第三話 制紋要塞
受付に人が殺到した。
怒号が飛び交っている。窓口の前は押し合いへし合いで、怒鳴り声が重なり合って何を言っているのかわからない。それでも断片は聞こえた。
「やらせだ! 金を返せ!」「ガルドにやらせをさせたな!」「詐欺だろこれは!」「ガルドが可哀そうだろ!」
フィロも人波に乗って受付へ向かおうとした。
「そうだ! そうだ! 金を返――」
レンゾに腕を掴まれた。
「やめろ。見苦しい」
「でも!」
「やめろ」
フィロは口をへの字に曲げて、押し寄せる人波を恨めしそうに見た。
闘技場の出口にソレが姿を現した。血が上った観客たちが一斉に向き直る。フィロも口を開きかけた。そこで止まった。
ソレの周囲を、数人の男が囲んでいた。騎士団の制服だった。ソレを守るように歩いている。いや、連行しているのかもしれない。どちらとも取れる距離感だった。
「うっ……騎士団の関係者だったのか?」
「どうかな」
レンゾは静かに答えた。
◇◇◇
紋闘場の外に出ると、喧騒が少し遠くなった。
「これからどうする?」
レンゾは答えなかった。ソレたちが歩いていった方向を見ている。
「あっちには何があるんだ」
「あっち?」
フィロが振り返った。
「あっちは紋術研究所かな。さっきも言ったが入れないぞ」
「いやいい」
レンゾは視線を戻した。
「ところで金を稼ぐ手段はないのか。服屋と紋闘場で九十九ルーク使ったが」
「うーん……」
フィロは腕を組んだ。
「こっちで仕事探したことないしなぁ。戦えるならいくらでもあるだろうけど」
「そうなのか。俺は戦えるぞ」
「看護してる時に見たけど、基礎紋の二本線だろ。知れてるよ」
少し間を置いて、フィロは自分の手首を見せた。三角形の紋が刻まれている。
「ちなみに私も基礎紋だ。気配を消したり、音を消したり……まぁ戦闘には使えない」
「泥棒に向いてるな」
レンゾが小声で言った。
「なに!?」
「俺は戦えるから、仕事があるところを教えてくれ」
フィロはしばらく唸った。
「うーん、まぁ、仕事と言うかなんというか……あんまり行きたくないんだけど」
◇◇◇
フィロが案内してくれたのは、制紋要塞だった。
街の中心部にそびえる石造りの巨大な建物で、門の前には武装した団員が立っている。中に入ると、思ったより広かった。作戦立案室、訓練場、武具屋、酒場まである。騎士団の拠点というより、一つの街のようだった。
入り口を入ってすぐの場所に、大きな掲示板があった。
「ここにある依頼は誰でも受けられるんだけど、競争率も高くて、残ってるのは難易度と報酬が釣り合ってない依頼ばっかりだよ。張られたばっかりだといい依頼もあるんだけど、掲示板に張り付いてる奴も多いから……」
掲示板の前に並べられたソファや椅子には、熟練の紋使いといった顔立ちの男女がくつろいでいた。依頼を眺めているわけでもなく、ただそこにいる。常連らしかった。
レンゾは掲示板に近づいた。
【依頼①】
対象:一級微紋 一体
場所:クラヴ東部の廃倉庫
報酬:三ルーク
備考:住民からの苦情多数。早急に処理されたし。
【依頼②】
対象:二級濁紋 複数体(推定三〜五体)
場所:クラヴ北部の採掘場跡
報酬:八ルーク~十二ルーク
備考:数が定かでないため報酬は変動制。
【依頼③】
対象:三級侵紋 一体
場所:クラヴ南部 街道沿いの森
報酬:十五ルーク
備考:街道を封鎖しており商人からの訴えあり。
【依頼④】
対象:四級暴紋 一体
場所:クラヴ西部 旧鉱山
報酬:一グラン
備考:既に三名が討伐を試みて失敗。現在も活動中。
レンゾは掲示板を眺めて、一枚の紙を指さした。
「一グラン、いいじゃないか。これを受けよう」
フィロが指の先を見た。
「報酬は一グラン、場所はクラヴ西部 旧鉱山、一体、敵の分類は……」
フィロの動きが止まった。
「暴紋?!」
大声が制紋要塞に響いた。くつろいでいた紋使いたちが一斉に顔を上げる。掲示板の周囲がざわついた。
◆◆◆◆◆
蝕紋体
紋を使いすぎると、紋を中心に黒いあざが広がり始める。このあざは不可逆で、時間が経っても回復しない。
全身を覆い尽くすと暴走が始まり、蝕紋体へと変貌する。蝕紋体になった者は例外なく全ての紋を吸収したいという渇望に支配され、周囲の紋を吸収しようと無差別に暴れ回る。
蝕紋体は強さによって以下に分類される。
一級微紋――騎士団に入団する時に一人で倒す
二級濁紋――連携の取れた隊員複数で倒す
三級侵紋――隊長級一人と隊員多数で倒す
四級暴紋――隊長複数と大多数の隊員で倒す
五級黒紋――騎士団全員が召集される
六級災紋――国が一丸となって倒すか倒されるか
例外 原紋
◆◆◆◆◆
フィロはレンゾに詰め寄って小声で言った。
「バカ! 知らないのか! 倒せるわけないだろ!」
周囲からくすくすと笑いが漏れた。
「おいおい、暴紋倒しに行くのかそこの兄ちゃんとお嬢ちゃん」
「頑張ってね~」
笑い声が響く中、フィロは顔を赤くして周囲に愛想笑いを向けた。
「いや、ははは」
レンゾはふっと笑った。
「じゃあな。行ってくるよ」
踵を返す。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
フィロは慌ててその後を追った。




