第八話 弱紋居住区の見送り 二
フィロの看護が一段落した頃、フィロはおばさんに声をかけた。
「すぐ戻るから」
それだけ言って避難所から飛び出した。
カリナが立ち上がりかけて、「すぐ戻る」という言葉を思い出して座り直した。レンゾは引き続き難民と話していた。
しばらくして、外から大きな音が聞こえた。ガラガラガラという音だった。ウトウトしていたカリナが飛び起き、レンゾも思わず顔を上げた。
扉が勢いよく開いた。フィロが大きなカートを引いて戻ってきた。カートの中には食料品と医療品が山積みになっていた。
避難所がざわめいた。
「フィロなんだいこれは! 盗んできた――とは思わないけど一体どこから!」
「安心して! 正規店で買ってきただけだよ!」
「そんなお金どこから!」
「いいからみんなに配ってよ!」
配り終えて一息ついた頃、避難所の裏からおばさんの声が響いた。
「百四十九ルーク八十セル!?」
「こんなお金どこで! フィロ!」
「ちゃんと正規のお金だよ! 私が稼いだお金!」
レンゾとカリナが顔を出した。
「そうですよ! ちゃんとフィロちゃんが稼いだお金です! 五十ルークは! 残りの百ルークは知りません!」
フィロは顔をしかめた。
――ややこしい言い方!
「残り百ルークも正規の金だ」
レンゾが付け足すように言った。
「俺が支払った」
「何のお代にですか?」
「治療費と案内代だ。それから紋闘場で賭けもしてな、そいつの言う通りに賭けたら大儲けしたんだ」
レンゾはカリナとは対照的に、すらすらと嘘をついた。
「そうだよ、これで分かっただろ」
フィロが言った。
おばさんは長いため息をついた。怒りが抜けると、付き合いの長い人間にしか出せない声で、続けた。
「違うのよフィロ……聞いて。貴方のしてくれたことには感謝してる。でもね……貴方のお金は貴方自身のために使っていいのよ」
少し間があった。
「その恰好、居住区の服じゃないね……その服を見た時、嬉しかったわ。フィロが自分のためにお金を使ったって」
フィロは自分の服を見た。制紋要塞の前で買った服だった。正確には、レンゾが買った服だった。
――あの時フィロは買う気がなかったんじゃないのか? もしくは俺の服だけ買うつもりだったのか。
「フィロ、貴方は好きなようにしていいのよ」
フィロは答えなかった。答えられなかった。行きたいという気持ちは本物だった。でもそれと同じくらい、ここを離れることが怖かった。
居住区の外を知らないわけじゃない。でもここが、フィロの知っている唯一の「帰る場所」だった。
おばさんは続けた。
「もし……もしその人たちと一緒に旅をしたいって言っても、私は止めないわ」
その瞬間、避難所の裏へと通じる扉が、聞き耳を立てていた者たちの体重で壊れた。フィロを慕っている子供たち、看護してもらった人たちが雪崩れ込んできた。
「フィロちゃんに弱紋居住区は狭すぎるよ!」
「フィロ姉ちゃん行っちゃうのー」
「フィロさん、看護してくれてありがとう」
フィロは大粒の涙を流しながら、レンゾの方を見た。なぜかカリナも泣いていた。
「あの……私も……付いて行っていい?」
「お前は俺が拒否しても付いてくるような奴だと思ってたが」
レンゾはふっと笑った。
「そんな殊勝なことを言うとはな……いいぞ」
「フィロちゃーーーーーん!!!」
カリナが泣きながらフィロに抱きついた。




