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騎士と聖女の物語  作者: 丁太郎
黒髪の男編
19/36

9.(補足話)聖騎士と聖女の誕生

★★★★★

Side 聖女エリィーサ

模擬戦より3日後、聖女の自室にて


 朝、いつもより早くに目が覚めてしまった。

 伸びをしながら窓の様子からまだ日の出前だと知った。

 ここはアマリア王国の王城にある一室。

 他国ではどうか知らないけど、アマリア王国においては近衛騎士のパートナーになった聖女は皆王城に一室を与えられ、そこでの生活を義務付けられる。

 その他の騎士団に配属された聖女はもう少し自由があるけど、やはり国との契約に縛られている。

 聖女の情報はどの国も国家機密で、ここアマリア王国の近衛騎士団は特に厳重な機密保持体制を敷いていると習った。

 今の私は厳重な警護に守られている反面、籠の中の鳥とも言える。

 この城から出れるのは任務でか、結婚して引退か、或いは亡き骸になってかのいづれかだ。

 結婚があり得るとしたら私の場合、最も可能性が高いのは聖騎士であるザミアス・トェンポールズ様の側室としてだ。

 尤も結婚での引退をしても聖女の力が無くなる訳ではないからやはり聖女の保護と気密保持の点から国の干渉をうけるらしい。

 私も既にいくつかの機密情報を知ってしまった身でもある。

 正直、結婚なんてする気はないのだけど。


 うっすら明るくなってきた室内を見渡す。

 私に与えられた豪華で綺麗な部屋。

 食事も平民時のときとは比べ物にならない豪勢なもの。

 そう、私は元は平民だった。

 10才時の聖女検査で資質を見い出されてここに居る。

 あれから5年。

 城外に手紙を出す事は許されていない。

 家族とは法的にも既に縁が切られている。

 そういう契約で、私の両親は国から平民には使い切れない多額な契約金を受け取っている。

 それがあの2人が私に望んでいた事。

 今更何か思いはしないし私にはもう関係ない人達だ。

 一度だって手紙を書きたいと思わなかった。

 

 さてと今日は事実上お休みの日。

 というのもトェンポールス様の謹慎が開けるまでは訓練もないし、祈りを捧げる以外に課せられた仕事もないからだった。

 他の方の手伝いをするのはトェンポールス様が何故か嫌うので本当にやることが無い。

 貴族としての礼儀作法のレッスンは明後日なのでそこまで自由時間のようなもの。


 トェンポールス様が謹慎処分を受けたのは、3日前に行われた模擬戦での行為を咎めらたからだった。

 トェンポールス様は今頃どうしているだろうか。

 自暴自棄(やけ)になっていなければいいのだけど。


<暇なのも困ったものだわ。どうしましょう>


 せっかく朝早くに起きたものの、やることが無く思いつきもしなかったので暇で仕方がない。

 侍女が起こしに来るのはまだまだ先だろうし、それまで半生を振り返りながらぼんやりとでもしよう。




☆☆☆☆☆




 私は【スタ】という国境に近い町で生まれた。

 両親はごく普通の人達で、私は一人娘。

 豊かでは無いけど、貧乏と言う程でも無く、子供(わたし)に自室を与えられる広さの借家に住んでいた。

 私も両親に愛されていると信じて疑わない、どこにでもいる町娘だった。


 しかし私は7才の時、自分が他と違うことに気付いた。

 それに気付いたのは父に連れられて町にある【セレイブ】の神殿にお祈りしに行った時。

 私は父に習った通りにお祈をした。

 すると呼びかける様な声が聞こえたのだ。

 声は最初はかすかに、そして徐々に大きくなってその声が耳からではなく頭に直接響いていると気付くのにさして時間はかからなかった。

 驚いたけど、祈りを止めなかった。

 いえ、止めることが出来なかったという方が正しい。

 その声は神々しく畏れ多いと思わせる神聖さがあって祈りを止めるのが怖れ多かったのだ。

 とうてい人の声とは考えられない。

 私はその声が”神”の声だと素直に信じられた。

 その声は私達の使う言葉とは違っているので何を言っているのか正確には聞き取れないけど、その意思は伝わってきた。


 ”契約の言葉を捧げよ。さすれば汝に力を授けよう”


 その意志の内容を理解した時、急に怖くなって祈りを止めてしまった。

 私は契約が何を意味しているのか知っていた。

 聖女は女性の憧れの職業で、それは私のお友達達も変わりはない。

 日々必死に神殿に祈りを捧げにくる娘も多い。

 聖女についてはお友達より教えられていた。


 声は間違いなく神様もので、その声が聞こえる私には聖女の資質がある。

 もしこの事を神官様に知られてしまったら……両親と引き離される、と思った。

 私は聖女になんかなりたいと思っていなかったし、両親と一緒に幸せに暮らしていたかった。

 だから父に声が聞こえなかったかと訊かれた時、何も聞こえなかったと答えた。

 でも、私の答えを聞いた父は明らかに失望の表情をした。

 ショックだった。

 そして、それから1年位は何度か神殿に連れてこられたけど、私は必死に聞こえないふりをした。

 やがて父は私を神殿に連れて行かなくなった。

 いや、どこにも連れて行ってくれなくなった。

 私に興味を無くしてしまったのだと思う。

 両親は私に失望した様な表情を浮かべる様になり、やがてあからさまに冷たい目を私に向けるまでになった。

 好きだった温かい場所は無くなってしまい、ここに居たくないと思う程になるまでさして時間はかからなかった。

 最初の頃は両親の変化に戸惑い、必死に気をひこうとしてみたけど何も変わらなかった。

 神の声なんて聞こえない方が普通なのに、何故そんなに失望されるのか。

 以前の温かい日々を思うと只ひたすら悲しかった。

 そんなある日、私は夜中に目が覚め、水でもを飲もうと部屋を出ようとしたその時、扉の向こうから両親の声が聞こえてきた。

 住んでいる借家は広い方とは言ってもお屋敷では無いので廊下なんて無い。

 私の部屋の向こうは食堂兼居間に部屋続きなっている。

 何を話しているのか気になって音を立てないように静かにドアを少しだけ開け、聞き耳を立てた。


「くそ、優雅な生活をおくれると思ってたのに」


「それ何度も聞いたけど本当にそうね」


「3才くらいだったか、(神殿に)連れて行った時には確かに何か声が聞こえると言っていたんだぜ。それも神殿の中でだけ。誰だって(アイツ)は聖女で間違いないと思うだろ」


「はぁ、糠喜びだったわね。あの()に好きな食事(もの)作ってやったりしたのに損したわ」


「アイツは使い切れないお金に変わってくれると思ってたのによ」

 


 それ以上は聞きたくなかった。

 音を立てないように扉を閉め、すぐに布団を被った。

 そして元から愛されていなかったと知って、溢れる涙が止まらなかった。

 彼らは私が大金に見えていただけで、だから大事にしていただけだったのだ。

 それがあの二人にとっての私の価値だった。

 糠喜びだったからもう私に優しくするのが馬鹿馬鹿しいのだ。

 もしあの時声が聞こえると言っていれば、すぐに家族と引き離される結果になったとしても、偽りとは云え両親は私に温かいままで、私はそれに気付かずあの二人を嫌いになる事は無かったと思う。

 知らない方が幸せなことはあるのだその時思い知った。


 いつしか、この場所から早く出て行きたくて聖女検査の日を待ち焦がれる様になっていたのは全く持って”皮肉にも”としか表し様が無い。

 そして待ちに待った聖女検査の日、私は見いだされた。

 ただ、他の聖女候補とは特別に違っていたらしい。


 私が聖女検査に臨んだ時、その意志が伝わってきたでは無く、声がはっきりと聞き取れた。

 声の主は偉大なる大神【セレイブ】様。

 セレイブ様は仰った。


『汝、我が声が聞こえる者よ。我が力を欲するか?欲するならば契約の言葉を述べよ』


 私は声に対し『はい……私エリィーサは偉大なる大神セレイブ様の使徒となり世界に遍く御威光を届けましょう』と心の中で答えた。


 私は事前にこっそり神殿を訪れ、神官様に神との契約の言葉を聞き出していた。

 神官様によると契約に決まった文句は無く、セレイブ神に仕える意志を伝えるだけでいいらしい。

 その時神官様が参考に教えてくれた例をそのまま覚て言ったのだった。


『契約は成った。汝の魂を我が眷属に加え、汝に力を授けよう』 


 そして私は【セレイブ】様より眷属神【トビカート】様との契約の許可を与えられ、その場で契約をした。

 その時の私の意識は【セレイブ】様や【トビカート】様との交信に全てを持っていかれ、何が起きているのか判らなかったけど、検査の球が眩く光っていたと後で神官様に教えられた。


 私がセレイブ様より眷属の御柱を授かった事を告げると、私は別室に連れて行かれた。

 私は安堵した。

 これであの場所から出ていける、2人の顔を見なくて済むと。

 私は親だった人の方を一切振り向かずに別室に向かった。

 別れの挨拶もしなかった。


 別室に連れて行かれて暫くそこで待つように指示される。

 結局、別室に連れてこられたのは私ともう1人だけ。

 顔と名前は知っているけど今まであまり話した事は無く、こちらから話しかける気にはならなかった。

 それは向こうも同じ様で神官様が入ってくるまでお互い無言だった。

 当然、今後の生活への期待や不安、緊張もあったからだとも思う。

 神官様が部屋に入ってくるまで随分待たされた。

 最後に聖女検査を受けた子の時にひと騒動あって、それで神官さんが部屋に来るのが遅れたのを、後日王都に向かう最中の護衛の騎士さん達の会話で知った。

 

 神官様より今後についての説明を受けた。

 その説明によれば、通常なら一晩家族と別れの時間を与えられる。

 神官様の説明が終わると、もう一人の娘の親が部屋に入ってきた。

 私達が説明を受けている間、親も別室で説明を受けていたらしい。

 今にして思えば、子供と親を分けて説明するのはご待望の契約金の話もするからなのだろう。

 もう1人の子は親に連れられ部屋から出ていった。

 家族と最後の一時を過ごす為に。

 

 部屋に残された私はというと、神官様から詳しく聞き取りを受けていた。

 そこで聖女検査で使徒を授かるのは異例と知った。

 使徒の名前を尋ねられたので答えると、神官様は興奮した様子で部屋を出ていった。

 暫くして部屋に入ってきたのは、出ていった神官様と検査の時にいた役人さんだった。

 そして、私は大事を取ってすぐに国の庇護下に入る為、親元に一時返すことは出来ないと言われた。

 別れの挨拶する場を役人さん立ち会いで明日設けると言われたけど、あの二人に会いたく無いので丁重に断った。

 その時の神官様とお役人様の困惑した表情に思わず内心苦笑した。

 私が冷たい人間と思われたのか、家族関係が冷え切っていると思われたかのどちらかだろう。

 でも大事なのはあの場所から出ていく事その一点で、神官様や役人さんともすぐに縁が切れるだろうからどう思われても良かった。

 

 その日私は、町の高級宿屋に泊まることになった。

 生まれて初めての豪華で綺麗でふかふかなベッドに興奮してなかなか寝れなかった。


 ここに至り私に聖女にならないという選択肢はもう無い。

 成りたくなければ聖女検査の時に真面目に祈らなければいいのだから。

 だから私には聖女になる意志があると見なされていたし、実際意志確認をされていない。

 私はあの場所にもう居たくないという思いがとても強い。

 それにあの二人よりもずっと豊かな暮らしをしてやるのだというささやか願望(復讐)もあって自ら望んだ道なので、勿論異論は無かった。



 王都に着くとすぐに【聖女学園】に入学させられた。

 聖女学園は”アマリア王国専属の聖女”を育成するのが目的で、聖女検査によって見いだされた娘は必ずここで聖女なる為の教育と訓練を受ける。

 目的が特殊なので学年制を取らず、完全な単位制で取得順番は自由だけど全単位を習得するまで卒業出来ない。

 だから卒業するまでの年数は人それぞれだ。

 最短記録は3年と聞いている。

 最長でも15年という決まりもあるらしいけど、そこまで行く前に通常は退学してしまう。

 というか無事卒業にできるのはほんの一握りでほとんどは自ら退学してしまう。

 祈りの力はあっても契約し使徒を授かるに至るまでその力を高めれられるかは努力だけではどうにもならない。

 授かっても顕現できるだけの魔力が無ければならなし、自らを依代にする為にはその負荷に耐えれるだけの体力も必要なのだ。

 尤もそれらが揃っていなければ使徒が授けられることはないという。

 10歳にして使徒を与えられた私はそれだけの自力か潜在能力があると言うことで、後は力の使い方の問題になる。

 それに聖女は戦場に出るので戦闘についても多少は出来なければならないし、自らの体を勝手に動かされるとしても体の動き方を知っておかねばそれはレスポンスに反映されるので聖女が動きに驚けば、聖騎士がどんなに優秀でも一瞬動きが制御できなくなるのだ。

 だから聖女には戦闘や血に慣れる必要もある。

 当然、血がダメで脱落する者もいる。

 実際、突然授業に来なくなった聖女候補は何人もいた。

 聖女になるのを諦めたなら、何も好き好んでこれ以上若さを無駄にすることはない。

 それに聖女学園中退といえど、在籍していただけで貴族から求められる。

 本人達は残念ながら聖女に成れなかったとしてもその子供には可能性があるから。

 平民であっても武官系貴族に見初められて嫁ぐ者は実に多い。

 もし娘が近衛の聖女になれれば、伯爵家同等という娘の権力の恩恵を受けれるし、実際そういう例は在ったりする。

 それに聖女学園を退学してもそこまでにかかった費用の請求はされず、あくまで全て国家持ち。

 それだけ聖女の確保は国にとって重要であるし、聖女候補は優遇されている。

 近衛に配属される聖女はセレイブの使徒となった者だけであるけど、ここアマリア王国は30もの騎士団があり近衛騎士以外にも聖騎士は多い。少なくとも各騎士団の団長は聖騎士出なければならない。

 騎士団全員が聖騎士なんて団も近衛以外にも複数ある。



 私の学園での生活は快適だった。

 聖女学園寮の各聖女候補に与えられる部屋は個室で寝室が別室になっている他、お風呂やトイレもついているし、侍女も2人付く。

 両親がいくら大金を得たと言っても私の生活の水準はありえないだろう。

 聖女学園に貴族の令嬢はそれなりに多い。

 貴族ともなると高い資質の子供が生まれやすいのかもしれない。

 この学園は如何に高位貴族と言えども資質が無ければ入学出来ない。

 学園と名付けられても本質は聖女育成機関だから。

 それに貴族向けの本当の学院は別にあるのだ。


 貴族で聖女の資質のありとして入学する者は多いけど、最後まで残れるのはやはりごく少数。

 一応クラス分けされていて貴族組とと一般市民組が顔を合わせることは一度もなかった。

 その辺りは完全に棲み分けがされている。

 きっと聖女の卵たちを貴族に無礼討ちされては国としては堪らないからだろう。


 私は聖女学園で必死に聖女について学んだ。

 正直、座学は非常に苦労した。

 そしてその中で私の神の勇士兵(エインヘリアル)【トビカート】がセレイブ眷属の一柱で、”一閃神”、”赤突神”とも呼ばれる一点突破に特に優れた武神と知った。


 【スタ】町で一緒に資質お見いだされた子ともいつの間にか仲良くなっていた。

 思っていた以上に異郷下での同郷馴染みは励みに、力になってくれた。

 それはお互いそうだった。

 その子、カチュリアは風の神【クテレ】より神の勇士兵(エインヘリアル)を授かった。

 神の勇士兵(エインヘリアル)の名は”エリィ”、”カチュ”と呼び合う仲なので特別に教えてくれた。

 カチュの神の勇士兵(エインヘリアル)は大昔の英雄で一日に1000ロメタ(≒1000Km )走る愛馬と共に戦場を縦横無尽に駆け抜けた騎士【ヒショーグ】。

 一緒に調べたけど、詳しい逸話は判らなかった。

 その時のカチュは【ヒショーグ】との交信を最低限しか出来ず、詳しいエピソードも判らず仕舞いだった。

 

 私は通常8年かかるという聖女学園をなんと5年で卒業。

 一般人の娘でしかない私がこんな短期間で卒業できたのも【トビカート】の協力のおかげだ。

 座学が苦手な私だけど、授業で判らない事があってもその夜に【トビカート】に教えてもらえたのだ。

さすがに眷属神だけあって、知識も豊富だった。

 カチュも私に引っ張られてか一緒に卒業。

 いえ、きっと彼女の聖女の資質も高かったのだろう。

 それにお互いに情報交換していたのも大きかった


 私は成人を待たずしてエリート騎士団である近衛1軍に配属の聖女となった。

 10年に1人の逸材と言われた。

 私は成績優秀の上、”ネームド”持ちだからだった。

 王国は神の勇士兵(エインヘリアル)【トビカート】の名を大々的に宣伝するだろう。

 そうなれば私は”ネームド”持ちとして”大聖女”と言われるようになる。

 私が大聖女と呼ばれるのは正直こそばゆいのだけど。

 カチュもまた第23騎士団に配属されて王城内にいるらしい。

 卒業の日にお互いに頑張ろうと誓いあった日以降会えていない。


 そしてパートナーに決まったトェンポールス様もまた今年騎士に叙任されるや近衛1軍に配属されたエリート中のエリートだった。

 そして高位の貴族でもであるトェンポールス様と”騎士と聖女の契約”を結び、私は正式にトェンポールズ様のパートナーとなった。

 私の暮らしはより豪華になった。

 近衛の聖女の暮らしは高位貴族水準らしい。


 トェンポールズ様とは……いえ、近衛の聖騎士と聖女は、訓練との時と昼食時に一緒に過ごす決まりになっている他、月に1日お互いの信頼関係を築くための自由時間が設けられる。

 それらはシンクロ率を上げるため。

 訓練でウェンポールス様の動き方はだいたい把握出来た。

 ウェンポールス様も神の勇士兵(エインヘリアル)【トビカート】の動きの癖に慣れてきて近衛騎士団長様から実践に出ていいレベルになったと言われた。

 自尊心が強くて誰よりも強いと豪語し、同僚騎士からは人気のないトェンポールズ様だけど私には紳士で優しい。

 しかし元が平民の私はトェンポールズ様に対し、どうしても引け目を感じてしまう。

 正直私は……彼と一緒に居るのは苦痛だった。

 トェンポールズ様にとって私は自分を飾る一級の装飾品にすぎないのだと感じることもある。

 表面的には兎も角、芯の部分で私の意見を聞くことはないと思っている。


 自分の思う通りに振る舞わせてくれる力のあるパートナーであれば誰でもいいのかもしれない。

 彼の態度が紳士であればあるほど元平民のであることを蔑まれている気分になるのは私が卑屈なだけなのか、彼が実際そう思っているからなのかは判らない。

 だからか私とトェンポールズ様のシンクロ率はある程度の所で停滞している。

 それでも訓練で同僚達を圧倒できるのは【トビカート】の

ポテンシャルの高さのおかげだった。

 

 ある日、私達は開発中の新型巨兵のデータ採取を目的とした模擬戦に対戦相手として参加することになった。

 初任務だった。

 模擬戦を前に緊張からか、興味もないのに私はポロリと「新型巨兵ってどんなのでしょうね?」と言ってしまい、「よし見に行ってみよう」とトェンポールス様に格納庫まで連れて行かれる事になった。

  

 そこには新型巨兵の試作機と開発者さん達、そして操縦者だろう黒髪の騎士様がいた。

 黒髪は珍しい、だからその人が王女様の護衛騎士だとすぐに判った。

 それに話したことは無くても、見かけた事はある。

 その時、彼はメアルシア様とその専属侍女アンさんを護衛してメアルシア様の散歩に付き従っていた。

 陛下の養女であるメアルシア様……私は陛下に直接呼び出され、彼女の平民時代に関する事を口外する事を禁止されている。

 彼女は私と同じ【スタ】の町出身で専属侍女のアンさんの義妹だった。

 アンさんには私もいっぱい世話になったし、今でも感謝している。

 メアルシア様、いえ当時のメアルさんはアンさんと一緒に居ることが多く、とても綺麗で、そしておとなしい娘という印象が強い。

 

 私と同じ歳で同じ日に聖女検査を受けている。

 私の検査の後、ひと騒動ありそれがキッカケで彼女は王宮に連れてこられ陛下に気に入られて養女になった。

 それについては思うところはない。

 彼女はいずれ他国に嫁いで行く。

 結局は彼女も私も王国の道具なのだろう。

 彼女がどう思っているのか知らないけど、私はその事に満足している。

 与えられている見返りも大きいのだから。


 黒髪の騎士ことメアルシア王女の護衛騎士カーライル様。

 侍女達は寡黙でミステリアスなのが素敵と言っていた。

 冒険者上がりなのにとても強いとの噂だった。

 なんでもあの第一王女殿下の剣技を軽くあしらったのだとか。

 正直トェンポールス様ではなくカーライル様がパートナーだった方が気が楽かもしれないと思ったこともある。

 無口なのは気にならないし、パートナーも元平民なら礼儀作法にもそこまで煩くなさそうだからだ。


 カーライル様はトェンポールス様の挑発にも冷静に対応していた。

 私は同じ国の騎士なのにあからさまに相手を見下すトェンポールス様の態度をパートナーとして恥ずかしくなった。 


 「トェンポールス様、そろそろ戻りましょう?」


 周囲の冷たい視線にいたたまれなくなってそう発言していた。

 去り際にカーライル様をチラリと見た時、目が合った。

 カーライル様は目礼にて私に感謝を伝えてくれた。

 それだけでも私は少し気が楽になった。



 そして模擬戦が始まった。

 この模擬戦は陛下も御観戦下さっている。

 公式な戦闘では無いものの、これが私達の初陣。

 カーライル様には悪いけど、神の勇士兵(エインヘリアル)が新型とは云え巨兵に負けるわけにはいかない。

 特に私はセレイブ様の眷属神の力を授かっている。


『つまらぬ遊びだ。口出しせぬから好きにやれ』


『ありがとうトビカート』


 確かに【トビカート】にとっては意味の無い戦い。

 興味もないだろう。

 開始前からいきなり勝手にやれと言われた。

 戦闘開始の合図と共に私は聖女として強化の魔法をかけていく。

 対するカーライル様はこちらを、いえ、トェンポールス様を挑発していた。

 槍を地面に突き刺したまま、構える様子をまるで見せない姿にトェンポールスが引きつり気味に叫んだ。


『あの男は 僕を、いやこの戦いを愚弄するつもりか!』


 格納庫のやりとりでトェンポールス様の自尊心の高さを見せてしまったのは裏目に出たかもしれないと思った。

 実際トェンポールス様は今にも飛び出しそうだ。

 

『トェンポールス様、あちらの思惑に乗るのは優雅ではありません。《射突》で驚かせてやりましょう』


『エリィーサ。判っているさ、あんな見え透いた挑発にのる僕ではない。君の案を採用するよ。でも彼は一撃で仕留める。《飛突》も準備を』


『わ…わかりました』


 取り敢えずトェンポールス様は冷静になってくれた。

 しかし、《飛突》とは。

 本気でカーライル様を殺すおつもりなのか。

 不安に思ったけど兎も角自分の役割は果たさなければならない。

 剣に魔力を込めながら、右足にも魔力を集めていく。

 

 神の勇士兵(エインヘリアル)【トビカート】の剣技《射突》で新型巨兵を牽制する。

 連続で発射される魔力を含んだ遠距離からの”突き”にカーライル様も後退さざるを得ないようで、地面に突きさしたままの槍を手放し遠ざかっていく。

 牽制に使ったけど《射突》でも巨兵を仕留めるには十分な威力がある。

 しかしカーライル様は後退しながらではあるけど《射突》

をしっかり防いでいて、さしたるダメージを与えた様子もない。

 

 トェンポールス様の作戦通りの状況は動いていた。

 カーライル様は距離を詰めれずにいて、対してこちら次の準備が確実に進んでいく。

 

『トェンポールス様、準備できました』


 そしてトドメの必殺技とでも言うべき《飛突》の準備ができた。

 《飛突》は【トビカート】が”一閃神”と讃えられる所以の技。

 魔力をのせた跳躍で瞬時に距離を詰め、一筋の閃光の様に鋭い突きを繰り出す突進技。

 まともに受ければ新型とはいえ巨兵では一溜りもない威力の技だ。

 


『よし、ヤツを仕留める。いくぞ!』


 トェンポールス様は地をひと蹴りでカーライル様の巨兵に向けて飛び出す。

 

 そのまさに飛び出す一瞬、ほんの一瞬、私は躊躇してしまった。

 これは殺し合いではなくてデータ収集の為の模擬戦の筈だと。

 その為、大騎士の踏み出しと魔力による爆発的な加速力の発動に僅かなズレ出てしまった。

 


 気がついた時、空を見上げていた。

 何が起きたのか速すぎて判らなかった。

 

 メキョ


 そんな音が聞こえ右手首が潰されたのが判った。

 痛いわけではないけど、大騎士の体は私を媒体にして顕現しているので状態の把握は感覚ではなく情報として伝わってくる。

 私は治癒魔法を使えないので一度顕現された体を修復できない。

 いえ、顕現を解除しても【トビカート】自身の回復を待つしか無い。

 武具程度ならすぐ修復するけど体の損傷は眷属神という大きな力を持った存在であっても3日は回復にかかる。


 だからこれは私達の敗北を告げる音だ。

 どうなったかはわからないけど兎も角負けたのだ。


 どうやら組討術で投げ技を食らってしまったらしいと理解したのは、試合終了のドラが聞こえた時だ。

 恐らくトェンポールス様も同様だろう。


『敗因は汝の躊躇だ』


 【トビカート】にそう言われた。

 もし、あの一瞬躊躇しなければ、今の出来損ないの《飛突》など比較にならない鋭い突きを繰り出せただろう。

 この敗因は全て私にある。

 でも同時にカーライル様を殺さずに済んだ事に安堵を覚えた。


「ウェンポールス様。申し訳ございません。私が躊躇しなければ、勝っていたのはウェンポールス様でした」


 帰りの馬車の中で私は頭を下げていた。


「………」


 トェンポールス様は窓の外を眺め、私の言葉には一言も返してくれなかった。



☆☆☆☆☆



「エリィーサ様おはよう御座います。よくお休みになれましたか」


 いつの間にか部屋に入ってきた侍女に話かられ意識が現実世界に戻ってきた。


「ええ、とても良く休めました。着替るから食事の準備に向かって下さい」


 適当に返す。

 私達聖女には機密保持の点からか専属の侍女は付かない。

 今日の侍女もまだ数回しか顔を合わせたことがなかった。


「畏まりました」


 恭しく一礼して侍女が出ていく。

 また、今日も一日が始まる。





 数日後トェンポールス様の謹慎が開け、今日は久しぶりに会わなければならない。

 正直気が重い。

 私の躊躇がトェンポールス様に屈辱を与えてしまったからだった。

 それも初任務で。


「トェンポールス様今日からまた宜しくお願い致します」


「ああ、エリィーサこちらこそ改めて宜しくお願いするよ」


 いざ会ってみるとトェンポールス様はいつも通りだった。

 余りに普通なのが却って不自然で、模擬戦の話題はタブーなのだと思った。

 会ったらもう一度謝ろうと思っていたのに。

 私とトェンポールス様はパートナーなのに距離は更に開いてしまった様に感じ、少し寂しく思った。

 ぼんやりとこのままでは契約破棄されてしまうのかなとも思った。


 あっという間に数日が過ぎた。

 聖女も聖騎士達に混じって訓練を行なうので私も訓練場にいた。

 流石に聖騎士達と同じ訓練内容では無いけど聖女も護身術として武器を扱えなければならない。

 今日の訓練もそろそろ終わりという頃、私の元に騎士団長様が来てトェンポールス様と共に残るよう言われた。

 騎士団長様はあれから私とトェンポールス様の様子がおかしいと見抜かれたのかもしれない。

 騎士団長様も模擬戦の審判としてあの場に居たし、トェンポールス様に謹慎を言い渡したのも騎士団長様だ。

 騎士団長様は訓練が終わると残った私とトェンポールス様に第二訓練場に向かうと仰られた。

 近衛の訓練に使う第一訓練場は近衛騎士とそのパートナー以外立ち入り禁止の専用訓練場で、第二訓練場は近衛以外の騎士用だった。

 ちなみに第三訓練場は兵士用となっている。

 

「団長、何故第二へ?」


「今日はメアルシア様が訓練の日だからな」


 私の前を歩くトェンポールス様の表情は見えないけど、きっと顔をしかめているに違いない。

 そこにはメアルシア様と共にその護衛騎士もいるから。


 第二訓練場に入ると、第一訓練場とはまた違う種類の熱気に包まれていた。

 理由はすぐに判った。

 訓練場内に設けられた闘武場周囲に人が集まり、声援を送っている。

 誰かが訓練戦闘をしているのだ。

 そして、お目当てのメアルシア様の姿が見えない。

 状況からメアルシア様が闘武場に降りていると考えられるのが自然だった。

 

「あいつは何を考えているんだ」


 騎士団長様の呟きが聞こえた。

 メアルシア様の武術教官は護衛騎士のカーライル様だ。

 まさか、カーライル様とメアルシア様の試合?

 私達も闘武場に向かうと戦っていたのはメアルシア様と侍女のアンさんだった。

 2人は訓練用の木剣ではなく、刃を潰した実剣だった。


「ほう。2人共なかなかやるな。カーライルの奴は教える方もで出来るようだ」


 私の驚いた理由とは違う理由で騎士団長様は驚いたようだ。

 その言葉に改めて剣技に注目すれば確かに二人の実力は護身術の域を超えていた。

 近衛騎士達の訓練を普段見てるので2人の技量が中々なのは私にも判った。

 といってもまだまだ本職の騎士達には及ぶべくも無いけど。

 ただ2人の技量は拮抗していてなかなかいい勝負だ。


「団長!そんなのんきな事を言っている場合ですか」


 トェンポールス様の言葉に周囲の目がこちらに向きざわめきが起きる。

 近衛騎士団長、つまり全騎士団のトップが急に現れたのだから。

 それに聖騎士と聖女の私もいる。

 一斉に野次馬の騎士達が騎士団長様に向かって跪いた。


「ここは訓練場だ。皆立つが良い」

 

 そう言われて跪いていた皆が立ち上がる。

 そして視線がこちらにも向いているのを感じた。

 私は聖女の訓練服を着ているので誤魔化しようが無い。

 一般の騎士達は聖女のパートナーになるのを夢見ている。

 だから憧れの眼差しが熱い。

 トェンポールス様もそれに気付いて私を隠すように前に立った。


「トェンポールス、姫と侍女殿は最低限、闘武場に降れる技量はあるようだから問題はあるまい。それに王女だから禁止にはできぬよ。そんな事を言ったらミリンダ様はどうなる」


「それは……そうですが」


 トェンポールス様の非難に対する騎士団長様の回答は試合を肯定するものだった。

 確かに姫なのが問題なら第一王女ミリンダ様も問題になってしまう。

 しかしミリンダ様に勝てる騎士など騎士団長様くらいなのだ。

 それにそもそも闘武場のルールとして第三者が割って入ることは禁止されている。

 介入していいのは審判である立ち会い人だけ。

 だから騎士団長様といえど、2人の戦いを止めさせることは出来ない。


 そんな一幕があり、意識は再び2人の試合に。


「アン殿、遠慮するな。本気でいけ」


 立ち会いのカーライル様よりアンさんに叱責が飛ぶ。

 するとアンさんの剣が速さを増した。

 それからの勝負はあっと言う間だった。

 すぐに対応できなくなったメアルシア様の剣は弾かれて宙を舞い、カーライル様の勝負有りの声が上がった。


「2人共お疲れ様。アン殿、手心を加えるのは却ってメアルシア様に失礼だ」


「すみません」


「剣技自体は最低限ではあるが合格だ。いざという時メアルシア様の盾にはなれるだろう。メアルシア様は今後はスタミナを付ける方向でいきましょうか。最後は目で追えていたのに体が動けずにいました」


「はい」

 

「メアルシア様は侍女と共にお上がり下さい。カーライルお前はそのままそこに居ろ」


 カーライル様が総括を終えた瞬間、騎士団長様が3人に指示を出した。

 野次馬の騎士達には各自の訓練に励むよう命じ、闘武場から遠ざけられた。

 そしてトェンポールス様とカーラール様には実剣で試合をするように命じた。

 トェンポールス様が闘武場に降りていく。

 騎士団長は野次馬が来ないように上から試合を見守る様だ。

 カーライル様が噂通りならこれは恐らくトェンポールス様の名誉を守る為。


 私はと云えば、メアルシア様達と待機を命じられた。

 

 「メアルシア様お久しぶりでございます。アンさんも元気そうですね」


 私達はそれぞれ 聖女、王女、侍女と立場が変わってしまったけど元々は同郷。

 

 「聖女検査以来ですね。エリィーサ様が近衛騎士団配属の聖女様になられて同郷の者として誇らしく存じます」


 メアルシア様は王族ではあるけど養女なので立場は微妙なところがある。

 私は正式に聖女なので伯爵位の貴族と見なされる。

 だからメアルシア様は私にも敬語で接してくれた。

 アンさんは侍女なので当然敬語だ。

 本当なら町娘の頃のようにアンさんと気安く話したかったけど、もしここにいる騎士達に聞かれるとアンさんが咎められてしまう。

  

 もどかしさを感じながらも3人で話を出来たのは良かった。

 故郷に未練は無いと思っていた筈だけど、同郷の知り合いと話す機会を持てたのは嬉しかった。

 それだけ私も寂しかったということなのかも。



 

 暫くすると試合を終えた騎士団長様達がこちらにやって来た。


「メアルシア様にお時間とらせてしまい申し訳有りませんでした」


「謝罪には及びませんわ。訓練場においては騎士団長様の管轄ですもの。王女と云えどここでは指示に従う義務がありますわ」


「そう言って頂けると助かりますな」


 2人はその後2,3会話を交し解散した。



☆☆☆☆☆ 



 遅い昼食になってしまった。

 近衛騎士の食堂ではテーブルの間隔が広く、楽器も演奏されているので他のテーブルの会話が聞き取りにくくなっている。

 皆食事を終えたのか人もまばらだ。

 残ってる者もパートナーとの会話を楽しみ親睦を深めている。



 私達も席に着いた。

 試合の後、トェンポールス様は一言も発していない。

 カーライル様の実力は噂通りで、ミリンダ様を子供扱いするほどだったのだろう。

 お互い無言。

 食事が来るまでの時間がとても長く感じ、我慢できず私から話しかけてしまった。


 「先日は私の覚悟が足りなくて申し訳ございませんでした。【トビカート】にも私の躊躇が敗因だと指摘されました」

   

 謝ったからと言って過去が変わるわけではないけど、少しでもトェンポールス様の気分が軽くなってくれたらといいなと思う。


「そうか……エリィーサありがとう。……そして済まなかった。馬車の中でも謝ってくれただろう。なのに……僕は……その…いっぱいいっぱいで言葉が出てこなかったんだ」


「トェンポールス様……」


「先程の奴との試合……全く歯が立たなかったよ。完敗だった。 いや…試合ですらなかった。何度も負けて、ずっと稽古を付けられていたんだ。それで思い知ったよ。僕の実力は悔しいけど奴の足元にも及ばない。だから模擬戦で無様を晒したんだ」


「それは私が」


「いや僕だよ。エリィーサが力を貸してくれていたのに、2人で戦えばいいのに、なのに僕1人で戦っていたんだ。君に躊躇させたのも僕……だ。模擬戦の趣旨を僕は考え違えしていた。只普通に戦えばよかったんだ。戦い方は幾らでもあったのに結局彼にまんまとのせられてしまった僕に問題があった。済まなかったエリィーサ……君の初陣を勝利で飾ってやれなかった」


 そう言ってトェンポールス様は頭を下げた。


「そんなトェンポールス様頭を上げて下さい」


「エリィーサこんな僕にこれからもついて来てくれるだろうか」


「……はい……また一から鍛錬を積み上げていきましょう」


 私はこの時初めてトェンポールス様にとってパートナーになれたのだと思う。

 

『汝らはようやくスタートしたな』

 

【トビカート】の言葉が頭に響く。

 私も初めてトェンポールス様のパートナーになって良かった、私こそがパートナーとしてこの方を偉大な聖騎士にするのだと思えるようになった。

 同時に【スタ】での日々が本当にどうでも良くなった。

 私はこれからトェンポールス様との未来に生きていくのだから。



続く

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