第四章 エピローグ
へ、変更するかも…
~夜・町郊外・樹海樹の枝の上~
「待ちに待ったわよ。」
「遅くなってしまった。すまない。」
「いいわ。マモル君だって、かなり忙しそうだったから。」
光を灯し、二人が乗っても余裕がある枝の上で、逢瀬を楽しむ護とライラが座っていた。
月の光は木陰に隠れてしまっており、魔法と発光茸が幻想的な感じを醸し出している。
薄緑の色を基調とした服を着るライラは、その情景によく似合っていた。
「見惚れた?」
「綺麗なのは間違いない。」
「何、その言い方。素直に褒めなさい。」
「綺麗だ。」
「それでよし。」
この場の主導権は完全にライラに握った。彼女は自分のことをポツリポツリと話し始める。
「私ね、不安でしょうがないの。」
「……」
「いろんな人を見て来た。飢えを必死に耐えて生きている人も、裕福な生活をしている人も、自身の欲に塗れた人も。見てきたはずなのに…違うわね。見てきたからこそ、私は女王として君臨していいのか不安になる。」
彼女の声音には、自嘲が混じっていた。
「私は、権力には興味がないわ。そんなことよりも、マモル君の傍の方が面白いだろうし、ずっと居たい。でも、必要としてくれている相手がこの国にはまだいる。その人たちを導く人に私はならなくちゃならないの。失敗したらどうしよう。怖いの。」
「大丈夫だ。きっとうまくいく。」
「そうかしら。だって私はあの父王の娘よ。」
「もし暴走したら俺たちが止める。絶対にだ。」
護の言葉にキョトンとしたライラ。自身の顔を叩き、護に謝ってくる。弱気になり過ぎていたと。
不安を完全に晴らす言葉は出てこない。代わりに護は彼女の手を取り、握りしめる。
いきなりのことに、驚いたライラが振りほどこうとして暴れる。枝葉が揺れる音が響く。
「あっ」
「少し落ち着け。二人揃って、地面に激突はしたくない。」
護が力づくでライラを抑え込み、抱きしめる。
ライラの顔が赤く染まっていく。力が抜け、護のされるがままになる。
今度は、軟体動物のごとく力が抜けきって危うい。護は抱きしめる体勢から肩を貸す形に移し、ライラが再起動を果たすのを待った。
「マモル君の方が強いこと、忘れていたわ。キサラン名誉公爵から聞いたけど、彼女を組み伏せたんでしょ。」
「無理矢理、薬で眠らせようとしてきたから、抵抗しただけだ。」
「その後、眠ってしまった公爵の様子も見ていたんでしょ。彼女、仲間からそのことを聞いて、かなり恥ずかしがっていたわよ。マモル君を過度に心配しているのも、その照れ隠しかもね。」
ライラが体を起こす。相変わらず顔は赤いままだ。
彼女は深呼吸を一つしてざわつく気持ちを抑え、姿勢を正した。自然と護も正す。
「マモル君、貴方のことが好きです。」
魔法の光がはっきりと彼女の顔を照らす。護の応えを体を強張らせて待っている様子が鮮明に見える。
「俺も、だ。」
護はそう言うので精一杯だった。ライラの緊張がうつったのかもしれない。
それでも、ライラの喜ぶ姿を見ると、どうでもよくなってくる。
「やった!」
ライラの顔が近づく。口づけではなく、彼女は護の右耳に、口を持っていく。そして、噛んだ。
痛みが走り、護は顔を顰める。頭の中が真っ白になる感覚が襲い、彼女の顔をぼんやりと見つめる。
「これで半分、私の耳も噛んで。」
言われるまま護は差し出してくる左耳の先を噛んだ。痛みで声が漏れるのが聞こえる。少し力が入り過ぎたのか、内出血しているのが見える。
それを気にせず、ライラは儀式の続きをする。
「後は、これを互いにとつければよし、と。」
二つの耳飾りを取り出し、一つずつ丁度噛んだところにつけた。
耳飾りが強く発光し、護たちを包む。特に変化はないのだが、意識を向けると、力が働いているのが分かる。それと同時に、ライラの心臓が早鐘を打っているのが、何となく感じられた。
「これが、前に言っていた魔道具よ。作られた経緯としては、嫉妬深い女性が愛する男性を監視するために作られたとされているの。互いにある程度、身体の様子が分かるようになるわ。恐怖とか感情も一応程度ではあるけど、感じられるようになっているらしいの。」
完全に呪具の類だ。特に、複数と関係を持つ場合、誰を抱いているかまでは分からないが、しているということが相手に伝わるということだ。もし、爛れた生活を送れば、刺されても文句が言えない。
正気に戻った護は外したい衝動に駆られるが、もう手遅れだろう。
(エルフの女性は、何かしら縛ろうとしてくるのか…)
アンにライラ。二人の行動は似ている。むしろ、似ているから惹かれるのか。護には分からなかった。
それから手をつなぎ合い、話をし始めてから大分時間が経った。巫女の話へと移っている。
「う~ん、闇魔法の使い手?いるにはいるけど、会いたいの?」
「ああ。巫女の記憶をどうにかするに、必要なんだ。」
「宰相が使えるわ。少しだけ時間を空けてもらえるように頼んでおく。えぇと、明日は予定を開けておいて。何時、空くか分からないから。」
「助かる。」
「恋人の頼みなんだから、それぐらい何ともないわよ。」
ライラは笑って見せる。最早、不安になっている様子は見られない。
「ありがとう、マモル君。」
光が消え、暗くなる中、二人の陰が重なるのであった。
~翌日~
「どうしたのだ。顔色が悪いようだぞ。」
「本当ですね。アカシミヤさん、大丈夫ですか?」
宰相と巫女に心配される。昼すぎで昼寝には丁度いい暖かさが、皮肉に感じられるほど、護の顔色は悪かった。
耳飾りという契約の証に、敏感に反応したのはアンだった。アンを差し置いて、ライラとお揃いのものをつけているという事実に、怒らないはずがなかったのだ。何より、メイアとセレスとは、既に指輪があるというのも、火に油を注いだ。
久しぶりのログと共に、怒りを通り越したアンが泣きだし、オリーが殺伐とした気配を纏い始めた。奴隷と主という契約がなければ、戦闘になっていたのは間違いない。
護は二人の気持ちを静めるのに、大分苦労した。精神が退行した状態のアンを母親のごとく慰め、オリーには、言葉で気を取り直してもらうように説得し、事態を収拾した。
アンの精神が安定している状態が長く続いていたことで、どこか油断していたのだろう。町中で起きていれば、社会的に抹殺対象になっていかもしれないと思い、精神的な疲れがどっと出ている。
「それでどうするのだ。日を改めると数日後になるぞ。」
「俺は実質関係ない。今から取り組もう。」
護はチュリに頼んで用意してもらったものを、『アイテムボックス』から取り出した。
筆と魔法陣が描かれたスクロールだ。
「それは、報告にあった集団儀式魔法用の魔法筆と陣ではないか。開発者でしか発動できないと聞いているが使えるのか。」
「問題ない。実際に起動できる。」
護は魔力を筆にこめ、問題ないことを示した。同じ心配をしたチュリにも一度見せているので、手こずることなくできた。
魔力の栓を開けるコツまで、『真理眼』に載っていると賭けに出て、当たりを引いた形だ。
「この陣は、込められた魔力を宰相の魔力に変換し、力を増幅するためのものだ。」
「なるほど。万全を期すための、補助具という訳だな。」
「ああ。これを使いつつ、宰相には巫女の記憶を封印してもらう。繊細な作業になり、時間がかかると想定しているため、魔法陣を用意した。それでも時間がかかり、魔力が足りない場合は切り上げられるところまででいい。」
「了解した。それで、封印で良いのだな?消去の方がいいだろう。」
「宰相はそれをしたことが?」
巫女を廃人にしたい訳ではない。封印の方向で進めるという決定は護たちが最初に決めたことだった。
宰相が経験はないと否定した。宰相も確認のために、聞いた感じなのだろう。特に様子は変わっていない。
「二人とも準備ができたら、声をかけてくれ。」
「問題ない。」
「私も、覚悟は決めました。」
魔法陣が宰相の足元に展開していく。護たちの魔力が込められた魔法陣は虹色から黒色に変わっていく。宰相の魔力に変換されているのだ。
そして、巫女の記憶の封印が始まった。
~数時間後~
「アカシミヤさんですね。」
「合っている。よし、これで確認はできたな。」
宰相の記憶封印は無事に終わった。名前やエピソード、巫女が助け出されてからの記憶が残っていることも確かめられた。
施術の間、不安そうにしていたセレスやチュリたちの間に安堵が広がり、様子を見に来たライラも同様だ。
アンはというと、今朝のことで巫女のことなど吹き飛んでおり、特に嫌な反応は見せていない。
「これで、教会に行ってみるといい。多分、声は聞こえるはずだ。」
「ありがとうございます。」
「後、コルチ、貴方は妊娠している。」
「え?」
ここで言うしかないと思った護は、もう一つの事実を切り出す。事の経緯を知っている自分が言うと決めていた。それでも、護の声は少し震えていた。
巫女は自分のへその下あたりに手を当てて、護を見つめる。
「私は、貴方と子作りをしたことがあるのですか?」
「…違う。記憶を失う前の出来事のせいだ。俺の子ではない。」
「父親は?」
「分からない。多分、もう死んでいる。」
巫女の顔が暗く沈む。護たちは何も言えない。
彼女は優しく下腹部を撫で、顔を上げる。そこには悲観はなく、決意があった。
「この子を産んで、幸せに生きていけるよう育てて行きます。」
「貴方の意思が分かったわ。なら…」
護に代わり、ライラが巫女の前に出て一つの紙を渡す。王族が使う誓約書だ。
「力を貸しましょう。女王ライラ・ン・ポルンの名にかけて、巫女とその子の生活を支援します。もし、また道を踏み間違えそうになれば、私が止めます。…やらなきゃならないことばかりなの。力を貸してちょうだい。」
「ありがとうございます、女王様。この国に、民のためになるよう、力を尽くしていきます。」
「その言葉、信じてるわ。あっ、とりあえず、体が安定するまでは無理は禁物よ。世話役も来させるから、ちょっと待ってね。」
笑い合う二人。そんな様子を周りも笑みを浮かべて見守る。
ふと、護の脳裏に風の神の言葉がよぎる。
(スキルは呪縛か…。しかし、スキルの発現はほとんど後天的だ。今の彼女たちならば、大丈夫なはず。)
封印がとけ、巫女が思い出さない限り、彼女はもう道を踏み外さない。そう護は信じるのであった。
~夜~
「護様、腕を組んでもよろしいですか。」
「二人ともいいぞ。」
「暖かいです。」
メイアとセレスの要望で護は夜の街を散歩している。町灯りはまだまだちらほらで、月明りを頼りに歩いていた。
肌寒い。そのことを実感、思えるようになったのは、ようやく落ち着けたからだろう。
嬉しそうに腕を組む二人に、つい聞いてしまう。
「部屋で過ごすのでも良かったんじゃないか。」
「…護さん、戦いの間、一人で行動していた時が多かったですから。…こういう風に私たちを連れて欲しかったです。」
「賢者様に拉致されたときは慌てました。急に愛する人が消える恐怖を体験してほしいですが、流石にどうなのかと思い、こうして歩きながら、文句を言おうかと。」
「起こすのはどうなのかと思って、行動しただけ…」
「言い訳はなしです。」
セレスに強く握りしめられる。護は口を噤んだ。
二人の口調は内容に反して、優しい。それでも、護の心に響く。
そして、護は二人を見て想いが溢れた。それは単純な言葉となって表れる。
「好きだ。」
「急にどうしたのですか?」
「あー、なんだろう。」
声が自然に出て、護自身も戸惑い、返答に困る。
セレスとメイアが互いの顔を見合せて、笑みを浮かべる。
「私も好きですよ。護さんのこと…愛してます。」
「護様は、私のご主人様です。いつまでもあなたの隣に。」
追い打ちをかける二人の告白に護の顔が赤くなる。
国に入ってからは度々離れて行動することも多かった。ひと段落つき、気持ちが緩んだのだろう。
恥ずかしさ半分、嬉しさ半分に、護は早く宿で休みたくなった。しかし、セレスとメイアに両脇をがっしりと固められ、追及が始まり、足どりが遅くなる。
静けさを破る三人の声は、灯りが全て消えるまで、町の中に響くのであった。
閑話二話、登場人物紹介をして、第五章に入ります。
護のデート(アン、オリー、ライラ)で一話、勇者で一話を予定しています。




