土地神様2
それから数ヶ月が経ち、村人達は相変わらず佐吉を『神の使い』として崇め、願いという名の要望を絶えず寄越してきていた。
「佐吉様、ここしばらく魚が釣れません。いつ頃行ったら釣れますかな?」
「佐吉様、この前のお返事は……」
「例の件は、佐吉様のお子にも頼んでおいたんじゃが……畑の実りを前よりもっと良くして下せえ」
佐吉の緋色の目に映るのは、ただ鮮やかな色彩と、とても徳の高い精霊や、か弱過ぎて人には見えない妖などの、人間には決して見えないものだけだ。
それを除けば奇跡の力などない、普通の目なのである。
「だから、俺にはそんな力はーー」
そんな力は無い、と言いかけて口をつぐむ。村人達の視線がギラリと刃物の様に鋭いものへと変わったからだ。
そして何より、佐吉は村人の期待に『応えて』しまったのだ。
(妖や精霊と話したせいか、嫌な縁もできてしまった。これからどうすれば……)
村人達の願いを叶えるべく、彼は妖や精霊に、村人の願いが叶う様な『情報』を聞いていたのだ。おかげで人ならざるものからも狙われる羽目になっている。
人一倍心優しく、そして気の弱い佐吉だ。歪んでいく父や村人達をこれ以上見たくなくて、自分が期待に応えれば、村は元の穏やかな村に戻るかもしれないと、そう信じての行動だった。
ーーしかし、彼らの欲は膨れ上がる一方であった。
*
「村長!! やはり、ワシらがこの村で暮らすには土地が小さすぎるのではないか?」
「口減らししたところで、そんなものはたかが知れとるしのう……」
「もっと広い土地が手に入らんもんですかな」
村の集会所で、村人数名と村長が集まって話し込んでいた。皆、村の開拓を必死に訴え、彼らの意見を、村長の 佐右衛門は難しい顔で聞いている。
そんな時、村人の一人が無邪気で凶悪な顔をして、嬉しそうに提案した。
「そうじゃ!! 前に妖にやられた隣村があったじゃろう! 誰もいなくなったあそこを貰い受けるのはどうか!」
その提案に賛同する者、反対する者、両方の意見が飛び交い、ガヤガヤと騒がしくなった。
「そりゃあいい!! 土地も広いし、海も近い。ワシら全員が暮らしても余るくらいじゃ」
「いやしかし、あそこは妖に襲われた場所じゃ。もう奴らの根城になってるやも」
「妖なんぞ、佐吉様になんとかして貰えばええんじゃ」
「そうじゃそうじゃ、ワシらには神が付いておられる。妖くらい、どうとでもなるわい」
騒ぎが大きくなったところで、佐右衛門が重々しい咳払いを一つして、皆を鎮める。
しんと静まり返った部屋で、彼が声を落として話した。
「確かに、隣村をワシらのもんにすりゃあ、一生困らんじゃろう。だが、そう思うのはワシらだけじゃないはず。他の村のものも、皆が思っとる」
「村長! そう警戒せずとも、ワシらには佐吉様がついておられるではありませんか」
「恐れる事などありませんぞ」
そうだそうだ、と村人達は再び同調し始める。
「村長からも佐吉様にお頼みください」
「ううむ……あやつは目を使うのを渋るからのう……」
いつもは二つ返事で頼みを聞く佐右衛門だったが、今回は何故か返答を渋る。それは佐吉が目を使いたがらない時と、全く同じ表情であった。
そんな佐右衛門に痺れを切らした村人の一人が、ポツリと夢見心地で呟いた。
「佐吉様は、なんだかんだ目を使って下さるが、そこまで行くのに手間がかかるからのう……もしも、ワシがあの『緋色の目』を貰っとったら……」
「黙らんか貴様!!!!!」
佐右衛門は、手元にあった茶器をその村人に向けて容赦なく投げつける。茶器は村人のすぐ後ろの壁にあたり、パリンと音を立てて砕け散った。
「神からの授かりもんを何だと思うておる!!! 佐吉こそ神に愛された我が息子! それを貴様は奪おうと言うのか! この罰当たりめ!!!!」
烈火の如く怒鳴り散らした佐右衛門。その顔は、自分の持ち物を奪われまいとするかの様に、焦りと必死さが浮かんでいる。
「いいか、あれはワシの!! っ……ワシの……………大切な、息子じゃ」
冷静を取り戻した佐右衛門は、尻すぼみになりながらそう誤魔化し、咳払いを一つした。
「ゴホンッ。とにかく、この件は佐吉と相談してみるので、それまで少し待て。いいな」
村人達の返事も聞かずに佐右衛門はそそくさと部屋を出る。
残された村人達は解散する事なく、ヒソヒソと陰口を言い始めた。
「見たかい? 今の村長の態度」
「あぁ、みたみた。ありゃあ息子を想う父じゃあなくて……」
「緋色の目を独占したい、強欲な爺じゃ」
「あぁ醜い。人はあんなにも簡単に変わっちまうんじゃのう」
「そうだ、いいことを思いついたぞ。皆もっと集まれ」
村人の一人がそう言い、皆固まって耳を寄せる。
薄暗い部屋で声を落として話し合う中、一本の蝋燭の火だけがゆらゆらとゆれ、村人達の真っ黒な影を映し出していた。
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