表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士と聖女の物語  作者: 丁太郎
二国の争い編
32/36

10.誓約

★★★★★

Side:メアル

クドナル公国にて


 爆音と衝撃。

 それは風の爆発でした。

 そして一瞬の出来事。


 あまりに一瞬で、私は何も出来ませんでした。

 カールさんの指示に応じて私とアンはカールさんのすぐ背後に駆けました。

 その際、カールさんが何か札を取り出したのが見えました。

 その瞬間、私達の間近に飛来してきた巨大な槍が刺さり、そして爆ぜたのです。

 私達は槍から放出された大きな音と衝撃に飲まれ……た筈でした。

 でも気づいた時、私は、いえ私達は無事でした。

 少し落下したものの、それだけです。

 カールさんを中心に結界が張られた事に気付きました。

 あれだけの衝撃ともなると私の結界では防げなかったでしょう。

 カールさんの張った結界は球状で足元の乾いた土も一緒に保護され、一緒に落ちたのですが、それは槍の起こした風の爆発が地面ごと吹き飛ばしたからです。


 パラパラパラ………


 爆風が巻き上げた土砂が降ってきて結界に辺り雨音のような音がなっています。

 土砂の雨が止み、一陣のかぜが土煙を遠くに運んでくれました。

 視界がクリアになったので周囲を確認しました。

 巨大な槍は爆発できたクレーターより深く地に刺さっている為か、クレーターの中心に突き刺さったままでした。

 爆発でできたクレーターはそれほど大きくも深くも有りません。

 これならクレーターを抜け出すのは問題なさそうです。

やがてカールさんの張った結界が消えました。

 

「………メアル、アン……無事か?」


 こちらを振り返ることもなく掛けられたカールさんの声は、いつもと違ったトーンに聞こえました。


「はい…」

 

 アンの返事がありませんでした。

 見れば、アンは放心したままです。

 

「アン、アン?」


 あまりな事態に放心状態のアンの頬を軽く叩きます。


「え、あ、大丈夫。大丈夫だよ」


「私もアンも大丈夫、カールさんは?」


 私の声に答えること無くカールさんの膝が地に付きました。

 左手を庇っていました。


 え?

 

 ポタリ…


 指先から赤い何か、いえ血が垂れて、地を黒く染めていきました。

 カールさんの左手からは私が作った筈の【ルアメットゥーナ】のガントレットは消えていて、肘から指先まで赤黒く染まっていました。


「カールさん!」


 叫ぶと同時に私は力を使いました。

 カールさんの左手が光り、破壊された左腕を癒やしていきます。

 カールさんはガントレットのある左手で結界の札を突き出していました。

 でも結界の発動より先に、衝撃が私の作ったガントレットをも破壊し、カールさんの左腕を飲み込んだのでしょう。

 あっという間に傷口は塞がり、そしてカールさんがゆっくりと立ち上がりました。

 

「メアルありがとう。力を使いこなせる様になっていたんだな」


 私はアンを助けた時よりも力の使い方が上達しています。

 アンの時は自身に力を発動させてアンに力を流していましたが、今は患部に直接力を必要なだけ流がして治療出来ます。


「……カールさん……」


 私の力でカールさんの手は治療できました。

 でも完全ではありません。

 カールさんの左手は裂傷痕だらけで、それが怪我の酷さを物語っていました。

 余りに裂傷が酷すぎてこれ以上は私の力では無理でした。

 カールさんの腕の傷はもう一生消えないでしょう。

 もしかしたらもう以前の様に動かないかもしれません。


<どうして……どうして貴方は……腕を失う覚悟までして…私を助けてくれるの? ……私を庇う度にカールさんは傷ついて…でも私は完全に癒せないかもしれない、今みたいに……こんな事が続けばやがては……>

 

 そう思うと怖くなって私は何も言えなくなりました。 


「カールさん。大丈夫? その、腕動くの?」


 私代わりにアンがカールさんに尋ねてくれました。


「ああ、メアルの回復魔法で助かった。助けられてばかりだな」


 そう言って何度か左手の平を握ったり開いたりしてくれました。

 でも私は気付いてしまいました。

 一瞬、ほんの一瞬だけカールさんが自身の手の感覚に違和感を覚えて表情を固くしたことを。

 カールさんが一番自分の腕の状態を判っているでしょうに。

 それなのにカールさんは明るい声で私を気遣いました。 

 私を安心させる為、気にしないで済むように。

 貴方は護る為なら自身が傷つくのを躊躇わない人、とても強い意志を持つ人だから。


「そんなこと! カールさんが私達を守ってくれたから…でもその為にカールさんは……」


 涙が、自然に涙がこぼれました。

 嗚呼、私にもっと力があれば…その力を冷静に使えていたなら……私がカールさんを守れるのに…騎士を護る為の聖女の力を持っているのに…それなのに私が不甲斐ないから貴方は……


「もう少し上手く立ち回るつもりだったんだが…心配かけて済まなかった」


「メアル…」


 アンが私の涙を拭ってくれ、そして抱きしめてくれました。

 カールさんとアンにこれ以上心配を掛ける訳にはいきません。

 どうにか感情を立て直してカールさんに意識を向けると、カールさんはどこから取り出したのか、また札を持っています。

 その時、また遠くで大きな音がしました。


「メアル、アン、安心するのはまだ早い。近くで巨兵が戦っているのは間違いない。それに奴らが戻ってきたら面倒だ。その前に移動する。近く来てくれ」


 そうでした。

 危機が完全に去ったのではありませんでした。

 一瞬で気が引き締まります。

 私達がカールさんの側に行くなりカールさんが札を発動させました。

 私達を中心にした魔法陣が地に広がったと思った瞬間、一瞬で景色が変わったのでした。








「え、ええと?」 


「ここは?」


 私達は森に囲まれた空き地に居ました。

 驚きのあまり、涙は完全に止まりましたが状況の変化が目まぐるしくて感情がついてこれなくなりそうです。


 ここを知っている様な…あ、そうです、ここはカールさんの隠れ家に似ています。

 大森林の双子の木の隠れ家を思い出し、ふと懐かしく思いました。

 

「俺の隠れ家だが、メアルの知っている場所とは別の所だ。

地理的には6強国【ミレー王国】の国境付近だな」


 さらりとカールさんは言いました。

 この様な隠れ家をいくつも持っているのでしょうか?

 そして辺境好きなんでしょうか?


「ミレーって【モス国】より南の国だよね」


「ああ、大森林に出るかと思ったんだがここが最寄りだったようだ。 残念ながらモス作った隠れ家は使えなくなってしまったんでな」


「使えないって、どうしてさ?」


「簡単に言えば、周辺を【竜人族】が支配してしまったからだな。危険すぎて廃棄するしかないから札の転移先からは外してある」


 なんでそんなところに隠れ家を作ったのかとアンは首をかしげたけど私には事情が理解りました。

 カールさんがモスで隠れ家を作ったのが【モス国】が彼の国の聖地を追われる前だったのでしょう。

 カールさんが転生を繰り返している事情を知らなければ理解できない話です。

 カールさんはアンでは無く、私に話してくれたのです。


「ま、よく理解らないけど此処が安全ならなんでもいいよ」


「カールさん、いくつの隠れ家を持っているんですか?」


「モスを除く6強国には作ってあるな」


「へぇ、凄いね」


「それから…転移や結界の札はどうやって手に入れたんです?そんな札があったなんて知りませんでした。あまりに都合が良すぎて」


 転移の魔術を札にするなんて私の知識にない技術です。

 それに結界の札もそうでしたが、転移の札に込められた魔力量はかなりの量でした。

 神々の力を借りて行う転移は私が知り限りアマリアでも開発されていません。


「結界と転移の札はこんな事もあろうかとラウルに作らせたものだ。詳しい原理は知らんが奴は優秀な魔道士だからな」


 納得できませんが納得するしか無い様です。

 私が開発した魔道具で神々の力を借りるのには神々のシンボルを使っていますが、制約も多く神の属性に合わない事象は起こせません。

 それに空間転移を神の力で起こすのに力を借りるべき神の名が思い浮かびません。

 そんな力を司る神は居ないのです。

 でも魔力を世界に繋ぎ、魔術言語とシンボルを媒体にロジックで現象を起こす魔導の力なら可能かもしれません。

 正しく理解すれば、魔力次第で何でも出来るのは魔導の方なので転移も不可能ではないでしょう。

 いえ、現実に転移したのでしたね。

 札を作ったラウルという方はが只者ではありません。

 


「半分は合点がいきました」


「もう半分は?」


「どうして必要と思ったんです?」


 これだけの効果を持つ札ならラウルさんにかなりの金額を払った筈です。

 カールさんがお金持ちなのは知ってますけど。

 可能性の為だけに大金を払ったのが信じられませんでした。


「ふむ、説明は難しいな。直感で必要な気がしたとしか言いようがない。俺はその直感で生き延びてこれたから、素直に信じただけの話だ」


「そうですか」


「それと後承諾で済まないが、札は使う際、ラウルが込めた魔力で足りない分をメアルの魔力で賄わせて貰うように出来ている。あれだけの衝撃を耐えたんだからメアルの魔力をかなり使った筈だ。ガントレットを形成していた魔力も吸われたくらいだからな」


 ガントレットは衝撃で破壊されたのでは無かったのですか。

 それなら意識的に魔力を流していたらカールさんは傷つかずに済んだのでしょうか。

 札の事を私も知っていたなら、ガントレットを維持できていたのでは……今更なのですがどうしてもそう思ってしまいます。



「あ~~~!それで!」


 カールさんの説明で何かを思い出したのか、アンが大声を上げました。

 畏った侍女の部分は鳴りを潜めてもうすっかり昔のアンです。


「アン、どうしたの?」


「いやね、以前カールさんがメアルの髪といえば聞こえがいいんだけど、メアルの抜け毛を欲しがったんだよね。しかもメアルには内緒でって言うんだよ。その時はカールさん実はむっつり変態だったのかと超ドン引きしたね。でもメアルの髪をさっきの札に利用したのかと思って。あ!、あの時はメアルにとても言えないと思ったけどバラしちゃったね」


 アンはやれやれという感じで肩を竦めて言いました。


「おい!そんな事思ってたのか。ラウルの奴が必要だって言ったんだ!」


「私の髪を媒体に私から魔力を引き出したって事ですか。気付きませんでした」


 正直私は自身の魔力総量を意識にした事が無いのでこれだけの魔術に私の魔力を引き出しされても気付きませんでした。

 カールさんのむっつり云々の件はおかげで助かったのも事実なのでそっとしておくとしましょう。


「ラウルもメアルの髪を見て凄い魔力量だと言っていた。ぜひ研究に必要な魔力の補助に髪をもっと欲しいとも。当然断ったがメアルはつくづく規格外だな」


「さすが【初めの聖女様】の生まれ変わりだね」


「カールさん私の髪を勝手に使っていたんですね。お陰で助かったんですからお礼を言うのは私の方ですけど、でも除け者にされるのは傷つきます」


「済まなかった」


 本当は感謝こそあれ、カールさんへの怒りはありません。

 でもカールさんは秘密主義だから釘を刺す事にしたのです。

 次の方の為に…

 本当は私が一番悪いのは理解っているんです。

 ごめんなさいカールさん。

 

「それで、これからどうする?」


 アンがこの微妙な雰囲気を気遣って話題を変えてくれました。


「今日はここで一泊して明日近くの街に向かおう」


 言うなりカールさんはどこからか布を取り出して私達に渡してきました。

 ああ、またですかと思いました。

 アンは理解らないでしょうね。


「カールさんこれは?」


「マスクとして使ってくれ。掃除は侍女の独壇場だろう?期待しているぞアン」


 ?マークを頭上に浮かべたような表情のアンにカールさんは真面目な表情である場所を指差しながらそう答えました。

 差された先には大森林の時より大きめの建物がありました。



☆☆☆☆☆



 ここの建物は厨、食堂の他に寝室が4つもあって更にお風呂までありました。

 もちろん手押しポンプ式の井戸もあります。

 掃除はアンが大活躍してくれました。

 アンの指示で動かなかったら夕暮れまでに終わらなかったでしょう。

 私はカールさんがどこからか取り出した携帯食を使って簡単に料理をし、その間にアンは寝室のシーツを、カールさんは浴槽の湯沸しをしました。

 元々裕福な商家のお嬢さんのアンは、侍女が行わない仕事なので料理が出来ないし、カールさんはアンのようにベッドメイクは出来ないので適材適所です。

 それにしてもカールさんが収納の力を持っているのは聞きましたが、食料どころかシーツまで準備している用意の良さには呆れました。

 それに各種調味料やハーブ、調理道具、食器までも持っていたので私に料理をさせる想定もあったようです。

 いったいどこまで用意周到なのでしょう。

 私はお気に入りのカールさんから貰った短刀でハーブを刻み、携帯食の乾燥パンを柔らかくするスープを作ったのでした。


 アンに「メアルは愛されてるね」と誂われたのは言うまでもありません。

 湯浴みと食事を済ました後は、これからの事を話しました。


 こうなった以上、メアルシアは巨兵の戦闘に巻き込まれて死亡した事になるだろう事。

 アマリアに戻るにも、巨兵の戦闘は【テリア国】と【クドナル公国】だろうからそのまま2国が戦争になるだろうし、今からモス経由でアマリアに戻るのは危険です。

 かといって【ガレドーヌ帝国】のいる剣聖が私を狙っているとなると帝国方面のルートも危険です。

 連絡を取るのも手紙しか方法が無いので時間がかかるし、その間に【アマリア王国】は大国の威信を示さなければならない故、私が死んだものとして行動を開始する筈です。


 私の状況分析を聞いたカールさんは、この機を利用して自由になるべきだと言いました。

 アンもそれに賛同しました。

 私は小さく頷きました。

 明日街に出て物資の補充をする事に決まったところで私は2人より先に休むと言って席を立ちました。



☆☆☆☆☆



 寝室に入ってベッドに腰をかけました。

 途端にあの時の光景が蘇りました。

 カールさんがガクリと膝を突き、赤黒く染まった左手から血が垂れて地を赤黒く染めていくあの時の光景が。

 

 呪い…私に掛けられた呪いの力……


 まだ発動までに2年ある筈。

 でも呪いの力とでも考えなければ納得いきません。

 今日起きた一連の事態は、不運で済ますにはあまりに色々おこり過ぎでしたから。


 先ず、馬車が襲われました。

 護衛の方々の安否不明ですがカールさんの口ぶりからすれば恐らく皆……

 それから強い刺客に襲われてました。

 カールさんが居なければ私もアンも助からなかったでしょう。

 カールさんが刺客を倒したと思ったら帝国に狙われて囲まれていて、止めとばかりに巨兵の槍が降ってきました。

 災いの中心は全て私。

 私が居なければ、アンも怖い思いをせず【スタ】の街で商会のお嬢様として心安らかに生活出来ます。

 そしてカールさん。

 このまま私に関われば傷付き続けて、やがて私の目の前で…

 

 い…いや……嫌です。

 そんな光景は見たくありません。

 それだけは見たくないのです。


 呪いの力は強力です。

 私は…アンそしてカールさんを私の呪い巻き込むくらいなら…


 それくらいなら…


 目を閉じて 二人の顔を思い浮かべます。

 大丈夫、私は二人からもう十分に愛されました。

 だから……だからもう一人で大丈夫です。


 寝室の窓から夜空を見上げながら夜が更けるのを待ちました。

 今日は二人共疲れているでしょうから気付かれないでしょう。

 満月が天頂にさしかかろうとする頃、私は立ち上がりました。

 入浴後はカールさんから夜着として渡された貫頭衣を着ていました。

 再びドレスに着替えて、それから音を立てないように寝室の扉を開けて、食堂のテーブルの上にカールさんから預かっている指輪とイヤリング、腕輪を置きました。

 これはカールさんの物だからお返しします。



<勝手でごめんなさい。アン、カールさん、さようなら。幸せになって>



 建物から出て一度、振り返ります。

 どうやら気付かれずに出てこれたようです。

 月明かりのお陰で魔法で明かりを作る必要はなさそうです。

 そのまま隠れ家の出口へと急ぎました。

 きっと、大森林の隠れ家の時と同様に出口は特徴がある筈です。

 それは直ぐに判りました。

 この隠れ家の基本の作りが同じで双子の木が不自然に目立っていたのです。

 

 双子の木の間を跨ぐと、一瞬で景色が変わりました。

 やはり此処が出入り口で間違いありません。

 見回した所、相変わらず森の中でしょうか。

 森の中の少し開けた場所に出た様です。

 ここでも月明かりが周囲を照らしてくれています。 

 この広場の中央で水が湧いており、泉を作っていました。

 澄んだ湧き水が満月の光を浴びて煌めいています。

 それは神秘的な美しさでした。

 泉をより溢れた水が水道を作り、そして小川となって流れているようです。

 小川を下っていけば町科か村に行けそうです。

 遠目にも判る清浄な水を人が利用しない筈が無いのです。

 それに此処は空気もとても清浄で、これなら魔は近づく事が出来ないでしょう。

 とはいえカールさんに気付かれる前に去らなければなりません。

 


「メアル」


「え!?」


 驚きで声が出てしまいました。

 カールさんに見つからないうちにと思った矢先にそのカールさんから声を掛けられるなんて。

 

 一瞬、私の未練で空耳が聞こえたのではとも思いました。


「メアル」


 もう一度呼ばれ、空耳ではないと確信しました

 声の方に体を向けると暗がりに見慣れたシルエットがあって、そして月明かりを浴びたカールさんが浮かび上がりました。

 

「……カールさん……どうして……」


 カールさんの表情は穏やかでそして少し悲しげでした。

 ゆっくりと私に近づいてきます。


「メアル、君の表情を見逃しはしないさ」


 カールさんにはバレバレだったようです。


「カールさん……私は……」


「アンは俺に任せてくれるそうだ」


「アンにも……」


 先に席を立ったのが不味かったようです。

 そう思った瞬間、視界が黒くなって胸を締め付けられて。


 私はカールさんに抱きしめられている?


「メアル大丈夫だ!俺が必ず守る。だから独りで行くな」


 すぐ近くからカールさんの声が聞こえて抱きしめられているのが本当なのだと思いました。

 朝も泣いたのに、涙がまた溢れてきました。


「でも、私が側にいると二人を必ず不幸にしてしまいます。今回は何とかなったけど、このままいけばカールさんが……それは嫌です。どうしても嫌なの……」


「メアル…俺にはもうメアルの居ない人生は考えられない。だから一緒にいさせてくれ。 共に呪いと戦って、それでも勝てないなら……」


「勝てないなら?」


「その時はメアル、君と一緒に死ぬさ」


「駄目! それは駄目」


 声が震えているのが自分でも判ります。

 カールさんから抜け出そうとしましたが、カールさんの抱きしめる力が強くて出来ませんでした。


「駄目です! カールさん、私は生きて欲しいの。カールさんには生きて欲しい!」


「なら一緒に生き延びてくれ」


「!………カールさん……どうして?どうしてそこまで…」


 どうしてカールさんは私の為に命を懸けてくれるの?

 カールさんは傷だらけの左手で頭を撫ぜてくれました。


「槍が刺さって風が爆ぜた時、一瞬、一瞬だが永い夢を見た」


 カールさんは私を抱きしめたまま思いがけない事を話し出しました。


「俺達が共に戦地に立っている。そんな夢だ。恐らくあれは俺の記憶が見せたかつて実際にあった光景だ」


「…私達が……一緒に……」


「そうだ。かつても一緒にいた。メアルが【初めの聖女】だった時より遥か過去に」


「どう…して…そう思うんですか?」


「遠い昔の俺は、今と全く変わらぬ容姿の君に向かって『ルアメットゥーナは呼びにくいから今後はラメっトと呼ぶ』と言っていた」


「え?」


「ふっ、敵の大群を目の前にしての発言に君は呆れた表情をしていたぞ」


「………」


「メアルに掛けられている呪いは、君がルアメットゥーナだった時に掛けられたのではないだろうか。ならば俺もメアルの呪いに無関係ではない。君が転生を繰り返す様に、俺も繰り返している。俺の場合は突然死ぬんだが、メアルが呪い死ぬ時、その後メアルの死に合わせて死ぬのではないかと思っている」


「……心当たりがあるのですね」


「ああ……多少の誤差はあるがメアルの死ぬ年齢と俺が死んだ時の年齢を考えれば辻褄は合う。誤差はどちらが先に生まれるかで起きるんだろう。俺も30歳まで生きた事がないから誤差は最大でも10年といった所か。以前に聞いた君の転生してきた年代と俺も重なる。どうやら俺とメアルは運命共同体ってやつだ」


 その言葉を聞いた時、私は……いけないのに、カールさんには生きていて欲しいのは本当なのに…それなのにホっとしてしまいました。

 カールさんが私と運命共同体なら、ずっと一緒にいたほうがいいに決まっているのですから。

 私が死ねば遠からずカールさんも死んでしまうなら私独りで死んでも私の願いは叶いません。

 カールさんの言葉が何故かストンと腑に落ちました。


「私はもう独りでいる必要が…」


「無い。今まで独りにして済まなかった」


「…う、うぅ……………はい……カールさんは……酷いです……本当は………本当はずっと寂しかったんです……………もう私を離さないで…お願い……」


「ああ、もう離さない。メアル」


「約束して…下さい」


「約束だ」


 私はやはり涙を流していました。

 でも今は、嬉しくて流す涙です。

 抱きしめられているのが苦しくて嬉しくて心地よくて。

 私はカールさんに胸に顔を埋め、そしてカールさんの背中に腕を回しました。


 嗚呼、カールさんの心臓の音が聞こえます。

 カールさんが私を抱きしめてドキドキしています。

 その事がとても嬉しい。

 私はいつからカールさんに心を捉えられていたのでしょうか。

 カールさんの話からするとそれはきっとずっと遥かな昔。

 お互い永く忘れていたけど、こうしてまた巡り合った。


「カールさんは私のこと」


 思わず言ってしまった一言。

 でもそれは物理的に遮られて全て言い切る事ができませんでした。

 

<ああ! カールさんに口付けされて>


 私はゆっくり目を閉じました。

 





 体が熱くて、頭もポーっとしてしまって、いつまでそうしていたのか判りらなくなってしまいました。

 いつの間にか、カールさんの舌が私の舌を絡めてとって、私もカールさんの首に手を回して自らも求める様に応じていました。


「メアル…愛している」


 カールさんの口が私の口から離れて耳元でそう囁きました。


「嬉しい……です。私もカールさんを…愛しています」


 直後またカールさんに唇を奪われ、私は再び目を閉じました。



☆☆☆☆☆



 2度めの口付けの後、また暫くカールさんの胸に顔を埋めていました。

 今度は優しく抱きしめられています。

 それにしても不思議です。

 こうしていると不安も恐れも感じません。

 私はやっとこの場所に還ってこれた。

 そんな気さえするのです。


 そっとカールさんの匂いを嗅ぎました。

 安心できるこの匂い好きです。


 今こうしていることを教えたらカールさんに出会ったばかりの当時の私はどう思うでしょうか。

 今生でカールさんに出会った時、私は7才。

 その時は兄の様に思って慕っていました。

 それが16歳の今、こうしてカールさんの胸に顔を埋め、カールさんの温もりと匂いに包まれて女として心まで寄せて、うっとりしているのです。

 男性として意識したのはアマリアで再会してから。

 尤もカールさんに惚れない筈はないのです。

 私の為に、命を、人生を、全てを懸けてくれたのですから。

 

 カールさんが全てを私に捧げた様に、私もカールさんに捧げたい。

 自然とそう思いました。

 そして私が捧げられるのは、この身と心と、そして力。


「カールさん…」


「メアルどうした?」


 私は顔を上げ、カールさんを見上げます。

 そしてカールさんの目を見ました。

 カールさんの私を見る目が変わりました。

 私の意志の籠もった視線を受けて、それに応えてくれたからです。

 私のやろうとすることを察してくれたのか、カールさんはゆっくり私を放してくれました。

 私はカールさんの前に跪きます。

 そしてカールさん向かって祈りを捧げ、言葉を紡ぐのです。


「私、聖女メアルは騎士カーラル様を生涯で唯一人の聖騎士に望みます。私の魂、持てる全ての力を騎士様に捧げ、降りかかる災いから護る鎧、盾となりましょう。願わくは騎士様の願いが私の願いと同一でありますように」


 それは聖騎士と聖女の誓約。

 パートナとなる為の誓い。

 神に誓い、神の勇士兵(エインヘリヤル)にパートナーを認めさせるため聖約。

 正式には聖約の魔法陣の中で誓わなければならないので此処での誓いは神には届きません。

 ですが私の覚悟をカールさんに示したかったのです。


「我、騎士カーライルも生涯唯一の聖女としてメアルと共に在ることを切に望む。我が身、我が技能、我が生命を賭して、御身を脅かす敵悉くを討ち滅ぼす剣となる事を誓う」


 カールさんが私の願いに応じてくれました。


「「大神よ我らは願いを一つにする者なり。我らの誓約は大神に誓う聖約。願わくは新たな契りに祝福を与え給え」」


 本当ならば神の祝福が降りてカールさんの手の甲に聖騎士の証が浮き出るのですが、今は二人だけのセレモニー。

 共に呪いに抗う為のパートナー宣言です。


「メアル……」


 私はカールさんに引き上げられました。

 カールさんが何を言いたいのか、何を求めているのか…その想いが握られた手から伝わってきます。

 そして私も、同じ想いでした。

 でも恥ずかしかったから…私は頷きで返して……そしてこの身全てをカールさんに委ねたのでした。



☆☆☆☆☆



 木に寄りかかったカールにしなだれかかって一緒に月夜に煌めく泉を見ていました。

 月は西に傾いて、光はじき木々に阻まれてしまうでしょう。

 

「寒くないか?」


「…とても暖かいです。カールは寒くない?」


「ああ、メアルとこうしているからな」


「カールがこんなに手が早いなんて思いませんでした」


「我慢出来なかった。嫌だったか?」


「とても嬉しいです。私は幸せ者です」


「そうか。俺もだ」


「私心配だったんです。カールに幼児趣味疑惑があるとアンが心配していたから」


 カールが咳き込みました。


「アンめ、言いたい放題だな」


「ふふふ」


「それにしても、ドレス姿でどこに行くつもりだったんだ?」


 カールによって脱がされたドレスが視界にはいったのでしょか。


「判りません。あの時はカールとアンをこれ以上巻き込む訳には

いかないと思って」


「そうか」


「そりよりいいんですか? 女性型の神の勇士兵(エインヘリヤル)を嫌がっていたでしょう?」


「嫌という訳ではないんだが、動きの違和感がどうしても大きいんでな。だがそれ以上にメアル、君を失いたくなかった」


「嬉しい……ねぇカール何時からそう思っていたの?」


「怒るかもしれんが、最初は妹の様に考えていた。構いたくなる薄幸の妹。だが何時からだろうな。君がお披露目のドレス姿を見せてくれた時か。綺麗だった」


「割と最近なんですね。カールはやはり手が早いです。ふふふ」


 カールの傷だらけの左手が私を優しく撫でます。

 こんなに優しく撫でれるのなら私の杞憂かもしれません。


「私はカールの傷だらけの手で撫でられる度に今日の事を思い出します。そしてカールへの愛を誓い直すわ。覚悟して下さいね。私の愛は重いんです」


「大丈夫さ。俺の方も大概重いからな」


 そう言ってカールは私の髪を弄び出しました。

 やがて満足したのか徐ろに顎を持たれて見上げさせられると、そのまままた唇を奪われました。

 

 私はもうこの人から離れません。

 カールの全ては私の物、決して誰にも渡しません。

 そして私は身も心も魂までもカールの物だから。

 だからもう離しません。

 呪いもカールとなら乗り越えられる。

 そう信じられる様になったから。


 カールは口付けを離すことなく、手は私の胸を…そして全身で

私を求めて来ました。

 私は求めに応じて再びこの身を最愛の人に委ねました。


☆☆☆☆☆



「さすがに戻らんとアンと鉢合わせそうだな」


 脱ぎ捨てた服を着ながらカールが言いました。

 見上げれば空が明るんできています。


 私は木にもたれ掛かって座っています

 カールの収納の力で厚手の敷布を敷いているので土や樹液で汚れることはありません。

 カールは愛し合うことも想定していたのでしょうか?

 敷布に染みた赤色が視界に入り、そっと息をつきました。


 カールはバレないつもりでしょうけどアンはすぐに私達の間に何があったか察してしまうでしょう。

 私はもう以前の様には振る舞えませんから。

 でも二人で朝帰りを目撃されたら流石に恥ずかしいです。

 私も自分の下着を拾う為、立ち上がろうとしたのですが力が入りませんでした。


「カール。立てそうにないです」


 2度もカールに激しく求められたからでしょうか。

 足も腰も言うことを聞いてくれません。


「そうか、俺も初めてだったから抑えが聞かなかった。申し訳ない」

 

 ふふふ、そうか、カールも初めてだったんですね。

 今生ではでしょうけど。

 流石に前世のことで嫉妬はしません。


 カールは収納の力で貫頭衣を取り出して私に着せてくれました。

 そしてカールに抱き上げられました。

 所謂お姫様抱っこです。


 ドレスと下着、敷布も回収してくれました。

 でないと街に向かう時にアンに見られてしまいます。

 そうなったら羞恥で死んでしまいそうです。


「恥ずかしいです」


「だが、立てないのだろう? それに指輪を置いてきたなら一緒でなければ入れないぞ」


「あ、そうでした」

 

 抱き上げられたまま、隠れ家への入り口をくぐりました。

 カールはそのまま建物に向かって歩き出しました。

 恥ずかしさを誤魔化すために視線を反らせば、月はもう木々に隠れて見えませんでした。

 空が朝日で赤く染まるまでに鐘一回の半分の時間(1時間程)も無いでしょう。


 それにしても先程までもっと恥ずかしい状況だったのにお姫様抱っこがこんなにも恥ずかしいなんて。 

 私は散々カールに啼かされて、喉が少し枯れ気味だったのですが恥ずかしさを誤魔化す為に口を開きました。


「もうじき夜明けですね」


「移動は明日に延期だな。さてアンにどう説明したものか」


「アンにはカールからお願いしますね」


 私は、足腰を立てなくした責任をそうした張本人に取って貰うことにしたのでした。


続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ