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鳥居と記憶


(鳥居は? 鳥居はどこだろう、さっきまでそこにあったのに!)


 おいらは、あの友達と黒い霧から逃れるべく、山道を外れて獣道をがむしゃらに走る。

 息を切らせながら後ろを振り返ると、もうあいつの姿は無い。その代わりに黒い霧が後を追ってきていた。


(っ……!! 早く出ないと、あいつが来る!)


 必死に逃げながら、出口の鳥居を探す。

 しかし、それを見つけるのに夢中になりすぎて、辿っている道が行きと全く違う事に気が付けなかった。


(鳥居! 鳥居は……あった!! あそこだ!!)


 遂に目的地に辿り着く事ができ、喜びで顔を輝かせながら、最後の力を振り絞る。

 足が鉛の様に重く、息を吸う度に肺がズキズキと痛んだが、なんとか逃げ切ろうと無我夢中で走った。


(これで出られる! 良かった、助かったんだ!!)


 喜び勇んで鳥居をくぐろうとしたが、急に寒気がして、くぐる直前で立ち止まる。

 上から下までじっとそれを見つめると、先程まで胸に溢れていた希望は絶望へと変わり、顔から全ての表情が削ぎ落とされた。


「……なんで」


 そう一言だけ呟き、呆然とその場に立ち尽くす。

 疲労と絶望感で、もう体がピクリとも動かない。


 いつも見ていたのは、山道にある、とても古くて、苔が蒸している石の鳥居だ。

 しかし目の前にあるのは、いつものより数倍大きく立派で、まるで大きな神社にある物のように美しいものである。

 そして山道ではなく、綺麗な石畳になっていた。


「これは、いつものじゃない……」


 逃げる事に必死で、全く気がつけなかった。

 そうこうしているうちに、黒い霧がおいらに追いつき、丸呑みする様に包み込む。

 視界は黒一色に染まり、それからすぐの事だ。


 背後から男とも女とも取れぬ声が、歓喜に満ちた声で囁いた。


「つか、まえた。捕まえた。嬉しや。やっと連れて行ける」


 壊れた様な鈴の音が、じゃらりと耳障りに響いた。



 *



「お前達! しっかりせんか!!」


 村長の強い声が響き渡る。

 布団の中でぼんやりと目を覚ますのは、博、義男、勇の三人だ。

 彼らはいつの間にか村長の家におり、大人達に囲まれている。


「村長……?」

「あれ? 俺達、さっきまで遊んでいたよな?」

「いつの間にか眠っちゃったのかな?」


 眠そうにする三人だったが、大人達の心配混じりの怒号で目を覚ます。


「バカ言うでない!! いつまでも帰ってこんから皆で探しに行ったんじゃ!」

「そうしたら、あんた方、あそこの広場で気を失ってたんじゃないか。あれほどあそこに行くなと言ったのに!」

「とにかく、何があったか説明しなさい」


 村長と彼らの親は、怒りで顔を真っ赤にしながら責め立てる。

 あまりの形相に三人は縮み上がり、小さな声で説明を始めた。


「い、いつもみたいに鬼ごっこしてたんだ」

「そう、いつもの五人で」

「五人じゃと……? 『いつもの』五人? 四人じゃのうて……?」

「うん、そうだよ」


 村長は、博達がいつも四人で遊ぶことを知っていた。それ故に、今日は遊んだ人数が違った事を聞き、胸騒ぎがし始める。


「……あとの二人は誰じゃ?」

「あとは……三郎と、えっと」

「あと一人のあいつ、誰だろう? 義男は知ってるか?」

「ううん。勇は?」

「知らないよ。そもそも、どんな顔だったっけ?」

「さぁ……あんまり覚えてないや」


 首を捻る三人を見て、大人達の間にざわめきが広がった。

 村長は、赤い顔が青くなり、わなわなと震え出す。

 三郎の母は、帰って来なかった息子の事を思い、悲しみのあまりその場に泣き崩れた。


「あぁ、可哀想に。禁足地に連れて行かれてしまった……」

「緋色の血筋が連れて行かれた」

「ついに、あのお方に見つかってしまったのか」

「しかし結界が何故……」


 大人達が口々に話しているのを見た三人は、何の事か分からず、目を丸くする。


「お前達、あそこに石はなかったか? 透明の、水晶の様なじゃ」

「あったよ。俺、それにつまずいて転んだんだ」

「その石はどうした?」

「茂みに投げたけど……」


 それを聞いた村長は、怒りを抑えたように、深いため息をひとつついた。


「それで、お前達は会ってしまったんじゃな。『影様』に」

「「「影様?」」」


 その言葉を聞き顔を歪める者、口元を押える者、目を逸らす者、三者三様の反応を見せる。

 異様な雰囲気に包まれ、三人は恐ろしい事をしでかしたと理解した所で、村長がゆっくりと口を開いた。


「影様というのはなーー」

「村長! こんな子供に教えるのですか。まだ教えるには若すぎます!」

「そうです、詳しく教えるのは 齢十二(よわいじゅうに)を過ぎてからという決まりがあるでしょう」

「しかたがあるまい。そのつもりでおったが、会ってしまったのなら、もう話すしかないじゃろう」


 重苦しい空気が漂う中、皆は目を逸らし、村長だけが博達を見つめ、再び話し始める。


「影様は、四百年ほど昔、ここらの土地神様だったお方じゃ。人々を慈しみ、助けられていた。人々もまた、影様を愛し、同時に畏怖していたのじゃが……」


 ◇◆◇◆◇



明日の夜に3話目を投稿します。よろしくお願いします。

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