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異世界で1人別行動   作者: 狩野 猟
妖精編
35/138

暗雲と到着

う、うーん…

~樹海~


「前方から近づいてくる存在が一体。」

「早速お出ましさね。」


 一時間は歩いただろうか。大木の下で生える緑色をしていない植物を横目に、時には切り裂きながら進んでいた護たちに敵が迫る。暗く、視野が効かない分、『気配探知』が本領発揮していた。

 かなりの速さで護たちの目の前に現れたのは、全長二メートルほどの赤紫色の鳥。樹海の木々を器用に潜り抜けて護たちへと急降下、先頭で立ち構えるガンドルフと衝突する。

 地面を削りながらも、完全に受け止め切り鳥の動きが止まった。


「私が。…『シャイン・ランス』」


 セレスの放った光の槍が動きの止まった鳥の羽を後ろから貫く。悲鳴を上げる鳥が盾から離れると同時にガンドルフの大剣での一閃が首を刎ねた。

 剣を収めるガンドルフを抜いて店主は、先ほど仕留めた鳥に近づく。


「緑ランクのバイオレット・ファルケをたった二撃で倒してしまうとは、流石だね。これの羽毛は、色合いが珍しいことから一定量の需要があるよ。それに、ヒットアンドアウェイで一方的に嬲ってくるし、逃げ足も速いから、難易度もそれなりにある。冒険者という身分を上手く利用すれば、高く売れるよ。」


 店主はにこやかにそう言った。進んできた道のりの途中で店主やチュリの情報を元に採取もしている。

 急ぎ足の旅路ではあるのだが、エンカウントが少なく、道なき道を切り開いて進めるメンバーが揃っていることもあり、余裕があった。なお、腕が不自由で、行動に難があるアンはメイアに背負われて移動している。

 樹海の雰囲気が変わったところで、結界型魔道具とテントを設置した。日の光が届かない樹海でも、夜発光する茸を頼りに時間をある程度把握できる。なぜ、夜の時間に発光できるのかは謎だ。

 ほのかな光を放ち始めた頃には、夕食を護たちは取っていた。


「三日後には丁度ネイン王国の西辺りに出られそうなペースで来られているね。とはいえ、樹海の中層を通ることになるから、魔物は増えてペースが落ちるかな。後、君たちの同業者にも遭遇すると思うね。」


 店主によると、樹海深部と名前はついているものの、厳密には、浅層、中層、深層と漂う魔力の濃さで分けられているらしい。それに応じて、魔物の発生及び強さが異なり、中層では緑ランクは確定、黄ランクがたまに出る。また、深層では赤ランク以上の存在が支配しているのではないかと真強かに噂されていた。

 護たちの実力では緑ランクは問題ないのだが、黄ランクとなると厄介で、Lv80以上、パーティー推奨の魔物、魔物行進戦での地竜クラスが現れれば、撤退をとるしかない。倒せない訳ではないが、アンやオリーは流れ弾ででも命の危険がある。そして、護でも瀕死になってしまう。リスクの方が大きかった。

 キャンプ地とした場所は丁度浅層と中層の境目になっていた。現れる魔物は浅層寄りで、例え中層の魔物が現れたとしても、魔道具の結界を破れる強さは持たないという。とはいえ、もしものことを考えると見張りは必要だった。

 護とセレスの二人を残し、それ以外の面子は眠ることになった。かなり大きい砂時計が落ち切るまで、二人が見張り役だ。二人は火を囲んで座った。昼間とそこまで変わらないはずなのだが、やはり夜の方がひんやりして、少し肌寒く感じる。


「護さん…、隣に座ってもいいですか?」

「いいぞ。」


 セレスが顔を赤く照らしながら隣に座る。それから、護におずおずと手を伸ばしては引っ込める。五度目に手を伸ばしたところで、護はその手を握った。その手は温かく、白い肌が赤く見えているのは、火が照らしているだけではない。


「護さんの手、久しぶりに握りました。…あの時より硬くなって力強いです。」

「あの時?記憶にないぞ。」

「あの時はっ、…護さんは眠っていたので…。それに…。」


 セレスは護に誘拐犯(ドルケ)から助けられて教会に戻る夜、手を握り、頬に口づけをしていた。その時のことを思い出してしまい、恥ずかしさで顔に血が上る。

 その様子を護は首を傾げて見守る。気になることだが、セレスは大胆さを持ち合わせた少女だ。おそらく手を握ったことと、恥ずかしくなるようなことをしたのだろう。無理に掘り下げる必要はないと護は判断した。

 護は話を逸らそうと、上を見上げて言う。


「綺麗だな。あの光る茸が上の方にも生えて、夜空のように見える。」

「き、綺麗!?…茸のことですか?…そうですね。」


 今度は微妙な表情を向けてくるセレス。「綺麗」という単語を使ったのは不味かったと、護は思う。

 その後は、しばらく静かな時が過ぎていった。ただただ、握り合った手が温もりを共有している。


(こういうシチュエーションでヤるんだろうなぁ。まぁ、下の反応が鈍いし集中できないだろうけど。)


 護は現実逃避気味に空を見上げる。この状況とセレスの手の温もりに全く何も感じないわけではないが、冷めた自分がいる。『気配探知』で一応複数の魔物が近づいては、こちらの様子を窺っていることを知っているせいか、気がどうしても抜けないのだ。スキルを切ったとしても、その気配を知っている以上、気を張ることには変わりない。

 それに、メイアの顔が浮かぶ。彼女への罪悪感が護の性欲を抑制しているのだ。

 結局、交代の時間ギリギリで、セレスの方から、勢いよく口づけを交わしてきた。不満ありげな表情を一気に蕩けさせ、護の顔を離さない。珍しく攻防が反対になった接吻から解放したセレスは、


「護さんの、馬鹿…。」


 そう言って、次の二人を起こしに行ってしまった。

 ポツンと置いて行かれた護は、その後ろ姿を見つめるしかなかった。


~翌日~


「ご主人様、セレスお姉ちゃんと喧嘩した?」

「いや、違うというか、そうというか…。」

「護さんの…ヘタレ。」


 セレスは顔を真っ赤にしてそう言ってくる。大体事情を察した他のメンバーは護に刺さるような視線を向けている。例外なのは、思いっきり楽しんでいる店主と、ポーカーフェイスをしているメイア。

 護は、メイアに昨夜のことを伝えると、セレスの倍の時間解放されなかった。結界を張っているとはいえ、見張りが情欲に溺れているのは良くないという考えを持っているようだし、それに、護が自分を思い、踏みとどまっていることを知って嬉しいようだった。

 護とセレスの間がやや険悪になったとはいえ、それで戦いの質が落ちることはない。

 護が緑ランクのムカデの足を何本も切り落とすと、動きが止まったところにセレスの魔法が頭を打ち抜く。しばらく震えていた体も停止した。


「侍女の旦那、足の落とし方が少し雑だよ。もう少し、根元から切り裂かないと、ほら、足の外殻に亀裂が入っちゃてる。倒すには問題ないけど、素材としてはいまいちだね。」

「…」


 戦闘が終わるたび、移動をしながら素材のダメだしをしてくる店主。がっつり言ってくるし、次の戦闘で、綺麗にできた時は賞賛とさらなる要求をしてくる。煽りも混じって、二の次の目的ではあるが丁寧に戦う護たちだった。ただし、チュリの番の時だけ、店主は何も言わない。

 チュリの剣技と魔法は美しく、的確に魔物を屠る。護が倒した時よりも素材としての価値を残せるのは、今まで潜り続けてきたエルフだからこそなせる業だ。それが、店主を黙らせているのだろう。

 また、店主はチュリを知っているのではないか、と。護はぼんやりそう思うのだった。

 昼食を腹時計に任せてとった後、護の『気配探知』にいくつかの存在が引っ掛かる。


「前方からこちらに向かってくる一団がある。四つの反応の後に、十は超えている反応が追随しているな。もうそろそろ視認できる。」


 護の報告で、パーティーは一気に戦闘態勢に入った。ガンドルフとチュリを先頭に、護とメイアが中衛、セレスとエトリアが後衛で構える。アンとオリー、店主は後衛の後ろで控えた。

 見えて来た一団は必死に走ってくる。「逃げろ!!」と声を上げたことから、意図的ではないようだ。

 男四人のパーティーのようで、体を成さなくなった鎧を着た男が逃げ遅れている。AGIのステータスが低く、蜂型の魔物に追いつかれそうだった。


「『シャイン・ランス』」


 セレスの光の槍がその蜂に直撃する。外殻を割り、緑色の血が噴き出した。速度が落ち、逃げる時間を稼ぐ。


「面倒な相手を連れてきたね。『シュバルツェストライフェン・ヴェスぺ』か。緑ランクLv44からLv47の強さで、パーティーではなく、クラン(・・・)推奨というかなり珍しい相手でもある。特性から四人で挑むのは自殺行為なんだけどなぁ。ああ、護衛諸君、外殻と羽、毒腺は高く売れるから、胸部と腹部の間を頑張って狙ってみてくれ。」


 店主のどこか場違いな声が響く。店主の横を正気か!?という顔でまじまじと見つめて通り過ぎて行く男たち。護たちでは対処できないと思ってさらに逃げるようだ。


「『守護』」


 ガンドルフのスキル効果範囲の蜂は全て、向きを変え彼に殺到する。襲い掛かる針は全てエトリアの障壁に弾かれた。そして、ガンドルフの影にいたチュリが大剣を大きく薙ぎ払う。回避し損ねた蜂が残骸となり果てる。

 また、『守護』の範囲外の蜂が護たちに向かってくる。メイアは『隠密』を発動し急速に接近、短剣でまず、羽を切り落とし、頭部、胸部、腹部を見事に切り分ける。頭部を残し、『アイテムボックス』に仕舞っていった。

 それに対し護は、地面に叩きつけるような風の壁を作りだす。完全に落とせはしないものの、速度が落ちたところを、セレスの光の矢が貫いていく。処理しきれず、向かってくる相手だけを護は槍で貫いていった。


「マモル!一体どれだけ居やがる!!きりがないぞ。」

「たくさんとしか!!」

「この蜂は最低でも百体はいます。巣を刺激したらそれぐらいは絶対です。この感じだと、百はまだいるでしょう。」


 五十は屠ったところで、ガンドルフが叫ぶ。護の『気配探知』には反応がありすぎて把握できない。チュリが代わりに大体の数を挙げた。


「今、その状況なんだけどな!!」

「仕方ありません。技を使います。『伍の舞・桜草』!」


 チュリがガンドルフの前に立ち、大剣を大きく振り下ろす。それと同時に爆発の連鎖が起こった。


ボッガガガガガッ!!


 広範囲に及ぶ爆発の連鎖は前方の蜂の九割を爆散、一割も羽が焼け落ちて、地に落ちる。膨大な熱気が護の風の壁を通り越して伝わった。大木の表面も大きく焼けこげているし、地を這う植物も燃えている。


「消火しないといけません。」


 残心を解いたチュリの言葉で、水魔法を使える面子で燃え盛る火を消していく。残りの蜂は、メイアが綺麗に仕留めていた。


「嘘だろ。あれだけの数をやりやがったのか。」


 呆然として戻ってきたのは、先ほど逃げた四人だった。爆発音が気になって戻ってきたようだ。

 さりげなく、店主が彼らの後ろに回って、逃げ道を塞いでいる。


「さぁ、事情を聞かないとな。」


 大剣を肩に担いだまま、ガンドルフが低い声で言う。四人は、顔を引き攣らせながらも、事情を話し始めた。


「別の依頼をこなして、帰るところだったんだ。そしたら、エルフのパーティーが居てよ。こちらに気づいた途端、あっという間に走り去っちまった。それでだ、エルフたちが居たところに行ってみりゃあ、これがあった訳だ。」


 説明する男は、『アイテムボックス』からかなり強烈な匂いが漂う袋を取り出した。すぐさま、仕舞い直す。


「かなり強い誘引剤だね。あいつらをおびき寄せるというよりは、餌となる魔物を集める効果に特化した形かな。」

「うおっ、驚いたぜ。いつの間に後ろに居たんだ?まぁいい、さっきの袋がある程度等間隔で置かれていた。ある程度魔物も集まり始めていてな。そいつらを狩りながら、いくつか回収した。とはいえ、徐々に数が多くなってきてな。次で撤退しようかというところで、蜂どもと遭遇した。ちらっとだけだが、巣穴も見えたし、大きな魔物の死体も見えた。相当気が立っているところに俺たちはばったり鉢合わせたわけだ。後は逃げるしかなかったぜ。」


 息を吐く男たち。あれだけの数を連れての逃亡劇をこなし、疲れ果てていて当然だ。

 それでも、力ある声で謝礼を言う。


「意図的ではなかったが、済まねえ。助かった。まさか、全滅させちまうとは思っていなかったがな。」

「彼らは君たちよりも強いよ。運が良かったことを自覚したまえ。」

「そ、そうだな。」


 何故か上機嫌で上から目線の店主からの言葉に、押され気味に男たちは返事する。店主が続けて、助けた見返りを要求しようとしたところを、エトリアが止めた。店主は不満そうにしていたが、きつい目線を向けられて黙り込む。

 彼らから匂い袋が設置されていた方向を聞く。彼らが森を抜けられる状態であることを確認して、別れた。


「文句はあるかい、依頼主。」

「商人の端くれとしては、迷惑料を貰っておきたかったね。ただ、今回は冒険者の君たちに一任しているから、君たちがどう動こうとも文句はないよ。」

「それよりも問題なのは、匂い袋を設置したエルフの方です。」


 チュリに視線が集まる。どこか冷えた声音に護たちは動きを止められた。彼女から発せられた魔力の波動に思わず、体が強張る。


「数からして効率の良い狩りをするために設置していた訳ではないでしょう。設置していた方向の延長線上はアスタイト王国でした。誘導するように彼らは置いていたのでしょう。そして、アスタイト王国に魔物の軍勢が行くようにしていました。成功でも失敗でも、災厄が自分たちの身に降りかかる行為に手を染めるなんて…。」


 声にはやるせなさが滲み出ていた。呆れと苛立ちが混じり、表情が消え失せている。

 そんな状態のチュリに近づいたのはアンだった。


「チュリ。今は、エルフの国に行って王様との合流を急いだ方がいい。彼らを追いかけるには、私たちは少なすぎる。」


 アンがチュリの手を握りそう言う。魔力の放出が止まった。チュリはアンとアンの肩に乗るハイドロを撫でる。どうやら落ち着いたようだ。

 

「取り乱して、ごめんなさい。大丈夫よ、アンさん。」

「よかった、落ち着いてくれた。ご主人様、急ごう。」


 護たちは歩みを再開した。魔物に遭遇する頻度は増えているが、大分慣れてきたことで護たちの殲滅速度も上がっており、店主の予想以上の速度で樹海を進む。そして、二日後、中層を抜け出した。また、護の『気配探知』に大量の反応が引っ掛かる。その中から、五つの反応がこちらに向かってきていた。


「向こうの方に、かなりの数の反応があった。こっちに五は来ているな。」

「私の仲間だと思います。皆さんは少し下がってください。」


 護は上を見る。頻繁に使ったおかげか、『気配探知』のレベルが5に上がった。平面から球のイメージでも安定してできるようになったのだ。五の反応の内、四は大木の枝を足に上を移動し、護たちを囲むように止まる。そして、最後の一人が護たちの前に姿を現した。

 見た目は三十代だろうか。細剣を腰に差し、細目できつい印象を与えてくる。額に皺がよって、完全に護たちを警戒していた。


「人族が何用だ?今のポルン王国の状況、知っているだろう。我々に貴様らの相手をする余裕はない。即刻、アスタイト王国に引き返すがいい。」

「私は人族じゃありませんよ。お久しぶりですね。ニースメンド・イー・ヴェルシェ名誉公爵。」


 チュリがフードを降ろして、顔を見えるようにした。ニースメンドはその顔を見て驚く。


「ストランド名誉公爵だと!貴殿は王命で、アスタイト王国に行っていたはず。あやつらの奸計で囚われていると思っていたが、まさか、逃げて来たのか!?」

「その通りです。私たちを案内してくれますか?」

「貴殿については勿論、そうするが…。一つ、お聞きしたい。その人族たちは信用できるのか?」

「はい。彼らの力が無ければ、大人しく捕まっています。」


 ニースメンドが手を振った。上で武器を構えていたエルフたちが構えを解き、幹を伝って降りてくる。

 上手く衝撃を逃がすような身のこなしに、護は感心するのだった。


「王は、西の砦に居られる。我らは、比較的強い同族の拠点を浅層で構築しつつ、純血派によって、王都に居られなくなった民を西の三侯爵の土地へと避難させた。食料や居住については備蓄を使って上手く対処してくれている。」


 ニースメンドに案内されるまま、護たちは拠点内を歩く。かなり広い。中層との境界線上付近まで拠点を築き上げているということは、かなりの数のエルフたちがここにいるということになる。少数派にあたる純血派がこれほどの数を追い出すという、異常さに護は不穏な空気を感じるのであった。

 やがて、西の砦らしき建物が見えてくる。一本の大木を軸に、箱とも思える部屋を幹に複数取り付けた作りになっている。太い枝がある所はそれを利用して、ない所は柱を幹に打ち込んで、作っているようだ。

 そして、明るい。木漏れ日一つ許さなかった樹海深部とは違い、西の砦以降は日の光が直接地面を照らしていた。護は久しぶりの日光に、感動を覚えるのであった。

 幹を守るように円状に構成されている一階部分に入る。中で行動しているエルフたちが、ニースメンドとチュリを見て驚く。さらに護たちを見て、どよめきは大きくなった。一人が慌てて、階段を上っていく。

 注目を集めながら、待機すること五分。先ほど階段を上がっていった男が、厳つい顔をした男を連れて戻ってくる。厳つい顔をした男は、こちらに向かってきた。チュリとニースメンドがその男に頭を下げる。


「よい。良く戻ってきた、ストランド名誉公爵。そして、ようこそ、人族の諸君。私はフォイ・サーシベント。この国の宰相だ。王が待っている。…お前は残れ、馬鹿息子。」

「バレたね。」


 宰相は店主を指さして、最後にそう言った。店主の方は軽く笑って、椅子に座ったままだ。宰相の言葉に従うつもりのようだ。

 宰相と店主を残し、護たちは階段を上がる。日の光が屋根を照らす最上階の部屋に案内された。案内役の男が扉を叩こうとする前に、内側から開く。


「貴方は下がって。ストランド公爵たちは入ってください。」


 緑を基調としたローブを着る女性が手を招く。早速入ったその部屋は人数が多いせいか、手狭に感じる。

 中央にあるベッドに背中を壁につけながら、身体を起こしている人物こそが、この国の王だ。やつれており、疲労を見せてはいるものの、その瞳は護たちを真っすぐに見据えていた。


「巫女よ。神が言った通りになったな。」

「はい。私以外の二人の巫女に、恋慕を寄せ合う青年、そしてその仲間たち。我らの運命を左右出来得る力を持った者たちがようやく揃いました。」

「二人の名誉公爵よ、我は謝ればならぬ。純血派の動きを我は事前に察知していた。しかし、それをあえて見過ごしたのだ。大いなる厄災に立ち向かうには、賢者に力を貸してもらわなければならないのだ。」

「王よ。その厄災のために、純血派を見逃したと?辺境伯は亡くなられました。混乱と暴走によって、他にも命を落とした者もおります。住処や財を失い、心を病んでしまった者もおります。貴方はそれを見過ごしたということなのですか?」

「そうだ。ヴェルシェ名誉公爵、我は王だ。純血派が起こした反乱で失う命以上に、厄災が降りかかり失う命がはるかに多い。脅威を比べた時に、どちらを優先して対処するかを我は決断した。我はこの国の未来を守らねばならぬ。罵られようとも、紡がなければならぬのだ。」


 王の重い言葉に、ニースメンドは黙り込む。彼は拳を強く握りしめ、身体を震わせる。王を真っすぐ睨みつけ、唇を噛んでいる姿は、怒りを無理矢理抑え込んでいるようだった。隣に立つチュリも、王の言葉に衝撃を受け、呆然としていた。

 王の瞳はそんな二人から移り、護たちに向く。


「冒険者と異国の巫女よ。どうか我らに力を貸してほしい。純血派の反乱を鎮め、厄災を乗り越えるにはお主らの力が必要だ。我らだけでは力が足りぬ。」

「いくつか聞きたいことがある。それからでもいいか?」

「うむ。」


 護は息を静かに吐き、王の視線に挫けそうになった心を奮い立たせる。

 冒険者らしく、少し乱暴な口調で護は尋ねた。


「何故、俺たちなんだ?厄災がどんなものか知らないが、魔物ならリヒト教会の聖女に救援要請をすればいいはずだ。」

「聖女では力が足りぬからだ。そして、賢者の心を動かすには、我らでも巫女でもなく、お主の存在が必要となる。その時になれば、自ずと分かるだろう。」

(リヤお義姉さまじゃ力が足りないとか、かなりヤバいじゃないか。それに、俺が必要?冗談だと言ってくれ。それは、俺じゃなくて勇者(龍志)の役割だろ。)


 護だけでなく、セレスたちも顔を強張らせる。聖女で力不足の状況とはどんな修羅場なのか。護たちでは勝負にならない戦いが待っていると、言われているようなものだった。


「次に、純血派の行動を抑えることができたんじゃないか?俺たちを呼ぶだけならチュリに事情を全て伝えて、早くこの国に来させるだけで済む。わざわざ、こんな状況にする必要はない。天秤にかけなくても、貴方なら純血派の行動を阻止し、厄災への最善手を打てたと俺は思う。」

「そうならば、良かったのだがな…。残念ながら我は万能ではない。我が打つ手は最善手ではなく、確実にこなせる手だ。純血派という膿を全て吐き出し癒すという目的と、厄災から民を守るという目的を達成するためにな。それが今回選択という形で現れただけである。」


 このエルフの王は損得を冷静に見極め、感情論を切り捨てることができる性格なのだろう。そして、現実に則り確実な手段で問題を解決する。最善手と思われる手段が失敗した時のリスクが今回大きく、その手を諦めた。

 理解はできる。が、感情は複雑だ。ニースメンドのように切り捨てられ犠牲になった人々のことを思うと、怒りが湧きあがる。しかし、王を感情任せに非難しても、空しくなるだけだ。すでに決断の時は終わり、賽は投げられている。護たちにできることは、王が用意したシナリオの中での最善を求めることしかない。


「犠牲になった者たちを無駄にするわけにはいかぬ。協力してくれるか?」

「協力はする。」


 王の言葉に護はその一言しか、返すことができなかった。他に尋ねるべきことはある。しかし、聞く気になれなかった。

 王との面会が終わり、その部屋を後にする。現状の詳細は宰相が知っているとのことで、そちらに向かう。行きの案内人の代わりに、巫女が護たちを先導していた。彼女は立ち止まったことで、護たちも止まった。


「一つお願いがあります。その異なる大陸から来られた同族の巫女を我らが神の巫女として引きとらせていただけませんか?」

「嫌。行きたくない。」


 巫女の提案をアンは一蹴する。また、アンは護の後ろに隠れ、オリーが身構える。

 緊張感がその場を支配した。


「貴方は巫女です。その責務から逃れらないのが定め。我ら巫女は神の遣いとして絶大な恩恵を得て、その身は大事にされる。私のように王に力添えをすることで、その見返りを多く貰えるのです。その青年の隣で居ることが幸せになるとは思えません。」

「私はご主人様のお嫁さんになる。…貴方が描く幸せの形は何?私は神に縋り、権力に縋って豪遊するのが、幸せだとは思っていない。」

「では、苦しみの中にあるひと時の幸せが大事だと思っているのですか。予言しましょう、貴方に待ち受けるのは、苦痛と後悔です。青年に待ち受ける戦いは貴方を傷つけ、苦痛に苛むでしょう。その腕を落とされた時よりも、酷い痛みが襲い掛かるのです。」

「そうだとしても、私は屈しない。」

「神に仕え、言葉を民に伝える。巫女の役割に準ずれば、貴方はこれ以上傷つかない。神に仕えることが、苦痛からの救いなのです。」


 アンは護を後ろから抱きしめる。片腕には相当の力が入っていた。

 それから護の隣に立ったアンのローブの中から覗く瞳に、目の前の巫女は怯む。


「ご主人様がいる限り、私は傷ついても構わない。私はご主人様の奴隷。ご主人様のために戦い、傷つくことを恐れない。今は、戦うための力が無いから、守ってもらっているだけ。」

「……」

「それに、貴方も恋をしたら分かる。私やセレスお姉ちゃんが神よりもご主人様の隣を望む理由を。」

「狂っています!性欲という生物が原初に持つ欲求の幻想を見ているだけです。いつかは冷めるものに、命を懸けるなんて、馬鹿です!!」


 巫女は口を噤み歩き始めた。なお、振り向く際、きっ!と護を睨みつけてくるおまけつきだ。

 王とのやり取りに加え、巫女とアンの言い合いに、護は不安を覚える。はっきり言って、いい関係とは呼べない。とは言え、チュリやニースメンドといった人となりが良いエルフもいる。


(なるようになれだ。死なないように立ち振舞うしかない。今までと変わらないかなぁ。)


 護はドヤ顔を向けてくるアンの頭を優しく撫でるのであった。

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