番外編 春が近づくある日の思い出
「櫻様、もうすぐ春ですね」
「きれいなおはな、いっぱいさくかな?」
これはまだ、花舞櫻が春の神ではなかった時のお話。
「……」
「あっ、そっか、あやめちゃん、はるきらいだったよね、ごめんねごめんね」
「櫻様が謝ることじゃないです」
「でも、ごちょうおにいさまにあやめちゃんおこるの、やだ」
「嫌ですか…」
「いや」
「なら、怒らずいけば納得ですか?」
「なっとく、しないよ、みとめないでしょ?」
「あんなやつ、人間として認められません」
「ほら、それ。しちゃだめ、わかった?」
「駄目、ですか…」
「うん、だめ」
「櫻様…」
あやめがバッと顔を上げる。
「もう一回言ってくださいっ!」
「へっ?」
「可愛すぎます…!もう一度おっしゃってください!!」
「だめ…だよ?」
「可愛すぎますっ!…おい、そこの写真家っ!雪より櫻様の方が撮り甲斐があるだろ!?」
「あ、えっと…」
ついに写真家にまでいちゃもんをつけ始めたあやめ。
「えっとじゃない!櫻様はお可愛くて尊きお方なのだぞ」
「あ、えっとじゃあ…」
頼りない撮影音が雪原に響く。
「それ、私に送ってくれ。番号は……」
「あやめちゃん…」
「…この通りだ!送っておいてくれ!」
「は、はい…」
「櫻様、寒いですね!このジャンパーを着ましょう」
「え、あ、あの…」
写真家がおどつきながらも話しかける。
「どうした。手短かに話せ」
「か、神様の妹君ですよね…?」
「いかにも」
「写真って…取っちゃ駄目なのではありませんか…?」
「たしかに。送ったら消しておいてくれ」
「は、はい、わかりました」
「後で送っておいてくれ。さっさと目の前から失せろ。私と櫻様の時間を奪うべき人ではない」
「あ、はい」
写真家は傷つきながらも素直に立ち去る。その背中には悲しみと頼りなさが滲み出ていた。
「櫻様、このジャーンパーを着たらもう寒くありません」
「でも…だめ。あやめちゃんがさむくなっちゃう…そうでしょ…?」
「櫻様は風邪をひいてはいけません」
「あやめちゃんもだめ」
「櫻様こそだめです」
「あやめちゃんのほうがだめ。さくら、まもる…そうでしょ…?」
「で、ですが、櫻様がお風邪をひいては…」
櫻は思いついたような表情をしてから、「いす、あったでしょ?」と人懐っこくきいた。「はい」とあやめは答えながら、キャンピングチェアを出す。
「いっこしか、ないの…?」
「?…そうですが」
あやめは何を言ってるんだ、と言う顔で櫻を見た。
「あやめちゃんは…?」
「…?私は櫻様をお守りする所存にて…」
「あやめちゃん、ここすわってみて?」
「?櫻様のためのお席です」
「いいからすわってみて?ね?」
あやめは納得いかない顔でキャンピングチェアに座る。
「えっと…?」
「さくら、あやめちゃんのおひざすわっても…いい…?」
あやめはようやく理解した。
優しすぎる、と思いながら。
「いい、ですけど…」
「あやめちゃんならそういってくれるって、わかってた、よ。だいすき」
「…あやめも、大好き、です」
2人はまだ、のちに神になることを知らない。




