お人好し
静かで幻想的な森の中。佐吉さんは時折言葉を詰まらせながら語った。
「ーーそのあとの事は分かりません。気がついたら、あの恐ろしい爺に捕まっておりました」
「ふぅん……」
話が終わると、佐祇璃さんは興味のない世間話を聞いた子供の様な反応をする。
体の芯から震え上がる様な話を聞いたと言うのに、よくそんな気の抜けた返事ができたものだ。
「ほ、本当にその神様が、おいらをここに連れてきた、あの化け物なのか?」
「番人様がそう仰るのなら、きっとそうだよ」
おいらは、恐怖を少しでも紛らわせる為に、震える手をぐっと握りしめる。
「怖いかい?」
佐吉さんに尋ねられ、素直に頷く。彼の纏う空気がどこか父ちゃんに似ていて、妙に親近感が湧いたんだ。
すると、佐祇璃さんが相変わらず冷たい声で水を差す。
「よくある事例だ。そう恐れる事もない」
「でも、怖いもんは怖いよ」
おいらが言い返すと、佐吉さんもポツリと自嘲気味に呟いた。
「俺達は、ただの人間ですから……」
それを聞き、彼女はまた気のない相槌をひとつ打った。
「全ては、俺がお人好しだったから起こった事。俺が悪いのです」
「まぁ、そうだな」
「佐祇璃さん!」
酷い言い方においらは慌てて止めたが、佐祇璃さんは全く気にせず淡々と話し続ける。
「神は気まぐれだよ。人間に見合わないものだって、自分がやりたきゃ簡単に授けちまう」
その目の様にな。と付け加え、嫌気を乗せた深いため息を、足元に吐き出した。
「神の持ち物は、下界の者には魅力があり過ぎる。そんなもの、持っていた所で争いを起こして自滅するだけだ」
「…………その通りです」
佐吉さんは、絞り出す様に、重く暗い声をこぼす。
「俺が目を授かってから、皆変わってしまった。今でも目を瞑れば、あの光景が鮮明に思い浮かんで、手が震えてしまうのです」
小さく震える吐息と、恐怖と後悔の色が混ざった声を聞き、おいらは居ても立ってもいられなくなった。
少しでも寄り添いたくて、佐吉さんの姿を探して手を伸ばす。
「? 何をしている」
「佐吉さんは? 佐吉さんは、どこにいるんだ?」
「お前さんの反対側だ」
佐祇璃はそう言うと、大きな手でおいらが伸ばした手を掴んで引っ張る。相変わらず強くて乱雑だ。
けれど、引っ張られた先に、ヒヤリと冷たく骨ばった男の手があり、ぎゅっと握られる。
霊魂に触れていると言うのに、あの話を聞いたからか、佐吉さんへの恐怖は一切なかった。
「何がしたいのだ?」
「う、ううん……なんとなく、触りたくなったんだ」
「そうか。お前さんも、ついに霊魂に興味が湧いたか」
佐祇璃さんは少し得意げに言いながら、おいらの手を離す。それを無視して、佐吉さんの手をギュッと握った。
「ねぇ佐祇璃さん、この人も助けてあげられないかなぁ」
「バカ言うな。死んだ魂だぞ?」
「でも、故郷の村に帰してやりたいんだ。何とかできないの?」
おいらは何とか頼み込もうとしたが、佐吉さんがそれを止めた。
「いいんだ、俺はもうただの霊魂。故郷に帰っても、皆には会えまい」
佐吉さんの冷たい手がおいらの頭に乗る。
ひんやりとしているが、その手つきはとても暖かく、心にじんわりと染み渡った。
「……名は何と言ったか」
「おいら、三郎」
「三郎か。心の優しい子だな」
佐吉さんは、涙を堪える様に声を振るわせる。それが分からなくて、おいらは首を傾げた。
その時、すぐ後ろから、聞き覚えのあるしゃがれた老人の声がした。
「話は済んだかい?」
「「っーーーー!!!!!」」
おいらは慌てて佐祇璃さんにしがみつき、身を隠す。佐吉さんも同じように彼女の着物を掴んだ様で、布が引っ張られるのを感じた。
「何だ爺。もう来やがったのか」
「あぁ。お前さん達の旅路が心配でなぁ……ずっと見守っとったんじゃ」
「……気持ちの悪い奴め」
「おぉ、良い顔をするじゃねぇか、嬢ちゃん。頼んだ霊魂もちゃんと連れてきてくれたしなぁ」
爺がぐいっと佐吉さんを掴み、離れるまいとした佐吉さんが佐祇璃さんの着物を掴む。その衝撃が着物越しに伝わってきた。
「こら、着物が皺になるだろう」
「貴女がた、まさか最初から俺を……!!」
「爺。約束通り霊魂は見つけた。とっとと目を返せ」
「ほいよ。どれだったかなぁ……」
懐の竹筒をゴソゴソと探っている様で、生っぽい音が聞こえてくる。おいらの目玉も触られている気がして、腹が気持ち悪くなった。
そんな不快感と共に、罪悪感が胸をじわじわと侵食してくる。
「佐祇璃さん、本当に渡しちゃうの……?」
「? 当たり前だろう。元からそう言う約束だ」
「で、でも……」
「なんだ、目を返してもらわなくていいのか?」
「返して欲しいけど……おいら、その」
なんて言えば良いのか分からない。でも、ここで佐吉さんを見放したらいけない、そんな気がしてならなかった。
「なんだぁ? 坊主、約束を違えるつもりかい?それなら目玉は返さんぞ」
「佐祇璃さん! 何とかならないかな、おいらやっぱり、あの人を助けてやりたいんだ、村に帰してやりたいんだ!」
「三郎……」
佐祇璃さんはおいらの名前を呟き、落ち着き払った声でぴしゃりと否定した。
「お前さん、それは無理な話だ」
「でも!」
「でもじゃない」
冷たく吐き捨てる佐祇璃さん。彼女の姿は見えないが、おそらくこちらを睨んでいるのだろう、刀を首に当てられているかの様な圧を感じる。
今は見えていなくて良かったとすら思えた。
「そうさなぁ、嬢ちゃんが物珍しさで構ってくれとる間に、とっとと帰った方がいいぞ」
嫌な引き笑いをする爺。しかしそれを佐祇璃さんが鋭く止めた。
「やかましい。■■■殿に見つかったらどうするのだ」
「関係ない。ワシはただ逃げるだけじゃからな。そんな事より、この霊魂を引っ剥がしとくれ。嬢ちゃんの着物ごと筒にしまっちまいそうだ」
「自分で何とかしろ」
そんな風に、わちゃわちゃし出したその瞬間だった。
じゃらり、と重苦しい鈴の音が一つ、おいら達のすぐ側で鳴る。
「あっ、しまった」
佐祇璃さんがそう言ってからすぐ、辺りを包み込む様に、真冬並みの冷気が体を覆う。
体は芯から凍る様に冷たいのに、背後から生ぬるい吐息を感じ、身の毛がよだった。
「見つ、けた」
あの雑音混じりの恐ろしい声がした後、おいらは呼吸がしにくくなり、あの化け物の闇に閉じ込められた時と全く同じ感覚に襲われた。
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