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第十二話 批判

 探索者の死亡が報じられた翌日。


 遼の家の前には、朝から人が集まっていた。


 門の外にはカメラを持った記者が三人。道路の向こうには、若い男女が十人ほど立っている。


「……何してるんだ」


 遼はカーテンの隙間から外を覗いた。


 一人が大きな紙を掲げている。


【神代さんは悪くない】


 その隣には、


【世界最強を自由に】


 と書かれていた。


 遼は無言でカーテンを閉めた。


 スマートフォンを見ると、時刻は午前八時十二分。


 水城からメッセージが届いている。


『今日は外に出る前に連絡してください』


「遅いよ」


 もう来ている。


 返信しようとしたところで、玄関のチャイムが鳴った。


 モニターを見る。


 水城だった。


 遼は玄関を開ける。


「おはようございます」


「おはよう」


 水城は家へ入り、靴を脱ぎながら言った。


「外、見ました?」


「見ました」


「今日はできれば裏から出てください」


「何で?」


「昨日の件で集まってます」


「俺、何も喋ってないですよ」


「だからです」


「……またそれ?」


「またそれです」


 水城はそのままリビングへ入った。


 昨日届いたばかりのソファとテーブル。テレビも置かれ、少しずつ生活らしい形になっている。


「コーヒー飲みます?」


「淹れられるんですか?」


「昨日覚えました」


「じゃあお願いします」


 遼は台所へ向かった。


「砂糖は?」


「いりません」


「俺も」


「十年前は?」


「二つ」


「変わりましたね」


「そうですね」


 湯を沸かし、二人分のコーヒーを淹れる。


 カップを置いて向かいへ座ると、水城はスマートフォンを見ていた。


 表情があまり良くない。


「何かありました?」


「あります」


「俺?」


「神代さんです」


「やっぱり」


 遼はコーヒーへ手を伸ばした。


「何?」


 水城がスマートフォンを差し出す。


 画面にはニュース記事が表示されていた。


【第31迷宮救助失敗――世界最強はなぜ動かなかったのか】


 遼は記事を開く。


 昨日死亡した探索者。


 その家族。


 救助隊の動き。


 そして自分について書かれている。


「これ、俺が悪いって?」


「記事を書いた本人は、そこまで単純には言ってません」


「じゃあ何て?」


「読んでください」


 遼は画面を滑らせた。


 記事は長かった。


 世界最強とされる神代遼に、法的な救助義務はない。


 探索者協会も正式な救助要請を出していない。


 本人は十年間ダンジョンに閉じ込められた直後であり、再び潜ることを拒否する気持ちも理解できる。


 そこまでは、遼も特に引っかからず読んだ。


 その先で指が止まる。


『それでも私たちは、考えなければならない。


 絶対的な力を持つ人間の「自由」とは、どこまで許されるのか。


 救えるかもしれない命を前にしても、何もしない自由は無条件に守られるべきなのか。


 そして何より危険なのは、神代氏の判断そのものではない。


 彼のあらゆる判断を「最強だから」という理由だけで肯定し始めた、私たちの側ではないだろうか。』


 遼は、その部分だけもう一度読んだ。


「どう思います?」


 水城が聞く。


「別に」


「腹立ちます?」


「いや」


 遼はスマートフォンを返した。


「ちゃんと書いてると思います」


「そうですか」


「俺が嫌だったことも書いてあるし、救助義務がないことも書いてある」


「はい」


「最後は、この人の意見でしょう」


「そうですね」


「じゃあ別に」


 遼はコーヒーを飲んだ。


「そういう考えもあるんじゃないですか」


 水城が少しだけ笑った。


「何?」


「いえ」


「何です?」


「安心しました」


「失礼だな」


「すみません」


「俺、そんな何でも怒る人に見えます?」


「見えません」


「でしょう」


「だから怖いんですけどね」


「また?」


「またです」


 遼は笑った。


 昼頃。


 記事を書いた男の名前が、ネットのトレンド一位になった。


 久我真人。


 四十八歳。


 元探索者。


 現在はダンジョン政策や探索者制度を専門に扱う評論家として、テレビ番組にも出演している。


 遼は昼食を食べながら、その名前を眺めていた。


「有名な人なんだ」


 コメント欄を開く。


《久我って元C級だろ》


《弱者が最強に説教w》


《じゃあお前が助けに行けよ》


《神代さん十年閉じ込められてたんだぞ》


《何様だよ》


《神代に責任押し付けんな》


《老害》


《売名》


 そこまでは、最近よく見るようになったネットの反応だった。


 だが、少し下で気になる書き込みを見つけた。


《こいつ昔パーティーメンバー死なせてるぞ》


 遼の指が止まる。


 返信には、十五年前のダンジョン事故の記事が貼られていた。


 久我が所属していたパーティー。


 六人中、二人死亡。


《自分は仲間見捨てて逃げたくせに神代批判www》


《特大ブーメラン》


《人殺しが神代さんに説教》


《家族いる?》


《住所特定まだ?》


 遼の眉が寄った。


 画面を一度閉じる。


 数分後、気になってもう一度開いた。


 情報はさらに増えていた。


 久我の妻。


 勤務先。


 娘。


 大学名。


「何で家族まで出てくるんだ」


 遼は水城へ電話をかけた。


『はい』


「今大丈夫?」


『何かありました?』


「久我って人」


 少し間があった。


『見ましたか』


「家族の情報まで出てますよ」


『今、警察にも対応要請が出ています』


「何でこんなことになってるんです?」


『神代さんを批判したからです』


「俺、怒ってないですよ」


『知ってます』


「じゃあ止められないんですか?」


『ネット上の拡散は簡単には止まりません』


 遼は少し考えた。


「俺が言えば?」


 今度は水城が黙った。


「水城さん?」


『……たぶん』


「止まる?」


『かなりの人は』


「じゃあ言います」


『待ってください』


「何で?」


『何を言うつもりですか』


「家族は関係ないからやめろって」


『それだけにしてください』


「それだけですよ」


『絶対に』


「分かりました」


 電話を切った。


 十分後。


 神代遼は初めて、自分のアカウントから文章を投稿した。


『久我さんの記事を読みました。


 俺は別に怒ってません。


 そういう考えもあると思います。


 家族は関係ないので、迷惑をかけるのはやめてください。』


 投稿から一分で一万件。


 三分で十万件。


 十分後には五十万件を超える反応がついた。


「すごいな」


 遼はコメントを読む。


《神代さん優しすぎ》


《本人が許してるぞ、もうやめろ》


《解散》


《家族凸は違うわ》


《神代さんが言うならやめる》


 実際、家族の個人情報を投稿していたアカウントのいくつかが投稿を削除し、謝罪した。


 そのままアカウントを消した者までいる。


 遼は少し安心した。


 自分の言葉で、誰かを止められた。


 力は使っていない。


 殴ってもいない。


 脅してもいない。


「こういう使い方なら」


 悪くない。


 そう思った。


 一時間後。


 久我真人が出演していたテレビ番組からの降板が発表された。


「……は?」


 遼はニュース画面を見る。


【久我真人氏、情報番組降板】


【スポンサー三社が契約見直し】


【所属事務所「本人と協議の上」】


 遼はすぐに水城へ電話した。


『はい』


「降ろされてますよ」


『見てます』


「何で?」


『スポンサーです』


「俺、やめろって言ったよね?」


『家族への攻撃は』


「久我さん本人もだよ」


『神代さん』


「何?」


『あなたは久我さんを許しました』


「許すも何も、怒ってない」


『だからです』


「意味分かんない」


『企業側から見れば、神代遼を批判する人物を使い続ける理由がないんです』


「でも、俺は何とも思ってないですよ」


『番組には抗議が殺到しています』


「俺がやめろって言ったのに」


『抗議している人全員が、神代さんの命令で動いているわけじゃありません』


「……」


『スポンサーも同じです』


 遼はニュース画面に映る久我の顔を見た。


「じゃあ、俺が戻せって言えばいい?」


『言わないでください』


「何で!」


『それをやったら』


 水城の声が強くなる。


『本当にあなたが人事を決めることになります』


 遼は黙った。


『気に入らない人が降ろされる』


『気の毒だから戻す』


『次は誰を出す』


『誰を出さない』


「そんなつもりじゃ」


『分かってます』


「じゃあ!」


『分かってるから言ってるんです!』


 遼はそれ以上言えなかった。


 水城も少し間を置いてから、声を落ち着ける。


『神代さんは命令してない』


「……うん」


『何も頼んでない』


「うん」


『でも』


 水城が言った。


『もう、動くんです』


 遼は画面に映る久我の顔を見たまま動かなかった。


『あなたの周りが』


 水城の声が続いた。


『勝手に』

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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