表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士と聖女の物語  作者: 丁太郎
二国の争い編
28/36

6.アマリアの鉄槌

◆◆◆◆◆

Side アマリア王国 女王ルーサミー

聖同盟歴 402年 雷神の月(7月)13日

執務室にて


「先ずは落ち着きなさい」


 執事クロードが扉を開けると「大変です」と大声を上げながら勢いよく執務室に飛び込んできた文官を嗜めた。

 この男は情報収集の部門の長だ。

 日に1回は報告の為にこの執務室に訪れる男で、役職柄、緊急な場合もある為、アポイントは不要としている。

 しかし、この男は私に気を遣ってか決まった時間帯にやってくる。

 平時とは違う時間帯に本来冷静なこの者が慌てているという状況に緊急事態という事は判る。

 今の状況での非常事態……まさかと不安がよぎる。

 

 予算についての報告書のチェックをしている最中だったがそれどころでは無いらしい。

 とは言え、私が個人的に張り巡らせている影やメアルに付けた影からの緊急報告は今の所受けていない。

 私は、逸る気持ちを抑え、敢えてゆっくりと視線を上げながら書類を纏め、文官に視線を向けた。

 文官は大きく深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けていた。

 ここまで走ってきたに違いなかった。

 顔色が若干青い。


「では聞きましょう。何事ですか?」


 私の動揺を家臣に知られる訳にはいかない。

 ことさらゆったりと構える。


「南方の諜報員からの報告です。【クドナル】と【テリア】が今月の11日に交戦状態に入りました」

 

 ようやく落ち着いた文官からの報告は、私も予想外だった。

 いえ、あの2国は何度も戦争をしているからあり得ない事ではない。

 しかし、この時期の開戦は本当に予想外だったのだ。

 思わず顔を顰めてしまった。

 不機嫌な顔を何時までもする訳にはいかないので穏やかな作り笑いに戻したが、正直最悪な気分だった。

 

「布告はされているのですか?」


 影から事前に情報が上がって来ていない以上、正に突発的な事故が起きたのだろう。

 そこまで判っている上で文官に質問した。

 自分自身を落ち着かせる為でもあった。

 事故であるからこそ、メアルのつかせた影からの報告が無い事が不安を煽る。

 交戦状態が起きてから2日、何があれば既に連絡が入っている筈だ。

 


「いえ、どちらからもされてはいません」


「そうですか……」


 あの2国はその成り立ち上、とても仲が悪い。

 【クドナル公国】と【テリア王国】、この2国は元々【テリアクドナ王国】と言う1つの独立国家だった。

 その【テリアクドナ王国】で50年程前に内乱が起きた。

 貴族の権力争いとも、モス国の陰謀による民族闘争とも、宗教戦争とも言われていた。

 【テリアクドナ王国】は元々多民族からなる国家だった。

 しかし、大国【モス国】からの人工流入があり、風の神【クテレ】を信奉する民族が短期期間で増大したのだ。

 流入した民の中には【クテレ正教】の宣教師もいた。

 【クテレ正教】とは、自由な風の神クテレを信奉する教えで、【モス国】の国教にもなっている。

 当時【テリアクドナ王国】の経済は停滞しており、新しい風を求める機運が【クテレ正教】を急速に広める事となった。

 そして同時にその急な広がり方に危機感を覚え、反発する保守意識も強まっていった。

 そして改革を求める民衆対、保守を貫きたい王族貴族という形で内乱が勃発した。

 貴族の中で改革を訴えた公爵の暗殺がきっかけだったという。

 通常で考えれば、強大な武力を有する王族側(保守勢力)が鎮圧して終わっただろうが、その内乱に2つの大国がそれぞれの陣営に介入して状況が一変した。

 【テリアクドナ王国】は【ガレドーヌ帝国】と【モス国】に接した国家、言い換えれば大国に挟まれた国家だった。

 殺された公爵の息子を旗頭にした民衆勢力の改革派には【モス国】が、王族側に【ガレドーヌ帝国】が加勢し、戦いは大国同士の代理戦争の様な状況になったのだ。

 そんな中、我が国は中立を貫いていた。

 2勢力は1年戦った。

 しかし決着がつくことはなく、戦は膠着状態に陥った。

 両陣営共に疲弊し、大国への借金が増すばかり。

 多くの兵士、騎士、聖女、聖騎士が死に、国土は荒れ、物資を浪費し、経済は破綻した。

 大国の援助なしには食べることもままならないまでに疲弊し、戦いどころでは無くなったのだ。

 これ以上の戦争は不可能と踏んだ【モス国】、【ガレドーヌ帝国】双方よりの依頼があり、我が国【アマリア】が仲介役をかって出ることになった。

 そうして我が国の武力を背景に両陣営は共に休戦を承諾。

 モス、帝国、アマリア3国の協議の結果、それぞれ別の国家になることで戦いは集結した。


 公爵の息子はモス国公爵位に叙され、モス属国【クドナル公国】として一応の独立自治を認められた。

 また王族側も【テリア王国】建国したものの、国を保つ為に【ガレドーヌ帝国】の属国としての立場を余儀なくされた。

 お互いの国が体制や国力を整えるに20年の歳月を有したが、以降2国はお互いを憎み、統合するする為に度々戦争を起こしていたのである。

 今となっては戦っている理由は憎しみだけなのかも知れない。

 そして、【クドナル公国】【テリア王国】双方共に我が国にいい印象を持っていない。

 戦争に力を貸してくれた訳でも無いのに、後からやって来て脅し国を2分させるのに一役買ったのだ。

 モスも帝国もアマリアに汚れ役を押し付けたというところだった。

 

<よりによって何故このタイミングで……>


 運を司る神【ラキス】を恨まずにはいられなかなった。

 互いに制圧したいのであって、破壊したい訳ではない2国が穀物を収穫する大地の月(10月)の前に戦争に踏み切るのはそれだけで異常事態だ。


「詳細を説明なさい」


 苛立つ心を押さえつけ、なんとか平常心を保とうとしたが、若干語尾に苛立ちが出たキツイ言い方になってしまった。

 それが伝わってしまい、文官の肩が一瞬ビクッと上下した。

 その事で、少し心にゆとりが出来た。

 文官には、申し訳なく思う気持ちも込み上げる。


「は、両軍突発的な事故によるものらしく、未だ両国からの宣戦布告はありません。しかし交戦した以上、正式な開戦は必至かと思われます。我が国の同盟国【サウステンド王国】、【クロスカ国】、【イデドーブ王国】等、2国に接する国々も国境封鎖に動き出している模様」


「わかりました……」


 本当にいかんせん、タイミングが悪い。

 メアルシアも16才になり、約束通りモス国第二王子に嫁がせるべく、モス国へ向かわせたタイミングで交戦状態になるなんて。

 衝突があったその日は日程的に丁度クドナル国国境付近を通過する予定だった筈だ。

 しかも、【モス国】へ抜ける最短ルートを選定してしまった。

 その場合、問題の2国間の国境に近い【クドナル公国】側の街道を通る。

 馬車が通れる街道となるとルートは多くは無かった。

 しかも我が国は【クドナル公国】との正式な国交を開いてはいない。

 【イデドーブ王国】を通じて【クドナル公国】から通行許可を取っている。

 表のルートでこちらから、安否を探るのは一苦労なのだ。

 無事だったとしても、難民流入を防ぐ目的で同盟国の国境が封鎖され、混乱しているだろう。

 あまりにタイミングが合いすぎていて、これがあの子の運命なのかもしれないとも思ってしまう。


 今回の件は両首脳陣にも寝耳に水の事態だろう。

 しかしもし、クドナル領内でメアルシアに何かあった場合は我が国としても【クドナル公国】に宣戦布告をせざるを得ない。

 メアルシアをお披露目した以上、各国はメアルシアの血に価値を見出した筈。

 実際、非常に婚約の申し込みが殺到し、断りを入れるのに苦労したのだ。

 何の制裁も無しなんて事は、我が国の面子を考えれば、あり得ない事だった。

 ましてそれがメアルシアの運命だったなんて、この国の女王として言える筈もないのだ。


「至急メアルシアの安否を確認を。まだクドナル国境に入っていない様なら戻る指示を出しなさい」


「はは」


 文官が一礼し慌ただしく出ていった。

 兎にも角にもメアルシアの安否確認が今は最重要だ。

 こうなった以上、モスとの婚姻は延期とさせてもらおう。

 近くに控えている執事のクロードに指示を出す。

 クロードの顔色も悪い。 


「メアルシアにつけた影に連絡を取りなさい。もし連絡がとれたらメアルシアに戻るように指示を」


「承知いたしました」


 クロードも一礼して出ていった。

 今は、情報を待つしか無い。



 3日後クロードより報告が入った。


「陛下お待たせしました。御報告致します」


 クロードはいつもどおりの無表情だったが、私は分かってしまった。

 クロードの微妙な表情、態度の違いから悪い知らせだと。

 気持ちが焦る。


「どうでしたか?」


「はい……()()()()()()()()()()()()()()()()()()からの報告が入りました」


「聞きましょう」


「メアルシア様の消息は【クドナル公国】国内で途絶えております。馬車3台の内、2台の馬車が停車しておりましたがメアルシア様の馬車はありませんでした。

 何者かの襲撃を受け交戦状態になった様です。

 残念ながら生存者は無く、この度の移送に人員の内、メアルシア様、専属の次女と護衛騎士、選抜騎士の一人とメアルシア様の馬車の御者以外全員の死亡を確認しました。影も死亡。即死だったと思われます。襲撃した者達のらしき死体は無く、回収されたものと思われます。現在メアルシア様の安否を引き続き調査中です」


「襲撃者は相当の手練達のようですね」


「訓練を受けている集団でしょう」


「所属の特定は?」


「痕跡が無く、特定は不可能かと」


「なる程……それで選抜騎士の一人というのは?」


「第4騎士団所属ザッケンです」


「そうですか。ご苦労さまでした」


「陛下、メアルシア様の死亡は確認されておりません。まだ可能性はあります。最後まで諦めません様」


 クロードが気遣ってくれた。

 襲撃を受け、護衛2名のみとなった状況とあっては、現実的に考えて生存の可能性は低い。

 しかしメアルシアの乗った馬車は見つかっておらず、難を逃れた可能性も否定できない。

 とは言え、戦場と化したかの地でメアルシアの捜索は難しいだろう。

 こうなった以上、我が国の最優先すべき事は【クドナル公国】を非難しつつメアルシア救出を大義名分として即時軍を派遣する事だ。

 それ以外に他国領内で捜索は難しい。

 結果、クドナル軍との戦闘になれば、メアルシアを殺した国として【クドナル公国】に鉄槌を下す事になる。

 

 それは同時に【モス国】に敵対する事を意味する。

 自ら帝国に利する行為をしなければならないのだ。

 であれば、今回の事は帝国が裏で糸を引いているのかも知れない。

 メアルシアのお披露目の夜会で帝国の宰相の驚いた表情を思い出した。

 そもそも【クドナル公国】国境近くにテリア軍が居る事それ事態、出来すぎている気がしてくる。

 全ては帝国のシナリオではないかと。

 この時期での両軍の衝突をメアルシアが通過するタイミングで起こし、巻き込む形でメアルシアを殺す。

 要人一人の暗殺にしては大掛かり且つ運の要素が多すぎて不自然さはある。

 それにそれとは別で襲撃も受けている。

 だが、そう考えなければ割り切れないタイミングだった。

  


 しかし証拠は無い。

 それに証拠があってもどうにも出来ない。

 そこまで考えた私だが、結局自分の役割を全うするしかないと思い至った。

 女王とは言え、私にはそれしか出来ないのだ。

 私はこの件で不慮の事故により、成功を収められなかった。

 ならば次善の策を実行するだけ。

 私の中で直ぐにその次善の策は組み上がった。


「クロード、至急会議を開きます。宰相と各大臣、近衛騎士団長、ミリンダ、サーランを招集なさい」



◇◇◇◇◇◇



 全員揃ったとの報告を受けて、私は会議室に向かった。

 事前に宰相が全員の事のあらましを伝えたのだろう、頭を下げた彼らの顔色はわからないが、それぞれ深刻そうな雰囲気を纏っていた。


「皆、頭を上げて席につきなさい」


 私は席に座ると、皆にも着席を促す。

 さて、私はこれから非情な決断を下さなければならない。

 宰相を見れば宰相が一礼をして口を開いた。


「皆、陛下よりお言葉がある。心して聞くように」


 宰相とも長い付き合いだ。

 お互い白髪も増えた。

 ああ、宰相の頭髪は白髪よりも減った方が目立つか。

 アイコンタクトだけ意図が通じるのは有り難いことだ。


「皆、今日は緊急の招集ご苦労様でした。仔細は宰相より聞いていますね」


 敢えて、ゆったりと構えてみせる。

 皆の無言の頷きをみて、私もまた頷いた。


「では、私の考えを述べます。王女メアルシアが【クドナル公国】領内でかの国の巨兵と【テリア王国】の巨兵との戦闘に巻き込まれました。私はその責任は【クドナル公国】にあると考えています。そしてその責任を追求しないのは我が国の沽券に関わります。故に……」


 皆の視線は私に集まっている。

 大臣のだれかがゴクリと喉を鳴らした。 


「【クドナル公国】に兵を出し、その非を問い正します」


 周囲も予想していた言葉だったからかざわつくことは無かった。


「では、出兵に関して意見の在るものは述べよ」


 私の言葉を宰相が引き継ぎ、大臣達による会議が始まった。

 私は無言で会議の推移を見守った。

 会議は出兵に対し賛否両論だった。

 反対派の意見の多くは私も既に考えた事ではある。

 この出兵は我が国と【モス国】との仲を違えるので結果、帝国の思うつぼだと言う者。

 メアルシアが真に殺害されたかが定かでは無いのではっきりするまで待つべきだと言う者。

 しかし、忘れてはならない。

 メアルシアの安否は兎も角、【クドナル公国】領内で我が国の者が襲撃されて殺されているのだ。

 しかもメアルシア一行の通行ルートと日程は通達してあった。

 

 議論は白熱していたが、会議中に追加報告が入って状況が変わった。


 メアルシアの乗った馬車の残骸が最初の襲撃から暫くモス側に進んだ場所で発見された。

 【クドナル公国】の巨兵の兵装である投槍が近くに刺さっていたという。

 【クドナル公国】と【テリア王国】の巨兵同士の戦闘に巻き込まれた事は間違いない状況となった。

 最早メアルシアの生存は絶望的と判断せざるを得ない。

 襲撃云々は兎も角、クドナルによってメアルシアは殺されたのだ。


 メアルシアが【クドナル国】の攻撃により殺害されたという事実を突きつけられ、出兵に異論を唱える者は居なくなった。

 しかし、どこまでで兵を引き上げるかが問題となった。

 私としても正直モス国との全面戦争は避けたい。

 結局のところ、クドナル国に多大な賠償金を払わせる事が外交上の落としどころと考えている。

 

 会議中に更に新たな情報が齎された。

 【クドナル公国】が正式に【テリア王国】に宣戦布告をした。

 クドナル軍は既に国境にむけて進軍を開始したと言う。

 同時に、テリア側も国境付近でで迎え撃つ体制を整えつつあるという。

 しかし、クドナル側から我が国に謝罪どころか何の報せも入っていない。

 同時に色々あり、こちらの事態を把握出来ていないのかも知れない。


 私は女王ととして決断をする。


「早急に軍を出動させます。至急帝国に連絡をとりなさい。あくまで目的はメアルシアを害したクドナル公国軍であってテリア王国軍ではないと。具体的な編成は軍務大臣に任せますが、先遣軍として【輝く薔薇】を出動させます。ミリンダ、サーランこの後直ぐに出立なさい。本軍には私も出ます」


「陛下、お待ちください。陛下ご自信がご出馬なさるなど……」


「それに両殿下を先遣軍で出すなど危険です」

 


 流石に大臣達の反対意見が上がる。


「待てません。メアルシアをお披露目する前ならいざ知らず、未だ特使はおろか、連絡一つ寄越さないとは我が国も舐められたものです。ここで動かなければ我がアマリア同盟各国の盟主としての面子を保てません。いいですか、これは決定です」


 私の声に意を唱える者は居なかった。

 大国故に面子に拘らなければならない。

 我が国を軽く見れば、痛い目に合うのだと理解(わか)らせなければならない。

 その面子の為に、更に多くの犠牲者を出すことになってもだ。

 私はその大国の女王として犠牲を出す決断をしなければならない。

 それが民の発展と安寧につながるのだから。


「ミリンダ、サーラン、王族が先陣を切るのはアリーシャ様から続く王家の心得です。貴女方が命を賭けるからこそ、皆が命を賭けてくれるのです。」


 私は娘2人に王家の心得を話す。


「陛下、心得ております。クドナル軍の横っ面をぶん殴ってきましょう」


「陛下のお心のままに、我が神の勇士兵(エインヘリヤル)の恐ろしさを思い知らせてきます」


 メアルシアの件でサーランが気落ちしていないか心配だったが、大丈夫そうに見えた。


「頼みましたよ。先ずはクドナル軍を急襲なさい。その後国境付近で待機し本軍と合流、クドナル公都を目指します」


「それでは、モス国と全面戦争になってしまいます。それに周辺を制圧しないで公都を直接攻めては補給路を絶たれて包囲されかねません」


「いや、それはそう見せるだけだ。外交を有利に進める為のな。その為にもかの国が震え上がる程の大軍を動かす必要がある。同盟各国からも援軍を出して貰うことになるだろう」


 近衛騎士団長の危惧に宰相が意図を説明する。


「では、あくまで目的は制圧ではないと」


「その通りです。我が国を力を示し、思い知らせねばなりません。モスにも帝国にもです。但し流石に全容を見せる訳にはいきませんがね」


 この様な形でメアルシアを失い、モスとの軍事同盟が難しくなった今、純粋に武威を示し帝国を牽制するしかない。

 そして全容を見せずに圧倒できる大軍を用意する事は可能だった。


「国庫より兵糧の備蓄を使う事を許可します。また【クドナル公国】に経済制裁を課します。同盟各国にその旨通達なさい。【クドナル公国】に小麦を含むあらゆる食料及び物資の販売を禁じます。また各国の流通分は我が国で買い占めなさい。それから魔道具の輸出も禁じます。我が国の力を見せつけるのです」


「しかし、かの国はモス国から援助を受けるのでは?」


 この質問は財務大臣から、私は経済制裁の目的を話します。


「無論承知の上です。飢えさせるのが目的ではありません。モスの国力を削れればいいのです」


「そうなると、帝国だけが得をしませんか?」


 軍務大臣の心配も尤も。此処に来て軍事バランスが崩れるのは最終的に我が国を危険に晒しかねない。


「食料買い占めの影響は【テリア王国】にも波及するでしょうね。そしてまだ帝国は体制を立て直したばかり。まだ属国を切れないでしょうから食料支援を行うことになります。なんなら帝国側にもモス側にも高値で売ってもいいのです」


「承知しました。スピード勝負ですな。直ぐに買い占めましょう」


 財務大臣が納得したようだ。


「帝国から苦情がきますな。それは抑えますが、替わりに帝国からの輸入に頼っている鉱物資源で帳尻を合わせられるでしょう」


 高値で食料を売れば、報復を受けるのも当たり前の事。

 外務大臣の危惧は最初から判っている。


「現在国庫にある各鉱物資源の備蓄量は国年間消費量の10倍。そしてそれを帝国は知りません。なので当面恐れる必要ありません」


 帝国から鉱石を買うのは我が国で取れないからではない。

 我が国ばかりが魔道具で莫大な利益を得ていると思われないように各国から物資を買っているだけだ。

 そして国内の産業が衰退しない様バランスもしっかり取っている。

 輸出を禁止されても数年の間に国内生産の対応は可能だ。 

 我が国はどの国よりも経済的に優位に立てる。

 それは私の功績ではない。

 全ては【初めの聖女】アリーシャ様のおかげ。

 アリーシャ様が我が国だけに与えてくれた、魔道具作成の技術故だ。 

 我々はその恩恵を受けているだけ。

 400年経った今でも他の国の魔道具作成技術は我が国の足元に及ばない。

 そして、アリーシャ様の残してくれた【魔導袋】が食料や物資の大量保管を可能にしている。

 それこそが我が国の最大の強み。


「さすがは陛下。それは無用な心配でした」


「戦を起こす前に経済や物資で負けるような国にしたつもりはありません。他にありませんか?」


 大臣達に声を上げるものはいない。


「では以上です。直ぐにかかりなさい」


「「「「「「はは!」」」」」」


 会議が終わった後、私は宰相、軍務大臣と補給、防備、人員、予算など、詳細な打ち合わせを深夜まで行った。



◇◇◇◇◇



 会議も終わり、寝室に戻ってきた。

 流石に湯浴みする気力も無かったし、これから侍女達に用意させるのも可哀想だった。

 ベッドに横たわったが、今日に限り眠くはない。

 いつもなら、直ぐに寝てしまうのに。

 肉体的にも精神的にも疲れている。

 戦を起こす決断をしたから興奮しているという訳でも無い。 

 理由は判っている。

 メアルシアの死がそれなりに堪えているのだ。


 私は彼女の人生から自由を奪い、王族の責務を押し付け、そして結果として命まで奪ってしまった。

 その事を私は嘆きも、悔いもしていない。

 私は女王として、必要ならば自らを犠牲をする決断をも下せる。

 だからこそ国を民を守る為ならば他人にも犠牲を強いる決断を下すこともできる。

 でも、だからといって私の精神が擦り減らない訳ではないのだ。


 メアルシアを失った事がこれだけ堪えるとは思いもしなかった。

 彼女を養女にしたが、それは国益を考えての事で親子として接した事は無い。

 彼女も私を陛下としか呼ばなかったし、そもそもそんなに交流を持たなかった。

 彼女には【初めの聖女】の色と聡明さに期待を寄せていただけだ。

 しかし今、この世からいなくなってしまった事にショックを受けている自分がいる。

 【初めの聖女】を失ってしまった事へのショックなのかも知れない。


 私は結果として判断を誤った。

 極めて大きなカードを切り、それを無駄にしてしまった。

 こんな事ならサーランの提案通りに秘蔵し、サーランの戴冠式で共にお披露目するべきだった。

 タラレバを言っても仕方が無いのにどうしても考えてしまう。

  

 そうか私は、女王としての私は、私の判断が彼女を無駄死にさせた事、判断をミスした事を悔やんでいるのだ。


 万が一メアルシアが生きていたとしても、彼女をもうこの国の王女としては復帰はさせれない。

 メアルシアは【クドナル公国】に殺されたのだ。

 攻める決断を下した以上、その事実を覆す訳にはいかない。


 だから……もし……もし本当に生きていたのなら、彼女はもうメアルシアではなくメアルだ。

 今後はメアルとして生きればいいと思う。

 サーランの心を救ってくれたメアルシアには感謝している。

 だから私は一人の母親として、せめてそうあって欲しいと願うのだ。



◇◇◇◇◇


 

 夜も開けない内に目が覚めてしまった。

 いつの間にか寝てしまったようだ。

 ほとんど寝れなかったとは言え、少しでも頭を休められたので良しとする。

 私は、自分で身だしなみを整え執務室に向かうために廊下に出た。

 廊下では執事のクロードが待機していた。


「お早う御座います陛下」


「クロード。まだ休んでなさい」


「お心遣い有難うございます。ですが十分に休まさせて頂きました」


 そう言えば、そういう男だった。

 私が起きた以上、クロードが休むなど無いだろう。

 執事の仕事に関しては頑固な男だ。

 でもだからこそ信用出来る。


「そうですか。では今日もお願いします」


 ここで押し問答してもクロードが折れる事は無いので、諦めて執務室に向かった。


 さて、これから今回の出兵に関して、各国に出す書状を書かなければならない。

 ただし【クドナル公国】には一切送るつもりは無い。

 充分に震え上がるが良い。

 しばしペンを走らせていたら、ノックの音が聞こえた。


「陛下、サーラン様が面会に参りましたが如何なさいますか」


 サーランが?

 何事だろうか。


「通しなさい」


 部屋に入ってきたサーランは戦衣を着ていた。

 戦衣は聖女の戦闘用の衣装だ。

 我が国の戦衣は白字に金をあしらった軍服で、アリーシャ様、ナリータ様がお召になっていた戦衣を時代に合わせてデザインし直している。

 王族である事を敢えて知らせる必要もないので近衛騎士隊の聖女達と同じ戦衣を着用させる。

 戦衣は動き易く、丈夫な上に、対物理、対魔法魔法が付与されている。

 サーランの戦衣姿を見るのは初めてだった。


「サーラン、似合っていますよ」


 これから戦に向かう娘に対する言葉としてどうかと思うが、それしか出てこなかった。


「有難うございます」


「サーラン。出立の準備はいいのですか」


 娘たちには出撃命令を出した。

 そろそろ出立の筈。


「お母様。少しだけで構いませんのでお話する時間を」


 メアルシアと初めて顔合わせをした日、あの日からサーランは変わった。

 暗さは影を潜め、はっきりと意見を言う様になった。

 かと言って、周囲とのバランスもしっかり取れる。

 サーランは元々聡明だった。

 だから、この変化は嬉しく思っている。

 サーランならばこの国を任せる事が出来る。

 そして、そのサーランが 私を陛下ではなく「お母様」と呼んだ。

 少し驚き、そして嬉しかった。

 この子と私人として、親子としての会話は実に久しぶりだった。

 この子にミドルネームを与えた日以来ではないだろうか。

 本来なら気が緩まないように厳しく接する所だったが、つい許してしまった。


「少しだけですよ」


「有難うございます。それでメアルシアお姉様ですが」


「メアルシアがどうかしましたか?」


「私はお姉様は生きていると思います」


「何か根拠があるのですか?」


 一応、クドナル領に入ったら詳細な調査をする予定ではいた。

 生きているという確証があるのなら、救出を急いだほうがいいだろう。

 

「ありません。でも信じています」


「そうですか」


 ならば、何故態々こんな話を?と思ったが、サーランはきっと私を元気づけようとしてくれているに違いない。



「それで、もしお姉様が生きていたらどうなりますか?」


「どうにも……どうにもなりませんよ。もし生きていたとしたら、その者はもうメアルシアではありません」


「お考えをお聞かせ頂き有難うございました。これで安心して出発できます」


 どういうことだろう?

 サーランの表情は嬉しそうで、そして少し寂しそうだった。


「私は、本当は……お姉様には自由であって欲しかったのです」


 そんな事を言うサーランはとても穏やかな笑みを浮かべた。


「そうでしたか」


 サーランの笑顔はとても澄んでいて曇りがない様に感じた。

 本心からメアルシア、いえメアルが自由になれた事を喜んでいる。

 そして私も……

 今の私は私人として、娘の母として、母娘の会話の時間を過ごしている。

 私人としての私は、娘の思いに賛同している。

 それは昨夜願った事。

 娘と同じ思いでいることを、母としてとても嬉しく思った。



続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ