土地神様 1
過去回想編に入ります。4話ほど続きます。
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「今宵は宴じゃ!」
「たんと食べよ、佐吉や」
「なんて美しい緋色の目……」
「あまり見るでないわ。バチが当たるぞ」
村では、限りある食材をかき集め、盛大な宴を開いていた。
皆が佐吉の目をジロジロと見つめては逸らし、そしてまた見つめる事を繰り返している。
最初は、神様への純粋な畏怖だった。
だが酒が回り、祭りの熱気が引くにつれて、村人たちの口から漏れる言葉の色が変わっていく。
「なぁ佐吉。その神様の目は『見えない物が見える』とか。本当かい?」
「いいや、この目は色が鮮やかに見える、と……」
「いやいや。言い伝えではな、ここらの土地神様は予備の目玉を持っておってな、ワシらには見えん物が見えてたそうじゃよ?」
村人はやさしげに笑っているが、その目の奥は怪しく光っていた。
「じゃあ、明日の天気の良し悪しや、作物がどこに実るかも全部分かるんじゃろ?」
「これでお上の理不尽な年貢に怯えなくて済むのう」
「こりゃあいい! 神様仏様、佐吉様じゃあ!」
「ま、待って下さい! 俺はそんな事をするつもりはーー」
酒のせいなのか、この目がもたらした狂気なのか。
皆浮かれていて、誰も佐吉の話を聞いてはくれなかった。
*
この日を境に村人達の佐吉への態度はガラリと変わり、彼は『心優しいお人好し』から『神の使い』へと変えられてしまった。
翌朝、嬉しくて興奮した様子の我が子達によって、彼は起こされた。
「父ちゃん! 父ちゃん起きて!」
「お父ちゃん! あれを見ておくれ!」
「うぅん……なんだ?」
眠い目を無理に開け、むっくり起き上がる。そして子供らに急かされ、自室を出る。
そこには、上質な米や新鮮な川魚、立派な野菜を抱えて押し寄せる村人達と、困り果てて対応する妻がいた。
「おはよう、あんた」
「おはよう、ところでこれは一体ーー」
「佐吉様じゃ!」
「おぉ、あれが例の、なんと神々しい目じゃ……!」
佐吉に気付いた村人達が、一斉に騒ぎ出す。中には涙して拝み始める者もいた。
「佐吉様、どうか、どうかワシの畑の豊作を、その目のお力で祈って下せえ!」
「母の病を治して下さい!」
「■■■様に、村をもっと強くお守りくださるよう、どうか伝えて下せえ、佐吉様!」
佐吉様、佐吉様、と皆口々に言い、ついには地べたに額を擦り付け、本物の神仏であるかの様に敬い始める。
「俺はただ目を頂いただけで、そんな力はありません! 皆、それを持ってお帰りください!」
供物を突き返したが、それを父が物凄い形相で止める。額にうっすら汗を浮かべ、目はギラつき薄ら笑っていた。
父は供物と『緋色の目』だけを見ており、『佐吉の目』は一切見ていなかった。
「何と罰当たりな事を言うか!! お前は村人達の気持ちを何だと思っとるんじゃ!!」
「親父! でも、俺はこの気持ちには応えられない! 応えられる力なんて無いんだ!」
「たわけ! お前がそう思い込むから何も出来んのだ!その美しい神の目に、出来ない事などないだろうに」
まるで別人の様になってしまった父や、ずっと拝み続ける村人達を見て、ズキズキと激しい鼓動に合わせて頭が痛む。
「っ、すまない……俺は、俺にはそんな事は出来ない!!」
これ以上、父や村人が歪んでいく姿を見たくなかった。限界を迎えた心を引きずるようにして、佐吉は父の前から逃げ出し、自室の暗がりのなかへと引き篭もる。
その間も、部屋の外から父と村人達の声が聞こえた。どうやら、先程の村人の願いを必ず聞き届けさせると約束している様だった。
そんな声を聞きながら、佐吉は視界を遮るように両手で顔を覆った。
*
それから、どれほどの時間が流れただろうか。
佐吉はただ一人、自室の薄暗がりの中で膝を抱えていた。脳裏に父の顔が、耳の奥に村人たちの声がこびりついて離れない。
――すう、と静かに襖が開いたのは、夕闇が部屋を包み込んだ頃だった。
「あんた……」
柔らかな光とともに、妻が部屋に入ってくる。
いつも凛としている彼女の瞳には、深い憂いと心配の色が滲んでいた。
妻の声で緊張の糸がほぐれた佐吉は、膝を抱えたまま、消えいりそうな声で話す。
「一晩で、親父も村の人達も恐ろしく変わってしまった。俺は目以外は何も変わっとらんのに……」
佐吉の神々しい緋色の目に、暗い影が落ちる。
「きっともう、誰も『俺』を見てはくれないだろう。俺は、この目を貰った時にもう死んだも同然ーー」
それ以上言わせないかの様に、佐吉の口に妻の手が添えられた。
佐吉は目を丸くし、妻を見つめる。妻もまた佐吉の目を見つめていたが、それは緋色の目という『神の力』でなく、佐吉という『彼自身』を深く見つめているのを肌で感じた。
「あんた。あんたは今、自分で言ったじゃないか 『目以外は何も変わっとらん』と。その通りさ。あんたはあんた、何も変わっちゃいないよ」
そう語る妻のまっすぐな目は、普段と何も変わらない。
その揺るぎない態度に、佐吉の心が少し軽くなる。
「綺麗事に聞こえるかもしれないけれど、私はあんたの目が神様の目になろうが、いつもの気弱でお人好しな旦那様にしか見えないよ。だから、そんなに寂しい事を言わないでどくれ」
そんな妻の言葉がら佐吉の胸にじんわりと広がる。胸の内を移すかの様に、暗闇の灯った瞳に優しい光が戻った。
そして初めて、佐吉は妻を見つめ、その温かい手を優しく握りしめた。
「初めて見る物があんな醜いものではなく、お前のこの美しい姿であれば、どれほど良かったか……」
「あんた……」
妻は、凛とした顔に少し恥じらいを混ぜ、頬を染めて俯く。それがとても愛おしくて、佐吉は先程までの暗い気持ちなどとうに忘れ、ころころ表情の変わる妻を見つめる事に夢中になっていた。




