土地神様4
村に着いた佐吉は、目の前のひどい景色に言葉を失った。
「これはっ……」
己の家は燃えて炭になり、あちこちの家に火が放たれている。
煙と焦げた匂いで目と鼻が刺激される。心臓が大きく脈打つが、それがこの光景のせいなのか、火事のせいなのか、佐吉には分からなかった。
「っ、親父! どこだ親父!!」
己の危険を顧みず、声を張り上げながら辺りを探す。
しかし、どこを見渡しても父・佐右衛門の姿は見つけられなかった。
「親父……一体どこに居るんだ」
ぽつりと呟いた時、辺りの草むらや物陰からガサガサと物音がして、あっという間に村人に囲まれる。
彼らは皆、狂気で目が真っ赤に染まっていた。
「見つけたぞ、佐吉」
「こんな所におったのか」
逃げる間もなくにじり寄られ、背後から羽交締めにされる。
咄嗟のことで抵抗できず、あっさりと捕まってしまった。
「何の真似ですか……!」
「分かっとるじゃろう、その、神の目を貰うんじゃ」
「なっ……乱心したか!」
「乱心? 何を馬鹿な。ワシらは乱心なぞしとらん」
下卑た笑みを浮かべる村人。そして佐吉の目の前に、焦げた木の破片を乱雑に投げてよこす。
それは、土地神の祠の一部だった。
「神はお前に目をやったが、ワシらには何をしてくれた? 今の今まで、何もしてくれなかった」
「最初から、ワシらなんぞ眼中にない。見放しておったんじゃ」
「そうじゃ。神なんぞ役に立たないから、ワシらの手で村を守るしかなかろう」
憎々しげにそう言い、投げた祠の破片を踏み潰す。それを見た佐吉の神の目が、己の心と繋がり怒りに燃えた。
「やめろ! なんという罰当たりな事を!! 今まで■■■様がどれだけこの土地をお守り下さったと思っているんだ!」
その言葉はもう、信仰を失った村人には響かず、ただのうるさい喚き声にしか聞こえていない。
そして彼らは、各々の信念をギラリと瞳に宿し、正義感すら漂わせた顔で、佐吉に告げた。
「悪いな佐吉、これも村のためなんじゃ」
「心優しいお前なら、許してくれるじゃろう?」
「恨むなら、お前自身を恨んどくれよ」
興奮する気持ちを抑えられないのか、自然と声が弾む村人達。
締める腕は強まり、彼らの手が佐吉の目に向かってわらわらと伸びる。
「ぐっ……ぅ、やめっ……!」
「安心せえ、その目を貰うたら、すぐに父親と同じ所に逝かせてやるでな」
目を輝かせ、額に汗を浮かべながら容赦なく手を伸ばす彼らには、恐れも何も無かった。
佐吉は必死に抵抗し目を守る。しかし彼らはそれに対抗する様に、鍬や鎌を容赦なく振りかざす。
「こいつ! 目を瞑りおった!」
「生意気な、こじ開けろ!」
血に汚れた手が、目をこじ開けようと更に集まり、顔に爪を立てる。
もう、立っている事もままならない佐吉。決して目は開けまいと、最後の抵抗をしていたその時。
厳かな鈴の音が突風に乗って耳に届き、村人達はその手を止め耳を傾けた。
「な、なんじゃ?この不気味な音は」
「鈴の音……?」
佐吉は腫れ上がった目を何とか開き、音のする方を見る。
しゃらり、しゃらりと美しい音が鳴るたびに、炎は鎮まり闇は深まっていった。
音は、歩いてきたかの様に次第に近くなり、錆びつき耳障りなものへと変わる。
「うぅ……(この音は、あの時の)」
それはかつて、祠で出会った土地神様が鳴らした、あの心地よい音によく似ていた。
村人達が恐怖で震え始めた頃、闇の中から淡く光った美しい男が、優雅に歩いてきた。
神話の住人のような華やかな着物に、神聖な鈴を首から下げたその男は、緋色の瞳を妖しく光らせている。
彼が人でない事が、一目で見て取れた。
「お、おぉ……あれはまさか」
「■■■様じゃ。■■■様がおいでなすった」
村人達はそれ以上何も言えず、ただただ美しさに惚けていた。
しかし土地神の姿がみるみる醜く、そして闇を張り付けた様に真っ黒な姿に変わり始めるのを見た途端、村人達の赤く染まっていた顔は、みるみる真っ青に変わった。
「ひ、ひぃい!! なんじゃあれは!」
「なんと恐ろしい、ありゃ化け物じゃ」
逃げようにも、足が地面に張り付いた様に動かず、ただ情けなく体をガクガクと振るわせるしかなかった。
この間にも土地神は近付いてくる。
彼が歩いた場所は闇がべったりとこびりつき、大地は腐り、草花は枯れ果てる。
「……■■■……様…………?」
佐吉は力なくその名を呼ぶが、土地神はそれに応る事はなく、ただただ絶望している様だった。
「どうして」
土地神はそう一言だけ呟いた後、四肢は肥大化し、人の形のまま徐々に異形となって、一気に悍ましい姿へと成り変わる。
彼の持つ鈴がじゃらりと一度鳴った時、佐吉の辛うじて残っていた意識はぷつりと途切れる。
命の灯火が消える最後の瞬間、村人達の阿鼻叫喚が、彼の耳に僅かに届くだけだった。
◇◆◇◆◇
次から三郎サイド(禁足地の話)に戻ります。




