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第六話 一億二千八百万円

 美咲と再会した翌日、遼は十年ぶりに自分の金を手に入れた。


 正確には、第零遺跡から持ち帰った物の一部が買い取られた。


 魔石、鉱石、魔物の素材。


 どれも地上へ出る直前まで、使えそうだからと鞄に残していた物だった。


 地下にいた頃の遼にとって、それらは金ではない。


 燃料になりそうな物。


 刃物の材料にできそうな物。


 保存食として使えそうな物。


 その程度の認識だった。


「こちらが仮査定になります」


 協会職員が端末を差し出した。


 遼は受け取り、画面を見る。


 しばらく黙った。


「神代さん?」


「桁、合ってます?」


「はい」


「これ」


「はい」


「一億?」


「正確には、一億二千八百万円です」


「何がそんなに高いんです?」


「一番は、この魔力結晶です」


 職員が画面を切り替える。


「これだけで八千万円です」


「これが?」


 遼には見覚えがあった。


 地下では、火を起こす時に砕いて使ったこともある。


「地下にいっぱいありますよ」


 遼はもう一度画面を見る。


 何度見ても数字は変わらない。


「これ、一部ですよね?」


「はい。今回持ち込まれた物の中でも、現時点で価値を確認できた物だけです」


「石ですよ?」


「魔力結晶です」


「地下にいっぱいありますよ」


 職員の表情が変わった。


「……どのくらいですか?」


「どのくらいって?」


「量です」


 遼は少し考える。


「壁とか」


「壁?」


「奥の方に、青い石ばっかりの階層がありました」


 職員が身を乗り出した。


「何階層ですか?」


「覚えてないです」


「大体で構いません」


「三十より下だったと思います」


 職員が黙った。


 隣にいた水城も黙る。


 遼は二人を見比べた。


「何です?」


「神代さん」


 水城が静かに言う。


「その情報、あまり人前で言わない方がいいです」


「何で?」


「国が動きます」


「石で?」


「石だからです」


 遼には、いまひとつ実感がなかった。


 地下では壁に埋まっていた。


 必要なら削った。


 砕いた。


 燃料として使ったことすらある。


 それが一億円を超える価値になると言われても、感覚が追いつかない。


 ただ、一つだけ分かることはあった。


 金が手に入った。


 それは助かる。


「じゃあ、スマホ代返せますね」


 水城が遼を見る。


「そこなんですか?」


「借りっぱなし嫌なので」


「一億二千八百万円手に入れて、最初に考えることがスマホ代ですか?」


「必要でしょう」


「必要ですけど」


 水城が少し笑った。


 遼も端末を返した。


 金というものを、十年ぶりに現実のものとして感じ始めていた。


 三日後。


 遼は日本探索者協会の正式な登録証を受け取った。


「等級は?」


 カードを受け取りながら聞くと、水城が少しだけ視線を逸らした。


「保留です」


「保留ってあるんですか?」


「本来ありません」


「じゃあ俺だけ?」


「はい」


「面倒ですね」


「誰のせいだと思ってるんですか」


「俺ですか?」


「他に誰がいるんです」


 遼はカードを見る。


 名前。


 登録番号。


 顔写真。


 その下に。


【神代遼】


【等級:測定不能】


「これでいいんですか?」


「よくないです」


「でも作ったんですよね」


「上が揉めました」


「ご苦労様です」


「他人事ですね」


「他人事なので」


 水城がため息を吐いた。


「一応、今日から正式にダンジョン探索が可能です」


「行きませんよ」


「え?」


「もう嫌です」


 水城が少しだけ驚いた顔をする。


「十年いましたから」


「ああ……」


「しばらく普通に暮らします」


「ですよね」


 遼はカードを新しい財布へ入れた。


 財布も昨日買った。


 中には現金。


 銀行のカード。


 身分証。


 十年前なら当たり前に持っていた物ばかりだ。


 それが今は、少し嬉しい。


「まず家探します」


「住居なら協会で用意できますよ」


「嫌です」


「即答ですね」


「監視されそうだから」


「否定はしません」


「ほら」


 二人で施設の廊下を歩く。


「普通に不動産屋へ行って探します」


「神代さんの場合、普通に済むか分かりませんけど」


「家を借りるだけでしょう」


「動画、まだ世界中で回ってますよ」


「帽子でも被ります」


「たぶん無理です」


「何で?」


「顔がもう有名なので」


「面倒ですね」


「それ、こっちの台詞です」


 遼は少し笑った。


 こういうどうでもいい会話をしている時だけは、本当に普通の生活へ戻った気がする。


 地下にいた頃は、明日の食料と魔物の気配しか考えていなかった。


 家を探す。


 家具を買う。


 金を払う。


 そんなことを考えられるだけで、十分だった。


「どの辺に住むんです?」


「静かなところ」


「都内?」


「別に」


「駅近?」


「歩ければいいです」


「神代さんの『歩ければ』は基準にならないんですけど」


「何で?」


「昨日、車と同じくらいの速さで歩いてたでしょう」


「少し力入れただけですよ」


「それを普通とは言わないんです」


「難しいな」


 そんな話をしながら角を曲がった。


 そこで水城の足が止まった。


 廊下の先に、男が三人立っている。


 全員、探索者らしい装備を身につけていた。


 腰に武器。


 厚手の防具。


 立ち方も、一般人とは違う。


 中央にいる男が遼を見る。


 三十代後半ほど。


 短く刈った髪。


 鍛えられた身体。


 視線だけで値踏みするように、遼を上から下まで眺めた。


「お前が神代か」


 水城が一歩前へ出る。


「何の用ですか?」


「水城さんは関係ない」


 男は遼から目を逸らさない。


「少し話したい」


「俺と?」


「ああ」


「いいですよ」


「神代さん」


 水城がすぐに止めた。


「大丈夫ですよ」


「そうじゃなくて」


「話すだけですよね?」


 遼が聞く。


 男は笑った。


「もちろん」


 その笑い方を見て。


 水城だけが、嫌な顔をした。

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