8.襲撃
★★★★★
Side:メアルシア
テリアとクドナルの遭遇戦当日
モス国への道中にて
モス国へ向けて王都【リリアーノ】を出て2月程経ちました。
アマリア国内及び同盟国内では立ち寄る先で歓待を受けますが、それを加味した上で移動日程を組んでいるのでゆっくり気味ですが遅れることもなく順調に進んでいました。
ただ、今日は途中雨に降られて距離を稼げなかった為、明日は遅れを取り戻すべく、まだ日も登らない前から移動再開する予定になっています。
アマリア王国の勢力圏であるアマリアの同盟国を抜け、中立地を数日進んでいましたが、昨日いよいよモス国の勢力圏である【クドナル公国】に入った為、警戒を強めている事情もあります。
護衛の方々には休憩が短くなって申し訳ない事です。
ですが旅自体はモンスターに遭遇することは何度か有りましたものの、魔物に遭遇することなく順調です。
今回の護衛隊の中に聖騎士と聖女はいません。
ですから、魔物に遭遇したら全滅も在り得ました。
聖騎士と聖女は国にとって、とても重要な人材です。
養女の王女と天秤にかければ当然の結果と言えるでしょう。
それに、もう一つ理由があります。
そのもう一つの理由によって、私は魔物に関しては安心していられます。
それはカールさんがいるからです。
カールさんは中型までの魔物なら単独で狩れる人なのです。
それがどんなに凄いのか、判らない人はこの世界にはいないでしょう。
魔物は捕食者という圧倒的な死の気配を振りまく存在です。
常人では対峙しただけで魔の気配に呑まれてしまい、恐怖で意志を保つのが大変難しいのです。
実際、私の村を魔物が襲った時、狩を生業にしている男達が抵抗も出来なかったのです。
対モンスターの専門家である冒険者さん達でさえ、勇気を司る神【クレスカッラ】の加護を得た上で多人数で討伐するのです。
生身で、ましてや単独で戦うなど、それだけ無謀で勇気が必要な事なのです。
魔物に対しては巨兵か神の勇士兵でなければ戦意を保つのは難しいでしょう。
カールさんは騎士になって暫くは地方勤務だったそうです。
王城に呼ばれるきっかけになったのは単独で魔物を狩ったからだそうです。
本人は語ってくれませんが、アンが仕入れてきた情報ですので間違いないでしょう。
それにカールさんは私の村を襲った仇の魔物を倒してくれました。
そのカールさんが護衛してくれているのです。
だから私は安心していられるのです。
万が一、不幸にも大型の魔物に遭遇してしまったら…そうなったら私の力を使ってカールさんに倒して貰えばいいのですし。
でもそうなったら即座に王宮に呼び戻されるのでしょうけど。
以前の私は、冒険者になってカールさんと一緒に冒険するのを夢見ていました。
他国に嫁ぐ事になった今、その夢は叶いません。
でも、それでもカールさんが側にいてくれるなら場所はどこだっていいと思える様になったのです。
そんな事を昨日寝る前に考えていて寝付きが悪く、今日は殊更起きるのが辛かったのはアンにはとても言えません。
予定が判っていたのに寝不足なんて自業自得ですから。
まだ暗くて景色もはっきりしない車窓は車内の明かりを反射して、向かいに座るアンを映しています。
車窓に映るアンをボーっと眺めていると、それに気付いたアンが話しかけてきました。
私は王城の暮らしが長くなって、朝がめっきり弱くなってしまったのでまだ少しボーっとしています。
今日だってアンに起こされたのですが、アンはまだ夜明け前だというのに実にスッキリした表情で羨ましいです。
そういえば朝が弱かった筈のカールさんも今では朝きちんと起きれる人になっています。
私だけが退化しているのはどうにも申し訳ないですね。
「まだ眠いんじゃない?馬車にも乗ったし、もう少し寝る?」
「少しボーとしてるだけだから大丈夫よ。寝るのは皆に悪いわ」
「じゃあ少し眠気覚ましにお話でもしようか」
「ええ……お願い」
アンは饒舌に話しかけてくれました。
私は言葉数がどうしても少なくなるのですが、お陰でだんだん頭もスッキリしてきました。
「ここ【クドナル公国】を抜ければいよいよ【モス国】だね」
「そうね、いよいよ【モス国】……もう少し…なのね」
そう、もう少しでこの旅も終わってしまいます。
「うん、ここまで何事も無く順調そのもの。窮屈な馬車ももう少しの辛抱だよ」
アンの言う通り、【モス国】への道中は今の所順調そのものでした。
モス国国境であちらの迎えが待っている筈です。
その国境到着まであと2日の予定と聞いていました。
馬車の中は私とアンだけ。
馬車の防音はしっかりしていて、こちらが窓を開けない限りは外に会話が漏れる事はありません。
逆に外からの音は多少聞こえます。
だからか、馬車内でのアンの口調は砕けた感じになっていました。
【モス国】に着いたらこんな会話は出来なくなるかもしれません。
アンの気遣い感謝し私もメアルに戻って、アンとの会話を楽しみました。
こんな会話を楽しめるのも王族の馬車だからです。
私がアマリア王国王都【リリアーノ】に連れてこられた時の馬車は振動が凄くて話すところでは有りませんでしたから。
それを考えれば、ほとんど振動しないこの馬車は流石王族の馬車でした。
それにアンは窮屈というけれど、2人だけの馬車は充分に広く、座席をベッド代わりに寝ることも可能です。
「ふふ、この馬車じゃなかったら、お話もままならなかったし窮屈なんて贅沢だわアン」
「そうなんだけどさ、馬に乗るのも楽しそうじゃない?」
そう言って笑うアンは騎士向きかもしれませんね。
「アンは体動かす方が楽しそうね」
「あはは、そうなんだよね。動き回れるほど広い馬車ならいいんだけどさ」
「その馬車を動かすのに馬が何頭必要かしら」
お互い冗談を言い合い笑いました。
「ところでさ、ここ【クドナル公国】はモスの属国なんでしょ?だったら迎えに来てくれてもいいのにね。あ、でも、やっぱ今の方がいいか」
「私はアンとカールさんがいてくれたらどっちでもいいけど」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。でも厳密にはカールさん9、私1でしょ」
「アンったら、そんな訳ないじゃない。アン5、カールさん5だから」
「あはは、ごめんごめん。ムキになったメアルは可愛いわ」
「もう、誂うんだから」
屈託無くアンは笑っています。
そんなアンだから私も心を開放出来ています。
「でも、さ。もし……もし、メアルが自由だったら……メアルはどうしたい?」
突然アンが真顔で言ってきました。
もし私が自由だったら……
そんな未来を考えたことは有りませし、呪いによって私に与えられた時間は長くありません。
それでも残りの時間自由にいられたら……
私は窓から見える夜明け前の少し明るくなってきた空を見つめました。
転生を繰り返した私は、この世界の色々な国で生活しましたし、色々な職業を経験しています。
だからあの職業に就きたいとか、あの国に行ってみたいとかは特にありません。
そもそも今の私の望みは自由ではありません。
私の望みは心許せる人と一緒に過ごすこと。
呪いによって18才で殺される私は、毎回人を避けて生きてきました。
それでも殺されてしまうのですけど。
ですが、今生でカールさんやアンに出会ってこの人達と一緒に生きていきたいと思えるようになりました。
呪いについても2人なら、この2人になら殺されても構いません。
でも、きっとこの2人ならそうはならない、絶対大丈夫と思えるようになりました。
呪いの力に打ち勝つ事ができなくても、私は悔いが無いのです。
私は私の一番の望みを既に持っています。
私は既に幸せなのです。
だから呪いに勝てず18才の誕生日で命を落とすことになっても今回の人生に満足できると思うのです。
ただ、それまでに残していく2人のその後が、より良き人生になるよう手を尽くすつもりでもいますが。
それでも…その上で自由になれると言うのなら……
「……アンとカールさんとで冒険者になって……いろいろ冒険したい……かな」
そう言ってアンの方を向けば、アンの表情はだんだん笑顔になっていって「うん、いいねそれ」といって笑いました。
「私はサポートに徹するから前衛はカールさんとアンにお任せね」
「うん、任せてよ」
そんな幸せな未来を語っていると、扉をノックされました。
見れば、カールさんが自身の召喚馬上からノックしてきたようです。
そう言えばカールさんはずっと召喚馬に乗っていますけど、魔力の無いカールさんはどうやって魔力を補充しているのでしょうね。
魔導球をいっぱい持ってるのかしら。
実はカールさんお金持っているから有り得そうです。
そんな事を考えながら窓を開けました。
「もうじき森に入ります。危険かもしれませんから明かりは消して下さい。また決して窓は開けないで下さい。万が一襲撃があった場合も決して扉を開けてはなりません。必ずお守り致します」
確かに襲撃があった場合、馬車内から明かりが漏れていれば、いい的でしょうし、王族を乗せる馬車は耐魔法攻撃、耐衝撃、耐火災等様々の対策が施されているので下手に外に出ず、中に居た方が護衛の方々も護りやすいでしょう。
カールさんの言葉から森道への強い警戒心が感じられ、先程までの楽しい気分は消し飛んで、引き締まりました。
窓を閉めるとカールさんは頷き、そのまま馬車の横を併走しています。
私達が森道に入る前に斥候を務める騎士が森道の様子を探っており、その騎士より合図が無かった為そのまま馬車は入っていきました。
「夜開け前の森道なんて気味が悪いね」
「ええ、早く抜けれればいいけど……」
カールさんの指示に從って馬車内の明かりは消したので尚更不気味でした。
2人とも無言のまま馬車は進みます。
何事も起きませんようにとの願っていましたが、願い虚しく森道を暫く進んだ所で異変は起きました。
馬車が止まり、「敵襲!」というカールさん怒声が聞こえました。
直後、騎士や兵士達の抜刀音が一斉に聞こえ、少しずれて周囲から怒声が一斉に起こり、金属と金属が当たる音がアチラコチラで聞こえました。
襲撃者は数が多い様です。
野盗の一団が待ち構えていたのでしょうか。
私とアンは馬車の中央で身を寄せ、外を覗かないようにしました。
アンが太ももに装着したベルトに仕込んだ短剣を確認し「安心して、野盗なんかに指一本振れさないわ」と私を勇気づけてくれました。
でもアンは若干震えていました。
アンにとって本当の戦闘は初めてです。
怖くない筈がありません。
私は身につけているイヤリングと腕輪を振れました。
豪華な物では無く、シンプルな銀の腕輪と青く透き通った石のイヤリング。
カールさんにお借りしている魔道具のアクセサリです。
アマリア王宮に居たときには王女に相応しくないと言われたので袋に入れ懐に仕舞っていましたが、この旅の間は万が一を考えて身につけていました。
魔力を通すと腕輪は"錫杖"とカールさんが言っていた杖に变化し私の魔法を増幅してくれます。
一対のイヤリングは"魔導剣"という魔力を刃に変える剣の柄になります。
魔導具作成に一応詳しい私でも判らない魔道具。
神の恩恵でも魔術理論でもどちらでも制作は不可能です。
考えられるとしたら神代の秘宝…正体を考えるのは止めです。
今はそれどころではありません。
これらを受け取った時は7歳で身長が合わず使えませんでしたが、成長した今なら問題ないはずです。
大丈夫、いざという時は私がアンを護りますから。
私は剣士だった人生も経験していますし、魔道士他戦闘経験は豊富なのです。
トス、トスという音が馬車の外壁から聞こえてきました。
矢が刺さったのでしょうか。
私は先ずアンに《精神安定》の魔法を掛けました。
以前サーラン王女にも使用した事があります。
「あ……メアルありがと」
アンが私の魔法に気づいた様です。
回復系の魔法は魔道士が使う魔術には無く、水の精霊との契約者か神との契約者で回復魔法を授かった者のみが使える希少な魔法です。
回復を司る神は居ません。
そして水の精霊と契約を結べる適正を持つ者は回復魔法の使い手の中でもさらに希少です。
強いていうなら【セレイブ】神が授けてくれるケースが多い様です。
だから一般的には回復系魔法は光系魔法と捉えられています。
また、聖女に慣れなくとも回復魔法を授るケースも多く、回復魔法の適性と聖女の適性は別と考えられています。
《精神安定》もそんな回復魔法の一つでした。
「メアルシア様、アン殿、後方が苦戦しているので片付けて参ります。そのまま暫くお待ち下さい」
馬車の外から中に話を出来るように取り付けられた緊急用伝声器からカールさんの声がしました。(この伝声器は停車時しか使えませんから、先程カールさんは窓から話しかけてきたのです)
確かに剣撃の音は遠くになっていて私達の馬車の周囲の戦闘は終わっているようです。
全てカールさんが片付けたのでしょうか。
「何とか無事切り抜けられそうだね」
「ええ」
そんな会話をしてそのまま暫く待っていましたが、剣撃の音は一向に収まりません。
野盗の目的は私ではなく、物資のなのかもしれません。
明らかに物資を積んだ馬車への襲撃人数が多い様です。
そう考えた時に伝声器越しに話しかけられました。
「第四騎士団のザッケンです。安全の為、この馬車のみ先へ進めます。野盗を片付け次第、他の護衛も追いかけてくるでしょう」
伝声器から聞こてきたのはザッケンと名乗る騎士の声でした。
そう言えば今日の斥候役と護衛隊長さんから報告を受けていました。
戦闘の音を聞き、急ぎ戻ってきたのでしょうか。
もし、この先で更に待ち伏せがあれば、単独で移動する方が危険です。
襲う側からすれば、奇襲で戦力を2分する意味は無いのですが、この状況を生み出すのが目的ならあり得る話です。
その場合はやはり狙いは私ということになります。
更によく知らないザッケンの言葉よりも、カールさんの言葉を信じるに決まっています。
しかし私の言葉を待たずに馬車が動き出しました。
「必要ありません。止めて下さい」
御者用の伝声器で命じましたが馬車は止まりません。
「御者!馬車を止めなさい!」
ザッケンではなく御者に命令しましたがやはり馬車は止まりません。
馬車が走り出してしまったので飛び降りるのは危険でした。
せめてカールさんに気付いて貰える事を祈って、急ぎ車内を魔法の明かりで照らすのが精一杯でした。
それからどれくらい経ったでしょう。
実際はそんなに経過してはしないとは思いますが、長く感じました。
森の中も明るくなってきていましたが、代わりに霧が出ていました。
なので周囲の景色はやはりよく分かりません。
「メアル、大丈夫だよきっと守るから!」
アンが勇気づけてくれます
攫うのが目的なら、残念ながらこの霧は敵に有利に働いています。
やがて馬車が止まりました。
「姫、指示を聞かず申し訳ございませんでした。ですが森の中での停車は危険でした。森を抜けたのでご指示通りに致しました」
伝声管で再びザッケンが話しかけて来ました。
そんなに長くは走ってないのでザッケンの言う通り森を抜けただけでしょう。
濃かった霧も今はだいぶ薄くなってきて、空も明るくなり周囲を確認出来る様になっていました。
森を抜け荒野に出たのは間違いないのですが、起伏が有る地形で見通しが良いとは言えません。
此処で止めるのはやはり……
「状況は判りました。ですが此処は見通しが悪いようです。見通しのいい場所まで移動して下さい」
そう伝えました。
しかし今度は一向に馬車が動き出しません。
「メアルシア姫、大丈夫です。周囲に気配はございません。大丈夫ですから安否確認の為一旦馬車を降りて頂きたく」
ザッケンの言い分はあまりにも不自然でした。
そこから考えられるのはザッケンが襲撃者である可能性が極めて高いという事。
一連の状況は護衛隊の隊長さんの指示ではなく、ザッケンの独走で生み出されています。
ザッケンの目的の為の行動です。
「いえ、私の護衛騎士の到着を待ちます」
「………ククク」
私の意志を伝えて伝声器から返ってきたのは不気味な笑い声でした。
「お降り頂けなければ御者の命は保証しかねる」
何の感情も乗っていない声でした。
私は魔法で周囲の生体反応を探り、そして確信しました。
既に御者は生きていない事に。
ザッケンは私を殺すつもりなのでしょう。
馬車を動かさないために、そして生存者がいては困るから、だから馬車を止めた時に御者を殺したのです。
ザッケンは刺客だった。
恐らく名前も偽名でしょう。
アマリアの騎士団に入り王城に上がれる程になるには、そう簡単ではありません。
カールさんの強さを持っていても王城に務めになるまで2年、護衛騎士になるまで更に3年かかっています。
私の移送の護衛任務に選ばれるのにも、信用の出来ない者を人選に加える筈がありません。
素性の調査は改めてなされた筈です。
そしてザッケンが刺客なら、今日の一連の事は全て仕組まれた事でしょう。
斥候と襲撃者が繋がっているなら簡単です。
全てはカールさんを含む護衛を私から引き離す為。
あの場のどさくさで襲わなかったのも確実に殺す為と、私を殺した後、速やかに逃走する為でしょうか。
つまりはこのザッケンと名乗る刺客の背後には、信用性の高い偽りの素性を用意できる組織、或いは国家がいるということです。
「周囲には貴方以外の生命反応が在りません……ですから貴方を敵と判断しました。直ぐに護衛も追いかけてくるでしょう。貴方の味方はいません。大人しく投降して下さい」
そう返答し、同時に万が一に備え、扉に《施錠》の魔法を使いました。
これは魔導士の使う魔術ですが、これでそう簡単に開ける事は出来ません。
投降する筈が無いのは判っていますが、カールさん達が直ぐに追いついてくれば逃げてくれるかも知れません。
直後、パキンという音が鳴りました。
扉と外壁の境の部分から剣の刃先が出ていました。
錠の閂部分を剣で突き、壊したのです。
そして同時に《施錠》の魔法が消えてしまいました。
<魔力を纏った剣!?>
ザッケンにより扉が強引に開けられました。
開けられた扉の向こうにいるのは、無表情の男でした。
「頭は悪くないようだな。アマリア女王が気に入るだけの事はある。恨みは無いが貴女にはここで侍女共々死んで頂く」
やはりなんの感情の纏わず刺客ザッケンが言い放ち、通常より長く幅のある剣で突きの構えを取ったのです。
<私達ではザッケンに勝てない>
ザッケンを見るなり私は理解しました。
魔法を使ってもこの男の剣のほうが早そうです。
氷の精霊のピノなら…いえやはり男の剣のほうが早いでしょう。
アンが私を庇うように前に出ました。
手には短剣が握られています。
でもアンにもザッケンの強さが判ったらしく、その手は少し震えていました。
「メアルシア様お逃げ下さい」
「忠義な事だ」
王家の馬車は基本片面扉ですが、扉の反対面に緊急避難用の扉がついていて、それは中からしか開けることはで出来ません。
アンが逃げろと言うのはそういう事です。
「駄目です。アンを残して逃げれません!」
「メアル!」
「駄目アン!」
「時間がないようだ。茶番はあの世でやるがいい」
ザッケンの冷酷な目がスッと細められました。
<来る!>
「カールさん!」
私は思わず叫んでしまいました。
私の守護者の、その名前を。
★★★★★
Side:カーライル
林道にて襲撃を受けて
「メアルシア様、アン殿、後方が苦戦しているので片付けて参ります。そのまま暫くお待ち下さい」
メアルの乗った王族用馬車の周囲にいた襲撃者は全て斬り捨てた。
しかし、後方の荷物輸送の馬車への襲撃者の方が多く、苦戦しているようだ。
荷物が目的で、貴人が逃げても構わないということか。
確かに貴人が乗っているらしき馬車を襲えば、討伐隊が組まれる可能性はより高くなる。
そう考えればこの状況は判る。
しかし、この襲撃は何か引っかかった。
それに、こちらに人的被害も出ていた。
騎士達は応戦出来ているが、兵士の生き残りは少ない。
野盗にしては強すぎた。
兵士と言っても今回の護衛に選ばれた精鋭だ。
その彼らが太刀打ちできない程に野盗達は集団同士の戦闘に慣れているのだ。
俺は野盗の一人を斬ろうとして躱された。
その動きは間違いなく野盗ではあり得なかった。
武の心得がある者の体捌きだったのだ。
仲間をフォローするかのように矢が飛んできて追撃が出来なかった。
<強いな。これは傭兵団か、それとも正規の軍か?>
仲間のフォローを受けて体勢を立て直した野盗が斬りかかって来たので今度は確実に斬り捨てた。
後の先を取ったので、今度は躱せなかった様だ。
しかし状況は極めて不味い。
騎士は兎も角、兵士達は恐らく生き残れない。
それだけこの野盗、いや襲撃者達は練度も高く、数が多い。
<おかしい>
メアルの馬車を襲ってきた奴らは正に野盗だった。
ガラの悪さ的にも実力的にも疑いようもなく野盗だ。
だが、荷馬車の側のコイツラは黙々と襲ってくる。
確かに襲撃者もちらほら倒れているのだが、全く怯まないのはどういうことだ。
それに野盗にしてはリーダーらしき者が居ない。
まるで意思統一は図られ作戦通りに動いている兵のようだ。
<兵…そうか、こいつらは…囮だ!>
メアルを攫うつもりで俺と引き離すのが目的ならあり得る作戦だとは思う。
引き離す事を選んだのは俺の実力を知っているからか。
ならば一番怪しいのは俺の実力を知っている者、さしづめ今日の斥候役ザッケンだ。
そのザッケンはどこにいる?
振り返ればメアルの馬車が走り出すのが見えた。
<やられた!>
急ぎ出し放しにしていた召喚馬の元に走ろうとした。
しかし、そこで邪魔が入る。
俺を引き付けておくように言われているという感じでは無いが、3人の手練が囲むように立ち塞がった。
「姫の馬車が離脱!カーライル、お前は馬車と合流しろ!我々も直ぐに合流する」
「了解した!」
この護衛隊隊長の騎士が俺に指示を出してきた。
言われなくてもそうするつもりだ。
この隊長はメアル達が安全の為に離脱した考えている。
まだ趨勢が決していないこの状況での単独離脱は悪手だろうに、それに気付いていないらしい。
だが、事実は俺が離れてしまったが為に攫われたのだ。
面倒だったので指摘はしない。
手練れ3人が連携して攻撃してくるので隙がない。
メアルの危険だというのに。
だから躊躇なく隠していた力を使うことにした。
先ず、正面にいる手練1の攻撃を躱しながら、収納の力で投げナイフを取り出し横から襲って来ようとした手練2に向けて投げた。
突如手に投げナイフが表れたのだ。
その上で目視すること無く投げてきた事で流石に意表突かれて対応できなかった様だ。
額に投げナイフを貰い手練れ2は倒れた。
先ずは一人目。
続いて手練れ1に向けて剣を横凪に一閃させたがこれは躱された。
だがそれでいい。
俺は横薙ぎを躱した手練れ1を無視して振り返り背を向ける。
振り返りながら、背後から襲って来た手練3の攻撃を左手のガントレットで受け流す。
その際もう一つの力を使った。
手練3が一瞬驚く。
驚くのも無理はない、突如仲間(手練1)の首が落ちたのだから。
そして、驚きに一瞬体を膠着させたのは致命的だ。
左で手練3の顎をぶん殴りにいく。
それを刺客3は紙一重躱した。
が、首から血を吹き出して倒れた。
俺は刺客3が躱す瞬間収納の力で短刀を逆手で握れる様に出し、そのまま刺客3の首を斬ったのだ。
余計な邪魔が入った為出遅れてしまった。
召喚馬の元まで走り飛び乗る。
昨夜、魔力がをフルの魔導球に替えたので魔力的には問題ない。
馬車を追跡する為駆け出した。
去り際にチラリ背後で戦闘を繰り広げる護衛隊を見た。
<済まないな>
俺の加勢でもどれだけ生き残れるか判らない敵の強さだ。
恐らく彼らは全滅する。
だが、どちらかしか生かせないなら、俺は躊躇なくメアルを助ける方を選ぶ。
メアルが後でその事を気に病むとしても。
当然ながら護衛騎士としての立場で見ても最優先は勿論護衛対象であるメアルの安全で他の護衛を助けるのは二の次だ。
彼らも判っているだろう。
全速力で駆けると前方に薄っすら明かりが見えた。
あれは恐らくメアルが車内に明かりを灯したのだろう。
俺は一定の距離を保って後を尾行する事にした。
メアルの安全を考えれば、停車した所で仕掛けた方がいい。
途中、霧が出てきたがメアルが室内の明かりをつけてくれたので追跡に困ることは無かった。
俺の召喚馬"リクリム"は無音で走る。
霧も俺の追跡を気取らせないのに一役買ってくれるだろう。
追跡に気づかれることは多分無い。
暫く追跡を続けた。
森を抜けると荒野で、馬車は森を抜け暫く進んだ所で停車した。
荒野と言っても起伏があり見通しが悪いわけ訳ではない。
俺は馬車から見えない起伏の裏に敵が潜んで居ないか確認するため、起伏の一つの裏側に回り込んでみた。
結果から云えば周囲に敵は居なかった。
包囲し攻撃する意図はなさそうだった。
ザッケンが敵なのは明らかだが、他に誰も居ない状況で停車するなら誘拐の可能性も薄そうだ。
であれば、ザッケンの目的は間違いなく暗殺だ。
馬車の元に急ぎリクリムを駆けさせる。
サシの勝負なら何とかなるだろう。
案の定ザッケンは馬車の中に向かって剣を構えていた。
メアルなら時間を稼いでくれるだろうと思ったが危ないところだった。
俺は手持ち投げナイフ4本を収納の力で出し、内1本をザッケンに向けて放つ。
この投げナイフは小型なので指の間に挟むように出現させている。
しかし俺の投げナイフをザッケンは余裕で躱した。
残り3本も同様に全て躱された。
それでも少しずつザッケンを後退させ、奴の間合いからメアル達を遠ざける事には成功した。
最後のナイフを投げた後即座に抜刀し剣を振り上げる。
その時には至近距離まで接近しており、そのままザッケンと馬車の間に馬体を割り込ませる様に駆け込み、馬上からザッケンに斬撃を放った。
その攻撃も後方に跳んでザッケンは躱した。
急襲は失敗したが、メアル達とザッケンに距離が出来たので良しとしよう。
一旦駆け抜けてからターンしてリクリムの足を止めた。
少し距離を開けてザッケンと対峙する。
俺は馬上のままリクリムの召喚を解除し着地する。
そのままザッケンに向けて駆け出し鋭い横薙ぎの一閃を放った。
しかしこの攻撃も躱された。
これは手強そうだ。
「上手く引き離したつもりだったんだがな」
なんの感情も乗っていない声でザッケンが呟いた。
「そうか襲撃者とグルか。なら心置きなく斬り捨てれるな」
「戯言を」
ザッケンは俺の挑発にも心を乱すこと無くこちらに向けて剣を構えた。
続く




