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騎士と聖女の物語  作者: 丁太郎
出会い編
4/36

4.村を襲った悲劇

 カールさんが刀をニ振り作るのに一ヶ月(30日)位掛かりました。

 一振り目は黒い刀身で少し長め。

 刀身の反射光すら鈍い黒でした。

 もう一振りは逆に白い刀身の短刀。

 反射する煌めきは、その時々で7色に変わり綺麗でした。

 

 

 カールさんがこの地を去る際に、短刀の方を頂きました。

 カールさんの訓練を受けた私は一応弟子になるかららしいです。

 変な理屈をつけてきたものだわ、と思いました。


<カールさんも素直じゃないわ>


 貰った短刀は柔らかい野菜も潰れずスパスパ切れるので、包丁の代わりとして重宝しています。

 不思議な事に刃こぼれしないし、切れ味も悪くならないので本当に感謝しています。

 カールさんが見たら嘆くでしょうか。


 カールさんが去って、私の生活は少し穏やかになりました。

 小屋の掃除はたまにするくらいでいいし、なによりスパルタ鬼コーチのシゴキもありません。

 カールさんから一通りの訓練の仕方を教わっているので、今は毎日自己鍛錬だけでした。

 借りている魔道具はどうにもサイズが合わないので使っていません。

 更に言えば、イヤリングも腕輪は村での生活では目立つので身につけてもいませんでした。

 とは言え、失くす訳にはいかないので袋に入れて肌見放さず持っています。


 それと鍛錬の成果なのか気配察知が上手になって、未だ私が双子の木に通っているのは村の誰にもバレていません。

 ただ自己鍛錬だけだと時間を持て余します。

 なので最近はお昼には鍛錬が終わって村帰るという日々を繰り返しています。

 広場で一人でいるのはやはり寂しいものです。

 広場に一人でいるとカールさんは何やってるのかなとも思ってしまうのです。


 そんな日々を過ごし、私は8才になりました。



◇◇◇◇◇



「メアル 最近どこいってるんだ?」


 いつもの鍛錬を終えて村に戻ると、村の入り口でリカレイに話しかけられました。

 いつもなら、秘密基地で特訓中だろうに珍しい現象です。

 秘密基地は女性禁止とか言って私は入れて貰った事がありません。

 最初は秘密にされるのが悔しかったのですが、今はどうでも良くなりました。

 私もカールさんとの秘密の場所を手に入れましたから。 


「今頃?最近は散歩を日課にしてるのよ」


 適当に返事を返しました。


「へー、そうなんだ」


「リカレイこそ珍しいわ」


「あーなんか腹がへってさー」


「お夕飯まで待てないの?」」

 

 村での食事は基本朝夕の2食。3食なんて贅沢は出来ません。


「まあ、待てない訳でも無いけど」


 あ、なるほど、きっとロヨイと喧嘩したに違い有りません。

 基本めったに喧嘩しない2人なのにどうしたことでしょう。

 本当に珍しい現象です。

 揶揄うつもりでわざと聞いてみました。


「ところで、ロヨイはまだ秘密基地なの?」


「あいつのことなんて知らねーよ」


 はい、確定です。


<横向いちゃって、子供なんだから>


「メアルはあんな奴に興味あるのか?」


 リカレイがぶっきらぼうに聞いてきます。

 どちらの味方もするつもりはありません。

 興味があるのは喧嘩の原因です。


「リカレイとロヨイの仲を心配してるの。幼馴染なんだから仲良くしてほしいわ」


「別にケンカなんてしてないって、ちょっと言い争いになっただけさ」


「じゃあ安心ね」


「ま、本当にケンカしたら俺が圧倒的に勝っちまうから。そしたらロヨイが可哀想だろ。あんなに努力してるのにさ」


 私は内心ため息をつきました。

 私が「じゃあ安心ね」と言った辺りからロヨイの気配が近づいてくるのを感じていたのです。

 リカレイの大声はきっとロヨイにも聞こえたでしょう。


「なんだと 俺が本気出したらお前なんかケチョンケチョンに決まってるだろ!」


 危惧した通り、横合いからロヨイが顔を真っ赤にして乱入してきました。

 

「なんだと、やるのか!」


 ロヨイの反撃にすぐさまリカレイが応戦しました。

 やはりこうなってしまいました。

 まともに相手をしてしまったことを後悔しました。

 ですが、後悔先に立たずです。


 でも男の子は拳で語り合うものらしいし、成り行きに任せたほうがいいのでしょうか。


「俺がいない所でメアルに嘘を吹き込むんじゃねぇ」


「あーん事実だろうが。メアルの目の前で証明してもいいんだぜ」


「やれるものならやってみろ。俺の方が強いことをメアルに見てもらういい機会だ」


「2人とも強いって知ってるわ。だから止めよ?」


 このままでは本当に殴り合いが始まりそうなので、ヒートアップする2人を刺激しないように仲裁に入りました。

 ですが。


「メアルはどっちが強いと思う?」


「俺だろ」


「馬鹿言うな、俺に決まってる」


 ヒートアップして更に完全に巻き込まれました。

 しかし、私がロヨイの事を聞いたのが原因だから、自業自得です、

 私の力は自衛の為に使うつもりだからケンカ仲裁に使うのは以ての外。

 困っていると、もう一人の幼馴染のミランが近づいてくる気配を感じました。

 2人して大声で騒いでいるから、ミランだって気付きもするでしょう。


「2人共、止めなよ。どっちが強くてもいいじゃないか」


 ミランはなだめる様に言いました。

 しかしその言葉でも2人は止まらず更にヒートアップしました。


「どっちが強いかがどうでもいいだって!」

「どっちが最強かメアルに見て貰うんだ、弱いくせに邪魔するなよ」


 2人が矛先をミランに向けました。

 ミランは力はあるけど優しくて気が弱いので、2人はミランを下に見ている節があります。

 ですが、実際殴り合えばミランが勝つでしょう。

 そんなミランは2人の剣幕を意にも介さず笑い出しました。


「あはははは。最強だって」


 ミランの笑いにロヨイとリカレイは暫く呆気にとられていましたが、やがて自分たちが笑われている事に気付き、同時に怒声を上げました。


「ミランこの野郎!」「何がおかしいんだ」


 凄む2人に対し、なんとミランは私に振ってきました。


「だってさぁ、ねえメアル」


 ミランの言いたいことは直ぐに判りました。

 最強とは確かに笑ってしまいます。

 世に最強との呼び声高い【剣聖】をさしおいて、などというレベルの話ではありません。

 彼らは先ずは身近な強者の壁を乗り越えないとなりません。

 ミランが悪者にならない様、怒りで湯気が出そうな2人の頭に私が特大の氷入り冷水を掛けてあげる事にしました。


「うふふ、ホントね」


「え?」「メアル?」


 私がミランの肩を持ったので2人は面を食らった様です。

 では2人共、お覚悟下さいませ。


「あ、ビルおじさん、イルギスおじさん、ロヨイとリカレイが喧嘩して私を困らせるの」

 

「な!リカレイとケンカなんてしてないから!」

「親父、違うんだ。俺たちは仲良しさ、なあロヨイ」

「ああ、そうだともリカレイ」


 効果は覿面、怒りで赤かった2人の顔はサッと青ざめ、即座に互いに肩を組み合いました。

 その光景に、私も流石に吹き出しそうになって口を手で抑えてしまいました。

 ミランに至っては、腹を抱えて涙目です。

 よほどツボに入ったのでしょう。


「おじさん達はいないわ。2人とも嘘をついてごめんね」


 ミランの笑いが感染ってしまって、私の謝罪の言葉は震えています。

 ミラン頼むからこれ以上笑わないで、声に出でしまうでしょう。


「え」「な」


 2人の顔色は恐怖の青から羞恥の赤に変わっていきました。

 赤くなって青くなって、また赤くなってと2人とも忙しいですね。

 流石に恥ずかしいのか、2人とも固まっています。

 堪え笑いが収まるとミランが2人に止めをさしました。


「2人共、最強の道はまだまだ遠いね」


 この時の私はこんな日々が続くと思っていました。

 ロヨイとリカレイが15才になってこの村を旅立つ日まで。



◇◇◇◇◇



 災厄は突然やって来ました。

 今日もいつもの様に起きて、日課をこなしました。

 先程父がスタで買った荷を積んで戻ってきて、今は恒例の宴会の真っ最中。

 どうせ父は外で寝てしまい戻ってきませんので、私は先に床につきました。

 いつもと変わらない日常の筈でした。


 今日に限り、なにか胸騒ぎがして中々寝付けません。

 珍しいなと思いながらも、心を落ち着けやっと微睡んで来た時です。

 突然嫌な感じがして、目が覚めました。

 

<この感じ!>

 

 嫌な感じに目が覚めるや否や飛び起きました。

 以前感じた魔物と似たような、悍しく圧倒的な気配を感じたからでした。

 可笑しい、と思いました。


 この村は神の加護で守られています。

 この村の外周には村を覆うように何本もの杭が打たれ、その杭には知覚の神【ギーク】の加護が掛けてあるのです。

 この村が大森林のすぐ側にありながら、魔物の被害に合わないいのは、魔物の認識を阻害する加護が掛かっているから。

 これも魔物におびえて暮らす人類が手に入れた対策の一つ。

 だからこそ、大人たちは外で呑気に酒盛りができのです。

 今は春から夏に向かう途中で外で寝てしまっても風邪を引く心配もありません。

 

 あの時はカールさんに助けられました。

 でも、今ここにカールさんは居ません。

 私は、焦る気持ちを抑え、カールさんに貰った魔道具が入った袋と短刀を持って即座に外に出ました。

 

 そこで目に入ったのは、立てば30メタ(3メートル)はありそうな大きな熊型の魔物。

 マッドベアに魔が憑いたものでした。

 最悪です。

 只のマッドベアでも危険だというのに、それに魔が憑いているのです。

 黒く変質し、口は大きく裂けていました。

 口からは鋭い牙がのぞかせていて、涎がだらだらと垂れています。

 手足が太く、爪も鋭くなっています。

 体毛はまとまって硬質化したのかまるで鱗の様。

 赤く光る目は大きく見開かれていました。

 

 そんな狼の時よりも格段に大きな魔物が恐怖と邪気を振りまきながら、父の前に立っていました。

 父は立ち竦み動けずにいます。

 今日は宴会の日。

 父も他の大人達も皆、気を抜いて泥酔し、魔物の接近に気付いたものの反応出来ずにいたのです。


<父様逃げて!>


 叫びたかった。

 でも叫べなかった。

 私もまた、魔物の気に当てられ恐怖のあまり動けなくなっていました。

 狼の時とは比較にならない邪気が叩きつけられる様に襲ってくるのです。

 私の体は恐怖に氷り、ピクリとも動かすことが出来ません。

 けれど、全神経は私の運命を握る魔物に向かっていました。


 魔物が動きました。


 そして魔物が父の頭に食らいつきました。

 魔物の大きな口は父の胸まで飲み込み、そして噛みちぎったのです。

 食いちぎられた胴から血が吹き出し、父の胴が崩れ落ちます。

 切断面から吹き出す血がどくどくと土に吸い込まれて、先程まで生きていた父の足がピクピクと痙攣していました。


 その一連が全てスローモーションに見えていました。

 

 ボリ、ボリッ、グチャ、クチャ……


 そんな骨を噛み砕き、肉を咀嚼する音が聞こえました。

 赤く染まった涎を垂れ流しながら魔物は口を動かしています。


<ああ、父が食べられている……>

 

 厳しくも優しかった父。

 男手一つで私を育ててくれました。

 父の暖かな眼差し、温かく大きな手、脳裏に浮かぶその全てが赤く染まる、なのに私は叫び声一つ上げることが出来ないのです。


 悲鳴は別の所で上がりました。

 悲鳴を上げたのは、ジェーンおばさん。イルギスおじさんの妻です。

 魔物は父の下半身を残したまま、次のターゲットをジェーンおばさんに決定しました。

 悲鳴を上げたジェーンおばさんに襲いかかり、その爪のひと薙でおばさんを吹き飛ばしました。

 魔物の爪が赤く染まり、血が滴っていました。

 恐らくおばさんもきっと……ダメ……でしょう。

 

 あまりの光景に動けずにいた私も、おばさんの上げた悲鳴で恐怖から自らの心を取り戻せました。


 直ぐにカールさんの顔が浮かびましたが、首を振って甘えを打ち消します。

 ここにカールさんはいないのです。

 カールさんの訓練を受けた私なら、魔道具を駆使してなら倒せるかも?

 その考えも即座に打ち消しました。

 おばさんを薙払った時の魔物の動きは早く、私の魔法を当てる事は至難だと冷静に分析したからです。

 

「皆、起きろ!逃げるんだ!」


 そう叫んだのはイルギスおじさん。

 おじさんの頭が叫んだ直後、魔物のひと薙で無くなりました。

 頭を失ったイルギスおじさんが首から血を吹き出しながらゆっくり倒れました。


 私は戦慄しました。

 魔物化すると知能は薄れ、食欲だけに支配されるとされています。

 かつての私が見たことのある魔物は皆そうでした。 


 嘘だと思いたい。

 でも目の前にいる魔物には間違いなく知性があるとしか考えられませんでした。

 間違いなくより沢山食べる為に、考えて行動しているのです。

 確実に、ここにいる食料達を逃さない様に声を上げるものを即座に殺しにかかるのです。

 逃げる者、動くものを無力化し、それから食べるつもりなのです。

 

 これでは、不用意に動けません。


 悲鳴と、イルギスおじさんの叫びとで、屋内に居た人たちが外に飛び出してきました。

 木剣を持ったロヨイと同じくリカレイがそれぞれ出てきたのが目に入りました。

 運悪く、2人の家は魔物の位置から近かった為、魔物と距離がありません。

 特にリカレイは魔物の位置から100メタ(10メートル)と離れていませんでした。

 

「逃げて、リカレイ! ロヨイ!」


 私は叫んでいました。

 魔物が私の声に気付くのもわかりました。

 襲って来るかと思いましたが、魔物は私を無視しました。

 別の獲物に目線を映す際に私をあざ笑った気がしました。

 魔物が視線を移した先にはリカレイがいます。


<私にリカレイを襲う様を見せつける気でいる?>

 

「リカレイ!逃げて!」


 私は叫びましたが、リカレイは恐怖で足が竦み動けなかったのです。。

 そんなリカレイに魔物は頭上から前足を叩きつけました。

 

 ブシャッ

 

 そんな音が聞こえた気がしました。

 魔物が振り下ろした前足の下には赤い肉と上半身を失った子供の体がありました。

 残された下半身を魔物は飲み込みグシャグシャと噛み砕きました。

 そしてリカレイだった骨と血、肉を飲み込んだのです。


「ああぁ」


 そんな、リカレイが。

 騎士になると夢を語っていたリカレイが。

 ちょっと気障で、でも真っ直ぐだったリカレイが死んでしまいました。

 私は、父を、幼馴染を、無残に殺されたというのに未だ動けないでいます。

 

「よくもリカレイを!」


 そう怒声を上げたのはロヨイでした。

 怒るロヨイは、怒りが恐怖に勝ったのでしょう。

 なんと木剣を魔物の後ろ足に叩きつけたのです。

 しかしそれは余りに命知らずな行動でした。


「止めて! ロヨイ逃げて!」


 私が叫んだその時、魔物の後ろ足がロヨイの足を払いました。


「ぎゃあ」


 悲鳴をあげて倒れるロヨイ。

 ロヨイは足の骨を折られてしまったのか、右足があらぬ方向に曲がっていました。


<回復を!>


 しかし、私の魔法は発動しません。

 いえ、魔物と敵対することを恐れ、出来なかったのです。

 何の為の力なのか、何の為の特訓だったのか?


 そんな私の葛藤を他所に魔物がロヨイの方にゆっくりと向き直りました。

 ロヨイは咄嗟に木剣を魔物の顔に向かって投げます。

 しかし、そんな物で魔物が傷つくはずもありません。

 逃げれないロヨイを魔物は頭から飲み込んだのです。


「やめろ!」


 ロヨイが叫びます。

 魔物は敢えてロヨイを殺さずに口の中でいたぶっていました。

 口から手足がはみ出し、バタバタと暴れています。

 そんなロヨイを魔物は突如思い切り噛みました。

 

「ぎゃぁあああああああ」


 ロヨイが断末魔を上げました。

 口からはみ出た手足がちぎれて落ちました。

 魔物は、じっくりいたぶるつもりが堪えきれなくなったみたいでした。

 まるで、飴を最後まで舐めようとしたけど、堪えきれずに途中で噛み砕いてしまった子供の様に。

 そんな感じでした。

 他の食料を逃さないようにするために焦ったのかも知れません。

  

 逃げてと願った私の願いは虚しく、勇敢なロヨイもまた、短い生涯を終えた。



 ああ、ロヨイあなたまで。


 ロヨイが断末魔を上げた時、魔物はこちらを見ていました。

 きっと私にこの声を聞かせたかったに違い有りません。

 そこには私の願いを踏みにじって絶望を与えようという、魔物の悪意を感じました。

 

 私はこの瞬間、正常な判断を出来なくなったのだと思います。

 あんなに動かなかった私の足は魔物に向かって駆けていました。

 私もロヨイの様に怒りが恐怖を上回ったのでしょうか。

 そして内なる自分に向かって祈ります。


<内なる私よ、私に力を貸して>


 魔物は前足を振り下ろしてきました。

 その動きはスローモーションに見えました。

 確実に私の頭を捕らえるコースです。

 ですが、それがわかっている私は咄嗟に屈んで躱しました。

 躱した瞬間に、私はカールさんに教わったルアメットゥーナの力を鎧化し武装します。

 一瞬光った私に魔物が怯む気配がしました。

 これもカールさんとの特訓の成果だと思いました。

 その一瞬の隙きを逃す私ではありません。


<みんなの仇め、思い知りなさい!>


 光属性魔法《光の矢》を2本即座に生み出し放ちます。

 至近距離で放たれた魔法の矢は狙いを違えずに魔物の両目に刺さりました。

 狼の魔物の眉間に矢が刺さらなかった過去の経験を教訓に柔らかい目ならと思って咄嗟に放ったのですが、狙い通りに上手くいきました。


 私は魔物の目を潰した瞬間、バックステップで距離を取ろうとしました。

 けれどそれは悪手でした。

 目を潰された魔物は荒れ狂う様に前足を振るい、それに私は対応出来ませんでした。

 急に横からきた前足の薙ぎ払いは私を強打しました。

 鎧のおかげで吹き飛ばされただけで済みましたが、私は受け身も取れずに地面に叩きつけられたのです。

 叩きつけられる前、吹き飛ばされながら、こちらにミランが走って来るのが見えました。

 そして地面に叩きつけられて、私は気を失いました。



◇◇◇◇◇



 気がつけば、私はミランにおぶわれていました。


「ミラン」


「メアル、よかった気がついた」


「ここは? 魔物は? 皆は?」


 私は魔物の事を思い出し、身を乗り出して矢継ぎ早にミランに尋ねました。


「おっと、危ないよメアル。 僕にも何も分からない、メアルが魔物に吹き飛ばされて、僕は夢中でメアルをおぶって逃げたんだ」


 ミランは力持ちです。

 だから私をおぶって走ることが出来たのです。

 火事場の馬鹿力も出たとは思いますが。

 私はミランのおかげで何とか九死に一生を得た様です。


「ミラン助けてくれてありがとう。ともかく下ろして」


 ミランに下ろして貰い、自分の状態を確認しました。

 鎧化は解けています。気を失った時に解けたのでしょう。

 体を動かしてみるけど、どこにも痛みはありませんし、怪我はしていない様です。

 鎧が守ってくれたんだと思いました。

 カールさんが、エインヘリアルの力の応用を教えてくれなければ私も魔物の餌食になっていた事でしょう。

 カールさんには感謝ですが、今は確認作業を急ぎます。

 懐には魔道具が入った袋があり、中身もしっかり有りました。

 "指輪のネックレス"もしっかり首にかかっています。

 だけど、手に持っていた筈の短刀が見当たりませんでした。

 魔物に吹き飛ばされた時、落としたに違い有りません。

 本当なら、バックステップで魔物と距離を取ったら短刀に光属性付与をして心臓か、脳を狙うつもりでした。


「あ、ひょっとしてこれのことかな」


 私が何かを探す素振りをみせたからでしょうか、ミランが自身の腰紐にさした短刀を外し、私に寄越してきました。


「あ、これだわ。ミラン有難う」


「メアルをおぶって村から逃げる時、メアルの側に落ちててさ。一刻を争うし、魔物が怖くてメアルだけと思ったんだけど、振り向けば魔物は立ち上がって前足を振り回すだけで追って来ないみたいだったから。一応拾ってきたんだ。万が一の武器にもなるだろうし」


「うん。この短刀はカールさん……冒険者さんに貰ったものなの」


「そうか、拾ってきてよかった。ところでメアルが魔物に立ち向かった時、何をしたの?」


 見ていたなら当然聞かれる事でした。

 思いついた言い訳も単純なもの。


「私も夢中だったからよくわからないわ」


「そっか」


 それ以降、アランはその事について聞いてくることはありませんでした。

 それは村の皆の死とセットの話題だからでしょう。

 その後、私達はスタにむかって無言で歩きました。

 とてもでは無いけど村に戻って様子を確認しようとは思いませんでした。

 一刻でも早く、安全な場所に逃げるべきです。

 言葉を交わさなくても私達の意見は同じでした。


 私達は月明かりに照らされて、草原の道を急ぎ歩きます。

 目を潰したとは言え。匂いで私達が逃げた事を知った筈です。

 匂いを頼りに追ってこないとも限りません。

 とりあえずの恐怖は去ったものの、気が気ではありませんでした。


 そして夜が明けました。

 生き残りは私達2人だけなのでしょうか?

 父、ロヨイ、リカレイ、イルギスおじさん、ジェーンおばさん……犠牲になったのをこの目で見ました。

 ビルおじさん、ザックおじさん、ビンデおじさんらしき人達が血溜まりの中に倒れているのも見えました。

 他の大人達も……


 村は、コバ村はもうダメだろうと思いました。

 生き延びた人は私達以外にも居るかもしれません。

 ですが、主要な人たちが皆逝ってしまっては復興は絶望的です。

 

 体は疲れたきっています。

 ですが、そんな体に鞭打って、歩みは止めません。

 しかし疲れは体だけでは無いみたいで、ついぼんやりしてしままいます。 

 ぼんやりしながらも、歩みと同じく考えるのを止められませんでした。


 私はこんなにも薄情だったでしょうか?

 父が頭から食べられる光景をこの目で見ました。

 イルギスおじさん、ジェーンおばさん。

 村の大人たちは皆厳しくも優しく接してくれました。

 ヨロイとリカレイの無残な死。

 今でもロヨイの断末魔が頭から離れません。

 穏やかな日常を壊した魔物に対する怒りはあります。

 なのに、太刀打ち出来なくて"悔しい"という気持ちが湧きませんでした。

 そして、彼らの死、それらを素直に受け入れて涙も出ない自分がいるのです。

 転生を繰り返す中で人が殺される光景は何度も見ました。

 だから死に鈍感になってしまったのか、正常な心を無くしてしまったのか、どちらかなのでしょうか。


 暫く歩いていると、前方に誰かが立ち止まっているのが見えました。

 村の生き残りかもと思い、その人の元に走ります。

 その人はディック兄さんでした。


 ディック兄さんは私達を見て、涙を流して喜んでくれました。

 私達はともかくスタに行こうと、3人でスタを目指しました。

 幸いにも風は東から西に抜けて行きます。

 ここより北にあるコバ村に私達の匂いが届くことは無いでしょう。

 あの魔物はマッドベアに魔がついたもの。

 マッドベアは鼻が効きます。

 だから風上に立つのは大変危険だったのです。


 

◇◇◇◇◇



 スタの町の防壁門に着いた時、日はもう沈もうとしていて、門が閉まるギリギリのタイミングでした。


「君たちは、コバ村のディック君に、ウェルノ殿のところのメアルちゃんじゃないか。一体どうしたんだ」


 門番さんは以前も会ったことある人……タジンさんといったか……でした。

 事情は、ディック兄さんは直ぐ逃げて状況を知らないと聞いていたので、ミランが話してくれました。

 私達はすぐに警護隊に保護され、その日は警護隊の宿舎に泊めて貰えたのでした。

 流石に疲れていたので、その日は直ぐに寝てしまいました。

 幸いに夢を見る事もありませんでした。


 朝、町に響く1つ目の鐘で目が覚めました。

 いつもより起きるのが遅いと思いました。

 でも、朝食の支度をする必要はないのです。

 もう父にトーガラ粉をたっぷり入れたスープを差し出す日々は帰ってきません。


 朝の内に、タジンさんが会いに来てくれました。

 今、警護隊では魔物の緊急討伐の準備で慌ただしいそうです。

 明日には、討伐隊が出発出来るとも教えてくれました。


「巨兵も出るから大丈夫。仇はとってやるからな」


 タジンさんが私達を勇気づける様に言ってくれました。

 それと、私達の今後は村の様子を確認してから決まるとのことでした。

 この町には孤児院がありません。

 だから、場合によっては王都か。最も近い都市キノの孤児院に入る事になると言われました。

 村での生活は絶望的ですから、そうなるのでしょう。


「有難うございます。父の、皆の仇を取って下さい」


「ああ、任せてくれ」


 タジンさんの気遣いに感謝し、お礼を言いました。


 ディック兄さんは案内役として討伐隊に同行するため、今日は会議に出させられると言っていました。

 ミランも何か手伝いたいと申し出て、雑用を手伝うことになりました。

 私もと申し出でましたが、8才だからかゆっくり休むといいと言われてしまいました。

 それならば、町を散策したいとお願いしてみました。

 ここでじっとしていると、昨日の事を思い出してしまうからと言ったら、渋々了承してくれたのでした。


 タジンさんは警護隊に20ある小隊の内、5隊を率いる中隊長さんで今回の魔物討伐の指揮もタジンさんが取るそうです。

 実はタジンさんは隊内では上位7名の中の一人だったのです。

 それなのに門番として城門に立っているのは初心を忘れない為と、中隊長は小隊長とあまり仕事が変わらないからと、タジンさんは笑いながら言っていました。


 因みに全20隊を束ねるのが警護隊の隊長で、区別するために大隊長と呼ばれています。

 大隊長の下に副長が2名いて各10隊の指揮を取ります。

 その下に各2名の中隊長。

 警護隊はそんなピラミッド型の組織でした。



◇◇◇◇◇◇



 ぼんやりと町を歩いていました。

 どう歩いたかは覚えてなくて気がつけば市場にいました。

 以前、ここでアンに出会ったのでしたね。

 ふと、市場で立ち食いをしている人に目が止まりました。

 珍しくもない光景の筈なのに、目に止まったのには理由があります。

 あの後ろ姿、あの黒髪、見違える筈がありません。

 心臓が高鳴り、目に涙が溜まって行くのが判ります。


 会いたかった。


 この人さえ居てくれたら、父も、ロヨイも、リカレイだって……みんな死なずに村はいつも通りの生活をしていたし、私は父にトーガラ粉入りの真っ赤なスープを飲ませてあげることが出来たの筈なのです。


「カールさん!」


「ん、メアルか?」


 私に気付き、振り向いた時には私はカールさんのお腹に飛び込んで、ポカポカと叩いていました。

 カールさんは食べていた物が軌道にはいったのか、むせています。


「カールさんのバカバカ!」


「ゴホゴホッ、 メアル落ち着け」


 そんな私達の様子は目立った様で注目を浴びていました。

 冷静になってくると、恥ずかしさがこみ上げてきます。


「落ち着いたか? そうだ腹は空いていないか? この先の食堂で話を聞こう」


 立ち直ったカールさんの言葉に素直に従いました。

 食欲は正直ありません。

 警護隊で出た食事にも手が出ませんでしたが、何か口に入れなければ体が参ってしまう事も頭ではわかっています。

 それに注目を浴びたまま、この場にいるのは恥ずかしかったのです。



 コーンポタージュは優しく私の空腹を満たしてくれました。

 気が乗らなくても体は食べ物を欲していて、一口飲んだら止まっていた胃が動き出したかの様に止まらなくなりました。

 カールさんは私がスープを飲み終わるのを、黒い液体を飲みながら待っていてくれました。

 最近この国でも流行りだした珈琲というものと説明してくれました。

 

「もっと食べるか? メアルの食事くらい安いものだ。遠慮するな」


 カールさんはそう言ってくれたけど、私は首を横に振りました。

 それから、ポツリ、ポツリと魔物に襲われてからの事を話し出しました。

 カールさんは静かに聞いてくれました。


「それでか」


 カールさんが静かに言いました。

 私が泣きながら叩いた理由を察してくれた様です。

 その事が嬉しくて、でも同時に恥ずかして、そして申し訳ありませんでした。

 だって、カールさんが悪い訳ではありません。

 私の我儘な思いを勝手にぶつけて、カールさんのせいにしただけなのです。

 でも、カールさんはその想いを受け止めてくれました。


 いろいろな感情が混ざって、今、私はどんな表情で、今カールさんに対しているのでしょうか?

 自分でももうわかりません。


「救ってはやれなかったが、せめて仇をとってやろう」


「皆の仇をとって……お願い……」


 カールさんが気負い無く、造作もない事の様に静かに言ってくれました。

 それに私は頷きながらお願いしました。


「報酬は必ず……」


 カールさんは冒険者。

 危険に目に合わせる以上、それなりの報酬が必要です。


「出世払いでいい」


 カールさんは私の申し出を受けてくれました。

 でも現在お金が無い私の為に出世払いと言ってくれたのです。

 きっとカールさんに報酬を受け取る気は無いのでしょう。

 だから口約束で私の為に話に乗ってくれたのです。

 どうして……どうしてカールさんは、こんなに優しくしてくれるのでしょうか。


 私はただ頷くことしか出来ませんでした。

 声に出せばまた泣いてしまいそうです。

 カールさんはそんな私が、落ち着くまで待ってくれました。


「これからどうするつもりだ?」


「孤児院に入る事になると思う」


「自立できるようになるまでーー」


「ううん大丈夫。それに当面は警護隊で面倒見てくれる事になっているの」


「そうか」


 カールさんの申し出を途中で遮って断りました。

 本当は嬉しくて有り難くて、頷きたい気持ちでいっぱいでした。

 でも、直ぐにこれ以上甘えてはいけないとの思いが浮かんだのです。

 これ以上甘えたら、カールさんと対等な位置に立てなくなってしまいます。

 いつか、隣に立ちたいならば、自立しなければなりません。

 戦いの中に身を置くこの人に、背中を預けて貰える様なりたいなら、守られる存在ではいけないのです。


 カールさんもそれ以上は言いませんでした。

 その後カールさんは、実は迷子の私を警護隊の宿舎前まで送ってくれたのでした。


「当面の足しにしろ。これも出世払い分に入れておくから遠慮するな」


 カールさんはそう言って私に何か袋を手渡してきました。

 重い。

 私は遠慮しようとしましたが、カールさんは背を向けて歩き出し、返却を受け付ける気がないようです。

 

「甘えられる内は甘えておけ。別の依頼受けているからこの町には戻らない。じゃ、またな」


「お気をつけて」


 そう言いながらも<カールさんなら心配ない>そう思いました。

 カールさんがくれた袋の中身を確認したけど、やはりお金でした。

 当面では済まないだけの金額があります。

 カールさん……まさか全財産ってことはないですよね?

 カールさんはなんというか、生活方面はダメな人なので心配になるのでした。



◇◇◇◇◇


 

 カールさんと会って数日後、討伐隊が帰ってきました。

 タジンさんは、無事に魔物討伐が終了したと言いました。

 でも、その日の夜に討伐に同行したディック兄さんがこっそり実際のところを教えてくれました。




 討伐隊の斥候員が村の様子を確認した時には、既に村の中央で魔物が死んでいたそうです。

 その報告を受けた討伐隊とディック兄さんが村に入ると、魔物は確かに死んでいました。

 でも自然死ではなくて、何者かが討ったと一目瞭然でした。

 魔物は胴体から四肢と首が切断され、そして浄化の青い炎で燃えている最中だったのです。

 魔物はマッドベア型としては最大級の40メタ(4メートル)の大きさがありました。

 魔物を倒した者の姿は無く、タジンさんはこんな事ができるのは、聖騎士と聖女だろうと語りました。

 警護隊としては巨兵を運び、起動までしましたが、活躍することはありませんでした。

 とは言え、隊に損害を出さずに済んだのは隊にとって喜ばしい事です。

 討伐隊は魔物の浄化を確認後、大森林に火が回らない様にしながら村ごと燃やし、犠牲者に供養の祈りを捧げて帰路つきました。

 生存者は無く、それも村は酷い有様。

 だから疫病の発生を防ぐ為にも焼くしか無かったのです。




<カールさんだ!>


 ディック兄さんの話を聞いてそう思いました。

 カールさんは仇をとってくれました。

 魔物は村の皆を喰らい、最大級になるまで大きくなっていました。

 そんな悪い仇を、カールさんは私に約束してくれた通りに討ってくれたのです。



◇◇◇◇◇



 更に数日後、私、ディック兄さん、ミランの3人は、警護隊の人たちと村があった跡地に来ていました。

 結局、私達3人以外にスタに逃げ込んだ村人は居ませんでした。

 焼け地となった廃村の至る所にかつての名残が残っています。


<たった数日でこんなに変わってしまうなんて>


 皆の顔や、様々な出来事が思い出され、自然と涙が流れました。

 泣きながらカールさんに想いをぶつけたあの日から、私は皆を思い出して泣けるようになりました。


 今日は犠牲者の墓標を立てに来ました。

 人数分という訳にいかなかったので、大きめの石の墓標を村の中央に設置しました。

 それらを父と親交のあったタジンさんが全て厚意でやってくれたのです。

 タジンさんにも感謝してもしきれません。

 この恩は必ず返したいと思います。

 

<仇は取りました。安らかに眠って下さい>


 私は祈り、只々皆の冥福を祈りました。






「俺はこの地を離れるよ。お前たちはどうする?」


 "お墓作り"を終え、スタの町に戻る途中の休憩時にディック兄さんに聞かれました。

 全て忘れて新天地で、と思うディック兄さんの気持ちは理解ります。


「僕は、ロヨイやリカレイの分まで強くなりたい。だから先ずはスタで警護隊に入るよ。メアルはどうするの?」


<そう、ミランは2人の意志を継ぐのね>


「孤児院に送られると思う。まだ私を引き取ってくれる所は決まっていないけど」


 私は青い空を見上げながらそう呟きました。


 スタの町に戻って来た時、私を待っている人達がいました。

 一人は知らない男の人。

 もう一人は知っている顔でした。

 それは以前、私を助けてくれたお姉さん、アンでした。


 アンは私を見るや否や、私の元に駆けてきて私を抱きしめてきました。

 驚き、声も上げれない私にアンは言ったのです。


「久しぶりメアル。今日から私達がメアルの家族だよ」



続く

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