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第十五話 俺の剣

「水城さん」


「はい」


「こいつら、久我さんたちがいる場所を知ってるんですよね」


「少なくとも、そう主張しています」


「じゃあ探します」


 遼が立ち上がると、水城もすぐに立った。


「駄目です」


「何で?」


「どこを探すつもりですか」


「それは……」


「日本中?」


 遼は黙る。


「それとも世界中ですか?」


「分からないけど、やってみないと」


「久我さんたちは生きてるって言ったんですよ」


「本当ならです」


「だったら早く探した方がいいでしょう」


 遼は玄関へ向かおうとした。


「待ってください」


 水城が前へ回る。


「警察に任せてください」


「でも、見つからなかったら?」


「今、動画の発信元を追っています。警察だけじゃありません。公安もサイバー犯罪対策も動きます」


「それで間に合わなかったら?」


「……」


「死んだら?」


 水城は答えなかった。


 遼は少し苛立った。


「俺なら見つけられるかもしれない」


「どうやって?」


「魔力で」


 水城の表情が変わる。


「人間にも魔力があるんでしょう」


「あります」


「地下では、それで魔物を探してました」


「魔力感知ですか?」


「そういう名前なんですか?」


「似た技能を持つ探索者はいます。でも、どのくらいの範囲まで分かるんです?」


「分かりません」


「……分からない?」


「地下は壁が多かったから。地上ならもっと広くできるかもしれない」


「駄目です」


「何で?」


「能力を使わないでください」


「探すだけですよ」


「神代さんの『探すだけ』がどこまで影響するか、誰にも分からないんです」


「じゃあ弱くやる」


「あなたの『弱く』は信用できません」


「ひどいな」


「能力試験で壁まで壊した人に言ってます」


 遼は口を閉じた。


「俺がやった方が早いのに」


「その可能性はあります」


「なら」


「それでも駄目です」


 水城は譲らなかった。


「今あなたが動いたら、解放同盟は成功したことになります」


「成功?」


「神代遼のために人を攫えば、神代遼本人が動く。世界中が注目する。自分たちは神代遼を動かせる」


「俺はそんな――」


「分かってます」


 水城の声が強くなる。


「だから利用されてるんです」


 遼は拳を握った。


「じゃあ、どうすればいい?」


「何もしないでください」


「また?」


「はい」


「三人が攫われてるのに?」


「警察が動きます」


「間に合わなかったら?」


 水城の顔が曇る。


「……それでもです」


「俺なら助けられたかもしれないって、また言われますよ」


「言われるでしょうね」


「じゃあ行った方がいいじゃないですか」


「それを繰り返したら終わらなくなります」


「でも今回は三人いる」


「神代さん」


 水城は遼を真っ直ぐ見た。


「お願いします」


 しばらく見つめ合ったあと、遼はゆっくり拳を開いた。


「……分かりました」


 その後、水城は協会へ戻った。


 警察が動いた。


 公安。


 サイバー犯罪対策部門。


 探索者犯罪専門部隊。


 動画の投稿経路、通信記録、久我家付近を走った車両、防犯カメラ。全国の倉庫、廃施設、ダンジョン周辺まで捜索範囲は広げられた。


 それでも、夜になっても久我一家は見つからなかった。


 午前零時を過ぎても、新しい情報は入らない。


 午前二時。


 遼はまだ眠れずにいた。


 ソファに座り、スマートフォンを見る。


 ネットでは解放同盟の動画について、無数の投稿が飛び交っていた。


《かっこよすぎ》


《神代親衛隊きた》


《久我生きてるならよくね?》


《国より仕事早い》


《神代さんの敵を排除》


《これもう新時代だろ》


《世界最強+親衛隊とか無敵》


《解放同盟支持》


「……馬鹿じゃないのか」


 スマートフォンを置いた。


 だが、数秒後にはまた手に取る。


《普通にテロ組織だろ》


《人攫ってる時点で犯罪者》


《神代本人は関係ない》


《でも神代が止めろって言えば止まるんじゃ?》


《言って止まらなかったら?》


《神代が潰せばいい》


《結局神代頼みで草》


 遼は画面を見たまま黙った。


 擁護する側も。


 批判する側も。


 最後には自分の名前が出てくる。


 午前三時十一分。


 水城から電話がかかってきた。


「見つかった?」


『まだです』


「……そう」


『寝てください』


「無理ですよ」


『ですよね』


 水城も疲れているのか、いつもより声が低かった。


「水城さん」


『はい』


 遼は少し迷った。


「俺、助けに行った方がよかったのかな」


『誰を?』


「第三十一迷宮の人」


 電話の向こうが静かになる。


「俺があの時行ってたら、あの人は死ななかったかもしれない」


『神代さん』


「久我さんの記事も出なかった」


『それは違います』


「久我さんも消えなかったかもしれない」


『違います』


 今度ははっきり否定された。


「でも」


『もし、あの人を助けていたとしても』


「うん」


『次の人が来ます』


「次?」


『助けてくださいって』


 遼は黙る。


『その次も来ます。その次も』


「……」


『一人助けたら、次はなぜ助けないのかと言われます』


 水城はゆっくり続ける。


『十人助けたら、十一人目を見捨てたと言われる。日本人を助けたら、外国人は助けないのかと言われる。ダンジョンだけ助けたら、災害はどうするんだと言われる』


 遼は目を閉じた。


『あなた一人に、世界中の「助けられる」が集まるんです』


「……面倒だな」


『はい』


「最強って、もっと楽だと思ってた」


 電話の向こうで、水城が少し笑った。


『神代さん』


「何?」


『普通の人は最強になったことないので、分かりません』


 遼も少し笑った。


「俺も、なったつもりないんだけどな」


『知ってます』


 ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなった。


「水城さんも寝てください」


『神代さんが寝たら』


「じゃあ寝ます」


『お願いします』


 電話を切った。


 遼はソファへ横になり、目を閉じた。


 その時、玄関のチャイムが鳴った。


 目を開ける。


 時計を見る。


 午前三時二十七分。


「……誰だ?」


 モニターを確認する。


 誰も映っていない。


 遼は立ち上がり、玄関へ向かった。


 扉を開ける。


 外には誰もいない。


 ただ、足元に小さな箱が置かれていた。


 遼の表情が変わる。


 周囲を確認したが、人の気配はなかった。


 箱を持ち上げる。


 軽い。


 家の中へ戻り、テーブルに置いて開けた。


 中に入っていたのは、スマートフォン一台だけだった。


 すでに電源が入っている。


 画面には動画ファイルが一つ。


 遼は一瞬迷ってから再生した。


 暗い部屋が映る。


 三人の人間が椅子に座らされていた。


 久我。


 妻。


 娘。


 全員、生きている。


 遼は大きく息を吐いた。


『神代さん』


 久我がカメラを見る。


『すみません』


「何で謝るんだよ」


『私が……間違っていました』


 遼の眉が寄る。


『あなたは正しい』


「……」


 久我の横には黒い服を着た人間が立っている。


 顔は映っていない。


 娘は泣いていた。


『あなたを批判した私が、間違っていました』


 久我は一度言葉を詰まらせた。


 そして、頭を下げる。


『どうか、許してください』


 動画が終わった。


 遼は画面を見たまま動かなかった。


 数秒。


「……違う」


 声が漏れる。


「違うだろ」


 スマートフォンを強く握った。


 久我の記事を思い出す。


 自分を批判していた。


 でも、ちゃんと読んだ。


 腹も立たなかった。


 そういう考えもある。


 自分でそう言った。


 もう一度、動画を再生する。


『あなたは正しい』


「違う」


『私が間違っていました』


「違うって」


『許してください』


 遼の手が震えた。


 怖いからではない。


 地下から戻ってから初めて、はっきりと誰かに怒っていた。


「俺は」


 握ったスマートフォンが軋む。


「そんなこと言わせてない」


 窓が小さく震えた。


 食器棚の中で、皿同士が触れ合う音がする。


 外の街灯が一斉に消えた。


 遼は気づかなかった。


「俺と違うって言っただけで」


 画面の中では久我の娘が泣いている。


「こんなことされる世界が欲しかったんじゃない」


 その時、画面が切り替わった。


 もう一つの動画が自動で再生される。


 黒い仮面の男。


『神代様』


『ご安心ください』


『あなたに逆らう者は』


 仮面の男は穏やかな声で言った。


『我々が正します』


 遼は画面を見た。


 怒りが消えた。


 代わりに、何かが冷たくなった。


 すぐに水城へ電話をかける。


『神代さん?』


「ごめん」


『何が――』


「家の前に箱が置かれてた」


『……箱?』


 電話の向こうで、水城の声が変わった。


「中にスマホが入ってる。久我さんたちの動画も」


『待ってください。そんなはず――』


「何が?」


『あなたの家は監視されています。誰かが玄関まで来れば、必ず記録に残るはずです』


 遼は玄関を見る。


「でも、置いてあった」


『絶対に外へ出ないでください。今すぐ監視記録を確認します』


「ごめん」


『神代さん?』


「一個だけ、言うこと聞けない」


『待ってください』


 遼は立ち上がった。


「こいつら、俺の剣だって言ったんですよね」


『神代さん、駄目です!』


 玄関へ向かい、靴を履く。


「だったら」


 扉を開けた。


 夜の空気が流れ込んでくる。


 遼は暗い道路へ一歩出た。


「俺が折ります」


 次の瞬間。


 神代遼の姿が消えた。

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