11.(補足話)専属侍女の休日
★★★★★
Side:侍女アン
メアルシア出立の1週間前
「あー今日もよく寝れそう」
そんな独り言を呟きながら、立派なベッドに倒れ込みたいのを我慢して行儀よく制服から夜着に着替える。
着替え終わるとベッドに腰を降ろしてつい部屋を見渡した。
正直いえば寝るだけの部屋にしては広い過ぎるし、無駄に豪華だ。
この部屋はメアルの専属侍女になった時に与えられた。
こんな豪華な部屋を貰えるほどに王女の専属侍女は待遇が良いので垂涎のポジションなんだけど、養女の王女の場合他国に嫁ぐのが決定しているのでそこまで羨ましがられはしないんだよね。
だけど私の場合は全く問題なし。
むしろ置いていかれたら困る。
メアルの専属侍女になって何処までもついていくと決めたのだ。
でも、この部屋は私には勿体ないとは思う。
着替えと寝る時しか使っていなくて、休暇日もなんだかんだで剣術の自主訓練してたり、必ず何かやっていて部屋でゆっくり過ごすなんて遂に無かった。
でも、この部屋で寝るのも、もう少しでお別れだと思うと感慨深いものが在る……無いか。
むしろ【モス国】での生活への期待の方が大きい。
この城に来てから色々あった。
イジメや意地悪なんて日常茶飯事でもそれらに屈せず、むしろ屈服させて何とかメアルの専属侍女になることが出来た。
カールさんも護衛騎士になって、そこからは楽しい日々だった。
でもそんなある日、メアルの嫁ぎ先が決まってしまった。
そして来週は、いよいよ嫁ぎ先の【モス国】へ出立する。
初めての外国だ。
アマリアでは大陸共用語が国語なので他国に行っても会話で困ることは無い。
あるとしてもたまに出る【スタ】訛りを笑われる程度だろう。
訛りを直すには結構時間がかかった。
もっとも大陸共用語自体がアマリア王国語がベースになっている。
大陸共通語は魔物に対抗する為に各国が同盟を結んだ時に同盟の中心国だったアマリアの言語を共通公用語としたのが始まりだ。
つまり、言葉で困らないもの【初めの聖女様】の恩恵である。
まぁ一応王女の専属侍女としての教養として、共通語以外に3ヶ国語マスターさせられたけど。
メアルはもっと話せるらしい。
ほんと大した義妹である。
ベッドに横たわると直ぐに睡魔が襲ってきた。
明日はこの城で過ごす最後の休日。
でもカールさんに話があると言われている。
やるべき出発準備は終わっているし、そもそも持っていく手荷物も多くは無い。
特にやりたいことも無いので用事が入るのは助かる。
カールさんの話とはおそらく……
やっと……認めて……貰えたの…かな……
目が覚めたのは夜明け前。
いつもの事なのでスッキリと目覚める。
侍女や使用人の朝は早い。
折角お休みなのでもう少し寝ていてもいい、とは残念ながらならない。
朝ごはんが要らないなら寝ていてもいいんだけどね。
私に限らず城務めの皆の休みはシフト制で、王城自体に休みはない。
だから常に誰かが働いているし、朝食の時間が身分により、きっちり決まっている。
食堂の料理人達はもっと朝が早いのだから、彼らの為にも自分のお腹を満たす為にも朝食は美味しく頂こう。
手早く着替等、身支度を済ませて食堂に向かう。
食堂に向かいながら今日の行動を考える。
カールさんにはこの前の東屋で話があると言われている。
カールさんは今日も護衛の任務があるから、つまりメアルも居るって事。
であれば私も侍女としてお茶の準備をしなければだろうけど、態々私の休みである今日を選んだならそれも違うのかな。
きっと正解は ”お茶会に招かれたご令嬢としての服装で行く” だ。
私の礼儀作法のチェックとかなんとかという名目に違いない。
そういえば先日メアルからドレスを賜ったっけ。
あれは今日の為だったのか。
そんな事を考えているうちに食堂に着いた。
使用人用の食堂は夜明け前だというのに既に賑わっている。
プレートを持って行列に並ぶのは毎日の事ながら実に待ち遠しい。
私は朝食を欠かさない健康優良侍女なのだ。
この食堂は兵士も利用するけど、騎士達は来ない。
騎士は騎士爵を持つ準貴族なので騎士用の食堂があるのだ。
只1人を除いてそっちを利用している。
その只1人であるカールさんは、こっちの方が気楽と言っていた。
でも昨日は夜番だからまだ勤務中のはずで、そのまま日勤に入るシフトだったね。
しかもカールさんって殆ど休暇を取らず、可能な限りメアルシア様の護衛に就いている。
本当にタフな人だと思う。
無事に本日のメニューのパン、スープ、野菜炒めを受け取り、空いている席を探す。
あと余談だけど食事に生はご法度で必ず火が通った物が出るのだ。
丁度、空いている席が見つかり、席に急ぐと席の前には見知った男が食事をしていた。
「お、ズルじゃない。今日は日勤?」
「ああ、姉御じゃないか」
ズルから返ってきたのは気のない返事だった。
それだけで事情が理解できた。
ズルはメアルに惚れて、メアルを追いかけて王国の兵士になった同郷の者だ。
こいつが此処に居るのも私が焚き付けたからだった。
もっともズルに再会したのはつい最近だけど。
「ずいぶん気のない返事じゃないの」
「ほっといてくれよ」
あからさまに落胆した表情でスプーンに動かすズル。
落ち込んでいても食欲はあるんだなと思う。
この前、カールさんに言われて冒険者ギルドに冒険者登録をしに行ったのだけど、カールさんの予定が合わないから再会したこいつに護衛を頼んだのだ。
そして冒険者ギルドでひと悶着あった。
カールさんの昔話でも合ったみたいに新人イビリに巻き込まれたのだ。
その時たまたまやって来た超有名冒険者に助けられた。
お礼に彼らに夕食を奢ったのだけど、ズルは役に立たなかったくせに大酒食らって夢を語っていたのだ。
何とか騎士試験に合格してメアルの護衛騎士になるのだと。
うん、落ちたんだね、試験。
「ま、次があるじゃないの」
我ながら気休めにもならない言葉を吐いてしまった。
ズルは怒るかなと思ったけど、ため息をつくばかりだった。
気まずいな、前に座るんじゃなかった。
せっかくのご飯が美味しく食べれないじゃないの。
もう遅いけど。
「姉御」
食べる手を止めてポツリとズルが呼びかけてきた。
「ん?なにさ」
「いいよな姉御はさ。一緒に行けるんだよな」
「そりゃ、専属だからね」
「俺さ、兵士辞めて故郷に帰ろうと思う」
「諦めるの?」
「だって、この城から居なくなっちまうのに居る意味無いだろ……騎士にもなれなかったけど選抜にも漏れたんだ俺」
ズルの言った選抜というのは、メアルを【モス】に引き渡たすまで道中の護衛する兵士の選抜試験の事だ。
まぁ、メアルがモスに行くならズルにとってこの城に留まる意味は無いよね。
だとすれば他に目移りもぜず一途にメアル追いかけてたって事だ。
「そっか」
夢を叶えた私が慰めるのは違うかなと思い、そんな言葉しか返せなかった。
「姉御にもいろいろ世話になったけど、潮時かなって」
「何か伝言があれば…」
「姉御!」
せめてメアルに伝言があればと思ったのだけど、それはズルのプライドを傷つける気遣いだったようだ。
「あ、ごめん」
「気を遣ってくれたのは理解るけど、それもカッコ悪いからさ。せめてカッコイイ俺を覚えていて欲しいんだ」
いや、メアルがズルをそう思ったことなんて1度も無い。
断言できる。
そもそもメアルの想い人はもっとストイックでカッコイイよ。
なんか、最後の一言でどうでも良くなった。
ズルはメアルシア様と同郷だなんて漏らす阿呆ではないけど、万が一誰かにメアルシア様の話だと気付かれて不敬を問われる事になったら主であるメアルに迷惑を掛けてしまう。
特にそれが第一王女の関係者だったりすると最悪だ。
そもそもメアルシア様は陛下の養女で、継承権こそないものの、王族だ。
こんな場所で話題に出していい対象ではない。
なので、少し話題を変えることにした。
「んーそうだね。で帰るんならさ、ミランにお礼言っておいてよ」
「なんで俺が」
「お、ちっとは元気出てきたじゃないの。 私さ、昔アンタに自分の出来る事すればいいじゃないって言ったでしょ。でもあれミランが私に言った言葉なんだよね。ミランに言われるまで私もアンタみたいにウジウジしててさ。でもミランの言葉で目が覚めて、それが此処にくるキッカケになったんだ。で、私は願いを叶えたんだけど、そう言えばミランにお礼言って無かったわ」
「なんだ、じゃぁ俺が此処に居るのもミランの奴のせいかよ。姉御、お礼は直接言わなきゃ駄目だろ」
「そりゃそーなんだけどさ。でも、ほら、ね」
「ほら、ね、って……くそー!姉御ムカつく」
ズルは悔しそうに悪態をつき、高速で食べだした。
「元気も出たところで頼まれてよね。アンタも冒険者登録して、あのアルジとニースにアドバイスまでして貰ったんだし、王城の兵士だったんだしさ。帰ったらきっとモテモテだって」
「え、そうかな、そう……だよな。王城の兵士になって冒険者でもあるし、王都にも詳しいしな」
おい! 自分で言っておきながら満更でもないズルにちょっとムカっとした。
お前のメアルへの想いはモテたい気持ちに負けるのかと。
そもそもメアルに一途じゃなかったのか。
やはりズルはカールさんの一途さの足元にも及ばない。
「俺はもう戻らないと。じゃ姉御元気でな」
「ああ、お務め最後までしっかりね。ズル、アンタも元気で」
こうしてズルと最後になるだろう挨拶をした。
縁があれば会うかもしれないけど、私はメアルと他国に行くから最後になるつもりで挨拶をした。
きっとズルは照れくさいからまた明日ってノリになったに違いない、でもそれは私も同じだった。
どうにも舎弟感が抜けないズルことズイールだけど、実は同い年だったりする。
夢を諦めたズルだけど、必死にメアルに近づこうとした努力は認めている。
【スタ】でまた新たな夢に向かっていって欲しいと思うのだ。
ズルが去った後、もう一人のメアルにご執心の男、カールさんについて考えていた。
私もメアルに話を聞いてからはカールさんについては不思議に思っている。
聞いた話では、カールさんはメアルに受けた恩は無く、むしろ逆。
ひたすらメアルがカールさんの世話になりっぱなしだったというのだ。
メアルもどうしてそこまでしてくれるのか全く理解らないらしい。
きっと利害では無いね。
考えられる理由は只1つ。
つまりカールさんがメアルに惚れたって事。
いやー惚れた女の為に全てを賭けるって、実にロマンチックだね。
ん、待てよ。
メアルがカールさんに出会ったのって、メアルが7才くらいの時で、メアルが王城に連れて行かれたのは10才の時だったよね。
え?まさか…まじで!?
カールさんてひょっとしてそういう性癖?
イヤイヤイヤ……でも……大前提がメアルに惚れたなら、そういう事になるね。
一応カールさんの名誉の為に否定してみたけど、どうにも否定しきれる要素もない。
それなら、カールさんが王宮務めのメイドや侍女達に興味を示さないのも頷けるし。
で、もしそうならどうなるんだ?
メアルは16才になって来週モスに出立する。
年齢的にカールさんの守備範囲から外れちゃうんじゃ。
うーん、メアルの方はどうだろう。
メアルはメアルでカールさんは兄の様に慕っているだけって言っているけど、とんでもなく強くて、あれだけ献身的にされて、自分の為に命も人生も賭けてくれるのに押し付けては来なくて、ずっと見守ってくれる存在。
容姿だって、この国で黒髪黒目は珍しく顔立ちも凛々しくてイケメンだ。
普通に惚れると思う。
私はメアルはカールさんの事、恋しく思っていると睨んでいる。
実際カールさんはメイドや侍女達にこっそりと人気が高い。
メアルは態々2人だけで散歩しながら会話もしてたし、カールさんの昔話で嫉妬した様子も見せてた。
メアルの方がその気でも、もしカールさんがそっちの世界の人なら…
これはメアルの専属侍女としてそれとなくカールさんに確認すべきことなのでは。
もしカールさんが本物なら、メアルが傷つかない様にしないとだからね。
今日のお茶会で確認しよう、そうしよう。
先ずは朝食を終わらせて、お茶会に向けての身支度しないとだね。
王女の専属侍女たる者、食事は優雅にしなければならない。
誰に見られているか判らないからズルの様に掻き込む訳にはいかないのだ。
せっかちな性分の私にはほんとに面倒。
☆☆☆☆☆
「メアルシア様、今日はお招き頂きまして本当に有難うございます」
高貴な令嬢の様に優雅に挨拶をする私。
街娘が王城の庭園で王女様に挨拶をしているなんて、実に不思議な感じ。
いつもの私なら茶道具を揃えたワゴンの側に控えているんだけど、メアルシア様の前に座るなんてなんか緊張する。
そのワゴンの側にいる侍女は、私が休日の時の替わりの者だ。
「兎も角、おかけになって」
「はい」
丸いテーブルの、私から見て斜め右にメアルシア様が座っている。
斜め左は空席だ。
どなたか王族の方が他に来られるみたい。
席の豪華さか半端ない。
態々席を変えているのだ。
まさか陛下ってことはないよね。
「後で第二王女殿下もいらっしゃるの」
「そうでしたか」
私が空席に目をやったからか、メアルシア様が答えをくれた。
改めてメアルシア様に目を向ける。
メアルは生粋のお姫様のようだ。
【コバ】村出身の娘とは到底思えない、優雅さと気品、美しさを持っている。
そのメアルは今はメアルシアと名乗っていて、気安く話しかけれない存在になってしまった。
メアルはメアルシア様として微笑んでいる。
その微笑みは美しかったが、かつて義姉妹として一緒に暮らしていた時の笑顔の方が私は好きだ。
せめてかつての笑顔を年に1回でもいいからさせてあげたいのが、私の願いなのだ。
「アン、今日はお休みなのに御免なさいね。でもどうしてもモス国に行く前にアンを労いたくて」
いつもの東屋の簡易なお茶会。
メアルシア様の後ろには今日もカールさんが控えている。
メアルシア様のお言葉はワゴン側に控える侍女に聞かせているものだ。
「メアルシア様のご配慮、大変光栄に存じます。」
暫く雑談を交わしていると、ふいにメアルシア様がワゴン側に控える侍女に用事を申し付けた。
「わたくし、扇子を忘れて来てしまったわ。申し訳ありませんが取ってきて下さらないかしら。お茶なら暫く大丈夫ですわ」
畏まりましたと言って一礼をし、侍女は屋敷に戻っていった。
「ふふふ、扇子は鍵付きの宝石箱に仕舞ってあるの」
「それでは侍女長の許可が必要ですね」
うん、暫く戻ってこないね。
「では、本題に入るとするか」
ここで初めてカールさんが口を開いた。
☆☆☆☆☆
「つまりメアルもカールさんも前世の記憶を持っているって事?しかも何代も前から。それでメアルは18才の誕生日で命を落とす呪いをかけられていると」
「うん……」
「前世から得た能力も引き継いでいる」
そう言ってカールさんは右手の手の平を見せた。
何も無い。
ところが急にフッっと何か手の平の上に現れた。
金貨?
そしてその金貨はまたスッと消えた。
「これは異空間へ収納する力だ。物なら自在に出し入れできる」
「へぇ、便利だね。私の手荷物も仕舞ってもらっていい?」
カールさんは途端に嫌そうな顔をした。
「アンは信じてくれるの?」
「信じるよ、前世が【初めの聖女様】っていうのもなんか納得しちゃった。私はその力で命を救って貰ったんだね」
「アン、有難う……」
二人が特殊なのは判った。
本当ならすんなりと受け入れられる話ではないと思う。
でも、わたしにはしっくり来た。
目の前の二人が私と同じ只の人と言う方がオカシイ。
それに二人がたとえ神だったとしても、私にとってメアルはメアルだし、カールさんはカールさんだ。
義妹と、その義妹を愛でる同志なのには変わりないのだ。
「メアル、話してくれて有難う。18才までに何か対策を考えないとだね」
そうなのだ、目下の問題はメアルの呪い。
「もしアンが呪いに引き込まれることになったら、わたし……」
「メアル、俺やアンは呪いの影響下に入らない」
メアルの不安を取り除いてくれたのはカールさんだった。
カールさんの推察では、呪いはメアルに対し少しでも悪感情を持つ者の憎悪を増幅させるものだ。
だから悪感情が0の者には効果が無い。
確かに元々無いものには増幅できないよね。
0は何倍しても0なのだ。
それにメアルの死に方は、食欲、性欲、殺意であれ、生物の関与が必ずある。
一見事故死の様でも誰かの意図が感じ取れ、偶然ではありえないものらしい。
だから殺意を持ちそうな者を近づけなければ大丈夫だし、その日メアルを1人にしなければ何とかなりそうだった。
「病死の時だってあったけど」
「それも故意に病気を移されたんだろう。心当たりがあるんじゃないか?あとは君自信も呪いの影響を受けていて免疫低下とかが起こるんだろうな」
「人の悪意ならまだしも、病気は防ぎ様が無いんじゃ」
カールさんの言葉に顔が青くなる気がした。
しかし、それを否定したのはメアルだった。
「私だって何もしてこなかった訳では無いわ。今の私には病気は効かないから、怖いのは物理的に命を奪われることなの」
「そっか、なら私がメアルを護るよ。その為に剣を学んだんだから。あ、メアルはカールさんの方がいいかな」
「もう、アンったら」
メアルの顔は赤い。
それに対し、カールさんの表情は柔らかいものの、照れた感じは見えない。
<んー…これは妹を愛でる兄モード? なかなか本性を現さないわね>
カールさんはロリなのか、そうでないのか?
このやり取りだけでは判断つかないな。
今後も観察を続けるしかなさそうだ。
「戻ってきた。ここまでにしよう」
そう言ったカールさんは遠くを見ている。
侍女が戻って来るのが見えた様だ。
「殿下御一行もご一緒ね」
言うなりメアルの纏う雰囲気も義妹から王女に変わった。
☆☆☆☆☆
「貴女の為のお茶会に無理を言って参加させて貰ったの。勘弁して下さいね」
「わたくし如きが勘弁などと、とんでもない事で御座います」
「貴女を蔑ろにするとメアルシアお姉様に叱られますから。今日は無礼講ですわ」
第二王女サーランが加わったお茶会は和やかに過ぎていった。
「ところでお姉様、アンさんにはお話したのですね」
「はい殿下、わたくしについてはお話しておきました」
「そうですか、アンさん。メアルシアお姉様の事宜しくお願いしますね」
「はい、お任せ下さいませ」
サーラン殿下はメアルシア様の前世の話を知っているのか。
それ故かサーラン殿下は、ミリンダ殿下と違い、メアルシア様に友好的だ。
なので私にも優しく接してくれる。
そういえばメアルは【アマリア】を去るにあたり、サーラン王女に手紙を書いていた。
その手紙は見当たらないけど、おそらく侍女には預けてないと思う。
であれば持っているのは便利な保管庫のカールさんだ。
絶対に他人に見られる事がないし、無くすことが無い。
「こうしてお姉様とお茶を楽しめるのは最後なのですね。寂しいですわ」
「ええ、次は何時になることか、ですからこれを託そうと思いまして。カーライルお願いしますね」
案の定、カーライルさんが懐から手紙を取り出した。
手紙とは別に冒険者が使う札を持っている。
迷わず、カールさんは手紙にその札を使った。
「シアランの解毒? その札なかなか便利ですね」
「はい、冒険者の嗜みです」
「軍でも使っているのかしら。今度お姉様に聞いてみましょう」
サーラン殿下はカールさんが使った札の力が何なのか直ぐに判った、聖女様は本当に凄いね。
【シアラン】は毒と薬を司る神だったかな。
こういった毒の吟味や解毒は本来魔道士の役目だけど、この場に魔道士は伴っていない。
だからこれはサーラン殿下に手渡す物に毒を塗って無いことを示す為の行為だ。
因みにお茶の毒味はメアルシア様が先に行っている。
もっとも高位の聖女であらせられるサーラン様もセレイブ神より授かっている神力により自身で解毒できると聞いている。
だからこれは礼儀上のパフォーマンスだ。
「こちらを」
「有難う存じます」
解毒した手紙を受け取ったサーラン殿下はその場で封を切り、手紙を読みだした。
しかし、読み進める途中で目を大きく見開いた。
「大事な話ですので皆外して下さい」
サーラン殿下は人払いを指示したけど、直ぐにメアルシア様が私とカールさんは大丈夫だと言ってくれた。
「2人が漏らすこともございません。それはモスに行っても同じです」
結果、私とカールさんを残して、他の護衛や侍女は声が届かず、読唇できない位置まで下がった。
「それにしてもこの魔道具はどの国も開発を諦めた…こんな方法があったなんて……お姉様よろしいのですか?」
「殿下のお考えとして陛下にお伝え下さりませ。これで陛下より賜ったご恩に少しでも報いる事が出来ます」
「実用化に少し時間はかかるでしょうけど、この魔道具があればアマリアが他国に遅れを取ることはありませんわ。さすがお姉様です」
「ゆくゆくは市井の民が気軽に家族や恋人と会話できる世になる様、願っています」
サーラン王女が興奮気味に語っているのは、音、音楽を司る神【シエル】の力を使って、魔道具を使用した者同士に音を届ける効果がある魔道具についてだ。
実際に聞こえない心の声も”音”なので伝えられるらしいけど、詳しいことは私には理解らない。
理解ることはそれが理解るメアルが凄いって事。
因みに音は伝えるけど、呪文は駄目らしい。
音として伝わるけど魔力までは伝わらずので効果は発揮しないと聞いている。
サーラン王女は再び手紙に目を落とす。
内容に驚いたサーラン王女が全て読みきる前に言人払いをしようとしたのだ。
そして全てを読み切った殿下はため息をついた。
「お姉様はどうして……これを自身で陛下にお伝えすれば」
「わたくしが伝えるのは不自然ですわ。わたくしは出来ない筈なのですから。必要がなければその方がいいのですけど、でも理由はありませんど必要な気がしたのです」
「これも今まで誰も気付かなかったのが不思議です」
「ええ、実は教えてくださったのはカーライルなのです」
「え?」
サーラン殿下はそこで本日初めてカールさんを見た。
今までサーラン殿下は護衛騎士のカールさんを意識して見ていなかった様でカールさんを観察し、そして先程より大きく目を見開いた。
「あなたは!」
「ご無沙汰しております。殿下」
「そう……貴方がお姉様の護衛騎士に…それなら安心して護衛を任せられますね。メアルシアお姉様を必ず守って下さい」
「この命に替えましても」
どうやら2人には面識が有るらしい。
メアルシア様も知らない様だった。
「ふふふ、貴方は本当に言葉通りにしますからね。貴方は生きて守り続けるのです。メアルシアお姉様を残して逝く事は許しません。決してお姉様を悲しませてはなりませんよ」
「そうですよカーライルが居なくなったらわたくしは困ります」
「……微力を尽くします」
「必ず守って下さい。それにしても遂に夢を叶えたのですね」
「叶えて下さった陛下には感謝しております」
「これはその御礼ですか」
「その様なつもりではございません。メアルシア様のお心に沿ったまでです」
「そうですか…貴方はわたくしを許せないのではなくて?」
「事情は存じております。しかし私にとって重要なのはただ一点、当時の私は貴方様を護るように頼まれた。ならばそれに命を賭けるのもまた当然の事で御座います」
「本当にお姉様一筋なのですね。驚きよりも呆れの方が強いですが、そんな貴方に私は命を助けられました」
「過ぎ去りし日々の感謝は不要でお願い申し上げます。それよりも常日頃のメアルシア様へのお心遣いに感謝を申し上げます」
「えっと、殿下、カーライル、説明をお願い出来ませんか?」
すっかり置き去りになったメアルシア様が話に割って入った。
まぁ私なんかは割って入る事すら出来ない。
昔の話、いや前世での話というのは理解る。
サーラン殿下も前世の記憶があって、前世でメアルシア様の妹だったのかな。
ん? メアルシア様の妹?
カールさんが護衛騎士とか言ってたし、高貴な人だったってことだよね。
そしてメアルの前世も知ってる……
まさか……サーラン殿下の前世って【大聖女ナリータ】様!?
「お姉様、詳しくはカーライルにお聞き下さいませ。アンさんは他言無用でお願いしますね」
私の驚きに気付いたのか、サーラン殿下は人差し指を口に当て楽しそうに笑いながら言う。
私は無言で何度も頷く。
今、このアマリアの王城の庭園で古の大聖女姉妹が揃ってお茶会してるって事だよね。
私ってそんな凄いお茶会に何度も立ち会ったし、今日なんて参加しちゃってる。
「カーライル後で詳しく聞きますね」
「お手柔らかにお願いします」
少しむくれ気味のメアルシア様にカールさんもタジタジだ。
そういえばこういうメアルにカールさんは弱いね。
「ふふふ、お姉様もそんな顔をなさるのですね」
二人を見るサーラン殿下はとても楽しそうだ。
そんな仲の良い姉妹の様子に私も嬉しくなった。
と傍観者のつもりでいたら矛先はこちらにも向かってきた。
「ところでアンさんはメアルシアお姉様の義姉なのですってね」
「え、メアルシア様が陛下のご養女になられるまではそうで御座いましたが」
「姉妹だった縁は変わりませんわ。であればアンさんはわたくしにとっても義姉様ということになるのかしら」
にっこり笑ってとんでもない事を言ってきた。
サーラン殿下っておとなしいイメージがあったけど、実はドSなんでは……
☆☆☆☆☆
「お姉様今日はとても楽しかったですわ」
「こちらこそ楽しい時間で御座いました。一生の思い出になりした」
二人の笑顔は夕日に照らされてとても綺麗だ。
いつまでも見ていたかった。
「そうそうカーライル。ミリンダお姉様が感謝していましたよ。壁を超えられたと」
サーラン殿下は急に思い出したとばかりにカールさんに話かけた。
「お役に立てた様で何よりです」
「あれは凄い戦いでしたわ」
私もメアルもその場にいた。
あの試合を思いだすと今でも手に汗を握ってしまう。
それはメアルも同じだったらしく、素直に感想を言っていた。
サーラン王女が言ったのは3日前の訓練時に、またもやミリンダ殿下がカールさんに挑んだ事を言っている。
あの時の試合というか、死合というか、兎も角カールさんの殺気が尋常では無く、私も斬られるのではないかと思った程に怖かったくらいだから対峙したミリンダ殿下はさぞかし怖かっただろう。
死合はカールさんの目にもとまらぬ速さで繰り出された木剣をただ一度、殿下が受け止めただけで終わった。
カールさんの木剣は迷うこと無く殿下の首を捉えていた。
殿下はその剣を自身の木剣で受けて防いだ。
ただそれだけ、たったの一撃だった。
「お見事、防がれた私の負けです」
カールさんはそう言うなり剣を下げ、ミリンダ殿下に一礼すると闘武場から出ていった。
ミリンダ殿下の方は暫く放心してその場にヘタリ込んだ。
防いだミリンダ王女は確かに凄いけど、カールさんが2撃目を放ったら防げなかったんではないかと思うのは、私がまだ理解ってないだけなのだろうか。
ま、2人が納得してるならいいか。
こうして私の最後の休日は終わった。
今日はよく驚いたし、とても疲れた。
「あー今日もよく寝れそう」
そう言って今日も眠りにつくのだった。
黒髪の男編 了
幕間へ続く




