魔物を炎の槍が貫き、焼き焦がす。虫の息となった猪型を龍志の直剣が切り裂く。
近くの兵士の背後に迫るアナグマ型の元まで、龍志は『瞬転』を使って移動し、蹴り飛ばす。
構えていたルマノ・アスタイトが拳を真っすぐ突き出し、飛んできた穴熊型は複数の内臓を粉砕されて絶命した。
「あぁぁ!!まだ来るの!!」
「由奈さん、魔法を!休んでいる暇はありません!!」
「お腹がタプタプだけど、やってやるわ!!『アシッド・レイン』」
強酸の雨が敵陣に降り注ぐ。触れた途端溶け、血達磨になっていく。さらに、追い打ちで龍志が影で拘束していく。魔物は力任せに暴れても逃れられず、骨と魔石を残して溶けていく。
あまりに容赦がないコンボの上、自分たちが思っていたのとは違う戦い方をする勇者たちに、周りの兵たちの顔には畏怖が映っていた。
そんなことを気にせず、由奈は魔法を放ち、龍志は近寄る魔物を片っ端から切り裂く。レベルが上がるがままに力を振るう二人は、戦場に酔っていた。
龍志の剣が折れる。龍志の急激に上がった力での戦い方に耐え切れず、半ばで折れてしまったのだ。
予備の剣を取りに行く際、自分たちを怖がる様子でみる兵士の視線に気づいてしまった。
「……っ」
顔を歪める。
決して怖がられるために、戦場に来たわけではない。喝采を得られない戦い方であることは重々承知しているが、それでも、といった期待を抱いていた。
「由奈は気づいていないね。なら、大丈夫。」
未だ酸の雨を降らす由奈を見て、龍志は安堵する。むしろ、由奈の性格なら、笑い飛ばすかもしれない。
そう思えば、どうってことないと思う龍志だった。
剣を受け取り、戦場に戻る。由奈が慌てた声で龍志に警告する。
「酸の雨で溶けない奴が来てる!!」
酸の雨をものともせず、迫って来ている魔物は、全長十メートルは超える大蛇だ。硬い鱗が雨を弾き降らしている範囲を突破する。
龍志は魔法に集中する。イメージするのは氷の三角錐。ただし、範囲は大蛇より広い。
「いけ!!」
大蛇の頭上に氷の山がひっくり返した形で顕現する。一気に離脱を図ろうとする大蛇に、容赦なく落ちる。
シャァァッ!!
完全に潰れなかったが、半分が氷の山の下敷きになった。硬い鱗は無惨に砕かれ、挟まれたところはぺしゃんこになっている。
無理矢理身体を千切り、真っすぐ対峙した龍志へと突進をかける。龍志は『瞬転』で躱し、硬い鱗で覆われていない目へと剣を突き立て、離脱する。のたうち回る大蛇から離れるよう大声を張り上げ、周りから完全に兵士たちが撤退させる。
そして、由奈の魔法が発動した。
「『インフェルノ』!」
こぶし大の黒い球が大蛇に触れた。黒い炎と化し、魔石以外を燃やす。それは大蛇が息絶えるまで続いた。
「本当に、レベルが下なのか?」
龍志たちの面倒を見るように言われた部隊長は、指示を止めて、その様子を見ていた。
彼らのレベルは自分たちよりも低かったはずだ。だが、苦戦するような魔物相手を圧倒している。
飲み込みが早い。中央の騎士団長の教えを受けているとはいえ、本当に最近戦い始めた初心者なのだろうか。特に勇者の魔法の効果、剣技の冴えは、下手な兵士を凌駕している。
「でたらめすぎる。味方としては頼もしいが…」
貴族が呼んだあの存在は、諸刃の剣ではないのか。その不安を拭うことは出来なかった。
龍志たちは砦まで魔物を殲滅していく。由奈の魔法のバリエーションと、龍志の戦闘力の高さを見せつけるような戦闘になる。
それを、兵士たちは半分は感謝の思いで、もう半分は不安に思いながら、共に進むのであった。
~数日後~
「てめぇが勇者か。悪くない面構えだな。」
「ちょっと、あんたは何者なのよ!」
魔物行進戦が終了した。そして、後処理の最中、ついに勇者と聖女が遭遇する。ナヒーリヤの言い方に、龍志が何か言う前に由奈が反応した。
「あ?俺はナヒーリヤ。聖女だ。」
「聖女?なんか不良の方が似合ってそうなんですけど。」
「ゆ、由奈ちゃん、謝って!すみません、聖女様。」
「気にしてねぇよ。第二王女、こいつが勇者で合っているよな?」
「はい。」
龍志を指さして、ナヒーリヤは確認した。指された当人は、にこやかに自己紹介し、由奈の代わりに謝った。
ジト目で観察するナヒーリヤ。そして、出てきた一言は、
「悪くはねぇな。試してみるか。」
「試す?」
言ってすぐにナヒーリヤの拳が龍志の顔を掠って通り過ぎた。殺気の籠った本気の一撃だ。並大抵ならば、気絶する威力。
腰が抜け倒れるが、龍志はそれに耐えていた。歯を鳴らしながらも、意識を保っている。
ナヒーリヤは手を差し伸べ、立ち上がらせる。
「ちょ、ちょっと何をしたの!?大丈夫、龍志!」
「気を失うかどうか、試してみただけだ。中々、骨がある奴だな。お前も試してみるか?」
「ぜ、絶対無理。目で追えないパンチが掠るとか、絶対それだけで死ねるわ!」
ナヒーリヤは軽い感じで、由奈にも試してみるかと振る。即答で拒否が返ってきた。
「こっちは普通だな。確か『賢者』だったよな。そうに見えないから魔法少女とでも呼ぶか。」
「ちょ、それは止めて!」
「魔法少女、この勇者といい、護といい、どんな精神構造をしているんだ?」
「な、何それ?それに護って、明石宮のこと?」
「彼のことを知っているんですか!?」
ショックで上手く頭が働いていなかった龍志が再起動を果たし、ナヒーリヤに食い気味に聞く。
なぁなぁと少し距離をとったナヒーリヤはとりあえず経緯を話していく。
「えええっ!!あいつが結婚!?二股どころか四股!?それに屋敷!?ツッコミどころが多すぎて、頭がこんがらがって来たわ。」
「あ?お前らの方には…。追い出した相手の情報なんか渡されるはずはないか。面倒そうだな、勇者に王女。」
「「…。」」
龍志とルマノは気まずく黙るしかなかった。今回、貴族側からの要請でここに来ていることを鑑みると、ナヒーリヤの指摘は間違ってはいない。
「聖女様、お願いがあります。」
「なんだ?」
「彼の情報が手に入ったら、僕たちに知らせてもらえないでしょうか。」
「却下だ。面倒くさい。それにしばらくはあいつは戻ってこない。エルフの国の反乱が収まったのは聞いているが、護が何をやらかしたのかまでは知らん。そうだな、王国に戻ってきたかどうかぐらいは教えてやるよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「定期的にどこにいるかリヒト教会まで便りを送れ。もしくは時空魔法を覚えて、直接聞きに来るか、どちらかにしろ。」
ナヒーリヤはそう言い残して、その場を去っていった。
「う、あれが聖女、ヤバい奴だったわ。」
「同感かな。それにしても、護は今、エルフの国にいるのかぁ。」
「エルフの方は耳が長いそうですが、実は私も実際には見たことがないのですよね…」
「ルマノも?確かに、この国で実際には見たことがないわね。」
龍志たちは未だ見たことがないエルフの国に、いつか全員で行こうという話を弾ませて、拠点へと戻っていくのであった。
なお、某エルフ部隊はナヒーリヤに見つかって、散々嫌味を言われることになるのだが、それはまた別の話になる。
次回は登場人物紹介です。
なんちゃってQ&Aも次回は復活の予定です。




