フォーレスト・ウォールと瞬馬商会と
ふぅ、やっとできた…
~夜明け前・教会~
「護、妹のことは頼んだぞ。何かあったら容赦しないからな。」
「分かっている。セレスを絶対に守るし、悲しませることはしない。」
「それでいい。」
リヤお義姉さまが拳を突き出す。全力でないとはいえ、それなりの力が籠った一撃を護は躱した。どうやら、これが別れの挨拶がわりのようだ。
教会の門には、まだ日が昇っていない時間帯であるのに、来られる全員が集まっていた。ミアノやキールスといった面々もいる。別れの言葉を交わし終わり、馬車へ向かおうとすると、護の名前を呼んで走ってくる女性がいた。槍術や魔法を教えてくれたネシーナだ。
「ま、間に合った。寝坊して危なかったわ。」
「ネシーナ、今まで助かった。」
「どういたしまして。…残念ね。これでお別れになるなんて、楽しかったのに。」
「あんたは、セレスとのことを弄りたいだけだろ。それに、金輪際の別れのような顔をしてるが、いつか戻ってくるつもりだぞ。ミアノたちと屋敷整備の件任せたからな。余計なことはしないように。」
「しないよ。…気をつけてね、私の可愛い弟子。」
「行ってくる。」
護たちは教会を出発した。チュリと合流し王都を出た後、移動手段である馬と馬車を専門で扱う村に向かう予定になっていた。丁度、宿から出てきたチュリと合流、まだ人気が少ない北門を出る。
護は振り返り、防壁に囲まれて王城の先端しか見えない王都を見た。自称光の神の言う通りならば、しばらく戻れないだろう。今までになかった気持ちが湧きあがるが、セレスの声で前を向いた時には、薄れ消えゆく。
問題なく馬車と馬を確保した後は、進路上に出てくる魔物を討伐しながら、進路を南西に取っていた。
進路を南西に取る理由は一つ、エルフの国の南の樹海深部を抜け、比較的警備が甘い地域から侵入するためだ。深部は全体的に魔物のレベルやランクが高く、低い魔物自体が少ない。
さらに、寿命が長い代わりにレベルの上りが遅くなる傾向がでるため、人材育成が難しい。そのため、エルフの国は時折教会などから上位の魔石を買い取り、それで国に結界を張って安全地帯にしている。
弊害として、結界に頼って警備が甘くなる傾向があり、人身売買の温床になっているのでは、と純血派が騒ぎ立てていた。実際のところ、そのような事実はなく、純血派の親が子供を厭血流しするために出て行こうとするのを止める兵がいるくらいだ。外側の脅威よりも内側から来る同胞に気をつけないといけないのが実情らしい。
護はチュリの話を聞き、増々、純血派の行動に気が滅入る。げんなりする護の向かい側で一番険しい表情をしているのはガンドルフとエトリア夫妻だった。
「全くけしからんさね。自分の子供を捨てるなんて、子を持てない人たちへの冒涜さね。」
「残念ながら、慣習として残っているのが現実なのです。」
「相変わらず度し難い。チュリさんや、エルフは法がしっかりしているだろう。禁止にはできないのか?」
「法にはありますが、まだ多いので、手が足りていないのです。また、教育で若い世代に教えることはできていますが、親と学校で学んだこととの軋轢で、悲劇が起こっている面もあります。もしくは、親の言うことを信じて子もしてしまう場合もあります。」
「そうなのか。問題に立ち向かってはいるが、まだ、変わり始めたばかりということか。」
「お恥ずかしながら、まだまだ歩み始めたばかりなのです。」
二人の目つきが和らぐ。チュリの言葉を信じるならば、国として王はかなり努力しているのだろうと。
「とっと、王には椅子に戻ってもらわないといけないさね。」
「平和になってもらわないと、ろくに素材集めもできなさそうだ。」
「それもそうさね。」
護にとっては、王のことなどおまけのようなものだが、エトリアにとっては違うようだ。ガンドルフとエトリアの間に子供がいる話を聞いたことがない。もし子供ができない体だったならば、と思うと護は二人の態度に納得がいくのであった。
~四日後~
食料などを補給する時以外、町村を通り過ぎ、ハイペースで進むこと四日、樹海の入り口である、城塞都市フォーレスト・ウォールにたどり着いた。
樹海深部からの魔物に対応するため、王都に引けをとらない壁に囲まれている。また、この都市を中心に砦がいくつも樹海との狭間に建てられていた。警備も厳しく、樹海に侵入するには、許可証を発行してもらわなければならない。
そんな堅牢に作られた城塞都市は多くの人で賑わっていた。馬車の隙間から喧騒が流れこんでくる。
「凄く多い。」
「この都市は魔物の素材の売買が盛んさね。商人から冒険者、貴族まで様々さ。ただし、残念ながら教会はないね。」
「ここの辺境伯が代々武人で、教会には頼らない主義でな。それに神が居らず、都合も良いのだろう。彼ら自身が率いるガルマ騎士団は、教会勢に引けを取らない強さだぞ。」
「そうなんだ。でも、リヒト教会の人たちなら、ここは良い狩場じゃないの?強い魔物が来るよね?」
「確かにそうではある。当然、ここに来ることもある。ただし、ここで活動すると、あまりいい顔されない。」
「ここの騎士はプライドが高いさね。教会の力なんて、借りたくないだろうね。援軍として来たら、不服そうに見てくるから厄介さね。」
「ここの騎士、あまり好きじゃなくなったかも。」
「基本…良い人たちなんです。ただ…私たちに対して風当たりが強いんですよね。」
この都市と教会事情をセレスたちから聞くこと五分、目的の建物に着いた。冒険者ギルドである。王都のギルドに引けを取らない大きさで、横幅はこちらの方が広い。
メイアとオリーの二人は馬車が置ける宿の確保に向かい、六人でギルドの中に入った。
昼前だというのに、かなり人の数が多い。屈強そうな戦士から、ローブを纏った魔法使いまで、備えられた休憩所でたむろしている。
「今日はパーティー編成待ちが多いねぇ。依頼書の方も黄ランク以上しか、残っていないよ。」
「それも、縄張りのボスの討伐とか、引き受ける奴がほぼいないものだな。緑以下が全部無いとは、懐かしい。」
受付に行く前に、横幅五メートルほどの依頼掲示板を見てみる。二人が言う通り、黄ランク未満の依頼はすっからかんであり、何も止めずに刺さっているピンだけが残っていた。
次に受付に向かう。ここにもオッサンの受付員がいた。護の足が自然とオッサンへと向かう。最早習慣となってしまっていた。
姿勢を直した受付嬢たちは、護の行動に衝撃を受けているようだが、当人は気にせず、オッサンに話しかける。
「ここの依頼って、もうないのか?」
「あ?見ての通り、黄ランク以上しか残ってねぇよ。お前、見ない顔だな。ここに来て間もないなら教えてやる。ここの依頼は、ある種の樹海進入証だ。門を出る際に見せれば、出ることができる。ただ、あっという間に無くなるし、最近は騎士たちの演習が増えたせいで、依頼が減っちまった。あんな風に時間を潰す奴らも増えちまったよ。」
「他に樹海に行く方法は?」
「商人ギルドの面倒な依頼を受けるか、騎士団に入団するかぐらいしかないぞ。」
「もし、冒険者ギルドの依頼を受けるなら、どれくらいから待てばいい?」
オッサンは視線を上に向けている。思い出したのか視線を護に向けてこう言った。
「閉めて直後からだ。大体ギルド前で寝袋と見張りを用意して構えてる百人前後が攻略できているだろうな。後は、雑用なんかも開いて一時間もしない内に無くなる。はっきり言うと、青か緑ランクの依頼を受けるのはほぼ不可能だ。」
「そうか…。」
目的のものが無いとはっきり分かったところで、受付を後にし、護たちはメイアとオリーが合流するのを待つ。二人が合流し、宿の位置を確認した後、三グループに分けて行動を開始した。
護、メイア、アンの三人で向かう先は、商人ギルド。チュリとオリー、エトリアは宿で待機、ガンドルフとセレスの二人で、歩きまわって情報収集をすることになっている。
「冒険者ギルド並みに大きいな。」
大きい看板に『商人ギルド』と書かれた、三階建ての建物の前に立つ。こちらは人の出入りがかなり頻繁で、アンの腰に手を回して押し倒されないように、護が支える。フードの中がちらっと見えた。頬が上がっている。
出入りが一瞬止んだところをすかさず、流れるように入る。建物の中は奥行きがあり、高級そうな服を着た人々で埋め尽くされている。唯一空いているスペースが護たち冒険者用の受付だ。三人はそこに向かった。
「ようこそ、商人ギルドへ。冒険者様ですね。今受けられる依頼はこちらになっております。」
受付嬢はせっせとボードを取り出し、三人に見せてくる。表のように縦軸と横軸が振られており、縦軸は冒険者ギルドのランクを示し、青から赤まで塗られている。横軸は素材獲得難易度で、商人ギルドが独自に制定している素材の得かたの難易度が振られているようだ。下位から上位まである。
護は残っている三つの依頼を見てみる。一つは黄ランク、上位というある中で最高難易度、二つ目は、緑ランク、上位のもの、三つ目は、冒険者ランク外、不明という、表の外側に貼られている依頼だ。謎に満ちた三つ目の依頼を指さし、尋ねる。
「この依頼は?」
「護衛依頼ですね。護衛しながら依頼主の求める素材を集める依頼なので、決まったランクや難易度を定めるのが難しく、こういう扱いをしています。詳しいことは依頼主に直接訪ねてください。報酬も決まっておりませんので、交渉次第では、他の依頼よりも良い報酬を貰える可能性があります。」
「そうかもしれませんが、護様、残っているということはかなり厄介な依頼だと思われます。」
メイアが言うことに同感だった護は、依頼書から目を離し、質問を加える。
「この三つ以外の依頼は、明日になれば補充されるのか?」
「はい。ただし、今のところは定期的な指名依頼しかありません。冒険者側のキャンセルがあれば、受けることもできますが、今の冒険者方になってからは、ほぼ依頼を受けきっています。代わりに依頼を受けられるのは不可能でしょう。」
再び依頼書を見たが、護衛依頼以外の二枚は期限が残り三日だ。エルフの国まで行くことを考えると、期限までに戻ってくることは不可能である。受けるだけ受けて、無視するという手段を取ることもできるが、商人ギルドをこれからも利用することもあるだろう、信用を下げる真似は避けたかった。
残るは期日すら明記されていない護衛依頼だが、情報が少ない分、かなりきな臭い。こればかりは依頼主に会うしかないだろう。依頼主の欄には「瞬馬商会」と書かれていた。
「キャンセルは可能なのか?」
「護衛依頼に関しては、可能です。依頼主が提示した条件を呑めない場合は、拒否し受ける必要はないです。この時に、依頼失敗のペナルティはありません。」
「そうか。とりあえず、依頼を受けよう。瞬馬商会の場所を教えてもらうと助かる。」
「分かりました。ギルドカードを少しお預かりします。」
受付嬢はギルドカードを受け取ると、台形の水晶の上に置く。水晶の側面には、電話のように数字が彫られており、依頼書のコードをなぞると、ギルドカードに同じコードが浮かびあがる。
ギルドカードを返してもらい、商会までの道筋を教えてもらった三人は、商人ギルドを後にした。
~三十分後~
「ここが?」
アンが首をかしげる。「瞬馬商会」の建物はかなり古い。商会の名に反して、年老いた印象を与えていた。
とりあえず、三人はオープンの札が掛けられた扉を開けて中に入る。
ほとんど商品が無く、数本ポーションがあるだけで、使われていない机には埃が被っていた。そして、フードを目深に被った店主が護たちに気づく。
「おや。依頼を受けてくれるのかい。それぐらいしか、ここに来る物好きはいないからね。」
「ああ。」
声からして男性だと思われる店主に、護は相づちを打つ。見る者を不安にさせる不気味さを纏う店主に、三人は少し身構える。
対して店主は、声を出して笑う。
「警戒されることには慣れたよ。…なるほど、珍しいね。そこのお嬢さんは同族なのかな?」
「うん。そして、貴方もエルフ。」
「その通り。」
店主がフードを外した。美形の顔に、長い耳が顕わになる。落ち着いており、どこか余裕があるように見えた。
店主は顎に手を当て、アンをじっと見つめる。
「ふむ。この王国で活動している同族はほぼいない。君はどこから来たんだい?」
「海の向こう。」
「かなり変わった子だね。向こうでも同族は排他的で引きこもり体質だったはずだ。」
「…私は望んで来た訳じゃない。」
護にログが浮かび上がる。アンの精神が不安定になっていることを示していた。
店主は護の前のログと護が庇うように前に出たのを見て、こう言った。
「ほう。彼女は奴隷なのか。そして、君は庇護者としての責務をこなしているみたいだ。済まない。興味が過ぎたようだね。依頼について話を始めよう。」
護たちは埃の被った椅子を『浄化』で綺麗にし、店主の前に座った。
緊張感が漂う中、店主から切り出す。
「はっきり言うと、君たち次第だ。」
「は?」
「君たちに払えるまとまった報酬はない。私の護衛をしながら狩った魔物は全て君たちの手柄にしてもらって構わない。ただし、私の方では買い取りはしないから、気をつけてくれ。」
「貴方にとって、メリットはあるのか?何を言っているのか、頭に上手く言葉が入ってこない。」
「私はかつての商いで残りの余生を遊んで暮らせるくらいのお金を稼いでいてね。これ以上する必要はないんだよ。私にとってのメリットは、君たちについて行くことで得られる経験と暇つぶしだ。」
三人はジト目になった。依頼を出している動機が滅茶苦茶だ。ただ冒険者が戦っているところを見たいだけ。だから、依頼難易度が決まらない訳だ。それは冒険者側が決めることなのだから。
護は、はっきり言って性質が悪いと思った。自由に決めることができるというのは、一見魅力的だが、非戦闘員を連れていく以上、通常の依頼よりも負担が大きい。
それに、手に入れた素材の扱いに困るのだ。自分たちの装備に使うという選択肢は存在する。しかし、売るとなると、商人や一般人を相手に交渉を持ち掛けなければならない。魔物退治のプロであっても、商売のプロではないのだから、損する可能性が高い。また、オークションにかけるという選択肢もあるが、王都までわざわざ行かなければならないし、相手に高く売れる程の希少性を持たなければ、出品できるかも怪しい。
商人ギルドの依頼を受ける動機が、手っ取り早く大金を得るためという冒険者が多い以上、店主の提案はミスマッチしている訳だ。他の依頼を虎視眈々と狙った方が、まだ稼げる。
「大体、理解できてもらえたようだね。でも、君たちにはおそらく関係ないどころか、いい条件だと思っているよ。君たちは行きたいのだろう、同族の国へ。」
「…そうだ。」
「この王国でエルフの居場所はほぼない。別の大陸から来たとはいえ、彼女もエルフだ。ここで暮らすよりも圧倒的に向こうの方が暮らしやすい。解放した方が…、いや、かなり好かれているようだね。」
「私のこともあるけど、別件で行く必要がある。」
「…なるほど。そう言えば、純血派が動いたそうだね。人族と入るには、正攻法通り、イウド辺境伯領から入るわけにはいかないか。それに別件?…大体事情が見えて来たよ。」
店主は顎に手を当てて、納得したように頷いた。そして、笑って見せる。
掌の上にいるようで得たいの知れない不気味さを感じさせ、感情的には拒否したくなる。しかし、都合がいいのも事実。メイアがポーカーフェイスを少し崩し睨んでいることからも、依頼自体は悪くないのだろうと、護は思う。
「さて、どうかな?」
「受ける。ただし、あんたの身の安全は保証しない。いや、する必要が無い。そうだろう、上級暗殺者さん。」
「いやいや、力ない商人だよ。逃げ足が少しばかり速いだけさ。依頼通り護衛をしてくれ。」
「はぁ。まぁ、いい。出発は明日の朝にするつもりだ。またここに来る。後、食料とか自分で用意してくれ。」
「食料ぐらいならね。数年ぶりの旅を楽しめるように準備をしておこう。」
護はメイアとアンを連れて、瞬馬商会を後にした。宿への道中、アンが呟く。
「あの人、かなり強い?雰囲気はそこまで、そんな感じしなかったけど。」
「あれでも、Lv70以上はあった。隠密もあるし、頭も切れそうだから曲者であるのは間違いない。」
「それに、こちらに疑心暗鬼を抱かせるような振舞いを意図的にしていましたね。彼がエルフであることを明かした時以外は、こちらを試しているような感じもしました。」
「不気味さを出して、依頼を受けさせるのを躊躇わせる。娯楽だからこそ、そんなことできるんだろうな。そして、それでも受ける馬鹿が戦っているところを見物する。かなり性格が曲がっているな。通常なら受けたくない依頼だ。」
「私もそう思う。」
「護様、エルフの国に着いた後、彼はどうしますか?純血派につく可能性も否定できませんよ。」
「その時は、戦うしかない。ただ、見物に徹して、俺たちや敵につくことはないんじゃないか。降りかかる火の粉は振り払うだろうが、自分から参戦するといったタイプじゃなさそうだった。」
あの店主は上手く立ち回るに違いない。少しのやり取りで、護はこのことを確信していた。
終始向こうのペースに乗せられていたことを不満気に愚痴として零すメイアを宥めながら、宿に着く。セレスとガンドルフも護たちが着いて、しばらくした後、戻ってきた。
情報を共有する。瞬馬商会の店主の依頼を受けたことへの反対意見は上がらなかった。ただ、話を聞いたガンドルフたちは苦いものを食べたようにはなっていたが。セレスたちの方は特に注目すべき情報を手に入れらなかったものの、物資を確保していた。明日の出発は順調にできそうである。
~翌日~
「では、頼むよ、冒険者諸君。」
目深にフードを被った店主が、朗らからにそう言った。ガンドルフやエトリアで嫌そうな表情をしている。服装と声のトーンのミスマッチが凄まじかった。
「本当に厄介な護衛対象さね。逃げ足が確かなのか試してみるかい。」
「ははっ。依頼主なのだから、見捨てるような行動は辞めてほしいな。」
「護様、殴らせてください。どこぞの義賊と言動が重なって、かなり腹が立ちます。」
「物騒なメイドさんを止めてくれよ。旦那の君。」
一人加わったことで、賑やかになった馬車の内部。流石は元?商人だからだろうか、コミュニケーション能力は一流で、話に自然と入ってくる。時折煽ってくるのが、玉に瑕ではあるのだが。
フォーレスト・ウォール近郊にある馬車屋に馬車を返却する。イウド辺境伯からエルフの国へと伸びる街道は広く整備されており、馬車での侵入に適しているが、こちらはそうでもない。徒歩で進入するのが、セオリーとなっていた。ちなみに、馬車屋はチェーン店であり、各地に散らばって商売している。
樹海へと近づいていくにつれて、樹海を構成している木々の大きさに圧倒される。高さ四十メートル、幅は直径数メートルといった、巨木によって構成されていた。そして、その木々の下は、暗闇が横たわっている。
やがて、樹海と王国の狭間に建つ砦と樹海への侵入を阻むように等間隔で立つ兵士たちの姿が見えてきた。店主たちの話によると、巡回組と見張り組がいて、それぞれに役割があるようだ。
「止まれ!!依頼書や許可証はあるか?」
「この通りです。」
怒鳴るように止めてきた兵士に、護は表情を変えずに依頼書を渡す。目を通し、目深にフードを被ったエルフ勢を訝し気に見ながらも、ペンで依頼書に「許可」の字を書いて護に返した。
「樹海の中で、兵士に提示を求められた場合は従うように。通っていいぞ。」
「ありがとうございます。」
こうして、光がほぼない樹海へと進入していく護たちだった。
~数日前・王都~
「くそっ!!役立たずの獣共が!」
「隊長、余計な事をしないでくださいっす。ここは敵地みたいな所っすよ。」
「ああ、分かっている。憲兵どもはどうにでもできるが、騎士団や教会が動くと勝ち目はない。」
隊長と呼ばれるエルフの男は乱暴に腰を下ろす。隊長を咎めた部下はやれやれといったように首を振るのだった。
「にしても、逃げ足が速いっすね。」
「あの裏切り者を拘束せずに逃がした奴がいる。捜査したが、王都にはいないだと?俺たちを迎えた貴族の言い分も信用ならん。誰かが情報を渡さなければ、拘束ぐらい簡単にできただろうに。」
「教会の方も空振りっす。あの聖女、平然とどこ行ったか知らないとしらをきっていたっす。」
「あの女の態度は気に食わんが、格上だ。それに、いたという事実は確認できた。足取りを完全には消せないはず。追いかけるぞ。」
「聞き込みっすか?面倒くさいっすね。」
「新入り。実力があるから黙っておいてやったが、度が過ぎると処罰の対象だぞ。」
「分かりました。頑張るっす~。」
それから三日間、情報収集に走る懲罰部隊。素顔を隠して尋ねる彼らは不審者扱いの対象となり、何度も憲兵を呼ばれる羽目に。手に入れられた情報も、最近、『竜殺し』と呼ばれるようになった青年が、フードを被った女性も連れるようになっただとか、羨ましいだとか、よく怖いメイドに刺されてないよなぁ、とか、肝心のチュリと奴隷の同族の行先に関するものは、手に入れることができなかった。
隊長のストレスは溜まりに溜まった。竜殺しの女性を連れまわしての武勇伝は、正直腹が立つものであったし、それの影響か、新入りが部隊の女性を口説こうとしていたのを見て、思わずげんこつを落とすことになった。口説かれた女性もまんざらでないことも更に彼を苛つかせる。
こちらは必死に純血派としての任務をこなそうとしているのに、部下がその相手に影響を受けて、うつつを抜かすなど、隊長には度し難いことだった。処罰をしたいところだが、その部下が馬車の情報を手に入れて戻ってきたため、躊躇してしまう。
「乳を手繰るのは戻ってからにしろ、新入り。夜、異性交遊しているのは知っているからな。」
「あ、ばれてったす。」
「もう、だから言ったのに。」
新入りと顔を真っ赤にする口説かれた女性隊員。他の面々のモチベーションも二人の影響を受けてか、かなりおかしい。惚気話を散々と聞かされ、任務の邪魔をする竜殺しに対して怒りを燃やす隊長の姿と、任務に明け暮れ、異性など気にも留めない生活を送ってきたがゆえに、互いに意識してしまうようになったエルフの部下たちの追跡は前途多難になりそうだ。
結局王都を離れ、護たちがとった進路を進み始めたのは、護たちが樹海に入った頃だった。




