影様
「聞いたかい? 隣村が 妖にやられたって」
「聞いた聞いた。人ひとり残らず喰われたとか」
「あぁ、恐ろしい」
数人の村人達は、山道にある鳥居をくぐり、小さな 祠にお供え物を捧げていた。
「■■■様、どうかワシらの村だけは、お守り下せえ」
皆が必死に手を擦り合わせて祈る。
すると、突如として強い突風が吹き荒れた。
まるでその願いを否定するかの様に、辺りに木の葉や小枝が散らばる。
「あぁ、汚れてしもうた」
「こんな時に縁起でもねえや」
「こりゃ、夜にでも嵐が来るぞ」
口々に愚痴をこぼしていると、背後の山道から、別の若い男が現れた。
男は己の足元をじっと見つめながら、ヨロヨロと慎重な足取りで向かってくる。
「佐吉じゃ」
「お前さんも来たのかい」
佐吉と呼ばれたその男は、ゆっくり顔をあげて目を凝らした。
彼は生まれつき目がよく見えていない。
「こんにちは。何を話しておられましたか?」
「あぁ、今夜にでも嵐がくると言っとったんじゃ」
「ほれ、風が吹いてきおった。せっかく綺麗にしたのに、また葉で汚れちまうのう」
村人の一人が地面を指差す。
佐吉はよく見えない視界の中、おぼつかない様子で、足元の木の葉に触れる。
先程まで光が当たっていたのだろう、艶がありほんのり暖かく、自然に落ちるにはまだ早そうだ。
「これじゃあ、■■■様も可哀想じゃ」
「片付けるにしても、ここをワシらだけでやるにゃ時間がかかるな」
「これから村の集まりがあるからのう……」
「それに、もう日暮れじゃ。妖が出るぞ」
一同は、赤く染まりかけている夕空を見上げる。
「俺が掃除しましょう。皆さんは先に降りて下さい」
「おぉ、そりゃあ助かる」
「だがのう佐吉、もう妖が騒ぎ出す頃じゃ。明日にした方がええ」
「いいや、俺の家はすぐそこじゃ。日没前には終わります」
村人達は小さな声でモゴモゴと何か言っていたが、佐吉の言葉に甘える事にした。
「そうかい? それなら頼むぞ佐吉。なるべく早く切り上げた方がええ」
「本当に、いつもお前さんが居てくれて助かる」
「前にワシも畑仕事を手伝ってもろうた」
「おぉ、それはええのう」
そう話しながら、村人達は夜の闇を恐れる様に、そそくさと下山していく。
彼らの気配が遠くなるのを感じながら、佐吉は目を凝らし、祠の周りを確認した。
(こんなに荒れては可哀想だ)
静まり返った祠に手を合わせた後、手探りで散らばった木の葉を片付けていく。
*
「これでよし」
満足げに額の汗を拭く。完全にとはいかないが、綺麗に清掃された。
辺りがさっぱりしたからか、己も晴れやかな気持ちになる。
「俺じゃあこれが限界ですが、どうかお許し下さい」
『いいよ』
「!?!?」
誰もいないはずなのに、すぐ隣から若い男の声がして、驚いて振り向く。
見上げると、目の前には体が淡く光っている男がおり、佐吉はその場で腰を抜かしてしまった。
「其方は優しいな。我の祠をいつも手入れし、村人達に動物達、時には弱き妖にまで手を差し伸べている。ここまで来ると、お人好しなのか?」
男はクスクスと静かに笑い、腰が抜けたままの佐吉の隣にしゃがみ込む。
姿ははっきりと見えないが、まるで木漏れ日や春の日差しの様な、柔らかい光と暖かさを感じる。
「あ、俺は……ただ、困っている人達を見捨てられぬ性分なだけで……」
「それを、お人好しと言うんだよ」
そういうと、男は佐吉の目に己の手を当てた。
途端に、目の中は眩い光に包まれ、あまりの眩しさで更に固く目を閉じる。
「気に入ったぞ、佐吉」
光は落ち着き、そっと手が離される。
恐る恐る目を開くと、ぼやけていた視界はハッキリとし、いつもより世界が鮮やかに見えた。
「っ……!! こ、これは……」
「ふむ、我の予備の眼ゆえ、人より少々色が鮮やかに見えるやもしれぬ」
男は、こうべを垂れた佐吉を見下ろし、視線を祠に移す。
佐吉は感無量で男に礼を言った。
「なんとっ、ありがたや……ありがたや……」
「それを持っていれば、きっと役に立つ」
そう言うと、男は緋色の目を嬉しそうに細める。
彼の胸元にあった大きな鈴が、シャランと心地よく鳴った。
*
「おぉ! 佐吉、もう終わったの…………か」
村に戻るなり、人々はギョッとした顔をしてこちらを見てくる。
気味悪そうに、あからさまに目を逸らす者までいた。
「えぇ。ついさっき終わって……それより、皆俺の顔をジロジロ見て、一体どうしたのです? 気味が悪い」
「佐吉お前さん……その目はどうしたんじゃ?」
「え? 目……? ……あぁ、それは……■■■様に頂いた物で……」
「何と! ■■■様に会うたのか」
「そ、そんなまさか!」
「いやしかし、この緋色の目……言い伝え通りじゃ」
「何と神々しい……」
さっきまで気味悪がっていた村人達は、手のひらを返した様にうっとりと目を眺めてくる。
そして、佐吉は興奮した村人によって、父親である村長 佐右衛門の元へ連れて行かれた。
◇◆◇◆◇
「こうして佐吉は、今は『影様』と呼ばれる土地神様の目を貰った」
「そ、それで……?」
「それで、佐吉はどうなるんだ?」
「まぁ落ち着いて聞け。この後、佐吉は神の御使いとして、村で有難い存在になったんじゃ。だが、それも長くは続かなかった」
村長が博達に言い聞かせていたその時だった。
ーーズズズズズンッ!!
山の方から、地鳴りのような大きな音がする。
腹の底に響く轟音は、まるで何かが激怒している様で、村人達は「神の怒りに触れた」と言い、恐怖で縮み上がった。
「ひぃっ……!」
「まさか、影様が……!!」
「その名を言うな!」
慌てる村人を、村長は落ち着いた声で鎮める。
「皆落ち着け。ただの地鳴りじゃ。それに、この家には護符が貼ってあるから問題ない。それより、続きを話すぞ」
そう強気に言っても、やはり本心では地鳴りを恐れてか、少し体を小さくし、声を抑えながら話し始めた。
4話からファンタジー強め路線になります。
よろしくお願いします。




