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騎士と聖女の物語  作者: 丁太郎
二国の争い編
24/36

2.軍事演習

★★★★★

Side:テリア王国将軍イエット

執務室にて


「お疲れ様でした。お茶をお淹れします」


「ああ、頼む」


 執務室に戻るなりこの国の将軍であり、聖騎士でもある俺のパートナー、聖女ヒルデに声を掛けられた。

 怒りの感情を即座には抑えられなかったのでぶっきら棒に返事をしてしまったが、ヒルデは笑顔を絶やすこと無くこの務室備え付けの給湯室に入っていた。


 便利な世の中になったもので昨今では魔道具により火を起こさずともお湯を沸かせる。

 魔道具には魔導球がある物と無い物があり、有るものならば使用時の魔力は魔導球から供給されるので使用自体は誰でも使えるが、魔導球の無いものは使用者が魔力を供給しなければならない。

 とはいえ魔力を込めるだけで呪文や術紋が要らないの魔導具は魔力持ちならば魔導球なしの物でも大変便利なものだ。


 魔導球付きの魔道具はアマリアなら兎も角、価格は跳ね上がるので、将軍職にあっても予算が出ない。

 聖女になれるヒルデほどの魔力を持つ者ならお湯を沸かすなど造作もないのだが、それを加味してもお茶はあまりにも直ぐに運ばれてきた。

 執務室に戻ってくるタイミングでお湯を沸かしておいてくれたようだ。


 ヒルデの淹れた茶を飲みながら、ほうと息をついた。

 ヒルデの淹れてくれるお茶でようやく心を落ち着かせることができた。

 今の立場になってからというもの、ヒルデのお茶には何度もお世話になっている。

 俺の向かいにはヒルデが座っていて同じくお茶を飲んでいる。

 二人だけのティータイムで、一日の楽しみの一つだ。


「随分とお怒りのようですね。無理難題でも押し付けられました?」


 俺を気遣うような、心配そうな声だった

 ヒルデは聖女だが優秀な副官であり、補佐官でもある。

 大国ならいざしらず、ここ【テリア王国】は小国でしかも帝国の属国の一つに過ぎない。

 聖女といえど役職を与え、こき使わざるを得ないのが現状なのだ。

 そういった事情なのでヒルデの言葉は俺への気遣いでありながら自身の心配でもある。

 本当に無理難題だったら彼女も巻き込まれるのだ。

 気になりもするだろう。


「ヒルデの心配するような事ではないよ」


「そうですか。では…」


 ヒルデは気付き、そして言い澱んだ。

 しかし、俺はこの苛立ちを抑えることなど出来ない。


「ああ、問題なのはバークイの野郎だ」


「……将軍、お気持ちは判りますが、バークイ司令をその様に仰っては」


「野郎で十分だ。俺は一生許しはしないからな」


 ブエイ砦防衛司令 ファイコ・バークイ……俺はこの野郎への殺意を抑えるのに未だ苦労している。

 この男は俺の敬愛する上官だった閣下を、この国を出奔せざるを得なくさせた張本人だった。

 もちろんその事をヒルデも知っている。

 ヒルデが姉の様に慕っていた閣下のパートナー、聖女”ニー”も閣下と共にこの国を去り、ヒルデもかなり悲しんだのだ。


「で、司令がなにか問題を?」


 ヒルデは少しだけ困った様な表情を見せたが、直ぐに真顔に戻って話を進めてきた。

 今は思い出に浸っている場合ではないということか。

 俺は一度大きく頷いてから話を先に進めた。


「奴は急に軍事演習を行いたいと上に要請を出した。しかも軍では無いルートからな」


「それは……」


 バークイはこの国の貴族で、しかも高位貴族の縁者だ。

 今回はそちらのルートからの要請だった。

 軍事は所詮政治の一手段だ。

 貴族の介入はあり得ない事ではないが、軍に身を置く一人の軍人としては全く嬉しくない。

 ましてやバークイの野郎の為なんぞには指一本動かしたくない。


「先月帝国と合同軍事演習を行ったばかりなのは覚えているよな」


「ええ、それは勿論」


「それなのに上はこの要請を通すつもりだ。イヤ、先の会議で決定した。ブエイ砦配備分だけでなく、中央からも巨兵を出すそうだ」


「それで将軍が派遣されるのですか?」


「心配そうな顔をするな。いや無理か、派遣されるのはターオーブ殿だ」


「………はぁ、嫌な予感がしたんですよ。なんでターオーブ様なのでしょう?将軍断りきれなかったのですか?」


 ヒルデは落胆した。

 肩を落として首をふる仕草付きの芝居がかったあからさまな落胆だった。

 落胆する理由は理解っている。

 ターオーブは元同僚だ。

 閣下の元にいたときからの付き合いで、今では俺の配下の将になっている。

 執務の上でも優秀な男なので、一時的にでもターオーブが抜ければ、しわ寄せは俺とヒルデの方にくるのだ。


「何故と言われてもいきなり指名されたんだ。しかも断れる理由がないだろ」


「バークイ司令は元閣下の一派を嫌っているではありませんか、司令の性格を考えればこの指名はあり得ないでしょう」


「ああ、嫌っているという点はこちらも望む所だね。だがターオーブの指名が奴の意図とは限らないだろ。本部には本部の都合があるさ」


「では、バークイ司令と将軍の不仲を知っている者の嫌がらせでしょうか」


「ふーむ、それは十分考えられる。さしづめデリカット将軍辺りからだろうな」


「そう言えばあの方にも嫌われてましたね将軍」


「厳密には閣下が、なんだけど。俺はそれを引き継いだだけさ」


 レスブリッジ・デリカット上級将軍。

 かつて閣下と共に【テリアの双璧】と謳われた将軍だ。

 閣下が【不死身のギルバート】という二つ名で世に知られる様にデリカット将軍もまた【破砕のデリカット】として名を馳せている。


 上級将軍は麾下に将軍位の配下を持つことが許され閣下と呼ばれることを許された存在だ。

 俺が敬愛するギルバート閣下が上級将軍に就任するまではデリカット上級将軍のみがその位にあった。

 そのためかデリカット将軍は、上級将軍になった閣下を異常にライバル視していた。

 閣下が去った現在、デリカット将軍の軍部内での発言力はかつてより大きくなった。

 最高司令閣下も聞き入れざる得なかったのかも知れない。


「それにしてもよくもあの倹約家の宰相閣下が要請に許可だしたものですね」


「ん?……それもそうだよな。あのドケチなロデオ・エスタ宰相閣下がよく……そうか、許可したくて許可したんじゃないじゃないか」


「どういうことでしょう?」


 首を傾げるヒルデ。

 普段は大人っぽく、そして俺には割と辛辣なヒルデがたまに見せる幼い仕草、こういう仕草をみると可愛いと思ってしまう。

 ここで抱きしめる訳にいかないから、夜にでも誂うことにしよう。

 尤もそんな余裕が無いんだろうけど。


「バークイの野郎のコネはこの国だけじゃないってこと」


「帝国に………」


「ああ、奴は元々帝国から入婿で来たんだが、本当は帝国の監視者の1人なんだろう、奥方の親が高位貴族とはいえ奴自身の血縁じゃないんだ。帝国という後ろ盾がなければあそこまで威張れやしないさ」


 帝国の属国である【テリア王国】には帝国の意に逆らう訳にはいかない。

 自治を認められているものの、軍事技術も経済も帝国に依存してしまっている。

 実際この国の巨兵は、帝国製で、それまで制式巨兵だった【タイタン】から、より新型の【サイクロプス】への切り替えにより、払い下げされた巨兵【タイタン】を改装した【タイタンⅡ】である。

 自国で研究する必要が無く、大国製の強力な巨兵による軍備増強ができる反面、帝国の言いなりにならざるを得ない。

 それに恐らく【タイタンⅡ】には帝国に弓を引けない何らかの細工も施されているに違いないのだ。


 ヒルデは顎に指を当てしばらく考え込んでいたが、諦めたのか首を振った。


「ではこの演習は帝国が要望したってことですよね。ですが帝国の目的が見えません」


「そうだよな。今、帝国の目は西を向いている、わざわざ南の【モス国】を刺激する意味があるのか? しかし帝国も決して一枚岩じゃないんだろうから帝国内部の派閥争いの一環かもしれないな」


「理解らない事は考えても無駄ですね。それよりも残業が増えるのが当面の問題です。将軍も逃しませんからね」


 ヒルデの目が猛禽類の如く鋭く俺を捉えている。

 その眼力から察するに並々ならぬ意志の力を感じる。

 これは、逃げれないと観念するしかなさそうだ。

 いや、最初から逃げるつもりはないんだった。


「あ、ああ、わかってるとも」


 ヒルデの迫力に押され、返事が引きつった感じになったのは仕方がないと言うものだ。

 ヒルデはニー様の影響を強く受けてから、俺に対して割と強気になった。

 パートナーになりたての頃はもっと謙虚で可愛らしい少女だったのだが。

 ま、この気安いやり取りも嫌いでは無い。 


「将軍……ニー様達の様に下に押し付けたいと思いません?」


 本当にヒルデはニー様を敬愛しているのだろう。

 しかし、悪いところは感化してほしくない。

 失われた日々を思い出し、少し気持ちが暖かくなった。


「あー、閣下とニー様にはよくやられたな。お二方が逃げた執務を肩代わりしたのは、俺とヒルデとターオーブだった。でも今は任せられる奴がいないだろ」


「はぁ、そうですね。有能な人材を今すぐ引っ張って来てくださいよ」


「タダでさえ敵が多いんだ。スパイを入れたくない」


「理解っています。言ってみただけです」


 ヒルデには申し訳ないがここは共に残業を頑張るしかない。

 結局、我々は苦労性の似たものパートナーなんだろうな。

 そもそも今だって閣下の尻拭いをしているようなもの。

 はぁ、と二人してため息をつくしかないティータイムとなった。

 


☆☆☆☆☆



 ターオーブが発って随分と経った。

 書類仕事が落ち着いてきて、今頃は演習に励んで居る頃だろうか、などと考える余裕も出てきた頃の事だった。

 平穏は突如破られた。

 それは突如執務室に駆け込んできた部下の放った第一声から始まった。


「将軍、大変です」


 ノックもなしに駆け込むほど大事が起きたということか。

 ヒルデが怪訝な表情を見せたが、静止の意味を込めて俺が手を上げると直ぐに無表情に戻った。

 礼儀を嗜めるのは後でもいい、それより内容を聞くほうが先だ。


「どうした?」


「はい、ターオーブ様からの緊急連絡です。演習中の我が軍の巨兵がクドナル軍の巨兵と遭遇し、戦闘状態に入ったとの事です」


 何度か深呼吸をした後に部下が語った報告を聞いて、げんなりした。

 ヒルデの方を見たがヒルデは無表情のままだ。

 しかし、内心は俺同様にげんなりとしただろう。


 クドナル、いやモス国の現状を考えればクドナルと遭遇するなど、こちらから国境侵犯でもしなければあり得ない。

 元来冷静で慎重なターオーブがそんな間抜けな事をするだろうか?


 確かにここ【テリア王国】と【クドナル公国】は最悪に仲が悪いから巨兵同士が遭遇したら、警告なしで即戦闘になるだろう。

 2国は元は一つの国だったが、いろいろあり2つに別れ、それぞれ別の大国の属国になった。

 分裂する程に仲の悪い2国は大国の代理戦争という形で何度も衝突を繰り返しているのだ。

 クドナルとの国境近くにある【ブエイ砦】で演習など行えばあちらだって警戒して巡回くらいはするだろう。

 しかも、元々1つの国であった2国の国境には緩衝地帯が無い。

 こうなる恐れはあったが、これがもし帝国の目的なら起こるべくして起こったということだ。


「いつの話だ」


「3日前です」


「そうか、詳しく教えてくれ」


「は、3日前の早朝、演習行動中の1小隊と恐らくこちらの演習を警戒して巡回中だったクドナルの巨兵が遭遇。運悪く霧が深く、お互い接近するまで気付かなかった様です。お互い3機編成の小隊で先に手を出したのは小隊長を務めるヴェルノ・バークイ殿です。戦闘の結果、こちらの損害は小破2機、中破1機、クドナル側は不明です」


「大敗じゃないか」


 思わず素で大声を出してしまった。

 報告中の部下も驚き報告を止めてしまう。

 先に仕掛けた上にその損害はお些末過ぎた。

 

「将軍」


 お陰でヒルデから落ち着けとばかりに”将軍”の一言に要約した窘めを貰うことになった。


「ああ、済まない。その損害で生きて戻れたのか?」


「はい、戦闘に気づいた別の小隊の接近に合わせてクドナル側が撤退したとの事です」


 ち、仕掛けた上に大損害をだして、その上生き残ったのか。

 忌々しい事この上ない。

 しかも、戦闘の趨勢が決まった頃に戦闘に気づいて他の小隊が駆けつけたって事は戦闘開始の信号弾も打ち上げてないか、打ち上げたが他の隊との距離が離れていて駆けつけるのが遅くなったかを意味する。

 なんにせよ演習とはいえ軍の行動としては滅茶苦茶だ。


 霧の為、信号弾を上げても気付かない可能性はあるが、魔力の籠もった信号弾は魔力感知機能を有する帝国製巨兵なら気付かない筈がないのだ。



「閣下、ヴェルノ殿は……」


「ああ、ブエイ砦司令閣下のご子息だ。それよりヒルデ、最高司令閣下へ緊急の面会依頼を出してくれ」


 ヒルデが急ぎ足で執務室から出ていく。

 少しだけ焦っている様に見えたのはこれから起こる事への対応や、書類仕事でまた残業漬けになることが理解っているからなんだろう。


「それでターオーブからは他になにか報告がないか?」


「いえ、以上です」


「では下がって宜しい。伝令には休憩を取らせるように」


「は!」


 報告に来た部下に下がる指示を出して退出させる。

 ターオーブが報告を出来ない事が起こっていると見るべきか。

 まぁバークイが横から色々と圧力をかけていらんだろう。

 ヴェルノ・バークイの小隊は恐らく濃い霧を幸いに迷ったふりして国境を超えてクドナル領に入ったに違いない。

 でなければそもそもクドナル側との遭遇は考えにくい。

 そうだとすると、早朝の演習はそれを狙って仕組まれたと見るべきか。


 現在【モス国】も南征の準備中でモス北方での戦争は望んでいないはずだった。

 お互いに諜報戦も盛んで、あちらも帝国が西に目を向けているのを知っているはず。

 だからこそ【モス国】が悲願である聖地奪回の南征を準備中なのだ。

 ヴェルノが帝国の意を受けたバークイの野郎の指示で動いているのはまず間違いがないが、態々クドナルとの戦を起こすために仕掛ける意味が理解らない。

 こうなってはクドナル側の宣戦布告も時間の問題だろう。

 そして、ターオーブが現地に居る以上俺が出向かねばならない。

 であれば、戦の前に息子の失態を突いてバークイの野郎からの干渉を排除しておく必要がある。



「閣下、面会の許可が出ました。至急報告に来るようにとの事です」


 考え事をしていたら、ヒルデが帰ってきていた。

 戻って来たことにも気付かない俺にヒルデは不用心だと少々呆れた表情を見せている。


「判った、では行こう」


 俺は今後予想される展開にうんざりしつつ重い腰を上げた。

 最近は、うんざりとげんなりがあまりに多すぎる。

 ヒルデが俺の思いに同意するように無言で頷いた。



☆☆☆☆☆



 案の定、クドナルからは直ぐに『テリア王国の侵略行為には徹底的に抵抗する』として宣戦布告がなされた。

 その報告を聞いたのは開戦予定地への道中だった。

 新たに巨兵4機を輸送中なので到着には後7日程かかる。

 巨兵は巨大な為、ある程度分解し、4足型ゴーレムの牽引による輸送荷台で運ぶのだ。

 単独ならブエイ砦まで3日で着くだろうが、4足型ゴーレムの足では15日程かかる。

 重い巨兵を運ぶゴーレムの移動の遅さもあるが、ゴーレムへの魔力供給も必要だからだ

 魔力供給を担う魔道士達の頭数は揃えるだけ揃えたが、なにせ巨兵の移動は本当に魔力喰いなのだ。

 再組み立ての屋外工場は演習を行っていた本陣に既に有るだろうが、追加の設営なども考えれば戦闘準備が整うのは早くても今より10日だ。

 実際の戦闘は20日後位になるだろうか。

 補給はブエイ砦を頼らないルートで確保した。

 ターオーブら演習部隊が前もって本陣を置く場所を押さえている、余裕があるならこちらで輸送中である巨兵分の屋外工場の増設も行ってくれるだろうが、期待は出来ない。


 俺は行軍の指揮を副官のヒルデに任せ、数名の部下と共にブエイ砦に向かった。

 ブエイ砦に寄るのは俺と数名の部下だけで、軍自体は本陣まで直接向かうのだ。

 



「ふん、やっと来おったか。 儂はデリカット将軍を寄越せと言ったんだが、どうしてお前のようなのが来た?」


 到着して直ぐに会議の場に呼ばれるくらいは我慢できた。

 会議室に入るなりの挨拶がこれではこちらも応戦せざるを得ない。


「ご子息の失態が無ければ、こちらに来る必要はなかったのですがね。そういえばご子息は閣下の部下でしたね。閣下にはどう責任を取るのかお聞きしたいものです」


「な、今回の指揮はお前の部下だろうが! 責任はお前にあるんじゃないのか?」


 息子の失態を突けば、直ぐに顔を真赤にして言い返してくる

 本当に変わらないし、呆れる男だ。

 いま、ぶち殺せればどんなに溜飲が下がるだろうか。

 しかし、ここは俺が忍耐するしかない。

 できるだけ、無表情にして言葉を続けた。



「私が来た理由をご理解頂けたようですね。確かに()()()()()()()()()()、私の部下の尻拭いです。ですから今回の戦闘の指揮権は私にあります」


 部下が、総司令からの指令書をバークイに渡す。


「ふん、勝手にしろ。ただしこちらかの援助は無いと思え。万が一に備え防備に専念しなければならんからな」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、ふんぞり返る様は空を見えあげるブクブクの蛙のようだ。

 あからさまな嫌味と嘲笑を含んだ表情は醜悪で、つばを吐きかけたくなる程に見苦しい事この上ない。

 ヒルデを連れてこなくて正解だった。


 奴の醜悪さはさておき、”勝手にしろ”この一言が欲しかった。

 内心ではニヤリとしたが表情に出す愚は犯さない。

 あくまで冷静な態度を取り続ける。


「言質はとりましたよ。閣下」


「……どういう意味だ」


「閣下のご子息は現地の部下に命じて拘束させて頂いた。私が到着次第、指揮官権限で軍法会議にかせさせて頂く」


「な、なんだと!」


 バークイは太りきった体をプルプルと震わせて、毛のない頭と顔を真っ赤にしながら喚き散らしだした。

 本当にどこまでも見苦しい男だった。


「閣下、落ち着いてください」


 バークイの取り巻き達が必死に宥めようとする。

 普段バークイの機嫌に振り回されるのだろう。

 いいオッサンを必死に宥める同じくオッサン達。

 実に哀れな光景だった。


「しょ、将軍! 開戦を前に味方を裁くなどと、正気ですか!!」


「いくら指揮権があるとはいえ、非常識ですぞ!」


「今からでも遅くない! 取り消すべきです!」 


 取り巻きが何とか機嫌を取ろうと、軍法会議を取りやめさせるべく俺にくってかかる。

 その必死な様子が笑えた。

 凄んだところでこちらも閣下と共に戦場を何度も掛けた身、怖くもなんとも無い。


「そ、そうだ、態々味方の士気を下げるつもりか」


 だが、その言葉はバークイに希望を与えたようだ。

 取り巻きの発言に乗ってきた。

 あまりに予想通りの展開に却ってげんなりする。

 しかし、だ。

 一見無知で愚かな男に見えるバークイだが、かつて閣下はこの男に嵌められたのだ。

 この男の権力を甘く見るのは危険だ。


「確かにその通りです。ですが私の権限で行う事に口は出してほしくはないものですね」


「そうかもしれませんが、将軍も忙しいでしょう。こちらで身柄を引取ってもいいのですが」


「いや、お構いなく。士気にも関わるので我が軍の事は我軍内でけじめをつけますよ」


「ですがヴェルノ殿は将軍の部下ではありますまい」


「部下ではありませんが、先程閣下も認めた通り()()()()()()()()()()()のは事実です。それに閣下からは好きにしていいとお言葉も頂きましたから」

 

 取り巻き達と俺のやり取りをハラハラしながら見つめるバークイ。

 自分の言葉が息子を窮地に立たせたと理解するや大声を張り上げた。


「言っとらん!儂は息子の事を好きにして良いなどと言っとらんぞ!!」


「そうです将軍、閣下は将軍の好きにしていいという意味で言った訳ではありません」


「この度の指揮権は総司令から頂いています。この上 一砦の司令官閣下の許可が必要ですかね?」


 そう、軍の指揮系統において、国境砦の司令官でしかないバークイにそもそも俺の行動を邪魔する権限などない。

 それにヴェルノは今はターオーブの指揮下にいるのだ。

 現時点ではあるが。 


「……何が欲しい……」


 取引をしたいという、こちらの意図は正しく伝わったようだ。

 バークイは極めて低い声で忌々しそうな声で目的を訪ねてくる。

 焦らしてこれ以上この醜悪な男とやり取りする趣味はない。

 さっさと終わらせて、ヒルデの元に戻りたい。


「私の部下にいろいろと圧力を掛けたと聞いています。閣下が先程の言葉通りに砦の防衛に専念して下さったら、ご子息の軍法会議は本部で行う様にしましょう。ただし戦が終わるまではこちらで身柄は拘束します」


 急に冷静になったバークイの問いに俺も要求を出す。

 軍法会議を本部で行えば裏から手を回してしまうだろうが、そんな事はどうでも良い。

 ヴェルノはかつてニー様にちょっかいを出した馬鹿なので制裁を加えたい所だがそれよりも、今回の戦にちょっかいを出させないことが重要だ。


「……判った。応じよう」


 いくら愚かな男でも今は要求を飲むしかないと理解出来ていて安心した。


「閣下の賢明なご判断に感謝します」


「ヴェルノの軍法会議を本部で行うのは間違いないな」


「閣下が約束を違えぬ限りは。因みに私が戻らなければ私の副官が代わりに実行します」


 俺はそう言って、殺気立ち始めた会議室から退出した。

 まさか将軍職にある俺を開戦前に害しはしないだろうが、なにせバークイは選民意識の高い。

 無駄に高いプライドを傷つけられて無思慮に殺そうとしてくる可能性はあった。

 今回は息子を人質に取っているのが大きいか。

 だがこの戦の後、かつて俺の上司だった閣下に冤罪を着せた様に俺にもなにか仕掛けてくるに違いない。

 その時は…俺には考えがあった。



☆☆☆☆☆



「将軍おかえりなさいませ」


「ああ、今戻った。報告があれば聞こうか」


 俺は行軍に合流し、馬上で留守中の報告を聞いた。

 不機嫌な顔をしていたからか、ヒルデはバークイとの取引については何も聞いてこなかった。


「あ、そうそう将軍、ターオーブ様にブエイ砦司令のご子息の身柄について、くれぐれも逃さないようにと早馬を出しておきました」


「流石だな。我が副官は優秀で助かるよ」


 何も言わずともバークイとの取引内容を察しているヒルデはとても優秀だ。

 その辺りは元上司に勝っていると思う。

 間違えてもニー様はそんな気遣いはしてくれない。

 ギルバート閣下はいつもニー様に振り回されていた。

 ただギルバート閣下とニー様ほど気安い関係の聖騎士と聖女を俺は知らない。

 旧くからの戦友のようであり、幼馴染のようでもあり、常に対等で、そして凸凹コンビだった。

 しかし戦いとなれば、阿吽の呼吸で抜群のコンビネーションを見せる。

 そんな2人の影響を強く受けた我々もまた世間一般の聖騎士と聖女のよりは気安い関係だと思う。


「それでバークイ閣下のご機嫌はどうでした?」


 ヒルデのあからさまな誂い文句に思わず顔を顰める。


「思い出させないでくれ。忌々しそうにこっちを見てた姿は極めて醜悪だったさ。そりゃ機嫌は最悪に悪かろうさ」


「希望通りの人選にならなかったでしょうからね」


「ああ、いくら帝国の後ろ盾があるといっても軍にそこまで顔が効く訳じゃないってところか。 元々、軍事演習での希望はデリカット将軍だったと言っていたからな」


「けれどデリカット将軍はターオーブ様に押し付けた」


「俺への嫌がらせでな」


「でもそれって 元よりクドナルと戦争する気満々だったってことかしら。であれば帝国の目的は………」

 

「帝国の思惑と決まった訳じゃないぞ。それに帝国だって一枚岩じゃないから。奴の後ろ盾の思惑ではあるだろうけどな」


「将軍はその思惑にお気づきでしょう?」


「まぁある程度は、でもここだけの話にしてくれよ」


「はい」


「演習に合わせて巨兵がブエイ砦に運ばれている」


「そうでしたね。 あ、それって…」


「ああ、ヒルデの想像通り、【タイタンⅡ】の外装にしているけど、中身は噂になっている帝国の新型巨兵の試作機だろうな」


「では、実戦データの採取が目的ですか」


「なら、色々と辻褄があうだろ?」


 交戦の知らせを受けてから色々考えたが、これが一番可能性が高いと思われた。

 そしてバークイに直に会って事実だろうと確信を得た。

 本部での軍法会議ならばヴェルノを救えると確信しているようだった。

 今回の演習は帝国の意があったことは上層部も知っているだろう。

 ヴェルノはそれに従ったに過ぎない。

 

「合いますね。帝国と合同軍事演習行ったばかりだと言うのに何故か唐突に国境の一砦司令から演習の要請が出され、何故か軍上層部が許可しました。しかも国境近くで。帝国の意図が新型巨兵の実戦データ収集ならそれらにも納得いきます」


「【アマリア王国】で開発中と噂されている新型巨兵より先駆けて実践配備したいんだろうな。尤も操縦者があのバークイの息子だからデータになったかどうか」


「ふふふ、きっとそこはバークイ司令がゴリ押ししたんでしょうね」


「帝国からすれば、この戦闘結果は溜まったもんじゃないだろうな」


「はぁ、それにしても巻き込まれる側はたまったものではないです」


 ヒルデの意見には全くの同意だ。


「ああ、まったくだ。おかけでバークイの野郎に目をつけられる羽目になったしな」


「将軍は釘を指してきたのでしょう?」


「心配なのはこの戦の後さ。知っているだろヒルダ」


「………はい」

 

 もしもの時はヒルデだけでも逃さなければならない。

 そして、俺は単独でもあの男に思い知らせるつもりだ。

 ヒルダに気付かれないように明るく振る舞う。 


「しかし今は戦に生き残るのが先だな」


「ええ、本陣についたら忙しくなりそうです」


 そうだ、先ずは戦に生き残らねばならない。

 あらゆる手段を使ってでも生き残れ、これは閣下からの教えだ。

 閣下の教えを守りたい自分と、我が身を滅ぼしてでもバークイに引導を渡しい自分。

 自身の矛盾に苦笑しつつ空を見上げれば、青い空はどこまでも澄んでいた。


続く

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