土地神様3
集会所で密かな集まりが行われてから少しした頃、それは起こった。
「佐吉様、こんにちは」
「こんにちは。どうしたんですか? 皆揃って」
佐吉の元に村人が数名集まってきた。辺りを警戒したように目を泳がせ、話す声を抑えている。
彼らは、佐吉に無茶な願い事を頼まず、大切にしていた人達であった。
「……佐吉様。大きな声では言えねえが、今夜、家に居ちゃあいけねぇ。あいつら、何か起こす気じゃ」
「すまねえ、俺たちじゃ止められねえ……」
「とにかく今夜は、どこかに逃げとくれ」
そう言い残すと、村人達は申し訳なさそうに頭を下げ、そのまま早足で立ち去った。
(あいつら……?)
佐吉は酷く嫌な予感を覚え、すぐさま早足で妻と子供の元へ向かった。
その日の夜、彼の家の前に松明を持った村人達が押し寄せる。
村人達は家を取り囲み、大きな声で佐吉を呼び出した。
「佐吉様、佐吉様、おいで下され」
「お助けください、佐吉様」
切羽詰まった様に言う村人達。しかしそれは興奮と喜びを押し殺した、狂気的な声色だった。
「佐吉様!! どうか顔を見せて下せえ」
あまりのやかましさに痺れを切らした佐右衛門が、家から飛び出してくる。
「こんな夜更けに何事じゃ!!」
勢いよくそう怒鳴りつけたが、村人の様子がおかしいことに気づき、身構える。
「な、なんじゃ、お前達、何をしておる?」
「うるせぇ!! この欲張り爺が」
「佐吉様はどこじゃ!」
村人は口々に佐右衛門を罵り出す。先ほどの切羽詰まった様子は一切なく、目を血走らせ、唾を飛ばしながら責め立てた。
「いいからどけ! 佐吉様、佐吉様!」
「おい、やめんか! 頼む、やめてくれ!!」
佐右衛門が必死に止めるが、一人の老人が大勢の力に敵うはずはなく、簡単に押し除けられ、村人が家に土足でなだれ込む。
「佐吉様はどこだ!」
「くまなく探せ!」
「寝所にはおらなんだ」
あちこちをひっくり返して荒らす村人。佐右衛門は必死に止めるが、暴走は止まらず、足の踏み場がないほど滅茶苦茶にされた。
「やめてくれ、やめてくれ……」
家から佐吉が消えた事を知った村人は、弱々しく声を上げる佐右衛門に憎悪の目を向けた。
突き刺さる様な視線を一身に浴び、彼は身を縮こませる。
「そうか、村長……お前が隠したんだな?」
「!! ワシは何も知らん!」
「嘘だ! 自分の息子だろう、知らんはずあるもんか!」
「こいつめ、独占したいがために、佐吉を隠したんだな! 許せねえ!」
「信じてくれ! ワシは何もっ……!!」
「うるせぇ! おい、やっちまえ!」
狂気に染まった村人は、松明を投げ捨て、佐右衛門を袋叩きにする。
彼は身を守りながら、心で呪詛を吐いた。
(なんで、なんでワシがこんな目に!! 佐吉め、許さん、土地神め、よくも!!)
よくも、あんな目を寄越したな。
投げ捨てられた松明の炎が家に移り、大きく燃え上がる。炎から逃げる様に出ていく村人達を目で追いながら、呪詛を吐き続けた。
次第にそれは、己から流れる血に混ざり、大地へと還っていく。
そして佐右衛門の体は次第に生気を失い、しまいに家は焼け落ちた。
*
土地神の祠とは別の方向にある、古い鳥居の前。
そこに佐吉と妻子が、彼らを助けた村人達と一緒に避難して来た。
「ここなら見つからんでしょう」
村人達は一安心といった様子で息を吐くが、佐吉と妻は暗い顔をしていた。
「親父を置いて来てしまった、やはり今からでもーー」
「いけません! 村長もあいつらの仲間です!」
「あの集会所の会合は、村長がやったものじゃ」
「佐吉様、どうかワシらを守ると思って、親父様は諦めとくれ。もう手遅れなんじゃ」
村人達が口々にそう言ったところで、佐吉の妻が鋭く反論する。
「あんた方、なんて事を言うんだい! それ以上我が家を貶したら、いくらなんでも許さないよ!」
「良いんだ、お前……親父は本当に、俺が目を貰ってから人が変わっちまった。そう思われても仕方のない事だ……」
「あんたまで!」
「落ち着いたら、必ず親父に会って、事情を説明する。それでいいですか?」
佐吉の強い気持ちを込めたその言葉に、村人は渋々といった様子で納得した。
「それにしても、まさかこんな所に鳥居があるとは……よく知っていましたね」
「この前、たまたま見かけてのう、誰も寄り付かん場所じゃよ」
「■■■様の祠よりもこっちの方が村から近いというのに。誰も知らんとは、奇妙な鳥居じゃのう」
村人達は辺りをキョロキョロ見渡し、佐吉は妻子を背にして、鳥居の外から村を見る。
「佐吉様、この先は『ただの』山道でした。少し隠れておれば、奴らには見つからんでしょう」
「えぇ。しかし……」
佐吉はチラリと鳥居の先の山道に目を凝らす。
そこは土地神の祠に繋がる山道よりも荒れており、ただの寂れた獣道の様になっている。
しかし、彼の『目』には、ここがただの山道には見えなかった。
「ここは、なにか良くない道だ。ここに長居してはいけない」
「何故です? ただの山ん中じゃ……」
「こんなに古い鳥居がある場所です。何かあるのでしょう。俺にはここが山道じゃなく、『あの世の入り口』に見える」
その言葉に、村人達は一瞬にして恐怖で顔をこわばらせ、慌てて鳥居の外に飛び出した。
皆が連れてきた我が子を抱きしめ、子供達も親にしがみついて身を隠す。
山のずっと奥から、人知の及ばぬ『何か』が大量に潜んでいる、佐吉にはそう思えて仕方がなかった。
そんな時、空が赤く染まり、村の方から激しく燃え上がる炎が見えた。
「あいつら、本当にやりおった」
「獣以下の奴らめ!!」
「あの方向は……親父!」
佐吉は村人たちの必死な制止を振り切り、急いで村の方に走り出す。
「佐吉様!!」
「必ず戻るから、妻と子を頼みます!」
最後にそう言って、不安そうに見つめる妻と我が子を目に焼き付けるようにして去っていった。
「大丈夫だろうか……」
「せっかく逃げられたのに」
「こうしちゃあ居られねぇ! ワシは■■■様のところに行っておすがりしてくるべ!」
「分かった、ここは俺達に任せてくれ」
村人の一人が土地神の祠に行こうとしたその時。
しゃらりと大きな鈴の音が鳴り、それに共鳴したかの様に、月がゆっくりと黒い雲に隠れる。
不吉な空気に包まれる中、鳴り響く美しい鈴の音には、少し雑音が混じっていた。
次で過去回想はラストです。よろしくお願いします。




