10.(補足話)夫婦の会話
★★★★★
Sides:ラウルソーデン
自宅件研究室にて
「旦那様」
目を通していた実験結果を纏めた書類から視線を妻に向けた。
「なんだい?」
「カーライル様がお見えですわ。客間にお通ししております」
「うん、ありがとう。しかし彼はせっかちだなぁ」
カール君を待たせると後が面倒だ。
仕方が無い、折角いいところだったのに、と思いながら腰を上げた。
「それから旦那様。私は今から手が離せなくなるのでお茶は旦那様がお入れくださいね。では」
妻はそう言ってさっさと部屋から出て行った。
やれやれ妻も錬金術師なものだから研究中に邪魔されてご機嫌斜めだ。
さて彼に依頼されていた札は出来ている。
もう一つの方は問題有りか。
さてどう言ったものかな。
「カール君 待たせたね」
「いや大丈夫だ。それより奥方殿の機嫌が悪かったが喧嘩中なのか?」
応接室で行儀よく座っているカールくんに軽く謝罪すると、カール君の返事は妻と喧嘩したか、ときた。
やれやれ妻は彼に一体どんな対応をしたのやら。
「まさか、夫婦仲は円満そのものさ。お互いに相手の研究の邪魔をしない様にしているからね」
「なるほど、急に来て済まなかった。奥方殿にもそう伝えてくれ」
「理解してくれて嬉しいよ。次からは先に手紙くれれば不快な思いをせずに済むよ」
「善処しよう」
あー、寄越す気ないね、これは。
「で、今日の用はこれだろ」
そう言って懐から数枚の札を取り出して、カール君に渡した。
カールくんは無言で受け取り、札を確認してからテーブルに置いた。
「では、こちらの番だな」
いつの間にかカール君の手には布でくるまれた包が握られていて、それをそっとテーブルの上に置いた。
異空間収納の力か、便利だなーと思いつつも僕には無い能力なのでそれ以上深く考えない。
考えても無駄だし、それよりも興味深い研究はいっぱい在る。
収納の研究は”魔導袋”が既にあるので研究対象としての優先順位はかなり低いのだ。
当然僕も魔導袋は幾つも持っている。
服にも何箇所か仕込んであるので大変便利だ。
余談だが、洗濯時に水が入らないようにするのには苦労した。
その対策施したら妻も真似をした。
ちゃっかりしていると思う。
「おーこれこれ。欲しかったんだよね。貴重な物なのに悪いね」
包を開けて中身を見た。
この色、この光沢、この重さ間違いなく”白重金”
白く輝く光沢と、大きさの割にやたらとずっしりくる重さ。
布で包んであるのは傷つきやすいから。
なんと言ってもナイフで簡単に削れるくらい柔らかい。
比較するならバターと同じくらいかな。
インゴット1本で平民なら一生遊んで暮らせる超稀少金属だ。
武器、防具、アクセサリや装飾には不向だが、錬金術の触媒として多様性がある。
粉末を手に入れるのにも苦労するので、インゴット1本まるまる貰えるのは本当に助かる。
「対価が釣り合わない気がするな」
「そんな事ないでしょ。その札作れるの僕だけだよ?つまりその札の価値を決めれるのは僕だけ。欲しいんじゃないのその札」
「はぁ、こちらの方が分が悪いな。わかった取引成立だ」
「元から値切る気なんて無いくせに。君の姫様は幸せ者だね」
「どういう意味だ?」
「言葉の通りの意味さ。その札の目的は姫様を守るためだろ?私財を擲ってまで態々手に入れるんだ。そこまで愛されるなんて幸せ者という他ないでしょ」
「そんなんじゃないし、こちらの都合を押し付けるつもりもない。何と言うか、危なっかしい妹の面倒をみている苦労症の兄の気持ちが近いか。どうも危険を呼び込む体質みたいなんでな。これは転ばぬ先の杖だ」
「可能性の為に”白重金”をね。手に入れるのは命懸けだったろうに」
「前世での話だ。使ってなかったんだから手放してもいいさ。それに俺の勘では札が必要になる」
「ははは、ま、君がそこまで言うならそういう事にしとくよ。それよりも早速やりたいことが出来たから失礼してもいいかい」
「ちょっと待て。アレはどうなった」
「ああ、そうだった。アレは出来てるんだけど何故か動かないんだよね。目的不明な部品も使われてるから、そっちが関係してるんだろうけど」
「そうか、ならいい。 勝手に帰るから研究に戻ってくれ」
「やれやれ、君も秘密主義だねえ」
そもそもカール君があんなモノを持っていた理由も教えてくれないし、アレのブラックボックスについても知ってる事は教えてくれるべきだと思うんだけどね。
ま、いいけど。
☆☆☆☆☆
「旦那様、カール様の要件は何だったのです?」
久しぶりに夕食を食堂で取っていたら、これまた珍しく妻が食堂にやってきた。
お互い自分の研究所で食事を取ることが多い我々は、食事を自分で用意するのが暗黙の了解となっているんだけど、何か嗅ぎつけたな。
何かは言うまでもない。
昼間の不機嫌が無くなっているし、目的は間違いないアレか。
暫く食事をしながらお互いの研究の意見交換をしていたら、急に妻がカールくんの要件について話を振ってきた。
さて、どう答えようかな。
「ああ、カール君は依頼の品を取りにきただけさ」
「そうでしたか。で旦那様は何を要求してたのです?」
ストレートに来たな。
「触媒を少々ね」
うーん、希少金属の事はなんとか誤魔化そう。
大丈夫、嘘は言ってない。
「そうですか、でも良かったですわ。カーライル様は遂に巡り合ったのですね」
ん、どういうことだろ?
「マリエがカール君と親交があったとは思わなかったよ。前回が初対面じゃなかったんだ」
「いえ、初対面でしたわ。カーライル様とはですけど」
なるほどそういうことか、納得した。
ん?ということは……
「ひょっとして前世でパートナー組んでいた聖騎士って……」
「ええ、聖騎士アールレイス様、カーライル様の前世での名ですわ」
「よく気付いたね。カール君はマリエの事気付いてないみたいだけど」
「そうみたいですわね。残念ですけどあの方は私を見ていませんもの」
「それは……」
「ああ、お気になさらずに。今生では何とも思っていませんわ。今の私には研究したい事がいっぱいありますもの。だから今生では錬金術と結婚したんです」
「そこは嘘でも僕のことが好きになったと言って欲しいけどね」
「あら、錬金術=ラウル様ではありませんか」
「一応本職は魔道士です」
「まぁ細かい事は気にしては駄目ですわ。 それで前世で私達は帝国に叩き潰されて命を落としたのですけど。レイ様は最後の最後まで私に付き合ってくれましたわ。私達の命と引き換えに当時の帝国の侵攻を食い止めれたのです」
「今は亡きユジュスター王国でしたっけ」
「ええ、私達の命と引き換えでユジュスターが永らえたのは20年ですけどね」
「今では帝国の首都かぁ」
「興亡は国家の常ですわ」
淡々と語る妻からは前世での思いを引きずっている感じはしない。
とっくに気持ちの整理できているんだろうね。
ユジュスターが帝国に呑まれたのはハッキリとは覚えていないが聖同盟歴300年前後だったかな。
妻にはその時代のユジュスターの聖女だった記憶と、今の伯爵家3女としての記憶の2つしか無い。
僕やカール君と違って何度も転生はしてないようだ。
転生者同士は引き合うのか、それとも何か特異点があって、その影響を受けた者が転生の宿命を与えられて特異点の元に集まるのか。
ま、考えても仕方がないか。
どうせ答えは出やしない。
「でカール君、いやその時はアールレイス君か、彼と何か話したんだろう?」
「ええ、レイ様は自分でも判らない何かを探している、そして今度こそ守るのだと。当時それが私では無いのがとても悔しくて悲しかったですわ。今生で遂に見つけられたようですわね」
「さあね。カール君があんなに必死になるのは珍しいのは確かだけど」
妻とカールくんの関係は判った。
うまく誤魔化せた事だし、食事も済んだ。
このまま研究室にもどれば完璧だ。
「そうみたいですね。白重金を報酬に出すくらいですものね」
飲んでいた食後の茶を危うく吹き出すところだった。
ここまでピンポイントで言い当てて来るとは。
盗聴された?
「当たっているようですわね。一応言っておきますけど盗聴などしておりませんよ。旦那様がヒントを沢山出してくれたとだけ言っておきます」
しまった、さっき研究の意見交換時に言った今行っている調合と触媒というワードから予想されたっぽい。
「確かに報酬は白重金だけど」
「ねぇ旦那様。貸しが1つあるのですけど覚えていらっしゃいます」
ああ、やっぱその手できましたか。
やれやれ。
「はぁ、マリエの方ではどれくらい必要なのかな?」
「流石旦那様です。話が早いですわ。今ちょうど切らしてしまったのでーーーー」
こうして妻にインゴットの3分の1持っていかれた。
続く




