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居ない、いない、いないいないいない、あの子がいない。影に入れたはずなのに。
もぬけの殻となった己の影を握りつぶす。辺りを見渡しても気配はなく、怒りのあまり全身を震わせた。
「逃げた、逃げられた、捕まえたのに、もう少しで引きずり込めたのに」
憎い、憎たらしい。よくも逃げたな。必ず見つけてやる。必ずだ。
見つけたら、八つ裂きにしてやる。
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どれくらい歩いただろうか。
相変わらず何も見えないけれど、小鳥の穏やかな鳴き声や、小さな動物の足音があちこちから聞こえてくる。
「周りが気になるか?」
「え? ……う、うん」
「そうか。見えぬ故、不安か」
そう言って、佐祇璃さんは近くにいた動物を持ち上げたようだ。布が擦れる音と、キュン、と言う動物の可愛らしい鳴き声がした。
「ここに住む動物は、禁足地で産まれた妖だ。ここでしか生きられない、哀れな存在よ」
そう説明したあと、佐祇璃さんは「いてっ」と小さく声を漏らした。また指を噛まれたのだろうか。
地面に飛び降りた動物は、森の中に消えていったようで、足音が遠ざかっていく。
「彼ら以外は、ここの外で生まれ、悪さをし、そして堕ちて来た妖や神達だ。天からの処罰を待つ者、処罰を受け封じられる者、この世に存在してはいけない者たちが集う、封印の地」
そんなに恐ろしい者たちがいるのに、なぜこんなにも穏やかで美しい所なんだろう。
不思議に思って尋ねようとしたが、それより先に佐祇璃さんが口を開いた。
「ここは話の通じる者や、天から許され自然に還る者、完全に堕ちきっていない者が来る、穏やかな場所」
パタパタと小鳥の羽音がし、近くで音が止まる。どうやら佐祇璃さんの肩に止まった様だ。
「この動物たちは、ここら辺にしか居ない。皆小さくて可愛いだろう?」
再びパタパタと羽音がし、鳥が飛んで行くのを感じる。
「さて、説明は程々にして、早く霊魂を探そう。ここも穏やかとはいえ、お前さんには危険だ」
「分かった」
彼女がが守ってくれると言う安心感からか、おいらは恐ろしい目に遭った事をすっかり忘れ、まるでどこかへ遊びに来たかのように、現実離れしたこの世界を楽しんでいた。
(禁足地なんて言うから、もっと怖い所だと思ってたけど、全然怖くないや)
完全に油断し、観光客の様に浮かれているおいらの空気を、佐祇璃さんは肌で感じたのだろう、心底呆れ果てたように、ため息を吐いた。
「なんなのだ……お前さんーー」
佐祇璃さんが何かを言いかけた、その時。
耳障りな鈴の音がじゃらりと鳴った。
「あぁ、来たか」
佐祇璃さんの冷たい声のあと、みるみるうちに周囲に霧か闇が立ち込めていくのが、肌に感じる冷たい冷気で分かる。
そして、じゃらり、じゃらりと重苦しく、怒りの感情を乗せた鈴の音が鳴り響いた。
霧の女や目玉を盗った爺とはまるで違う、心の奥深くに突き刺さる様な強い憎悪を感じ、おいらの心臓は再び早鐘を打ち始めた。
「!! この音……」
「静かに。これを持って私の背に回れ。決して手放すな」
佐祇璃さんの声に緊張感が増す。少し警戒した様に背筋を伸ばし、己の耳飾りをおいらに握らせて、背に隠した、その瞬間。
じゃらりと一度、大きな音が鳴る。
それ向かって、佐祇璃さんは臆する事なく丁寧に礼をしたようだった。
「これはこれは、■■■殿。奥に封じたはずのあなた様が何故、こちらにいらすのか」
そう尋ねると、鈴の音の方向から雑音混じりの男の声が聞こえる。
その声で反応したのか、辺りを漂う ソレが佐祇璃さんの全身を覆ったように感じた。
「子供を、探す、子供がいなくなった。知らぬか。十ほどの子供だ」
「子供……? その様な者は見ておりませぬ」
「居なくなったのだ。子供が、あの人間が!!!」
空気がビリビリと震える程の怒りに、周囲の木々は怯え、動物達は小さくなって身を隠す気配が伝わる。
おいらは耳飾りを握りしめ、佐祇璃さんの背中にしがみつく。息が上手く吸えず、どうしても体の震えが止まらない。
「落ち着きなされ。■■■殿」
佐祇璃さんの静かな声が、まるで冷水を頭からかけられた様に目を覚まさせる。
それからおいらは息を整え、彼女の耳飾りを少し強く握った。
強く握ったら、目が見えないはずなのに、おいらの脳裏に佐祇璃さんと、彼女の首を包む黒い霧が鮮明に浮かぶ。
恐怖で叫びそうになるが、口を押さえて必死にこらえる。すると再び鈴がじゃらりと鳴り、黒い霧の中から大木の様に大きい神様が姿をあらわした。
光の様に明るく、汚れひとつない美しい着物を身に纏う神様。
しかし首から下げる鈴だけは、音など鳴りそうにない程、ひどく腐食していた。
「おらぬ、どこにもおらぬ!! どこに逃げおった!」
袖から伸びる異様に大きな腕や足は腐りかけて、顔には闇が張り付き、表情は分からないが、怒りと憎悪で骨格がぐにゃりと歪んでいる。
それはもう、神と言うより、化け物だ。
「いない、いない……」
佐祇璃さんへの興味を失ったのか、ズルズルと裾を引きずり、再びおいらを探しにどこかへ消える。
それと同時に黒い霧も晴れ、元の静かな森に戻った。
おいらの脳裏に浮かんでいた神様も、霧の様に消えていった。
「……もう大丈夫だ。耳飾りを返せ」
緊張で汗ばんだ手で、耳飾りを返す。
そして、再び彼女が手を繋いでくれ、二人でゆっくりと歩き出す。
「あの化け物、おいらの姿が見えなかったのか? とにかく、見つからなくて良かった……」
「私の耳飾りで、お前さんの姿を別の物に変えたのだ。あれくらいの者になら、決して見つかる事はない」
あんなに恐ろしい事態に晒されても、佐祇璃さんは一切動じず、まるでいつもの事の様にあっさりと言ってのけた。




