三郎と佐吉
*
三郎がいなくなってから、ひと月が経った。村は通夜の様な暗い雰囲気に包まれ、村長の家には三郎を偲ぶ村人達で溢れていた。
「可哀想な三郎」
「もうあの場所は封鎖するしか……」
「約束を破ったから、自業自得だ」
村人達は無責任に話し、三郎の遺影の前に花を手向けていく。
そこに、彼の両親が荒々しく踏み込んでくる。二人の目には悲しみと怒りが滲み出ていた。
「親父!! どうして勝手にこんな事をしているんだ!」
「 正一お前、隣村に行ってたんじゃなかったのか」
「 潔子から手紙を貰ったんだ! 三郎がこんな事になって、帰って来ない訳がないだろう!」
正一は父親である村長と、花を持つ村人達をひと睨みし、怒りのあまり顔を真っ赤に染め上げた。
「まだ帰って来ないと決まったわけじゃないだろう! それなのにーー」
「ひと月も戻ってこんのだ、それでも言い切れるのか!」
「っ……それは」
言い淀んでしまった正一に対し、村長は悲しみを含んだ暗い声で話した。
「ワシとて鬼ではない。どれ程あの子が帰ってきて欲しいと願った事か」
憎々しげに遠くの山を見つめ、それから、お札に目をやる。
家に代々伝わるそれはすっかり濁ってしまい、もう使い物にならなくなっている。
「村の皆で、何日も朝から晩まで探し回って、それでも見つからなかったのじゃ」
再び鳥居のある山に目を向ける村長。影の色は濃く、ぼんやりと長く伸びている。
「よりにもよって、なぜ影の濃い日に行ってしまったんだ。三郎……」
「三百年、影様から逃れられていたこと自体、今まで運が良かったのかもしれん」
「あぁ、せめて、せめて鬼の番人様には会わないどくれ……哀れな三郎」
潔子は三郎を哀れみ泣き崩れ、近くにいた村人に支えられる。
「せめて、故郷の土に還してやりたいのう……」
村長は、悲しさと悔しさに拳を握り締め、苦しそうな掠れ声でそう言った。
*
どこまでも冷たく、息ができない。きっともうこのままーー
(おいら、死ぬのかな……?)
全てを諦めかけたその時、冷たく骨ばった手が、おいらの肩を強く掴んできた。
「三郎!」
「っ……さ、佐吉さん!?」
耳元で佐吉の大きな声が聞こえ、一気に現実へと意識が戻る。
「大丈夫なのかい!? あと、あの爺と、佐祇璃さんは……!!」
「奴はもう……あぁでも、番人様はきっと無事だ! それより、早くこの闇の中から出た方がいい」
「闇って……!」
やはりここは、闇の中だったのか。そしてこれは、あの恐ろしい神の仕業だろう。
「お前には、帰るべき場所がある、そうだろう? 三郎」
「でも!!」
そう言いかけた時、佐吉さんがおいらに何かを握らせてくる。ほんのり暖かい何かが、手の中に二つ転がり込んできた。
「俺は、緋色の目を授かってから、色々なものが見えた。人とは違うものも見えた。だから、お前の魂の色も見えたんだ」
「な、何の事ーー」
ドン、と強く突き飛ばされ、凄まじい勢いで闇の底から弾き飛ばされる。
「佐吉さん!!」
「行きなさい! そして、家に帰るんだ!」
佐吉さんの気配が一気に遠ざかり、声が遠ざかっていく。
「そして家に帰ったら、先祖の墓に菊の花を備えてくれ。妻がとても好きな花なんだ」
「待ってくれ、佐吉さん! 佐吉さーー」
まるで水底から引き上げられる様に、おいらはグイッと腕を引っ張られる。
腕が抜けそうな程強く引っ張られ、肩の骨がズキズキと痛む。しかし、ふわりと香るハッカの匂いで、それがすぐに佐祇璃さんである事が分かった。
「佐祇璃さん!」
「無事だな、怪我は?」
「おいらは無事だよ、でも佐吉さんがまだ闇の中なんだ!」
すると、ゴクリ、と大きな物を丸呑みした様な音が聞こえ、心臓が跳ね上がる。
「あぁ…………喰らいおったわ」
佐祇璃さんがポツリと、絶望的な言葉を呟いた。
「そんな……佐吉さん、佐吉さん!!」
「動くな、三郎」
警告を無視して、音のする方へ足を踏み出そうとした。
しかし今度はさっきよりも強く肩を掴まれ、背後にあった大木の根本に押し込まれてしまう。
「何するんだよ!」
「黙れ! 死にたいのか貴様!」
ビリビリと辺りが震えるような怒号を放つ佐祇璃さんに圧倒され、おいらは黙り込む。
そして、佐吉さんのことを思い、無力さと悔しさで涙が出てきた。
(佐吉さん、ごめんよ、おいらは何もできない……)
彼に渡された二つの物を優しく握り締める。それは微かにドクドクと脈打っていた。
(これだけは、おいらが守るから)
そう思った時、再び鈴の音が鳴る。今までよりも大きく、酷い音になっていた。
こう何度も鈴の音を聞いていると、恐怖と共に憎しみが湧いてくる。
「よ、くも……よくも、我を……我の、どう、して……返せ、返せ、返せ返せ返せ返せ」
呪詛を吐くかの様に支離滅裂な事を言う土地神。もう神というより、ただの化け物だ。
そして化け物の言葉は次第に失われて、ついには聞き取れない言葉を紡ぎ始めた。
「返せ、か、返……縲ォ返……せ、縲¿繧繼ェの……我……贉°ノ……?」
ボタボタと、泥が落ちる様に何かが落ちる。そして鉄が錆びた臭いと、生臭い血の匂いが入り混じった悪臭が立ち込めた。
ウ、ゲホッ……!
あまりの臭いに吐き気が込み上げ、口元を袖でおさえる。
「縲……¿許サ……繧縲°繝……緋ェ……」
ズル、ズル……と体を引きずる音が近付いてきた。もう目の前にいるだろうか、恐怖で歯の根がガチガチと鳴る。
息を殺し、手の中の物を守る様に体を丸めた。
悪臭が強くなり、化け物の生ぬるい息がすぐそこまで迫った、その時ーー
「おやめなさい」
いつもと変わらない、冷たく凛とした声が響いた。
それからすぐに、辺りを包む冷気が熱風に変わる。




