第五話 クロッセの暴紋 二
ダグの目が、入り口の方を向いた。
次の瞬間、坑道の壁から岩が剥がれる、拳大のものから人の頭ほどのものまで、大小さまざまな岩が宙に浮き、そのまま三人に向かって殺到してきた。
「来る!」
カリナが叫んだ、バリアが展開される。
六角形の連鎖が重なり合い、半透明の壁が三人の前に立ちはだかる、岩がバリアに叩きつけられ、砕け、破片が飛び散った、衝撃がカリナの体を揺らす。
「……っ、重い!」
レンゾが前に出た。
「待って!」
フィロの声を構わず、走った、ダグが向き直る、宙に浮いた岩がレンゾに向かって殺到する、体を傾けて一つをかわした、しかし次が来る、角度が悪い。まともに食らう――
岩がレンゾの横をすり抜けた。
ダグが動揺した、目が泳いでいる、次の岩も、見当外れの方向に飛んでいく。
フィロが紋を発動させていた。気づかれないように、こっそりと。三角形の紋が光り、レンゾの気配と足音が消えた。
レンゾはダグの懐に滑り込んだ、肥大化した腕が頭上をかすめる。風圧だけで体が揺れた、構わず、ダグの胸に手を当てた。
それだけだった。
「攻撃できてないじゃないか――! 触るので精一杯じゃないか!」
「いいんだよ、これで」
「何がいいんだ!」
カリナはバリアを維持しながら、岩の衝撃を受け続けていた、一発、また一発。バリアの光が、少しずつ揺らいでいく。
レンゾが一度離れた、ダグが向き直る、岩が再び宙を舞う、フィロが紋を発動させ続けている、ダグの目が泳いだ、岩がバリアに叩きつけられ、カリナが踏ん張る。
レンゾは再びダグの懐に入り、また片手を当てた。
「何をやってるんだ! 攻撃しろ!」
レンゾは答えなかった。
その瞬間、ダグの紋がレンゾに流れ込んできた、紋だけではなかった。
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暗かった。
坑道の中だ、天井が低く、松明の明かりが頼りない、空気が薄く、埃っぽい。
落盤が起きたのは夕方だった、ダグは入り口に一番近い場所にいた、逃げようと思えば逃げられた、しかし奥に仲間がいた、カリナもいた。
引き返した、瓦礫をどかし、仲間を引っ張り出す、全員の無事を確認した時には、出口は完全に塞がれていた。
最初の夜は全員で固まって眠った。
二日目から、空気が変わった、食料が限られている、水が限られている、いつ救助が来るか分からない、不安が人を変えた、口論が起き、殴り合いになった、紋を使う者が出た、ダグは止めようとした、止められなかった。
三日目の夜、仲間の一人が倒れた、紋の使いすぎだった、黒いあざが広がっていた。
ダグは決めた、自分が全員を外に出す。
坑道を塞いでいる瓦礫は岩だ、岩なら操れる、一度に動かせる量には限界があるが、時間をかければいい、自分の紋を使い続ければいい。
ダグは一人で掘り始めた、仲間に内緒で、夜中に、一時間、二時間、岩を動かすたびに体が重くなり、紋が熱を持ち始める、それでも止まらなかった。
四日目の朝、出口に光が差し込んだ、仲間たちが逃げ出し、カリナも逃げた。全員が出た。
ダグは最後に出ようとした、足が動かなかった。
気づいた時には、黒いあざが腰まで広がっていた、体が言うことを聞かず、紋が暴走し始めていた、外に出ることができなかった。
仲間の顔が見えた、カリナの顔が見えた、ダグは笑おうとした、笑えたかどうか、分からなかった。
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岩の動きがさらに鈍くなった、宙に浮いていた岩が、一つ、また一つと地面に落ちる。
「……っ、もう持たない」
バリアにひびが入った、六角形の連鎖が崩れ始める。
「カリナ!」
フィロが叫んだ、バリアが壊れた。
同時に、ダグの体から黒いあざが引いていく、足元から、首筋から、顔から。黒いあざが薄くなり、肥大化していた両腕が少しずつ元の大きさに戻っていく。巨大だった体が縮んでいく。
ダグが膝をついた。
人間の、四十代の鉱夫の男が、坑道の床に膝をついていた。
「……お父さん?」
カリナの声が震えた、ダグがゆっくりと顔を上げる、焦点の合っていない目が、カリナを見た。それから、自分の手を見た。
「……俺は」
かすれた声だった。
「俺は……何を」
フィロは口を開けたまま、レンゾを見た。カリナも、レンゾを見た。
レンゾは手を下ろして、何も言わなかった。




