↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

三郎と佐吉

 *


 三郎がいなくなってから、ひと月が経った。村は通夜の様な暗い雰囲気に包まれ、村長の家には三郎を偲ぶ村人達で溢れていた。


「可哀想な三郎」

「もうあの場所は封鎖するしか……」

「約束を破ったから、自業自得だ」


 村人達は無責任に話し、三郎の遺影の前に花を手向けていく。

 そこに、彼の両親が荒々しく踏み込んでくる。二人の目には悲しみと怒りが滲み出ていた。


「親父!! どうして勝手にこんな事をしているんだ!」

「 正一(しょういち)お前、隣村に行ってたんじゃなかったのか」

「 潔子(きよこ)から手紙を貰ったんだ! 三郎がこんな事になって、帰って来ない訳がないだろう!」


 正一は父親である村長と、花を持つ村人達をひと睨みし、怒りのあまり顔を真っ赤に染め上げた。


「まだ帰って来ないと決まったわけじゃないだろう! それなのにーー」

「ひと月も戻ってこんのだ、それでも言い切れるのか!」

「っ……それは」


 言い淀んでしまった正一に対し、村長は悲しみを含んだ暗い声で話した。


「ワシとて鬼ではない。どれ程あの子が帰ってきて欲しいと願った事か」


 憎々しげに遠くの山を見つめ、それから、お札に目をやる。

 家に代々伝わるそれはすっかり濁ってしまい、もう使い物にならなくなっている。


「村の皆で、何日も朝から晩まで探し回って、それでも見つからなかったのじゃ」


 再び鳥居のある山に目を向ける村長。影の色は濃く、ぼんやりと長く伸びている。


「よりにもよって、なぜ影の濃い日に行ってしまったんだ。三郎……」

「三百年、影様から逃れられていたこと自体、今まで運が良かったのかもしれん」

「あぁ、せめて、せめて鬼の番人様には会わないどくれ……哀れな三郎」


 潔子は三郎を哀れみ泣き崩れ、近くにいた村人に支えられる。


「せめて、故郷の土に還してやりたいのう……」


 村長は、悲しさと悔しさに拳を握り締め、苦しそうな掠れ声でそう言った。



 *



 どこまでも冷たく、息ができない。きっともうこのままーー


(おいら、死ぬのかな……?)


 全てを諦めかけたその時、冷たく骨ばった手が、おいらの肩を強く掴んできた。


「三郎!」

「っ……さ、佐吉さん!?」


 耳元で佐吉の大きな声が聞こえ、一気に現実へと意識が戻る。


「大丈夫なのかい!? あと、あの爺と、佐祇璃さんは……!!」

「奴はもう……あぁでも、番人様はきっと無事だ! それより、早くこの闇の中から出た方がいい」

「闇って……!」


 やはりここは、闇の中だったのか。そしてこれは、あの恐ろしい神の仕業だろう。


「お前には、帰るべき場所がある、そうだろう? 三郎」

「でも!!」


 そう言いかけた時、佐吉さんがおいらに何かを握らせてくる。ほんのり暖かい何かが、手の中に二つ転がり込んできた。


「俺は、緋色の目を授かってから、色々なものが見えた。人とは違うものも見えた。だから、お前の魂の色も見えたんだ」

「な、何の事ーー」


 ドン、と強く突き飛ばされ、凄まじい勢いで闇の底から弾き飛ばされる。


「佐吉さん!!」

「行きなさい! そして、家に帰るんだ!」


 佐吉さんの気配が一気に遠ざかり、声が遠ざかっていく。


「そして家に帰ったら、先祖の墓に菊の花を備えてくれ。妻がとても好きな花なんだ」

「待ってくれ、佐吉さん! 佐吉さーー」


 まるで水底から引き上げられる様に、おいらはグイッと腕を引っ張られる。

 腕が抜けそうな程強く引っ張られ、肩の骨がズキズキと痛む。しかし、ふわりと香るハッカの匂いで、それがすぐに佐祇璃さんである事が分かった。


「佐祇璃さん!」

「無事だな、怪我は?」

「おいらは無事だよ、でも佐吉さんがまだ闇の中なんだ!」


 すると、ゴクリ、と大きな物を丸呑みした様な音が聞こえ、心臓が跳ね上がる。


「あぁ…………喰らいおったわ」


 佐祇璃さんがポツリと、絶望的な言葉を呟いた。


「そんな……佐吉さん、佐吉さん!!」

「動くな、三郎」


 警告を無視して、音のする方へ足を踏み出そうとした。

 しかし今度はさっきよりも強く肩を掴まれ、背後にあった大木の根本に押し込まれてしまう。


「何するんだよ!」

「黙れ! 死にたいのか貴様!」


 ビリビリと辺りが震えるような怒号を放つ佐祇璃さんに圧倒され、おいらは黙り込む。

 そして、佐吉さんのことを思い、無力さと悔しさで涙が出てきた。

 

(佐吉さん、ごめんよ、おいらは何もできない……)


 彼に渡された二つの物を優しく握り締める。それは微かにドクドクと脈打っていた。


(これだけは、おいらが守るから)


 そう思った時、再び鈴の音が鳴る。今までよりも大きく、酷い音になっていた。

 こう何度も鈴の音を聞いていると、恐怖と共に憎しみが湧いてくる。


「よ、くも……よくも、我を……我の、どう、して……返せ、返せ、返せ返せ返せ返せ」


 呪詛を吐くかの様に支離滅裂な事を言う土地神。もう神というより、ただの化け物だ。


 そして化け物の言葉は次第に失われて、ついには聞き取れない言葉を紡ぎ始めた。


「返せ、か、返……縲ォ返……せ、縲¿繧繼ェの……我……贉°ノ……?」


 ボタボタと、泥が落ちる様に何かが落ちる。そして鉄が錆びた臭いと、生臭い血の匂いが入り混じった悪臭が立ち込めた。


 ウ、ゲホッ……!

 あまりの臭いに吐き気が込み上げ、口元を袖でおさえる。


「縲……¿許サ……繧縲°繝……緋ェ……」


 ズル、ズル……と体を引きずる音が近付いてきた。もう目の前にいるだろうか、恐怖で歯の根がガチガチと鳴る。

 息を殺し、手の中の物を守る様に体を丸めた。

 悪臭が強くなり、化け物の生ぬるい息がすぐそこまで迫った、その時ーー


「おやめなさい」


 いつもと変わらない、冷たく凛とした声が響いた。

 それからすぐに、辺りを包む冷気が熱風に変わる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。