依頼 ~目覚め、模擬戦、意図~
~天幕~
「つっ…」
「護様、目覚められたのですね。待ってください。」
メイアが鎮痛剤を口移しに飲ませた。そして、そのまま舌を這わせ合った後、唇が離れる。
護は周りを見回し、まだ痛む上半身を起こそうとする。力が上手く入っていない彼をメイアが支えた。
「魔法を解放してからの記憶が無い。あの後どうなったんだ?」
護の問いに、メイアは気を失ってからのことを話す。
全てを聞いて、最初に護が言ったことは、
「すまない。メイアたちを殺しかけるなんて、俺はなんてことを。」
「護様が悪い訳ではありません。あの時、護様の力を使うようにしたのは、私の判断ですし、あそこまで周囲に影響を及ぼす想像がつかなかった私の落ち度です。」
「いや、最後に『反撃の水薬』を使うと決めたのは俺だし、メイアがくれたのはきっかけだけだ。あれは考え無しで思いついた魔法を放ってしまったから、俺が悪い。」
「ですが…」
延々とどちらの責任か、互いに主張し続けそうだったので、護はメイアを手で制して、止めさせる。
あの状況を打破するために、二人でしたことだ。
一蓮托生で悪いとして、護は解決を図った。メイアは若干不満そうにしていたのだが、護の結論に渋々頷くのであった。
「メイアさん、お昼を持ってき…。護さん!」
セレスが天幕の中に入ってくる。身を起こしている護の姿を見て、器用に早歩きで傍に寄ってきた。
お盆を台に置くと、護の腕から肩と触り、頬を両手で挟む。そして、確かめるように唇を触れ合わせると、セレスは微笑んだ。
「お薬の方はメイアさんに飲ましてもらったみたいですね。…お昼を貰って来たんですけど、食べますか?」
「そうしよう。軽いものを貰おうかな。」
お盆で持ってきた料理を見て、護に食べさせられるものが無かったようだ。わざわざ鞄から、複数の野菜が混じったかゆを取り出した。
食べ物を見て、護のお腹が鳴った。二日間眠ったせいで、お腹が空いている。
セレスは微笑みながら、護にスプーンでかゆを差し出してくる。
「はい、護さん。」
「お、おう。」
護は羞恥心に耐えながら食べる。セレスが差し出してくる度、メイアの視線が刺さった。
嬉しそうに見てくるセレスと、無表情のままじっと見つめてくるメイアの二人に、護は味を楽しむ暇なく食べきるのであった。
「マモル様、起きてる。」
「お目覚めになられて、何よりです。ご主人様、お体の方は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。」
セレスが出て行き、メイアと二人で会話しているところに、アンとオリーが入ってきた。
ハイドロを義手から元の状態に戻し、片手で抱えて座る。オリーはアンの後ろに控えている形で立っている。
「マモル様、無茶をしちゃダメだよ。」
「それは出来ないお願いだな。」
メッとしてくるアンに護は視線を横に逸らす。不満そうにポカポカ殴ってきて、地味に痛い。
護は苦笑いを浮かべる。無茶をするな、と言われてもしてしまうのが自分だということに今更ながら、ろくでもないなと思ってしまったのだ。周りを心配させてばかりだとも思った。
それでも、護は今のやり方を変えないつもりだ。誰かを失うより、自分が死にかけてでも戦った方がいい。
「マモル様、聞いてる?」
「済まない。どうした?」
「むぅ。セレスお姉ちゃんがライラお姉ちゃんにマモル様が目覚めたことを伝えに行っているから、もう少しで来ると思う。後、賢者様から手紙を預かってる。」
「ご主人様、これです。」
オリーが取り出したのは、一つの手紙だった。
封はされていない。護は三人を見たが、首を振った。誰も読んでいないらしい。
護は早速紙を取り出して、あえて声に出して読み始めた。
「『いつ会えるか、不明だったので、手紙にした。お前に預けておきたいものがある。俺の住処の入り口付近にあるので、取りに来い。結界はお前だけを通すようにしている。また、世界樹を鑑定してみろ。お前があいつと一緒ならば、世界樹が何なのか知ることができる筈だ。これは俺の勘で、別にお前がそれを可能にする能力が無ければ、別にしなくてもよい。』」
これで三分の二を読み終えた。
三人は静かに耳を傾けている。護は続ける。
「『後、あの薬は使用するな。俺と同格の力を振るえば、周りが無事では済まない。死にかけている中、手加減もできないはずだ。自身の手で、妻や仲間を殺さないようにしなければ、あの力に頼らないことだ。』」
そこで表に書かれていたことは一通り読み終えた。裏に一行だけ書かれていることに気づいて、さらに読み上げる。
「『追伸、エルナのことは感謝している。お前と妻たちに幸せがあるよう、願っている。』」
これで、手紙に書かれていることは全てだ。
アンたちの反応は微妙だ。護も似たような反応をするしかない。
「とりあえず、世界樹には行かないといけないな。」
「護様だけ、というのが気になりますが、何かお話はされていましたか?」
「いや、俺も初耳だよ。いったい何を渡したいのか、見当もつかない。」
「世界樹ですか…」
「どうしたオリー?」
「大陸に一本ずつ生えている木で、その枝や葉には膨大な魔力が宿っているとされています。ただ、何時からあるのか等は謎に包まれており、伝承においてはエルフの生みの親として、記されているものもあります。何なのか、という点で、ただの木ではないことは間違いないのでしょう。」
「心配か?」
「はい。ただ、ご主人様のことですので、止めてくださいと言っても調べてみるのですよね。」
「そうだな…。分かったことは教える。」
「ありがとうございます。」
護は視線を横に逸らした後、オリーにそう言った。オリーは腰を折って感謝してくる。
オリーの新たな一面を知ったような気がする護だった。
フルフル
「ハイドロ、おいで。」
ハイドロからの思念を受け取り、護はアンからハイドロを貰う。
ハイドロの身体は温度を下げた状態であり、冷たく、手が沈む。そんな感触を楽しんでいると、かつて地球で飼っていた猫のことを思い出した。
温もりと毛並み、そして仕草を思い出しながら、護はハイドロの姿がどんどん変化していくことに気づく。
そして、ハイドロの姿、手触り、温度が完全に飼っていた猫になった。あまりの再現度に護は褒める。
「凄いな。」
「多分、マモル様と遊びたいのだと思う。」
「そうなのか?」
ニャー
猫の鳴き声まで、再現できるらしい。護は試しに、喉元を撫でてみる。気持ちよさそうに、ごろんと寝転がっている所を見ると、本物と動作は変わらない。
ハイドロからの思念が届く。嬉しいようだ。
「あれを試してみるか。」
ハイドロを抱えて、地面に落とす。落下中に器用にバランスを取り、着地をしたハイドロに、護は苦笑した。これをした後、威嚇してくるところまで再現したからだ。
それと同時に、ハイドロからの思念に、護は関心を持った。不快だと感じたらしい。
護は検証を続けていく。光の球をいくつか作り、ハイドロの近くに順々に飛ばしてみる。
ハイドロは飛んでくる光の球を猫パンチで潰していく。複数同時に飛ばしてみると、片方だけ潰して、一つはスルーした。
どう感じているか、聞いてみた。ハイドロは何も感じなかったらしい。ただ、その動作を何故しているかは疑問に思ったようだ。
「なるほど。」
「何か、分かったの。」
「いや、感情も俺の記憶を元にして再現しているみたいだなと思ってな。」
「?」
「俺がこう思っているんじゃないかなと思っている感情をハイドロも感じているみたいだ。だから、こっちが何を思っているのか考えていない時は、ハイドロの方も感情が再現されないらしい。」
「つまり、私の義手になっている時に、経験したことがない状態になったら、ハイドロから痛みを感じない?」
「やってみるのが、一番だが…」
アンの嫌そうな顔を見て、護も途中で言うのを止めた。腕をプレス機で潰したようにする訳にはいかない。
痛みはともかく、ハイドロにも感情はあるみたいなので、悪影響になるかもしれないという点からも、無理そうだ。
「この話は止めにしよう。ハイドロ、今回手に入れた魔石で強化したいから待っていてくれ。」
「主の魔石を使うの?」
「あれは保留だ。とりあえず、Lv50台あたりの魔石を使う。」
「手伝えることは無い?」
「えーと…」
一人でできる作業だ。とはいえ、アンの真っすぐな瞳を見ると、断るのも憚れる。
どうするか考えた護は、容器と変化薬、撥を取り出すと、変化薬を容器に入れ、アンに渡した。
「俺は、力の調整まだだから、アンがやってみよう。調合そのものは難しくない。」
ハイドロがアンの義手の形をとった。
アンは、掌を動かして確かめた後、容器を受け取る。そして、義手で容器をしっかり持ち、もう片手で撥を握りしめる。
護は魔石を取り出して入れる係に徹し、アンが指示に従いながら、混ぜ合わせていく。
地味に調合レベルが護より高いおかげなのか、アンの調合は護が一人で行うより速かった。若干ショックだった護は、レベルを上げることを心に決め、彼女を素直に褒めた。
さらりと体を伸ばし、ハイドロが吸収し終えて義手の形に戻っている。あまりの吸収の速さに、護たちが驚く。
関心を攫ったハイドロに、唸るアンだった。
しばらくしてから、天幕に寄ってくる存在を複数、捕捉する。入り口にオリーを向かわせた。
「ご主人様、ライラ様がお見えになりました。」
「通してくれ。」
オリーに護は通すように言った。
護衛を引き連れたライラは、護へと落ち着いた足取りで寄ってきた。
「良かった、目が覚めたみたいね。」
ライラは護に近づくと、頬に口づけをした。最早、突っ込む気にもならない。
「私ね、十年ぐらい女王になることにしたわ。」
「十年?」
「そうよ。」
十年という期間が引っ掛かり、護がオウム返しに聞く。
ライラが話し出した。
「今は構想の段階だし、宰相に難儀な顔をされたから、まだまだなんだけど、この国を王が統治する形式から変えようと思うの。」
「それは…」
自らの権力放棄。王族という力を捨てるつもりなのだ、目の前の女性は。
驚きのあまり、護の目が大きく開く。そこには正気なのか、という意味合いも含まれていた。
「その後のことを考えているのか。」
「勿論。あなたの屋敷で暮らそうと思うの。もし、成し遂げれば、私という象徴は邪魔でしかないもの。この国に居られなくなる。だから、マモル君の家に住まわせてもらうわ。セレスちゃんやアンちゃんから、部屋が空いていることは聞いているし、今から私の分は予約ね。」
「なんで屋敷に来るんだよ…旅とかでいいだろうに。」
「マモル君となら、そういう生活もいいかも。」
ライラの傍にいたいという遠回しな宣言に、護はメイアと視線を交わす。
何も言わない所を見ると、何かしらの話し合いが行われたようだ。後は、護次第ということなのだろう。
以前問われた時からの答えは変わらない。
「分かった。十年後も気が変わらなかったら、俺の屋敷に来てくれ。」
「本当!忘れたりしないようにしないといけないわね。…あれを使ってみましょうか。」
ぶつくさ言い始めたライラ。何かするつもりのようだ。
護は苦笑いを浮かべながら、ウィスに呆れた声で呼ばれ、顔を真っ赤にするライラを見つめるのであった。
「失礼します。ライラ様、そろそろ本部に戻ってください。」
「もうこんな時間。またね、マモル君。」
ニースメンドが呼びに来たことによって、ライラは出て行った。護は手を振って見送る。
その日はチュリとアザレアの二人、ガンドルフとエトリア、『腕力』の三人という組み合わせで訪問があった後、メイアと二人で静かに眠るのであった。
~翌日・防壁の外~
「さて、始めましょう、護様。」
「ああ。」
お互い木製の短剣を握り、対峙した。その様子をセレスやアンたちが見守る。
主を倒したことによって、護のレベルが上がっている。エルナの言う通りならば、他種族の因子を集めてから上げた方がいいが、贅沢は言っていられない。
護が確認したところ、今のステータスはこうなっている。
明石宮 護 (男・17歳・半人半精?)職 Lv87
LP 735 MP 754
STR 811 AGI 777
TEC 738 END 769
INT 780
一般スキル 剣術Lv4 短剣術Lv6 体術Lv4 盾術Lv2 槍術Lv6
気配察知Lv5 魔法(火・光・風・土)Lv6(水・雷)Lv5
調合Lv2 料理Lv3 拷問Lv1 不屈Lv5 集中Lv1
職スキル アイテムボックスLv6 浄化Lv3 テイム
エクストラ 完全なる図書館の司書 真理眼 言語理解 合成魔(日)Lv5
メイアとの距離を詰める。ステータスがまた一気に上がったことで、自分の動きが気持ち悪く感じる。彼女に向かって、全力で短剣を振った。短剣同士がぶつかり合う。護が一方的に弾かれた。
彼女との力量に差があることしかり、自身の身体と認識のずれしかりといった結果だ。とにかく、たたらを踏んでいる暇はない。彼女の鋭い下段蹴りが迫って来ていた。
蹴り倒されてその痛みに顔を歪める暇もなく、地面を転がった。彼女の容赦ない踏みつけが襲い掛かってくる。静かな殺意に、護は必死に距離を取り立ち上がる。
一瞬ともいえる動きで距離を詰められてしまう。
短剣が護の腕へと突き刺さる。骨が折れ、痛むが、護はメイアの次の斬撃をいなすことに集中しなければ、死が待っている。
足払いからの、斜め切り上げ。体勢が崩れた護の胴を薙ぎ、衝撃のあまりに吹き飛んだ。折れた片腕と腹に受けた一撃の両方に、激痛が走り、脂汗が止まらない。咳き込むと血が混じっている。それでも、護は戦うことを止めない。彼女が迫ってきている。まだまだ、これからだ。
戦いが長くなるにつれ、斬撃の連続にまともな対処すらできなくなってきた。意識を刈り取られる一撃だけは躱すか、短剣で受け止めるか、何かしらの反応はしているが、敗北まで時間は残っていない。
追い詰められた護に、殺気が宿る。死ねないという意思と共に。
距離を詰める。対処されて、短剣が思い切り腹に突き刺さるが、お構いなしに、短剣を振るった。
メイアは自身の首をアサシンブレードで守る。込められた力に押され、彼女は地面を削りながら後退する。
腕からは鈍い痛みがしている。もし首に直撃していたならば、死ぬことはなくても、寝たきりになっていたかもしれない。それほどの一撃を自身のダメージをお構いなしに放ってきたのだ。
そのことに、嬉しさを感じるメイアだが、直ぐに意識を切り替えなければならなかった。
倒れている護に、メイアは急いで駆け寄る。服をめくると、かなり酷い青あざができていた。放っておけば、内部の出血で死ぬだろう。
「『ウォーター・ヒール』」
「『リジェネレイト・クィック』」
「私が肩代わりします。」
セレスとメイアの魔法に加え、オリーの『命共有』によるダメージ分散も加わり、急速に回復させていく。アンが護に水薬を飲ませ、護の身体には痣一つない状態まで、回復させた。
護の意識はまだ戻らないが、しばらくすれば、目が覚めるだろう。
周りが騒がしい。しばらくすると、チュリが衛兵を連れてやってきた。
「何をしていたんですか?防壁の兵が慌ててやってきました。アカシミヤさんの容態は?」
チュリの質問攻めに、メイアが冷静に答えていく。
話を聞いていくうちに、チュリの顔が無表情になっていった。
「死にかけるまで普通、しません。それに、アカシミヤさんが疑問に思わないよう、メイアさんが誘導したのでは?」
チュリの追及に、メイアは肯定も否定もしない。ただ、ニコリと微笑むだけだ。それと同時に重圧がかかり、チュリの額から汗が流れる。
無言の圧力に、チュリは屈した。
「色々、言いたいことはありますが、アカシミヤさんを医務の天幕に運びます。それでいいですね?」
「はい。」
「…その必要はないぞ。」
目が覚めた護は、体の状態を確認すると、セレスの手を借りて立ち上がった。
大丈夫だという風に体を動かし、チュリに示してみせる。
「念のため、診てもらった方がいいのではないでしょうか。」
「LPは全回復しているし、試したいことがまだまだあるんだ。チュリ、時間が惜しい。」
「…」
この主人あっての、この侍女なのか。少し離れていたせいで失念していたのかもしれない。
チュリは助けを求めてセレスを見るが、彼女はこちらの視線に気づいても、苦笑いを返してくるだけだし、アンとオリーについては、そこまで驚いている様子はない。味方になってくれる人物はいなかった。
「せっかくだから、見ていくか?」
「私の業務がまだ終わっていないので、結構です。アカシミヤさん、しっかり休んでください。折角生き残ったのに、訓練で死んでは駄目です。」
「そこは、メイアたちを信頼してるから、大丈夫だと思うけどな。」
「…」
チュリが珍しい、大きなため息を吐き、脱力する。
そして、チュリは『アイテムボックス』から机と椅子を取り出し、座った。
「チュリ?」
「気が変わりました。書類作業をここでしながら、あなたたちを監視します。また、兵たちに呼ばれるのも手間ですし、放っておくと危なさそうですから。」
チュリは衛兵に伝言を頼むと羽ペンとインクが入った瓶も取り出した。本気でここで書類作業をこなすつもりのようだ。
更なる騒ぎが兵たちの間に起こっているのを無視し、チュリの目は護たちから離れない。
「とっとと、終わらせて町に戻ろう。流石にチュリをあそこに居させるわけにはいかない。」
護は四人にそう言った。ここは目立ちすぎる。派手なことはまた後日、目立たないところで試さないといけない、と思いながら、魔法を唱える。
「『シャイン・スパロー』」
輝く燕が現れた。大きさは実物大で、『鳳凰』に比べると、熱量も光量もかなり劣っている。
ただし、今の護の力量を測るには適役だ。
「『コピー』」
燕が二匹になる。維持する魔力が二倍になった。
更にコピーし、合計七匹まで発動可能だと判明する。ただし、魔力が一気に枯渇してしまった。
魔力回復薬を一本飲み、燕を二体だけ展開した。
「制御は…」
一羽が通った後をもう一匹が追尾していく。二羽目の方の制御はままならない。セレスとアンに一羽ずつ止めようとしたが、セレスに止まった一羽目にぶつかって両方とも消滅してしまった。
また、驚いたセレスの可愛い悲鳴が聞こえた。護は謝ると、イメージの仕方を変えて発動し直した。
今度は、二匹異なる軌道を飛び、セレスとアンの肩に一羽ずつ止まった。
思案に耽る。
「発動まで時間がかかりましたね。」
「うーん、『気配察知』の圏内を元に、両手で適当に線を引くイメージをした後、最後は二人を視認して着くようにイメージして発動した。制御せずに、決められた線通り飛ぶようにしたら、できたな。」
「つまり、二匹以上の制御を同時にするのは不可だと。」
「そうなる。」
護はそう言いつつ、書類を見ながら、ちらちらとこちらを見てくるチュリに燕を一匹飛ばした。
チュリが伸ばした手に上手く乗るように制御し、乗せる。彼女が恐る恐るもう一方の手でも触ろうとしたところに、二匹目が同じ道のりで飛んできて、ぶつかり彼女の手の上で消滅する。
すかさず三匹目を飛ばし、睨んでくるチュリの手に乗せた。両手で触れることに成功する。とはいっても、光と熱の存在だ。彼女が触れようとして伸ばした指が透過してしまって、貫通した状態になっている。
そんな様子に護は苦笑いをするしかなかった。
「護様、セレスさんにしてもらってはどうでしょうか?セレスさんの光魔法は卓越していますし、何かの参考になるかもしれません。」
「そうしよう。」
護はセレスに似たようなことができないか、尋ねてみた。
セレスが鳥を三羽ほど作ってみせる。護が作ったものより大きく、光も熱も大きかった。
「ええと…」
目を閉じて、三羽を羽ばたかせ始め、空へと飛ばす。一匹が横に旋回し、違う一匹が縦に旋回、残った一匹が八の字を描くようにして旋回し始める。しばらくグルグルと旋回させていただけだが、セレスが目を開いたのと同時に、三匹が異なる軌道を描いて飛ぶ。
ぶつかることなく、三匹とも自由に飛ばせた後、地上に着陸させて解除した。
少し汗をかいているセレスは手ぬぐいで汗を拭うと、
「護さん、できました!…かなり難しいですけど、見える範囲でなら同時に制御できます。」
「凄いな、セレス。」
ついついアンを褒める容量でセレスの頭を撫でる。撫でられた本人は顔を赤くしながら、嬉しそうにはにかんだ。
「セレス、別の光魔法でも同じことできるか?」
「…やってみます。」
四つの光線が複雑な軌道を通って飛ぶ。その内一つ、セレスが制御し損ねたものが、護の隣の地面に突き刺さった。もう一本が町に飛んでいきそうになったのをセレスが慌てて解除する。
「ごめんなさい。…光線だと速すぎて、途中で真っすぐにしか飛ばせなくなります。」
「そうみたいだな。しばらくは、鳥あたりで練習して、徐々に速度を上げていくしかなさそうだ。」
お互い、魔法制御の目的ができたところで、チュリがやってくる。そして、一つの書類を護に渡した。
「詳細は読んでください。ライラ様からの依頼で、行方不明になっている巫女を探してほしいのです。」
「え?あいつ、生きているのか?」
「どうやら、そのようです。ここから北にあるバスティア伯爵領で三人の騎士を率いた女性を目撃したそうです。魔物と戦った教会騎士で生き残りは残念ながらいませんので、死んだと思われていましたが、逃げていたようです。」
「あいつなら、あり得そうな話だな。」
欲に忠実なあのエルフの巫女なら、負け戦から逃げ出してもおかしくない。
今のところこの国の教会の巫女は彼女しかいない。魔物との戦いには教会が正常に機能することが必要で、巫女の力も必須となる。また、王にも近かった人物であり、全容を解明する意味でも、確保する重要性は高かった。
「引き受けてくれないでしょうか。」
「分かった。引き受けよう。」
「ありがとうございます。」
早速出立する準備のために、鍛錬を切り上げる。チュリも撤収作業を始めた。
一人の魔法使いが弱音を上げる。折角、書類を持ってきたのに、もう戻るとは思っていなかったようで、書類を再び仕舞うことにぶつくさ言っている。
それが目に映り、再び苦笑いを浮かべるしかなかった。
~夜・天幕~
「了解した。俺たちでお嬢たちの安全を守ろう。」
ガンドルフとエトリアに事情を話し、二手に分かれることになった。
護とメイアが巫女探しを、セレスたちは復興の手伝いをすることにしたのだ。
二人だけの理由は、巫女探しに参加する人員として、アザレアと第十部隊三十名が同行するためだ。逃がさないために、足の速い部隊構成をしており、セレスたちでは付いていけない。ガンドルフは条件を満たしているが、セレスたちにもしものことがあれば、後悔では済まないので、セレスたちと一緒に居てもらうことにした。
何より、セレスたちは復興に役立つスキルを所持している。巫女探しをするよりも、復興を手伝ってもらった方が、感謝されるはずだ。
また、巫女探しの結末は、ろくでもないかもしれない。もしそうなっても、苦手な嘘をつき、誤魔化すつもりでいた。
戦いが終わった後だというのに、傷つく必要はない。アンやセレスは優しいから、きっと笑えずに、辛くなる。護はそう思い、二人を戦いの予感がする巫女探しから外したかった。
「仕方ない。マモル様がそういうなら従う。早く返って来て。」
「ああ。できるだけ早く見つけてくる。」
不満と心配が入り混じった視線へ、護は真っすぐ見つめ返して返事をした。
一通りの情報共有が終わり、ガンドルフたちが出て行った後、メイアと二人きりになった。
ふと、護は『月光・真打』を取り出す。霊が実体化して出てきた。
「やっと出られたー」
「護様、二人きりの時間を邪魔されたくありません。仕舞ってもらえないでしょうか。」
「ちょっ!!待ってよ。」
「一つだけだから、少しだけ待ってくれ。」
メイアの冷たい視線を受けた霊が震える。護はそんな様子を気にせずに、問いかけた。
「あの時、お前を使っていたらどうなっていた?」
「あの時?ああ、あのバカみたいな魔法の力を使った戦闘の時の。間違いなく、私、お釈迦になっていたと思う。」
「やっぱりか。それが確かめられただけで十分だ。じゃあな。」
「まだま…」
短剣を『アイテムボックス』内に仕舞った。そして、護はジト目を向けてくるメイアに気づいた。
それだけを聞きたいが故に、あのお邪魔な霊を呼び出しのが、とても気に障っているらしい。
「悪かった。」
「…」
無言のまま、ジト目を向けられてきて、護は困る。土下座をする文化をメイアたちは持ち合わせていないし、してから説明するのも、どうなのだろう。
二人の目線があった。そのまま、互いに見つめ合い、動かない。
護の困惑する表情に、メイアが微笑むことで時が動き出す。
二人の唇が重なった。そして抱きしめ合う。
「怒ってはいません。」
「本当に?」
「はい。少しからかいたくなっただけですよ。」
再び唇が重なり合い、今度は舌が絡み合う。
解放すると、メイアの煽情的な顔が見えた。このまま押し倒せば、彼女を好きにできる。
情欲に突き動かされるままに、護の手が彼女の胸に伸びる。しかし、その手は空中で止まり、護の表情が曇った。
「護様?」
「いや、何でもない。眠ろうか。」
「……畏まりました。」
その日もメイアと共に眠る護。彼女との距離は少しだけ離れているのだった。




