緋色の目
「ここは、あんなにおっかない化け物が他にもいるんだろ? 怖くはないのか?」
「あぁ。あの程度ならそこら中にいるし、恐怖はない」
「……じゃあ、山奥はもっと怖いの?」
「さっき言っただろう。この世に存在してはいけない者……神からも見放され、自然にかえる事も、死ぬ事も生まれ変わる事も、何も許されぬ奴らがいる」
「も、もしその封印が解けたらどうなるんだ?」
「お前さんは、随分と好奇心旺盛だな」
質問攻めにしたからか、佐祇璃さんはいい加減うんざりしたように大きく息を吐いた。
いろいろ話し過ぎたと彼女も反省しているかも知れない。そんな空気を感じる。
「とにかく、早く霊魂を見つけねば……おや?」
佐祇璃さんの足元から、ぐにゃりと何かを踏み、一歩後ろに下がる気配がした。
ここは人の世にも近い、比較的穏やかな森の中で、足元は土や木の根や石ばかりのはずだ。それなのになぜ、足を取られるほど柔らかいものがあるのだろう。
おいらには見えないが、佐祇璃さんが足元に目をやると、そこには人間の男が倒れていたらしい。
着物は古く、おそらく乱世を生き抜いた者だろう、体は半透明で、肉体が無い事が一目で分かると佐祇璃さんが教えてくれた。
「これが霊魂だ」
「ええ!?」
つい大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。まさかこんなに簡単に見つかるとは思っていなかった。
「目は……あぁほら、緋色だ」
先程おいらにした様に、倒れている男の目もひん剥いてるみたいだ。
男の目は、緋色に輝いているらしい。
「霊魂って……触れるの?」
「あぁ。特にこの地ならば、お前さんでも触れるぞ」
触るか?と言われたが、首を強く振る。冗談でも触れたくはなかった。
好奇心がある割にそう言う所は慎重だな、と言われ、佐祇璃さんは、よっこらしょと米俵でも担ぐように霊魂を抱え、再び歩き出した。
*
「おい、起きろ。起きろったら」
深い森の奥にて、佐祇璃さんは座るのに丁度いい木の根に霊魂を座らせ、彼の肩を掴み激しく揺さぶる。
その様子を、おいらは耳をすませて 窺っていた。
「寝付きのいい奴だな」
「その人、本当に目を覚ますのか?もう死んじまったんじゃ……」
「何を言う。元から霊魂なのに死ぬも何もないだろう?」
更に霊魂を乱雑に揺さぶる。その衝撃で霊魂は意識を取り戻したのか、ハッとした息遣いが聞こえた。
「あ、起きた」
「うわぁぁあ!? 鬼だ!!」
叫んだ男の声には、ハッキリと恐怖の色が混ざっている。
霊魂だからか生まれつきなのか分からないけれど、どことなく声に力がなく弱々しい。
「落ち着け、騒ぐな」
「た、助けてくれ!!」
「何もせぬ。静かにしろ」
恐怖に支配される霊魂と、どうやってこの場を収めようか悩む佐祇璃さん、そして状況についていけず彼女の背中にしがみつくおいらと、それぞれ違う反応を見せた。
*
「失礼しました。まさかここが禁足地で、貴女が番人様とは思わず……」
「そんな事は良い。それより、お前さんの名は?」
「佐吉と申します」
「佐吉か。神の目を貰うなんて、随分と面白い経験をしたようだ」
ようやく息が落ち着いた佐吉さん。そんな彼の瞳を、佐祇璃さんはチラリと見た様だ。
その話題に触れて欲しくないのか、佐吉さんは気まずそうに気配を消し、沈黙が流れる。
「おや? その目は……お前さんも■■■殿と縁があるのか」
「……っ! 貴女、■■■様を知っているのですか!!」
先程まで力なかった佐吉さんの雰囲気がガラリと変わった。縋り付く様な、切羽詰まる声が闇に響く。
「あのお方は、あのお方は今、どうなさっておいでですか!? 村は、皆は!!」
「落ち着け」
佐祇璃さんの涼やかな声が、彼の興奮をピシャリとはね除けた。
「あの方はすでに堕ち、この地にいらっしゃる。今はこの餓鬼を捕まえる事に必死でな。もし見つかれば、こいつもお前さんも無事じゃ済まないだろうよ」
「あの方が、堕ちた……? 私のせいで、あの方が、ここに……」
ドサリ、と佐吉さんのへたり込むような音がした。
尋常ではない絶望の気配が周囲の空気を凍りつかせ、おいらは思わず佐祇璃さんの服を掴む力を強める。
佐吉さんは激しく震え、嗚咽をもらし始める。
やがて、後悔の混じった重い口を開いた。
「っ……あの方は、心優しいお方でした。こうなってしまったのは、きっとあの美しい御心が、人間の欲で汚されてしまったせいでしょう」
佐吉さんが暗い声で話し始めた時、目こそ見えないけど、おいらは自分から伸びる影が、ゆらゆらと蠢いた、そんな気がした。
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