9.刺客との激闘
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side:カーライル
目の前の同僚、いや敵か、がどこの所属かを確かめるのは無理そうだ。
ザッケンと名乗っていたが、本当の所属がアマリアでは無いならば本名かどうかも怪しい。
今後の事を考えれば、誰がメアルを殺そうとしたのかを把握しておきたいがそうさせてはくれない強者らしい。
何故なら男の放つ殺気が尋常では無かった。
相当の修羅場を生き延びてきたに違いないのだ。
見た目は30代半ばに見える。
長身で俺と同じ位だが、凡庸で集団に紛れると個人を認識するのが難しい、そんな顔を持つ男。
1日すれば顔も思い出せなくなるようなどこにでも居るような顔だが、それは男の擬態だったようだ。
今の男は死神やら戦鬼といって通じる程に強烈な剣気と殺気を持って俺に対している。
この状況下で交渉が効く相手とも思えないし、俺も得意ではない。
戦いでしか解決は望めない。
ならば殺す事に専念するのみだ。
男の戦闘スタイルをざっと推察する。
男が持つ剣はアマリア騎士に支給される長剣よりも長く、幅が広い。
技量がなければ扱える剣ではないが、速さを重視する剣でもない。
かといって男の体格から見てパワータイプとも考えにくい。
恐らくリーチと技巧、恐らく、判断力などの頭脳働きで戦うタイプなのだろう。
暗殺に向くスタイルでは無い。
だからこの混乱のどさくさを狙ったのだろう。
間合い的には不利だが、やるしかない。
「カールさん!」
「出るな! 結界を張れ」
メアルが加勢しようと馬車から降りようとしたので、出ないように指示を出す。
直後、ヴィッンという音と共に馬車を覆う光の幕が現れた。
メアルは素直に指示に従ってくれた。
男の目的がメアルの身柄か命と思われる以上、戦闘に参加させたくなかった。
もし、男が剣以外の手段を隠し持っているなら守りきれないかもしれない。
それだけは避けなければならない。
「結界か、厄介な。フム……お前を人質にすれば良いか」
「手の内を教えてくれるとは、有り難い事だな」
既に心理戦が始まっている。
俺を倒せる実力者であり、手の内を俺ではなくメアルに聞かせる事でメアルを不安にさせる。
結界などの魔法は精神的な揺さぶりに弱いと聞く。
結界が揺げは御の字といったところか。
そして俺にも実力の差があると暗示をかけようとしてきたのだ。
俺が割った入った事に対しても何の感情も持たぬ表情に、こちらは顔をしかめたくなる。
心が鉄でできているんじゃないかと思いたくなる。
隠すのが上手いだけなのか、俺を驚異とは思っていないから冷静でいられるのか。
舌戦でこちらからの揺さぶりかけるのは無理の様だ。
「いいのか? その剣で」
今度は俺への揺さぶりか?
ふむ、護衛騎士になってから冒険者時代の愛刀は使っていないが俺のことも調査済みと言いたいらしい。
意味もなく剣を振ることで、良いと答えておく。
男は俺の答えを見ても、やはり眉一つ動かさない。
無表情のまま真正面に両手で剣を持つ正眼の構えをとった。
剣聖に会った事がないので、剣聖本人の構えは知らないが、その門下生に多い構えだ。
男も剣聖の剣を学んだ者ということか、それともそう思わせたいのか。
ただ一つ言えることはどうやらこいつは戦士では無く剣士のようだな。
構えに隙きも曇りが無く、放つ気が全て俺に向かってくるような圧迫感。
戦士は一対一の戦いを想定しない。
そんな場面は基本起きないからだ。
それに対し、剣士は一対一の戦いに慣れている。
そして剣のみでの戦いに拘る傾向にある。
男から感じるのは剣で俺を切り伏せようとする純粋な剣気と殺気。
見せかけで此処までの高みには立てない。
だから男は剣士と判断した。
そうか、剣士か…ならば…
「舐められたものだ」
いつまでも構えない俺に気分を害したらしい。
だが、俺は剣士では無いし剣士の礼儀に付きあってやる義理もない。
俺には俺の戦い方があるのだ。
「ああ、ハンデをつけてやる」
スッと男が目を細めた。
乗ったらいいかなくらいで発した挑発にあまりにも簡単に乗ってきた。
剣の実力への侮辱には耐えられないようだ。
だが、その態度は格下に格の違いを見せてやるかくらいの感覚でいるように見えた。
俺も舐められたものだ。
舌戦は終わった直後、先に動いたのは男だ。
スススという表現が近いか、男が滑るように動き間合いを詰めてくる。
俺はまだ構えてもないのだが。
もう少しで男の間合いに入るというところで急に男が視界から消えた。
!
しくじった様だ。
男は急に飛び退き俺から間合いを取ったのだ。
少し驚いた表情をしている。
心が完全に死んでいる訳でも無いらしい。
「なる程、異能者か。だが無駄だ」
俺の力に気づいた?
先程急に飛び退いたのは、そうでなければあり得ない動きだ。
男の動きが想定以上に疾く、力の発動を仕掛けるタイミングをほんの僅かながら早めに発動してしまった。
俺も焦っていたと言うことか。
俺の力とは、先程無造作に剣を振った、その斬撃を任意のタイミングで発動できるものだ。
言い換えれば先に行っておいた行動を、後でその効果だけ発動できる。
勿論斬撃だけでなく打撃でもできる。
便利で幾度となく俺の命を救ってくれた力だが、使いこなすのは難しい。
それは結果を起こす場所を変えられないからだ。
だから戦闘では空間固定トラップとしてでしか利用できない。
俺はその場所を正確に把握しなければならないし、誤れば俺自身が傷つく結果になるのだ。
それに移動しながらの戦闘では役に立たない。
しかしながら、その欠点を差し置いても強力な力だ。
通常では気付かない筈、だが男は気付いた。
つまりは男も何らかの異能を持つと確信する。
「……案外饒舌だな」
おれは敢えて剣を振ってみた。
勿論、力を使うための先行入力だ。
「無駄だ、ハンデとして教えてやろう。俺も異能を持つ。俺は《真観》と呼んでいるが、俺にはお前が置いた斬撃が見えている。最初は何の意味があるのかと思ったが、なかなか面白い力だ」
先程ハンデと言われた事を根に持っているのか?
言うなり、男は回り込むように動き、斬撃を放ってきた。
一瞬で且つ、視界の外からの斬撃だ。
疾い。
その剣でその疾さはあり得ないだろう。
辛うじて剣を当て軌道を反らす。
構わず男は次に次に斬撃を繰り出してきた。
自身のリーチの長さを活かし俺のリーチの外から仕掛けてくる。
当然俺は躱すか防ぐか防戦一方になった。
懐に飛び込みたいが、男の剣が疾くその隙きを見い出せない。
しかもこの戦い方をされると俺の力は意味を成さない。
これは腕一本くらいくれてやらねばこちらの間合いに入れないかも知れない。
だが、剣で決着をつける必要は俺には無い。
男の眉間割りが放たれる。
体を左にずらして躱すのが精一杯の疾さだ。
そして振り下ろした体制から即振り上げの一撃が襲ってくる。
諸刃である利点を有効に生かしてくる。
が、振り下ろしからの振り上げはへの移行は流石にほんの僅かな間があった。
俺はそれまで両手持ちで対応していた剣を右手のみで持ち、剣を当てて防ぐ。
ギン!
刃と刃が当たる軽い金属音が鳴り、振り上げの一撃が止まる。
俺はこの一瞬に賭け、空いた左手で俺の持つもう一つの力、
収納の力を使い、中なら束縛の札を取り出し即座に使用。
神の力が宿った札は即使える様に血を登録しておくのは冒険者の嗜みだ。
「捕縛せよ!」
合言葉に反応した札が光り、札から光の縄が何本も伸びて男に迫る。
光の縄が目の前にいる人間に巻き付くことで身動きを封じるのだ。
以前モンスターを束縛するのに使ったのとは異なり対人に向いた札である。
しかし、男は後ろに下がりながら迫る光の縄をその疾き剣技で斬って難を逃れた。
そう、斬ったのだ。
普通剣で魔法の類の力は斬ることは出来ない。
それが出来るのは同じく魔力だけ。
納得がいった。
その体格でその剣をそこまで自在にそして疾く扱うのは普通ではあり得ない。
しかし、剣が普通でないならそのあり得ない無い事を起こせるのだ。
「何だそれは」
俺と距離を取った男が油断なく構えながら吐き捨てる様に言った。
「俺の事は調べたのだろう?冒険者なら誰でも知ってる束縛の札だ」
俺は男の言いたい事は理解っていたが敢えてずれた回答をした。仕留めることが出来なかったが俺はもう一つの力を晒してしまったのだ。
今後はより警戒するだろう。
俺は自身の2つの力を知られたが、それを引き換えに得たのは奴の剣が希少金属【ラカイルイト】で出来ているだろう事。
それで剣が作れるのも【鍛冶神の弟子】の称号を持つドワーフの中でも名工中の名工ただ1人だけ。
余談だが、【鍛冶神の弟子】の称号を持つものは何時の時代も唯一人。
鍛冶の神【コッカス】に認められ右手にその印を得た者がその称号を名乗ることが許されるのだという。
手の内を2つ見せて男の剣が相当の業物であり、それを手に出来る財力を持つバックが居るだろうことは判った。
その名工は会おうとして会える存在ではないからだ。
そして、希少金属【ラカイルイト】はミスリルよりも更に軽くそれ自体が魔力を含む金属。
あの刀身でありながら、今俺が手にしている剣より軽いと思われる。
これがまた見た目はただの鉄に見えるのだ。
「急に手から札が出てきた。ふむ、2つも異能を持つ者が居るとは驚きだな」
「【ラカイルイト】の剣を持っているならお前の背後は帝国か」
男の言葉には耳を貸さず、俺も剣の秘密の種明かしをしてみせた。
ドワーフの国は帝国と同盟を結んでいる。
だから、男の雇い主は帝国のかなり位の高い者である筈だ。
「流石に判ったか。だが、確実に死んでもらわねばならなくなった」
再び男が構えを取る。
今、男との距離は6、70メタ(6〜7m)程度だ。
さて、取り敢えず男の意識を完全にこちらに向けさせる事はできた。
向こうからすれば、まず俺を確実に殺さない限りはメアルを害する事は出来ないと思った筈だ。
しかし、どうする。
奴の剣が疾い理由が判っても対処方法が無ければ意味はない。
実は先程の攻防になにか引っ借りを感じている。
男も気付いていない何か違和感が有るはずなのだ。
しかし、それが俺も判らない。
であれば今度はこちらから仕掛ける。
反撃を許さない程に攻めるしか、今は手が思い浮かばない。
走りながら先ずは札を3枚出現させて、即発動。
俺に収納の力が有るのは理解っていても、そこに何が入っているのかまでは予測できまい。
倒せなくてもいい。俺の間合いに入る隙きを与えてくれればそれでいいのだ。
「土穴、炎渡り、風矢!」
男の足元に突然穴が開く、土穴の札の効果だ。
しかし、発動までのほんの僅かな間で後ろに跳ぶことで回避された。
そして今度その穴は俺に取って障害となるが、問題はない。
次に俺の足元から一筋の炎が地を走り、男に向かう。
しかし、炎は穴に止められて止まった。
まあこれも計算の内だ。
一瞬でも気を取られてくれればそれで良い。
その一瞬で目には見えない風の矢が襲うのだ。
タダでさえ視認出来ないのに。線ではなく点の攻撃だ。
上手くいけば矢は男を突き抜けるだろう。
しかし、男は、正眼から跳ね上げの一閃で風の刃を斬りって防いだ。
男が風の刃を斬ったまさにその一瞬、俺は男に懐に真正面から飛び込んだ。
実は土穴の札は穴の空いている時間を予め設定できる。
トラップを仕掛けるなら1日位の設定も出来るのだが俺は設定を2秒にしていた。
トラップの為ではなく、対人戦闘で牽制に使う為だ。
炎が穴で止まったの見せたのも、穴がずっと開きっぱなしと錯覚させる為。
そして男が風の矢に意識が向かうタイミングで穴は何も起きなかったかのように消え、男に正面からの攻撃はないと思わせた所に道が再び出来る。
間合いに飛び込んだ俺は更に左下から右上への斬り上げの一撃を放つ。
風の矢は男に水平に飛んでいったが、男は斬り上げで対処するだろう事は予想できた。
男の攻撃の中では振り下ろしが一番疾かった。
だから、必殺の一撃はこれで来ると踏んでいた。
そして案の定、振り上げた剣を今度は降り落としで決着をつけに来た。
俺は男より疾く斬るだけだ。
俺の振り上げの一撃が空を斬った。
何!?
一瞬何が起きたのか判らなかった。
確かに間合いに入った筈だった。
しかし、男は剣を振り上げたまま上段の構えで半歩下がっていた。
最早遅いが何をしたのか気付いた。
男は剣気で攻撃を仕掛けたように俺に錯覚させたのだ。
俺の間合いをほんの少し下がってギリギリの所で躱し、自身の必殺の間合いで仕留める。
俺も剣の疾さには自身があったが完全に見切られて躱されるとは。
男の方が俺よりも強かった様だ。
男が剣を振り下ろす。
俺の眉間を確実に割るコースだ。
刹那、メアルの顔が浮かんだ。
俺は護ると誓った。
相手の方が強かろうが俺はまだこんな所では死ねない!
クゥウィーン!
軽い金属音が鳴る。
この音は知っている。
剣が折れる音だ。
「何だ?何故防げる」
男が驚く。
どういう事だ……俺にも判らない。
俺がとっさに取った行動といえば、剣で防ごうとするのも、斬り上げた体制から躱すのも出来ないから瞬時に剣を収納の力でしまい、剣を振り上げる際、空いた左手で剣を再び取り出して男の攻撃に当てに行っただけだ。
剣を瞬時に取り出した際、斬る力を使っていたかも知れない。
男が驚きで攻撃の手を止めたので今度は俺が後ろに跳んで間合いを取った。
無意識に取った行動だった。
「俺は見えていた。お前が使った札も、お前が瞬時に剣を消し、別の手に出現させたのも全て。 剣は斬った。 だが何故お前は死んでいない?」
「……」
俺も知りたいものだ。
ん? 待てよ。 男は俺の力が見えると言っていたな。
発動した位置も正確に把握していた様だった。
男にはどのように見えている?
そこで俺はある光景が浮かんだ。
俺が新型巨兵の模擬戦で大騎士を投げ飛ばした時に上から俯瞰して見えていたあの光景だ。
この男も同じ様に見えているのでは。
そして男は俺が斬撃を置いたと言っていた。
男には俺の斬撃が弧で見えて居るということか。
俺は俺の力を今まで斬撃が時間差で起こせると思っていた。
しかしそれでは弧の様に見えないだろう。
どうにも自身勘違いをしていたようだ。
であれば、先程の一撃を剣を斬られたのに防げた理由も判った。
左手を上げながら俺は剣を出現させた。
そして出現させた瞬間に意識的にか無意識かはもう判らないが力を使っていた。
使っていたのは出現させたの一瞬だった。
位置的には俺の頭上、肘が少し曲がった所だった。
それから肘を伸ばし剣を受け止めに行った。
俺の剣は斬られ、地に落ちた。
しかし俺が剣が斬られると思った一瞬で思わず効果を発動していたから俺が剣を出現させた位置で男の剣は俺が力で置いた刃で止められた。
そういうことか、置いたのは斬撃では無く、剣そのもの。
そう言えば、捕縛の札を使った時も、片手で易々と男の斬撃を止めていた。
あの時の違和感はこれだったのだ。
なるほど、俺が力を使っている最中の行動で効果は異なる。
力を使いながら斬撃を放てば切り取った空間全てが効果の対象で弧の様に見えるだろう。
だが、力を使った時に剣に動きが無ければどうなるか。
その空間に剣が有るだけ。
そして置いた空間はずらす事ができない。
発動させた瞬間に剣がそこにある。
どんなに希少金属だろうと名工中の名工の作であろうと、手練の使い手であろうとも空間を斬ることが出来ないならば、固定された空間に置かれた剣を斬ることは出来ない。
勿論その先に有る俺もだ。
そして剣の実体と重なっているから男には見えていながら見えていない。
先程のも肘の僅かな動きの分しか剣に動きが無かった上、俯瞰視故剣の僅かな動きに気づかなかったに違いない
そしてこれからが本題だ。
俺が力を使って剣を振っている最中の剣の状態。
試したことは無いが俺の思っている通りなら活路はここにある。
もう一つ気になったことが有るが試すのは後でいいだろう。
「まあいい、お前の技量は判った。何を取り出したとしてもそれより疾く斬る。それだけだ」
言うなり男は上段に構えた。
最速の振り下ろしの一撃で決めるつもりだ。
上段とは手の内を見せる構えでもある。
そこから繰り出せる斬撃はあまりにパターンが少ない。
絶対の自身が無ければ取らない構えだ。
「決着をつける事には賛成だ」
俺は瞬時に愛用の刀を取り出した。
黒く光る、反りの入った片刃のブレード、がスッと俺の手に出現する。
やはりこいつが一番しっくり来る。
「それでいい。無手の男を斬ってもつまらんからな」
「殺人狂め」
「ククク、結構判っているじゃないか。お前の次はお姫様だ」
「どうかな? お前はもう誰も斬れないさ」
以後無言でお互い剣気での威圧を強めていく。
これが最後の攻防だ。
糸口はつかめた。
さて、上手くやれるか、ぶっつけ本番だ。
その為には代償をくれてやる必要がある。
俺は腕一本くれてやる覚悟を決めた。
アマリア騎士標準装備のガントレットを装備しているが、男の剣なら易易と切り裂くだろう。
何がきっかけだったかは定かでは無いが、お互い同時に動き出した。
男は上段の構えのまま、俺は刀を肩に担いで。
先ず先に俺が男の間合いに入る。
俺の刀も支給された剣よりリーチは長いが、まだ男の剣には足りない。
俺が敢えて先に自身の刀を見せたのはリーチの有利が揺るがないことを男に見せる為。
だから奴は俺が間合いに入る前に最速の剣を見舞うはずだ。
男の剣が振り下ろされる。
その軌道がスローモーションに感じた。
俺はそのまま間合いを詰めながら左でその剣を受けに行く。
刃とガントレットが接触したがそのままもう1歩踏み込む。
上手く受け流したかったが、ガントレットに刃が食い込んでいく。
やはり代償が必要か。
こちらも斬る方により神経を集中させているのでどうしても防御のへの意識が薄くなる。
仕方が無い事なのだ。
腕の骨と筋肉で軌道を反らし、肩で受ける。
そこで剣が止まれば俺の勝ちだ。
ガキン!
ガントレットの装甲が斬られ、いよいよ腕の番という時に異様な音がして、剣の動きがそこで止まる。
腕に衝撃が走り、剣撃の重みが一気に足への負荷をかけてくる。
それに耐え、更にもう一歩踏みこむ。
キー、
金属が擦れるような音。
男の剣の刃になにか硬質な物を押し当てて滑らせた音か。
男が目が驚きに目を見開く。
何か起きたのか俺にも判らないが兎も角男の剣は止まり、俺が間合いに男を捉えた。
俺は担いでいた刀を既に振り上げていた。
そして振り下ろした。
男の目は驚きに先程以上に目を見開いていた。
その表情のまま事切れている。
左肩から右腹で両断されているのだ。
生きている訳がない。
ま、驚いただろう。
ドワーフの名工作の自慢剣が両断されたのだから。
ぶっつけ本番だったが上手くいって良かった。
俺が剣を振り落とした時、男はタダ斬られた訳では無く、剣で受けに行った。
だから先程考えた方法をぶっつけ本番で実行したのだ。
刃が接触する直前に力を使った。
振りかぶった時に使えば、男は剣で受けることをせず、即座に躱そうとしたかもしれない。
使ったのは勿論先行入力の方だ。
先行入力とはそもそも何なのか。
俺は今まで勘違いをしていた。
この力を簡単に説明するならば、後でその空間に存在させる物を先に空間に教えておく事だったのだ。
つまり先行入力中の剣撃はその時点では存在していない。
剣を振っている時、それは後で剣がそこを通過するのを教えているのであって、その時点で実際は剣は通過していないのだ。
そしてこれは魔力で起こしている事象ではない。
だから結果として男の剣を素通りした。
俺の刀が剣をスリ抜けた瞬間、先行入力を終わりにして、即実行に移す。
その瞬間、男の剣のあったその空間に俺の刀が強制的に存在し通過する。
もし俺の剣の強度が男の剣より劣っていたなら、俺の剣の方も
接触部分で折れてしまっただろう。
だが、俺の刀の方が勝っていたから、男の剣だけが両断された。
そして実体化した刀はそのまま男も両断した。
俺は左手を見る。
ガントレットの裂け目から白銀の光が漏れている。
なる程、どうやら俺はまた助けられたらしい。
メアルに助けられなければ、男に決定的な隙きを作ることは出来なかった。
「聖女は聖騎士の鎧、盾であり、聖騎士は聖女の剣である…か」
騎士と聖女の契約の際に行う誓約でお互いにそう誓い合うのだ。
正にメアルは俺の盾となってくれた訳だ。
【白銀のルアメットゥーナ】、伝説の神の勇士兵を持つ【初めの聖女】の生まれ変わりである最強の聖女メアル。
だが、俺の方はといえば、この男にすら苦戦する不甲斐ない戦士で最強には程遠い。
それでもメアルを護れる者が俺しかいない以上、俺は護る。
まだまだ弱いならもっと強くなればいい。
何時の日か共に並べるほどに強くなりたいものだ。
戦いが終わり、メアル達が馬車から出てきた。
「カールさん!」
その声はとても心配そうだった。
俺はメアルが守ってくれた左手を上げて心配するなと答える。
「無茶をするんですから」
「メアル、秘法の力を此処まで使いこなせる様になっているとは。兎も角助かった」
「どういたしまして」
安堵したメアルが微笑む。
メアルが使ってくれたのはかつて俺が教えた【神の勇士兵の秘法】の応用で直接身にまとう鎧を顕現させる方法だ。
英霊の武具だけを顕現させるのであれば負荷は大きくない。
そしてそれらは最強の武器、防具となるだろう・
そしてメアルは俺の左手ににルアメットゥーナのガントレットだけを顕現させてくれたのだ。
アマリア王国騎士の無骨なガントレットを外すとその下から白銀に輝く光がガントレットを形作った。
「左手を失わないですんだが、この力はあまり使わない方がいい」
「それはカールさん次第です」
「善処しよう」
そこは素直に反省した。
メアルが力を使ったのは俺が不甲斐ないからなのだから。
「で、これからどうするの? 置いてきた護衛の人を助けに行った方がいいのかな」
「いや、それでは先行した意味がない。酷な言い方になるが護衛の命がいくら失われるとしてもメアルの安全が優先だ。我々だけで先を目指す」
使った投げナイフを回収しながらアンに答える。
「見捨てるの!?」
「ああ、襲って来た者共が居るだろう場所に態々戻る事は出来ない。 もし護衛が勝ったならこちらに合流しようするだろうし、
逆なら態々殺されにいくようなものだ。寧ろ追手が来ないとも限らない。今は先に進むべきだ」
「でも、まだ戦っているかもだし」
「アン、優先を間違えるな」
その時、重い物がぶつかり合う様な音が遠くから聞こえた。
嫌な予感がする。
メアルもアンも音の方向を不安そうに見ている。
「ヤバい気がする。俺が御者をするから一刻も早くここを離れよう」
雰囲気を一変させた重い音への不安からかアンも俺の意見に従うことを決めたようだ。
護衛達の元に戻るのはメアルやアンを危険にさらすと判っていて出来ない。
2人を残して俺だけが戻るのはもっと出来ない。
「2人ともやっぱ無しだ。俺の側に」
「カールさんどうしたの?」
急ぎ2人を馬車に乗せようとしたが途中で止めた。
一瞬迷ったが隠しても仕方がない。
「のんびりし過ぎた。いつの間にか包囲されている」
「え?見たところ誰もいないけど」
アンの疑問には答える代わりに俺は収納の力で仕舞ったばかりの投げナイフを取り出し投げた。
投げたナイフが空中で止まる。
「いきなり襲ってくるなんて酷いじゃないか」
どこかで聴いた声だ。
どこだっただろう?
「包囲されているのは判っている。姿を現したらどうだ。それとも解呪されたいか」
「バレているなら仕方ない」
宙に浮くナイフの周辺の空気が揺らぎ、色を持ち始めた。
現れたのは、嘗てアマリア王国王都【リリアーナ】への道中で迷惑を掛けられたたあの男だった。
それを皮切りに俺たちの周囲を囲むように男たちが姿を現した。
それぞれが手練のようだ。
「ちっ」
「久々の再開だと言うのにあんたは相変わらずだな」
思わずでた舌打ちに、現れた男、テスだったか、は肩をすくめる。
「お前もあの男の仲間か」
刀で両断されて転がっている刺客だった男を指す。
「あー、半分正解ってところかな」
「説明してもらおうか」
テスの目的はメアルの殺害では無い気がした。
もしそうならとっくに襲われていたはずだ。
交渉ができる可能性がある。
「そこで死んでるシーンケコッザ君はお姫様の殺害を命じられていたようだけど、こっちは保護が目的だからね」
「所属は同じだが目的が違うってことか」
「ま、それだけじゃ無いけどね。彼は仲間であり、仲間ではない。 彼はスパイだったから。代わりに消してくれて感謝してるよ。これで漸く元の席に戻れるよ」
「元の席?」
席がつく組織…まさか
「ああ、聞いた事あるだろ?剣聖の十傑。彼に席を貸してたけど死んじゃったからね」
「剣聖の高弟だったか」
「あの時は失礼にしたね。正式に自己紹介するよ。剣聖の十傑、10席のカテスさ。改めてよろしく」
カテスだからテスと名乗ったというのか。
なんて適当な偽名だろうか。
呆れたが、顔には出さずに先を進める。
「それで剣聖がメアルシア様を保護とはどういうことだ」
「言葉の通りさ。【初めの聖女】の再来である姫の殺害を仕掛けたそこの元十席(偽)の魔の手から救いだし、そのまま帝国までお越し頂くのが剣聖様のお望みなのさ」
すんなり教えてくれたが、これは大人しく帝国に従えという脅しか。
「できれば君とはやり合いたくないからさ。面倒事は無いほうが楽だしね」
「カーライル…私は」
「大丈夫だ」
「でも、こんなに囲まれていては」
メアルの言いたいことは判る。
確かにカテスに従えば、この窮地は脱する事ができるだろうが
「大丈夫だ。信じろ」
もう一回、メアルを宥めた瞬間、とても嫌な予感がした。
何かが飛来してくる音がする。
「交渉決裂なら力ずくで奪うだけさ。今後を考えれば友好的にいきたいんだ…んん?」
カテスの台詞に付きあってる場合じゃない。
音の方向を探る。
そして見つけた。
なんだアレは槍か?にしては大きすぎる。
「げ? そんなの有りか!? 逃げろ!」
飛来してくる巨兵の槍に慌てるカテス。
勝手に何とかするだろう。
「メアル! アン! 俺の後ろに! いそげ!」
「「はい!」」
二人の気配を背中に感じたのを確認した上で急ぎ、ラウルに作って貰った札その1を取り出し、発動する。
その瞬間、巨兵の槍が近くに刺さり、槍がが爆ぜた。
俺たちはその衝撃に飲み込まれたのだった。
続く




