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第七話 弱紋居住区の見送り 一

 掲示板の前に三人が並んだ。


「よーし! じゃあせーの!」


 カリナとフィロが同時に依頼の紙を引き剥がした。ビリッという音が制紋要塞に響き、周囲の視線がちらりとこちらに向く。


「……あれ? 今剥がしたの暴紋の依頼じゃ」


「おい! 暴紋の依頼受けた兄ちゃんと嬢ちゃんじゃないか! 本当に倒したのか?!」


「信じられないな、自作自演じゃ……」


 あちこちから声が上がった。


「依頼料は騎士団に預けてありますので、騎士団から受け取ってくださいね」

 カリナが涼しい顔で言った。


 気づくとフィロはすでに受付の前にいた。窓口に身を乗り出している。

「暴紋の依頼料受け取りに来たんですけど!」


「依頼主と一緒に来てください」


 受付は若い女性だった。騎士団の制服をきっちり着こなしており、窓口の前に立つ者を一瞥しただけで用件を見抜くような目をしている。


「本当なのにー! ……あっほらこっちこっち!」


 フィロがレンゾとカリナに手招きした。


 三人が受付の前に揃った。


「依頼主のカリナです。こちらのレンゾさんと、フィロさんが暴紋を……た……お……してくれました」


 三人が窓口の前に並ぶと、女性はカリナを見た。それからレンゾを見て、フィロを見る。一秒ほど、無言だった。


 受付の目がカリナに止まった。一瞬言葉に詰まったのを、見逃さなかった。


「極……極極極まれにですが……依頼主を脅して依頼料を受け取ろうとする方もいます」


 受付は丁寧な声で続けた。


「しかし安心してください、ここは騎士団本部。もしあなたが脅されているのなら――」


「違うんです! そうじゃなくて、本当にたお……あの……」


 ――バカー! 普通に倒したって言えー! 嘘つけない性格なのかー!

 フィロは心の中で叫んだ。


「彼が暴紋を倒したっていうのは、本当だと思うわ」

 声がした。振り返る。


 黒髪のロングヘアの女性が、受付の横に立っていた。落ち着いた声で、どこか遠くを見るような目をしている。受付の女性がわずかに姿勢を正した。この場所で、それなりの立場にいる人間らしい。場の空気が、静かに変わった。


「ヴェラさん! えっとそれは解析による結果ですか?」


「ええ。依頼を受ける前と今では確かに、暴紋を吸収したであろう出力の上昇を感じるわ」


◆◆◆◆◆


紋は成長する。実戦や鍛錬を重ねることで紋の出力は高まり、形そのものが変化することもある。

紋の所有者が死ぬと、その紋の力は霧のように周囲に広がり消えていく。

ただし日頃から紋を使い鍛えている者には「容量」が生まれており、近くにいればその霧を経験値のように吸収してパワーアップできる。鍛錬を怠っている者には容量がなく吸収できない。個人差もあり、吸収できる上限は人それぞれだ。

これが人間同士の争いの根本的な動機の一つになっている。


◆◆◆◆◆


 受付がレンゾを確認し、依頼料を窓口に出した。三人は無事に一グランを受け取った。


「助かりました! 私嘘つくの苦手で……」

 カリナが笑顔で言った。レンゾとフィロが同時にカリナを見る。――バカ!という顔だった。


「嘘っていうのはどういうことかしら」

 ヴェラが静かに言った。


「暴紋の力は吸収している。でも倒したっていうのは嘘、となると答えは一つしかないわね」


 カリナの顔が青ざめた。レンゾとフィロは呆れかえった。


 ヴェラはしばらく三人を見た。小さく息を吐く。


「……でもそんなことありえないわよね。ごめんなさい、変な疑いをしてしまって。依頼料奪われないようにね。じゃあさようなら」


「あっ、はい! ありがとうございました!」


 カリナが元気よく答えた。レンゾとフィロは同時に息を吐いた。


 制紋要塞を出たところで、フィロがレンゾの袖を引いた。


「ところでさ……私の取り分って……」


 レンゾは一グランの金貨を取り出した。親指の腹に乗せてピンと上に弾く。金貨が宙を回った。


「まずは両替だな」


 両替を済ませ、レンゾは五十ルークをフィロに渡した。


「えっ! は……半分も! いや流石にこんなには……いやへへへ、悪いね」


 フィロは忙しくリアクションして、最後には受け取った。


 レンゾがカリナの方をちらりと見た。カリナは気づいて、手を振る。


「いや私は大丈夫ですよ! 依頼料は元々鉱山のみんなで出し合ったものですし……」


 少し間を置いて、照れたように続けた。


「それにこれから一緒に旅をするなら、財布は一緒みたいなものでは……なんて」


 フィロはそのやり取りをじっと見ていた。少し、暗い顔をした。


「じゃあ私はちょっと戻らないと」


 踵を返しかけたところで、レンゾがフィロの腕を掴んだ。


「最初に渡した百五十ルークは治療費という名目だったから、弱紋居住区に使えと言ったんだ。その金はお前が働いて稼いだ分だ。好きに使っていい」


 フィロは力なく笑った。


「ははは……分かってるよ。でも紋闘場で五十ルーク溶かしてるからな! これでトントンだ!」


 レンゾの背中をぱんと叩いて、そのまま走り出した。


「フィロさん?!」

 カリナが驚いて追いかけ、レンゾも後に続いた。


◇◇◇


 弱紋居住区に着くと、避難所の中から声が聞こえた。


「フィロ! どこ行ってたの」

「フィロ! こっち手伝って」


 フィロはすでに中に入っていた。慣れた手つきで看護の格好に着替えると、すぐに動き始める。


 レンゾとカリナが避難所に入ると、二人は足を止めた。レンゾが運ばれてきた時より、人が多い。床に毛布を敷いて横たわっている者、壁に寄りかかって目を閉じている者、包帯を巻いた腕を抱えている者。衰弱した顔が並んでいた。


「ちょっと邪魔だよ!」


 忙しそうに動き回っているおばさんが、二人を一瞥して言った。レンゾとカリナは隅に退く。


 壁際に座ってフィロの動きを眺めていると、近くから声がした。病床に横たわっている老人だった。顔色が悪く、声もかすれている。皺だらけの手が毛布の端をゆっくり握っており、指の節が白くなっていた。それでも目だけははっきりしていた。


「アンタらは難民じゃないな。恰好がこぎれいだ」


「あぁそうだ。何があったんだ?」


 老人は天井を見たまま言った。

「紋理帝国と紋皇国の戦争が激化しただけさ……」


 少し間があった。

「もう止まらんだろう……どちらかが滅ぶまで……」

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