表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セツナレンサ  作者: uta
4/20


「可愛い」という形容詞、「優」という名詞をクラスメイトの口から吐き出されることが、日常になりつつある僕の高校生活。迷走を続けている感じを否めない。


 しかし、そんな風に有り得ないと思っていた非日常的なことでも、毎日の繰り返しの中に飲み込まれてしまえば、知らず知らずのうちに、日常となってしまうものなのだ。高校一年生の滑りだし、僕の人生史上において最も不可思議な日常の連続であった。


 そんな日常に押し流されないようにと必死に抵抗を続けた四月は、いつの間にか過ぎ去ってしまった。分厚い濃灰色のブレザーから、白のシャツにアイボリーのベストへと制服の衣替えが進み、爽やかな色合いが学校中へと広がっていった。煉瓦造りの正門をくぐる度に、朝の陽光を跳ね返す白を纏う生徒が増えていくのを感じた。春も、もう終わりだ。


 気が付くとゴールデンウィークが呆気なく終わり、中間テストの波が押し寄せてきた。五月病なんて患っている暇なんてない。むしろ、四月から僕の憂鬱は始まっている。四月病という慢性的疾患を苦に思わなくなったと言った方が、僕の場合はしっくり来る。慣れとは恐ろしいものだ。


 義務教育の中学と違い、高校には赤点と留年という非情なシステムがある。東桜学園はエスカレーター式の学校であるが、大学へは在学中の成績と、外部からの受験生と同等、或いはそれ以上の進学テストというものが課せられる。『真のエリート』を世界に輩出するためには、微塵の妥協も許さないという学園側の熱意によって、生徒たちへ、やむを得なく振り下ろされた愛の鞭である。中間テストで赤点を取ろうものなら、五月の時点で夏休みは全て消失して、特別補習に摩り替えられてしまうことが決定する。


 唯一のネックと言える英語で不名誉な点数を取らないためにも、僕は必死だった。このままでは僕の青春が英語という魔物に食い殺されてしまう。しかも、僕のクラスの英語担当はすばるさんだ。あの人が出す課題は家庭教師してもらった時に嫌と言うほど苦しんだ。心底楽しそうに爽やかな笑顔を浮かべながら「はい、明日までな」と手渡される課題は、量も難しさも半端なかった。英語ノイローゼに再び苛まれることを想像して、僕はブルッと悪寒を感ぜずにはいられなかった。


 学校の勉強なんて社会に出たら何の役にも立たない、と大人はよく口にする。しかし、今この瞬間、テストで赤点を取らないためにも英語の点数を稼ぐ必要があるのだから、将来がどうであれ必死になって机にかじりつくしかなかった。


 あぁ、憎たらしきは、英語という教科だ。すばるさんは、一体この意味不明な言語の何が良くて、留学やら、大学院にまで行って英語と親しんでいたのか、全くもって理解に苦しむ。誠に残念なことだが、「楽しい」のドキドキではなく、「ヤバい」のドキドキしか英語については感じたことがない。


 恋という感情は、ある種の緊張状態の中でしか起こらないと聞いたことがある。確かに受験期はノイローゼになりかけるほど、毎日が緊張の連続であった。英語への不安から不眠症になりかけたり、締め付けられるような胃痛というものを人生で初めて経験したのも、あの頃だった。ストレスって身体に毒なんだと、まだまだ若いはずの僕は身に染みて理解した。


 だからかもしれない。すばるさんから、たまに誉められることが、たまに笑顔を見せてくれることが、本当に嬉しくて仕方なかった。それだけで、今までの苦労が全部報われた気がした。


 あんなにも憎らしい、悪魔のようなすばるさんに「大嫌い」という憎悪に近い感情を抱いていたはずだった。それなのに、僕の想いはいつだって「大好き」に立ち返る。


 高校最初の英語の試験をどうやり過ごすか思いあぐねていた僕は、正直、頭が良いと思えなかった英太の成績が、すこぶる良いものであることを知った。中学からの持ちあがりである友達に聞いたら、彼はトップ争いの常連であるそうだ。おまけに、外人と英語でペラペラに喋れるんだぜ、という驚きの新事実も聞いてしまった。


 学生時代における宝とは、素晴らしい友のことである。小学校の道徳の授業で先生から教えてもらった格言に知恵を頂いて、僕は久屋大先生にご指導を仰いだ。


 最初、縋り付くようにして頼んだ時、英太は「二人きりで勉強なんて、無理!」と勢い良く何度も首を横に振った。まだ、気の置けない友人の少ない僕が、気がね無く英語を教えてもらえるといったら、英太くらいしか思いつかなかった。とにかく、僕は必死だった。僕を教えることに難色を示す彼と、このチャンスを逃したら赤点の危機である僕の間に、不毛な押し問答が暫く続いた。


 しかし、願っていれば奇跡は起こるものである。半ば諦めかけて、溜め息と共に「誰か、他の人に頼んでみるよ」とポツリと漏らした瞬間、英太はいきなり顔色を変えて「俺に任せろ!」と僕の両肩をしっかりと掴み、大きく頷きながら申し出を引き受けてくれた。


 せっかく出来た親友が、教科書と参考書と辞書、しかも天敵とされる英語に代わってしまうのは、余りにも切な過ぎる。彼の深い友情に、僕は心から感謝した。

テスト週間中に彼の家で行われたマンツーマンの指導は、予想を遥かに上回るものであった。英太が「これを覚えておけば大丈夫」とピンポイントで指示してくれた箇所が、テストにそのまま出されたのだ。


 テスト当日、試験開始の合図を受けて、机の上に置いた英語の答案用紙を捲った瞬間、僕は口を大きく開いたまま、ひとつ前の席に座る英太の背をじっと見つめた。驚きと喜びで開いたままになった口をゆっくり閉じて、僕は再び解答用紙に向き直った。緩んだ口元を引き締め、銀色のシャーペンをくるりと指先で回してから、解答欄を埋めて行った。


 チャイムが学校中に鳴り響いて、テスト終了を告げた。僕が感じたのは、持てる力を限界まで出して、人生の危機を乗り切ったという胸の透くような達成感であった。終わってしまった、と燃え尽きて、廃人の如く虚ろな表情を浮かべることしか出来なかった僕が、英語のテスト後にこんなにも清々しい気持ちになれる日がやってくるなんて、本当に驚きだった。


 そして、テスト終了後初回の授業で採点された答案用紙が返却される。つまり、今日、採点を終えた英語の答案が僕の元へと返ってくるということになる。


 数日前の興奮もすっかり冷め、冷静になった頭で僕は考えた。答案用紙に自分の解答をメモしなかった僕は自己採点が出来ていない。要するに、あの達成感は、僕のぬか喜びだったという可能性が大いに在り得るということだ。今日の朝、英太に英語の得点を訊かれ、頭のてっぺんから血の気がすすすと引くのを感じた。


「授業始めるぞー、さっさと席につけ。」


 教室に入ってきたすばるさんは、やけに上機嫌で鼻歌なんか歌っている。僕はそんな彼の表情を恐ろしくて見ることが出来なかった。顔面蒼白で引きつった笑いをしながら、テストの答案用紙が番号順に返されていく様を、自分の席でガタガタ震えながら待っていた。


 前に座る英太が僕の方を向いて、呆れ顔で笑いながらデコピンをしてきたが、緊張で痛みすら感じることが出来ない。「あ、ありがとうございましたっ!」とトチ狂ったとしか思えない言葉を吐いて、周囲から笑われてしまったが、そんなことはどうだって良い。僕の平穏な一学期と夏休みが、あの紙切れ一枚にかかっているのだ。紙っぺら一枚に人生が左右されるとは、世の中って本当に世知辛い、と泣きそうになった


「心配するなよ、優。大丈夫だって」


 そっと英太の大きな手のひらが僕の頭を撫ぜた。「でも……」と否定の言葉を紡ごうとする僕を遮るようにして、くしゃくしゃと勢い良く髪の毛を掻き回す。


 大丈夫、という英太の言葉が不安に凝り固まった僕の心を、優しく解きほぐして行くのを感じた。確かに英語のテストは手応えがあったのだが、僕の勘違いかもしれないと思い、まだちゃんとありがとうを伝えていなかった。すばるさんから名前を呼ばれた英太に続き、僕も席を立つ。乱れてぼさぼさになった頭のまま、柄にもなく神様に祈ってみる。英太のためにも、赤点じゃありませんように、と。


 クラスで一番最後に渡されるテスト用紙が、すばるさんの手のひらから差し出された。彼の表情を伺うように、覗き込みながら答案を受け取る。眼鏡の奥の瞳は無表情だ。でも、口元が嬉しそうに軽く上がっていた。赤点はどうやら免れたようだが、すばるさんへの想いからは、免れなかったようだ。懐かしさが僕の心を、ちりちりと焼けるような音を立てて焦がしていく。


 すばるさんは、きっと気付いてない。多分、自分が笑顔なんて見せない怖い先生と恐れられているのだと思っている。今だって、きっと無表情を決めこんでいるつもりに違いない。でも、彼は嬉しさを噛み殺す時、どうしても口元だけが喜びを隠し切れず、笑みを描いてしまう。僕だけがそのことを知っているなら、すごく嬉しい。


「ギリギリセーフだけど、よくやったな、若宮。頑張った」


 ぼさぼさになった髪を撫ぜつけるようにして、大きな手のひらで頭を撫ぜられる。俯いた僕は、唇をぐっと噛み締めた。


 あの時と同じ言葉を、使わないで下さい、と思った。「若宮」だなんて、あの時は言ってなかった。僕を「優」と名前で呼んでくれていた。すばるさんの存在が、酷く遠く感じられた。



 勉強をもっと頑張れば、学園が目標とするような『真のエリート』になれば、こんな哀しみに胸を痛めなくて済むのだろうか。全国模試でトップに名を連ねられるほど頭が良くなれば、愛する人の心は手に入るのだろうか。いや、そんな訳はないだろう。そんな錯覚に酔えるような寂しい人間になんてなりたくない。


 僕は疑問を胸に抱きながら悩み続ける。大人からすれば、余りに刹那的で、ちっぽけで、どうしようもないことかもしれないけど、僕は僕なりに自分で答えを見つけようと必死になって足掻いている。そんなこと、と僕も大人になったら、子供の悩みに対して、口にしてしまう日が来るのかもしれない。多分、今の大人も子供の時には、うんと苦しんで悩んでいたはずだから。


 しかし、僕にとって、それは来るはずのない未来であるように感じられた。心を苛める痛みが、いつだって僕を現実の苦悩に立ちかえらせる。涙が滲むほどの痛みと戦っている人間に、「そんなこと」と冷淡に突き放すことが出来ようか。


 塞がりかけていたかさぶたを、指先で無理に開いてしまったかのように、痛みが全身に走る。鮮血を伴うような、生々しい失恋の傷口は、まだ少しも癒えていなかった。「そんなこと」と簡単に片付けられるはずもなく、今日も僕は自分を騙しながら、何とか今を生きている。


 おぼつか無い足取りで席に戻ろうとして、俯いたまま回れ右をする。一足先に席へ戻った英太を、虚ろな視線が捉えた。表情をなくした顔つきの彼を、僕は初めて見た気がした。でも、それは瞬きひとつぶんのことで、すぐにくるくると変わるいつもの明るい表情になっていた。あれは単なる僕の見間違いだったのかもしれない、と考えを散らすように首を軽く振った。


 渡された答案をふたつに折りたたんで、僕は自分の席へと歩みを進める。椅子に座る英太の横に立ち、戸惑いをごまかすように、曖昧な笑みを浮かべて軽く首を傾げる。僕の答案用紙の上に書かれた得点を見た瞬間、英太は僕以上に喜びの表情を浮かべた。僕の凍てついた心の中に、あたたかい春風を吹いた気がした。


 目の奥が熱くなり、ぎこちなく両腕を伸ばした僕は、英太にぎゅっと抱きついた。椅子に座った彼は、僕よりも身長が低く感じられ、不思議な気持ちがした。屈むようにして、彼の肩口に顔をうずめる。そうでもしなければ、泣いてしまいそうだった。そんな表情を誰にも見られたくなかった。彼のあたたかさが、弱音を吐けない僕の唯一の救いだと思えてしまう。人工的な整髪料と英太の香りが混ざり合って鼻に入ってきた。


「英太……大丈夫だったよ、ありがとう」


 酷く掠れた声音で、耳元に力なく囁くと、驚いたかのように肩が小さく跳ねるのを感じたが、すぐにいつも通りの彼に戻って、「おう!」と弾むような返事が聞こえた。僕の背に手を回しながら、そっと手のひらで背中を撫ぜてくれた。その飾り気のない言葉を聞いて、泣きそうになるくらいの幸せを噛み締めながら、しみじみと僕は思った。英太にありがとうと伝えることができて、本当に良かった、と。


 勢い余ったとはいえ、自分のしでかした突飛な行動に気付いた僕は、ハッと英太の肩から顔を上げた。背中にちくちくと刺さるクラスメイトの視線が痛い。浮き立った声が宙を飛び交う。全身の温度が急上昇していくのを僕は感じた。


 学校の教室で、授業中に、しかもクラスメイト全員とすばるさんの前で、僕は英太に抱きついてしまったのだ。自分の仕出かしたことをやっと理解できた僕は、弾け飛ぶようにして英太から身体を離した。


「ごめんっ、英太!」


 自分の起こした行動が、自分でも理解できない。他人の指先が身体に触れることさえ、多少の嫌悪感を否めないほどスキンシップが苦手なはずなのに、事もあろうか何の躊躇もなく、自分から英太に抱き着いてしまったのだ。穴があったら入りたいと、沸騰した頭で思った。


 深い羞恥と、もっと深い申し訳なさから、英太の顔を見ることが出来ない。「優ちゃん、俺にも!」とか「ずりーぞ、英太!」とか野太い叫び声が教室中から沸いて、俯く僕の頭上を飛び交っているが、そんなことは、もうどうだって良い。恥ずかしさで火が出てしまいそうなほどに顔が熱い。立ち尽くす自分の足先をじっと見つめていた。


 覚悟を決めて、頭を上げようとした瞬間だった。英太の手がさっきよりも勢い良く、僕の髪の毛を掻き回した。せっかく上げようとした視線は、すぐに元へと戻されてしまった。突然のことに目を白黒させながら、彼を怒らせてしまったのかと心配になった。覗きこむようにして彼の表情を確認しようとしたのだが、今度は手のひらが引っ込められ、表情が見えないように、ぷいっと顔を横へとそらされてしまった。何度やっても、それは同じことで、結局、すばるさんに注意されて席についた僕は、彼の表情を見ることが出来なかった。


「このクラスは一人も赤点いなかったんだけどな。なぜか若干一名、真っ赤だな。なぁ、久屋?」


 からかうように壇上で、謎の言葉を口にするすばるさんが、英太の方をニヤつきながら見つめた。その言葉に反応するように、同じ位ニヤついたクラスメイトが一斉に英太の方を振り向いた。


 彼等からの視線を一身に受けつつ、英太が両手で力いっぱい机を叩いて、勢い良く立ちあがった。その音に驚いて、僕は目を見開いたまま、言葉を失ってしまった。椅子に座ったまま、前に立つ英太の広い背中を見上げると、先程まで、僕が顔を預けていた彼の肩口が、ふるふると震えている。


「ちょ、先生! 何言って……」


「おーっと、久屋、顔が赤いぞ。オネツでもあるのかな?」


「健康体だっつーの!」


「保健室行くか? おい、若宮、久屋を保健室に連れて行ってくれないか」


「えっ? 英太、熱があるの? さっきもぼーっとしてたし、保健室行く?」


 座ったまま僕は、後ろから彼のベストの端をきゅっと握った。僕が言葉を発した瞬間、あんなにもうるさかった教室の中が、水を打ったような静けさに包まれる。クラスメイトの視線が、からかい混じりの薄ら笑いから、可哀想なものを見る同情の目つきになっている。何かまずいことを言ったのではないかと心配になり、くいくいと彼のベストを引っ張るが、英太は決して僕の方を振り向いてくれなかった。視線を右往左往させながら、伸ばした指先を彼のベストから離した。


「……若宮、コイツのことは、ほっとけ。大変だな、久屋も」


 喉奥の噛み殺し切れない笑いと共に、すばるさんが右の口角だけをあげた意地悪な笑みを浮かべて、静寂を破った。


「解ってんなら、ちょっかい出すなよ……」


 はぁぁ……と大げさな溜め息をついて、英太は右手で頭を盛大にかきながら、席に座った。


「解ってるから、ちょっかい出したくなるってもんだろ」


 そう返しながら、軽く肩を竦めたすばるさんは、息巻く英太の反論を遮るように「試験の解説、始めるぞー」と手にしたチョークを黒板に滑らせて、授業を再開させた。ゆるゆると頭を授業モードに切り替えて、赤ペンを筆箱から取り出し、黒板の文字を写していく。


 黒板を見るという行為に関して、別段苦労することはなかった。疲労から一時的に視力が落ちることがある、とテレビで見たのを思い出す。慢性的四月病患者の僕だから、一瞬だけ目が霞んでしまっても、おかしくは無い。でも、あの時、英太の表情に一瞬だけ過ぎった翳りが、心の奥にこびり付いて中々取れない。普段の表情が雄弁であるだけに、あの感情が読み取れない無表情の理由が気になる。間違えた箇所の解説を、僕は赤ペンでノートする。


 お互いに他人には言えない隠し事があり、一人で悩んで、一人で苦しんで、もしかしたら一人で泣いているかもしれない。僕と英太の平行線みたいな関係。ずっと隣に居続けるけど、その二本の線は決して交わることはないだろう。一番傍にいるのに、一度も触れ合ったことがない僕等は、触れてしまえば、その先は離れて行くばかりであることを知っていた。


 結局、僕等は似たもの同士だ。臆病なくせに、寂しがりやで、傷付きやすくて、妙に繊細である。人当たりの良い英太と、人付き合いの苦手な僕。対極に位置しているように見える二人だが、本音を他人に悟らせたくないという根っこは同じだ。ただ、方法が違うだけで。彼は他人に与えるイメージを作り上げて先手を打ち、僕は頑なに気持ちを閉ざすことで自分を護っている。


 英太も人間だから、悩むこともあるだろう。僕の悩みをいつも聞いてくれている彼が、いつか僕にそれを打ち明けてくれる日が来ると良いと思う。その「いつか」が来るまでは、僕は傍にいることしか出来ない。しょぼくれていても、ぴんと伸びた背筋でペンを動かす英太の後ろ姿を見つめた。彼が今ここにいてくれるというだけで、僕はどんなに笑顔をもらっているのか解らない。


 僕等の線が交わるのは、そう遠くない未来であろう。彼に触れた熱の残る手のひらを見つめながら、僕は思った。ただ、傍にいること、それだけは出来る。今の僕等には、お互いそれだけで十分だ。窓から吹き込んだ爽やかな風が火照った頬を撫ぜていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ