結末 ~追跡と深夜戦、末路~
な、悩む…
~バスティア伯爵領~
「ここがバスティア伯爵領だよ。とりあえず目撃者がいる町まで、後半刻ほどかな。」
早朝出発し、日が昇りきる頃、護たちは丁度、バスティア伯爵領に入ろうとしていた。
護たちの息遣いと走る音だけが鳴り響く。普段は人通りの多い街道だそうだが、戦乱の余波から彼らと時折見かける農民しかいなかった。
町に近づくにつれ、人の反応が増えていく。バスティア伯爵領と隣の伯爵領との境界線にある町で、それなりに規模があった。街道を見張る門番たちが見えて来た。
「キサラン名誉公爵様一行ですね。事情はお聞きしております。どうぞ、お通りください。」
「ご苦労様。助かるよ。」
門番の一人がアザレアが持つ記章を見て、許可を出した。
護たちは町の中に入る。
町の中はというと、それなりに賑わっている。終結の一報がこの町に届いているのだろう。見かけるエルフたちの顔は比較的明るかった。
それを見た隊の一人が涙ぐむ。爪痕は残っているとはいえ、自分たちの戦いが報われていると思えた。
アザレアたちからの視線に、彼は顔を赤くして涙を拭うと気を引き締め直した。
「まだ、僕たちの戦いは終わっていないからね。情報を収集するために、三人組に分けるよ。メイアさんとアカシミヤ君は僕についてきて。集合は宿『美食亭』で。」
『了解』
隊を素早く分けると、それぞれ散開した。エルフの巫女の人相書きを使い、露天や宿といったところを聞いていく。
手がかりとなったのは、スラムに近い宿の女将の証言。エルフの巫女たちを見たというのだ。話によると、かなりギスギスしていたようで、巫女が不満をたらし、騎士たちが宥めていたようだが、彼女がいない際、愚痴を漏らしていたらしい。
「いっそのこと、どこかに捨ててしまうか、か…。」
「かなり急いだ方が良さそうですね。」
「そうだね。」
夕方、隊員が全員揃う。情報共有をし始めた。
巫女たちはこの町には既におらず、出発していた。その進行方向もはっきりしている。
北西に進んだようだ。ただ、そこからが問題だ。
「うーん、この進行方向だと、サルモ侯爵領に入らない限り、大きな町とかないんだよね。アカシミヤ君の話からすると、豪遊に慣れていたそうだし、我慢できないはずなんだ。それに、国内で唯一、魔物が出てくる大墳墓を通り過ぎないといけない。教会の騎士たちなら突破できると図って、そっち側に向かった可能性もあるのかなぁ。」
「名誉公爵様、もしかしたら、巫女を始末するために向かった可能性があるのではないでしょうか。」
「でも、あそこには兵が駐在しているだろ。流石に怪しまれねぇか?確か、前王様も王女様も、あそこだけは兵を動かしてないはずだ。もしかしたら、捕まっているかもしれないぞ。」
「捕まっているかどうかは分からないね。駐在といっても、完全という訳じゃないし、別のルートをたどっているかもしれない。」
「そうなると、厄介どころではない話になりますね。一旦、仕切り直す必要も出てきます。」
「特に、どこかで始末されていたら、確かめようがない。」
かなり困難な様相をしてきた。
人手が足りないという点と、確保すべき巫女の安否が不明という点で、任務が達成できない可能性の方が高い。
頭をひねって、いい案はないかと考える。
「足の速い使い魔がいれば、マシなんだけどな…」
「テイムした魔物を使って人海戦術かい?この国には魔物が…。スライムはいるけど、足は全然速くないから、使えないね。」
「魔法で遠視とかも…できないか。どれだけ魔力とINTがいるんだ。」
手詰まり。そう思うしかない状態だった。
アザレアは空を仰いで、ふと、メイアを見る。
「メイアさんはどう思う?勘でもいいから、何か方法はないかな。」
「とりあえず、大墳墓には行ってみるしかないかと思われます。途中にいくつかある村を分担して聞き込みしつつ、大墳墓で合流、そこで情報を照らし合わせてみるのが、妥当です。それから、サルモ侯爵領の町まで、探索して手がかりが見つからない場合は、一時撤収を考えた方がいいかもしれません。」
「サルモ侯爵領までは行ってみるべきか…。ありがとう、メイアさん。」
アザレアはメイアの案を採用することにした。
その後に妙案が浮かぶといったこともなく、明日の動きだけ確認し、それぞれ身体を休めるのであった。
~大墳墓~
「結局、ここを通ったみたいだね。」
「ここまで、真っすぐ通ったことは間違いなさそうです。」
「死体になってないことを祈っておこう。」
護たちは村に聞き込みをしながらも、大墳墓にたどり着いた。木に名前が刻まれただけの墓は、寂びれ果てており、ゴースト系の魔物がいつ出てもおかしくない雰囲気をしている。
肝心の巫女たちは村人を気にせず、兵士には気をつけたようだ。兵士たちに、目撃者はいなかった。
結果としては杞憂だったが、ロスした時間はほとんどない。さらに、確証を得られているので、安心して前に進める。
「今のところ、掘り返されたりといった痕跡はないな。」
大墳墓の中をいくつかのグループに分かれて、注意深く進んで行く。いくつか戦闘の痕が残っていただけで、巫女の死体はなかった。
一先ずは、といった気持ちでため息が漏れる。
大墳墓を抜けた護たちは、町に向けて移動する。すでに、日は傾き始めており、急がなければ野宿になりそうだった。
「外れに五人…これは戦闘中みたいだ。」
「アカシミヤ君、案内してくれ!」
複雑に動く反応の元へと駆けつける。そこには、兵士たちが盗賊と戦っていた。二対三と数では劣っているが、善戦をしている。
「加勢するよ!」
「ちっ!!」
盗賊たちが逃げ出そうとした。その先をメイアとアザレアが塞ぐ。短剣同士がぶつかり合った。
煙幕を使われた。護の『気配察知』すら、攪乱されて、三人の位置が特定できない。
動かず身構える護の目の前に盗賊の一人が現れた。
「「!!」」
すぐに煙幕で姿をくらまそうとする盗賊に追い縋る。
短剣から伸ばした魔力の刃が、盗賊の肩を切り裂き、呻き声が上がる。
盗賊の姿がかき消える。急に気配が薄くなり、捕捉できない。『隠密』を発動したようだ。
さらに、隣から隊の一人が現れ、互いに武器を突き付け合う。味方であると分かると、互いに息を吐いた。そうしている間に盗賊は完全に見失ってしまった。
「きゃあ!」
女性隊員から悲鳴が上がる。その場所に向かおうとした一人がもう一人とぶつかり合い衝突が連鎖する。
「動くな!!落ち着いてその場で身を守るんだ!!」
アザレアの命令が場を支配し、隊員が落ちつきを取り戻す。時折飛んでくる魔法を冷静に対処していき、それ以上、悲鳴が上がることはなかった。
煙幕を風で払った頃には、盗賊の姿は消えていた。上手く傷を癒したようで、追跡に使えるような血痕はほとんど残っていない。三人とも『隠密』持ちだったらしく、護の『気配察知』にも引っ掛かっていない。
二人の騎士達は慌てて、駆け寄ってくる。
「仲間がまだ戦っているかもしれません!!商人たちを保護している方にも盗賊たちが向かっていました。早く助けに行かないと!!」
騎士たちの必死な様子に突き動かされ、道を急ぐ。
護の『気配察知』に複数の存在が映る。反応の具合からして、戦闘をしている感じではなかった。
一つの馬車が停まっているが見えた。その周辺に複数いる兵士と商人も。
「良かった!生きていたか!!」
「隊長、こちらの方々に助けてもらいました。」
「そうか!礼を言う。」
隊長と呼ばれている男がアザレアに手を差し出す。アザレアはその手を握りしめた。
話によると、アザレアたちが戦っていた方向の空に光の球が現れたらしい。それを見た途端、盗賊たちはこちらでも煙幕を焚いて、撤退したようだ。
「ここ最近現れ始めた盗賊で、実力も俺たちと変わらん。かと言って、欲で集まっただけの連中だとも思えん。純血派の残党ならば、納得はできるがな。」
「奴らなら、練度があってもおかしくないね。僕からもいいかい?この女性を探しているんだけど、来てないかい?」
「ふむ…」
人相書きを渡すと、隊長は仲間に回していく。そして、一人が知っていた。
「朝に来た女性によく似ています。かなりボロボロだったので、覚えていますよ。」
「本当かい!?」
「商人のことは任せた。今すぐ、その女性が町を離れていないか確認しよう。」
隊長はそう言って、町へと走り去ってしまった。かなりフットワークが軽い。残された兵士は参ったように手で頬を掻いた。混乱していない様子を見ると、日常茶飯事なのだろう。
護たちは、商人に合わせて移動する。巫女が町から出ていたら、すぐに追いかけなければならない。休息も兼ねて、談笑に応じる。
西の空が空く染まり、東は闇が支配しようとしている頃、町に到着した。
「我らが預かる所では、町からは出ていないようだ。」
「それが知れただけでも、ありがたいよ。ありがとう、隊長。」
「何、部下を助けてもらった礼だ。人相書きの予備があるか?できれば通達して、出ていくような素振りがあれば、拘束できるようにしておきたい。」
「凄く助かる。あるから、渡すね。」
アザレアは隊長に人相書きを必要数渡した。
「よっしゃあ!任務達成まで、あともう少しですね、名誉公爵様!」
「ここで捕まえて、鬼ごっこはお終いだ!」
追いついた。その事実に移動の疲れを忘れて、盛り上がる隊員たち。
アザレアはその様子に苦笑気味だが、彼女も嬉しそうだ。
護とメイアの二人はというと、消えていた。二人がいたところに書置きだけが残っている。
「メイア、追いつけそうか。」
「任せてください、護様。」
一人の影を追いかけていく。メイアがこちらに向けてくる視線に気づいて、見返した途端、逃げ始めた。
屋根伝いに逃げる。メイアの身体能力が、相手との距離を一気に詰めていく。そして追いつき、対峙する。あっけなく逃亡者が倒れた。
彼女の鋼糸が逃走者を拘束しているのだ。もがく度に、肉に食い込んで、痛みで呻いている。
護が追い付いた。見ると胸が出ている。逃亡者は女だった。
「さて、なんで逃げ出したんだ?」
「…」
護がそう問い詰めるが、喋る様子を一向に見せない。
『真理眼』が女の状態を映す。一目見て、護の口は動いていた。
「『デトックス』」
光が包み、毒が解かれていく。女はすぐさま、舌を噛み切ろうとしたが、
「『ウォーター・ヒール』」
メイアが発動した水魔法で、噛んだところが一気に再生していく。これでは噛んでも、はなから舌が再生し、肉が盛り上がってくる感覚に女は嫌悪感から、止めてしまう。
血が水を赤く染めていくところに、メイアは瓶から一滴薬品を垂らした。顎が満足に動かせなくなり、次第にぐったりしていった。
「喋る気が全然なさそうだったな。とりあえずどうする?」
「この者を連れて一旦戻りましょう。自白剤や幻覚剤、闇魔法を使えば、尋問のやり方はありますし。」
「使われたくないものばっかりだ…」
目に見える武装を解除し、戻ることに。ちなみに、武装解除はメイアがした。その間は、見ることを許されなかった、護であった。
二人が戻ると、アザレアたちが待っていた。女を引き渡して、すぐに宿探しを開始する。
しかし、ほとんどの宿が満室状態で、運が悪いことに見つからない。戦いから避難してきた人たちが宿を抑え、連日泊っているようだ。五軒回っても、一軒も開いていなかった。
「今から野宿は難しいし、かと言って宿もない。道端で眠る訳にもいかないし…死活問題だ。」
「ただで、泊まれるところはありますよ。あまりお勧めはしませんが。」
「もしかして、スラムか?」
メイアが頷く。何の一つ表情を変えていないところを見ると、彼女はただの提案として、扱っているようだ。護は顔を顰める。
無法地帯であるスラム。確かに、雨風を凌ぐだけなら、建物があればいい。治安は最悪、衛生状況も極悪という点に対処できるだけの実力があるということが前提だが。確実に、一人では眠れないだろう。さらに、先ほど遭遇した盗賊たちもいる可能性がある。
しかし、祈り虚しく宿一つ見つけられないという、嫌な結果を目にした護たちは、最終手段を選択するしかなかった。
嫌な静けさと暗闇に包まれたスラムを通っていく。匂いは最悪で、酒と腐敗臭が漂っていた。
「ひぃ」
浮浪人が護たちに恐れをなして逃げていく。相手がどんな善なる強者であれ、下手に絡まれる前に逃げる。この場所で施しは毒になり得る。それがよく分かっていたのだろう。
差し伸べられた手すら振り払分ければ生きていけないスラムに、龍志たちなら、怒りを覚えたかもしれないと思う。もしくは嫌悪感を。
護の中にも確かにあるそれらの感情を一瞥する。気にしている暇はない。戦いの時は近い。注意深く周りを見ていった。
ある違法の娼館を通り過ぎた時、護の『気配察知』に引っ掛かる存在と、黒く塗られた矢が背後から隊員の一人に刺さり、倒れた。
即死ではないが、麻痺毒を盛られているらしい。…解毒の効き目が薄い。かなり強い毒を使っているのだろう。
カッ!!
「!!」
突然できた光球にほとんどが不意を突かれた。目がちかちかしてよく見えない。そこへ潜んでいた盗賊どもが突撃してくる。
メイアとアザレア、そして『真理眼』と霊のバックアップを受けた護の三人と咄嗟に目を閉じ、影響を最小限に抑えた隊員たちが、対処していくことによって、数と地の利の暴挙を防ぐ。
しかし、立て直しが図れそうだという時に、今度は矢の一斉掃射。仲間ごと打ち抜くつもりで放たれた本気の矢が、回復を担当していた隊員に当たり、復帰が難しくなったことで状況が悪化する。
「ぐはっ!!」
一人が狂刃に倒れた。その隣で、必死に抵抗して女隊員が麻痺毒にやられ、男たちが群がっていく。
メイアとアザレアがそれぞれ一人、二人と倒していくが、常に四人がかりで、その女隊員に近づけない。特に、アザレアは毒を受けて動きが鈍くなっている。『妖精の秘奥』が、彼女の命を繋いでいるが、長くはもたないのは一目瞭然だった。
一人を戦闘不能にした護の視線とメイアの視線が合う。護は同士討ちを避けて使わなかった魔法の行使を決意する。
「『フラッシュ』」
圧倒的な光量が周辺を一瞬だけ包む。遠くで潜んでいた弓使いまで、真昼の太陽を直視したように目が眩んだ。
一気に動いたのは、メイアだ。『隠密』で姿を見失った四人を暗殺し、肌を露わにして連れ去られかけている女隊員の近くの男を一人、二人…続々と倒していく。
「このガキ!!」
(右斜め切り下ろし。後ろへ一歩!)
「『属性付与・日』」
攻撃を躱した。同時に光の刃を形成し、振るう。
「ぎゃ!」
相手の剣は膨大な熱量に溶け、男がずれ落ちた。
濃厚な血の匂いに焼けた肉の匂いが混じり、熱が拡散して周囲を暖める。そして、何より明るくなり陰を作った。
状況が鮮明に見えることになったことで見る必要がなかったところまで、見えてしまう。…倒れ伏している者たちを映していた。
『真理眼』が無慈悲に分からせる。二人、もう手遅れだ。
護の頭の中は冷えていた。自分を狙った矢を弾き、魔法は敵を盾にし躱す。盾にした女を他の男につき飛ばし、二人纏めて切断した。
「ひっ!」
「隙あり!」
動きが変わり、容赦ない攻撃を繰り出す護から伝わる殺気に怯えた一人が、アザレアに首を掻き切られ、絶命した。
そこからは、攻勢が逆転する。再び優勢に立った護たちが、周りを血の海にして、戦闘を終えるのに時間はかからなかった。
戦闘が終わり、近くの廃墟を拝借して身体を休めようとした。だが…。
「くそっ!!」
亡くなった者の親友だった男が壁を叩く。彼だけではない。周りもやるせない怒りを抱いていた。休もうにも、感情が邪魔をして眠れない。
また、衣服をはぎ取られた女隊員をアザレアが看病しているが、女隊員の顔は良くない。恐怖に支配され、男隊員ですら近づけない状態だった。眠ろうとする度、男たちの残像が脳裏をよぎり、彼女を眠れなくさせていて、それが余計に悪化させている。
護とメイアはというと、メイアは眠り、護は起きていた。彼女が目覚めるまで、護は起きていなければならない。何より、周りが苛ついている状態で眠れなかった。
睡眠薬で無理やり女隊員を眠らせ、アザレアが護に寄ってくる。彼女は護の隣に座る。
「アカシミヤ君も寝た方がいい。僕たちはまだ眠れそうにないから、今のうちに休んでくれ。」
「メイアが起きたら、そうする。レベルが上がって、体力もあるから大丈夫だ。」
「僕たちが見てあげるからさ。そんな風に言わずに…」
アザレアが無理矢理、睡眠薬を飲まそうとしてくる。力的には護の方が上になったので、彼女の腕を抑えて動かせないよう、壁に固定した。
アザレアの顔が赤くなる。護の顔が近くにあり、困惑と恥ずかしさが彼女を襲う。
「どうした?」
「う、ううん。できれば、放してくれないかな。無理矢理休めとは言わないから。」
護は変わらず真っ赤になったアザレアを解放した。彼女の様子に気づいていない護は、一言だけ注意してメイアの髪を優しく撫でる。
かなり深い眠りのようだ。とはいっても、この状態からでも殺気には敏感で、目覚めることができる。
護はメイアを起こさないように撫でながら、彼女の傍で『気配察知』を続けていく。
「はぁ…」
そんな二人を見た、アザレアからため息が漏れる。仲間をやられた怒りもあるが、先ほどの護に組み敷かれているような時の羞恥心も混じり、内心はぐちゃぐちゃになっていた。
少しだけ深呼吸を繰り返す。それだけで眠気が襲いかかった。
「僕は眠るよ。後は頼んだよ…」
仲間にそう言ったアザレアの瞼がうつらうつらと落ちはじめ、しばらくもしない内に眠りに落ちるのであった。
~早朝~
「!」
護の短剣が盗賊の鎌と弾き合う。命を刈り取ろうとしてくる攻撃に、身体は熱を帯びていく。
短い睡眠から目覚めた護に襲い掛かってきたのは、再び盗賊だった。彼だけでなく、メイアたちも応戦している。建物から出た途端、襲撃をしてきた。
人数は昨日に比べると少ない。それでも、厭らしい攻撃は健在だ。煙幕からの不意打ち、矢の無差別射撃と性質の悪い攻撃をしてくる。
昨日はぼんやりとしか分からなかった狂気が、はっきりと伝わる。
目は焦点が定まっていない。仲間の矢が降り注ぐというのに、無視して突っ込んでくる。明らかに、正常ではなかった。
「メイア!上を頼む。」
「護様が行ってください。ここは、私が引き受けます。」
メイアが鎌男の首を刎ねた。時間ができる。
護は壁を駆けあがり、屋根へと上がった。
同時に矢と魔法が襲い掛かってくる。
「『オゥル・オブ・ウォーター』」
一気に湧きあがった水の渦が護を包みこむ。矢や魔法は渦を抜けない。
「『ウォーター・アロー』」
屋根や高いところにいる味方はいない。渦に乗って加速した水の矢が無差別に飛んでいく。
盗賊側で建物の陰に隠れそびれた者は体に大きな衝撃を伴って倒れる。骨が折れてしまい、矢をつがえるには回復する時間が必要になってしまった。
回避に成功した者が護へ再び攻撃を仕掛けようとするが、目を見張り、その手を止めてしまった。
護を取り囲むような水の渦は健在で、さらに雷球が無数に外側を回っている。それは自分たちの上までやってきた。
「!!」
嫌な予感と共に全力でその場から離脱しようとしたが、気づくのが遅かった。
「『ライトニング・ボム』」
雷球が爆発し、周囲に雷をまき散らす。それぞれが持っていた金属製の武具を通して感電していく。
絶命こそはしないが、身体が痺れ、思うように動かない。戦線復帰は難しそうだった。
運よく逃れられた者には、護自身が近づいていた。一安心していたところへの急襲に、対処が遅れる。
「『フライ・フェイクリッパー』」
技の発動。首と見せかけ、頭上を体を捻りながら飛び、脳天に一撃。即死した。
『アイテムボックス』から飛び散った物を虎視眈々と狙うスラムの奴らを無視し、仕留められていない相手へと向かう。次の相手も、その次の相手も殺していく。
麻痺した相手も処理し終えた頃、護の瞳に光は無かった。その護の前に一人の男が立っている。
「あんたは…」
「何で獣がいる!?それにその耳は!」
チュリと共にきた純血派のエルフの男だった。その手には剣が握られ、血が滴り落ちている。後ろには、護が始末した盗賊に群がっていた者たちが切り伏せられていた。
血に泥といった汚れに塗れ、最早、男に教会に来た時の清廉さはない。
かなり興奮した様子で剣を向けてくる男に、護は短剣を構えた。
「私は認めない!!我らの思想は間違っていない!ハーフエルフと人族が必ず災厄をもたらす。どちらにしろお前は抹殺対象だ!!」
「『ウィンド・ランス』」
風の槍が男の腹をくり抜く勢いで飛んだ。男は横腹を削られ、血を流しながらも回避する。
痛みで顔を顰めている男の剣が飛んだ。練度が低い。あの態度に実力が伴っていなかった。
次に男の右腕が飛んだ。血が飛び散り、辺りを染める。
「ぎゃぁぁぁあ!!」
耳を切り落とそうとして手が止まる。一瞬逡巡した後、叫び続けていた男の首を切り落とす。
(アンに不快な思いはさせない。スラムで朽ち果てていろ。)
護は死体を焼却し、骨を木っ端みじんに砕いた。そして、風に攫われていくのを見ることなく、メイアたちの元へと戻るのであった。
「護様、大丈夫でしたか?」
「この通りだ。」
護が戻ると戦闘は既に終了していた。
顔ぶれを見ると、昨日のように脱落者はいない。まだまだ怒りで煮えたぎっている隊員もいる。あの女性隊員も無事だった。
アザレアの真剣な顔を見て、まだ終わりではないことを悟る。盗賊をけしかけた首魁を捕らえるなり、始末しなければならない。
「場所は訊いた。行こう。」
門番を容赦なく排除し、一つの建物に入る。入った途端、顔を顰める。
多量の香が焚かれ、わざわざ土魔法で窓が塞がれているために、建物内にその匂いが充満していた。脳を蕩かすような甘ったるい匂いに、嬌声が遠くから聞こえる。
「あぁ?なんだテメェら…」
入口近くにいた男の胸に槍が突き刺さった。一気に散開し、各々盗賊の残党を殺していく。歯向かう者は全員だ。
奥へと進むと、二階の一番奥の部屋が改造されていて、大きな一部屋になっていた。
アザレアが扉を蹴り抜き、突入する。
性交の最中の男女が一組とその周りを正気を失った目で媚びる女たち、そして、男に捨てられた女が壁の隅で倒れている。
「お気に入りが帰って来ず、部下たちが次々と死んだ原因はおまえたちか。…どこかで顔が見たことがあると思っていたら、あの名誉公爵様かよ。スラムへ何用かな?」
男が交わっていた女を解放し、大鎌を取り出した。頭では理解しているらしい。
アザレアの短剣と男の大鎌がぶつかり合う。女を上手く盾にし、援護射撃を躊躇わしてくる。
さらに、アザレアとの実力は拮抗している上、強力な薬品を次々と使う。
二人の応酬は下手に近づけなくなっていた。
「…」
「くそっ。」
そんな二人の戦いの横すみで、静かに女を避難させていた一人の隊員の腹に短剣が突き刺さっていた。
さらに、抜いて首を掻き切ろうとしているところにメイアが介入し、助ける。隊員に解毒薬を飲ませた後、刺した女と対峙する。
「頭はやらせない。来な。」
「!…使い魔ですか。」
メイアの陰から一匹の狼が奇襲をかけてくる。
回避し、切りつけようとしたところで、その姿がかき消えた。女が影を動かし、退避させたのだ。
影を衣服のように纏った女の傍に狼が出てきて、にらみ合いになる。
互いに繰り出すタイミングを計っていたところで、天井に穴が空き、女の頭に一筋の光が突き刺さった。それだけで絶命した。すかさず、主を失った獣をメイアが狩る。
それを目にした男が目を見開いて叫ぶ。
「馬鹿な!!天井は抜けないように、魔道具で防いでいた筈だ!」
「あいにくだけど、破壊させてもらったよ。当然そうするよね。持っていた奴は隠れていたけど、見つけて殺した。あんたが、余裕こいて女遊びしている間に、全部調べてきたさ!」
アザレアの短剣が男の肩に突き刺さる。それをそのままに、すかさず腰に差していたもう一本を抜く。
「『二・伸』」
切っ先と苦し紛れに投擲された瓶が触れた。瓶は割れずに、力をなく方向を逆に変え、男に刺さっている短剣の柄にぶつかる。そして、割れた。
男が盛大に咳き込み涙目になり、苦しむ。どうやら催涙系の薬だったようだ。
アザレアは息を整えると、さらに発動する。
「『十・断』」
男の身体が真っ二つになり、壁に横の切れ線が走った。そして戦いが終わる。
男の首を切り落とし、『アイテムボックス』に放りこむ。戦利品も片っ端から拾い集めていった。
その傍で護が天井から降りてきて、顔を歪める。見回すと、本来の目的の人物が見つかった。
「まさか、ここにいるとはな…」
アザレアたちの戦闘の余波に巻き込まれない位置で、気を失っているエルフの巫女があられもない姿で放置されていた。LPが減っているが、命に別状はない。
涙の痕に、激しく凌辱された後が残っており、無表情になった護はとりあえず、水魔法で体を流した。水薬をふりかけ、傷も癒す。
近くに同様になっている女性も癒していく。彼女も息をしていて、まだ生きている。
護はメイアたちに女性の世話を任して、建物を出る。見上げると、日が大分上がっている。それでも、変わらない嫌な腐臭と血の匂いがする。そして、血に塗れた手を見て、再び建物の中に入っていくのであった。
書き直しをするかもしれません。もし、したとしても結末は変えない予定です。




