影の濃い日
本日は夜に2話目も投稿します。明日3話を投稿次第、4話以降は隔日投稿となります。
よろしくお願いします!
どうしてあの時、母ちゃんの言う事を聞かなかったんだろう……
何も見えず、何も聞こえず、五感が全て失われたかと思う程に暗く静かな闇の中で、おいらは小さくうずくまり、自分を呪っていた。
(おいらが悪かったよ、反省するから誰か助けて!)
そう心の中で、強く念じた時だった。
突然、闇の中からジャラジャラと耳障りな鈴の音が鳴り響く。
両耳を塞ぎ、固く目を閉じたその時、生暖かい風が、ぬるりとおいらの首筋を撫でた。
何も見えやしないのに、後ろからじっと見られている様な気がして、腹の底から震え上がった。
*
「三郎、今日は影が濃いから、山道の鳥居には近づいちゃいけないよ」
今朝のことだ。母ちゃんにそう言われて、おいらは縁側からひょろりと伸びる、青い木の影を眺めた。
そう言われたからか、いつもより少しだけ黒い気がする。
「どうして影が濃いと、近づいちゃいけないの?」
「影はね、昔ここらに住んでいた神様が、私達を見つけるための『目印』にしていたのさ。その影が濃くなる時は、神様が私達を闇の中へお連れしようとしている時なんだよ」
「ーー神様も、一人は寂しいんだね」
そう付け加えて、母ちゃんは困ったように肩をすくめて見せた。
「とにかく、今日はあそこに近付かないこと。母ちゃんと約束できる?」
「……うん!」
おいらは自分の影を見つめながら、元気よく返事をした。
*
山の入り口にある鳥居。
いつから存在したか、何故あるのか、誰も分からないくらい昔からあって、少し開けた所にある事から、おいら達子供の絶好の遊び場になっていた。
「遅いぞ、三郎!」
「遅れたから、今日の鬼ごっこは三郎が鬼だって」
「えぇ、おいら足が遅いのに……嫌だなぁ」
友達との約束に少しばかり遅れてしまった。
今朝の母ちゃんの言葉が頭から離れず、いつもと違って、心ここにあらずで暗い表情をしていると、すると友達が話しかけて来た。
「何だよ、暗い顔をして。腹でもいてえのか?」
「違うよ! ……ただ、今日はここに近づくなって母ちゃんが言ってたんだ」
「どうして?」
「影が濃いからって」
おいらがそういうと、皆が顔を見合わせた。
「あ! そういえば、俺の父ちゃんも言ってたぞ。『今日は神様に連れて行かれるから、鳥居に近づくな』って。でもそんなの、めーしん、だろ?」
「そうそう、そんなの迷信だよ。早くやろうぜ」
そうか、こんなの迷信だよね。
「今日はここに俺達五人しかいないから、走り放題だね!」
「うん、楽しみだね」
そう言うと、友達は全員一斉に走り出した。
おいらは胸に小さな罪悪感を残したまま、散り散りになる皆を慌てて追いかける。
木々や、彼らの足元から伸びる影は、朝見た時よりも黒く、まるで暗闇の様な色をしていた。
*
「うわっ!! いて!」
「博つかまえた!」
運悪く逃げている最中に転んだ博を、その場にいたおいらが捕まえる。
すると、博はぶすっと不貞腐れたように頬を膨らませた。
「ちぇっ、転ばなきゃ捕まらなかったのに」
そう言いながら足元を見ると、水晶のように綺麗な石が転がっている。
よく見ると何か文字が彫ってあるみたいだ。
「何だ? これ。気持ち悪い」
博はおいらに捕まった腹いせに、石を鷲掴みして、背後の茂みに放り投げた。
「あ、石……」
「え?」
「ううん、何でもないよ」
おいらの隣にいた友達が、投げられた石をじっと見て、小さく微笑んだ。
「げ! 今度は博が鬼だ! 逃げるぞ 勇!」
「待ってよ 義男!」
他の二人は楽しそうに声を弾ませながらその場を走り去り、博も勇たちを追って走っていく。
おいらは今のうちに、どこかに隠れようと目を凝らした。
「三郎、こっちに行こう。いい隠れ場所があるよ」
「う、うん」
そう言われて、その友達に手を取られながら急いで逃げる。
しかし、なんとも言えない嫌な予感が背筋を走り、おいらはその場で立ち止まった。
「待って、こっちは行かない方がいいよ」
「どうして?」
「だって鳥居の中に入っちゃうから、神様に見つかるかも」
「大丈夫だよ。さっき博も言ってたでしょ? 『そんなの迷信だ』って」
「でも…」
「早く早く、見つかるとまた鬼にされちゃうよ」
友達が急かしながら、おいらの手を引っ張り始める。
けれど、鳥居の方に進むにつれ、何故か先ほどまで感じていた嫌な予感が薄れ、鳥居をくぐる頃にはすっかり消え失せていた。
「ふう、ここなら見つからないよ。誰にも」
友達は得意げに胸を張り、おいらの事をちらりと見る。
それからおいらは、辺りを見渡した。
(鳥居の先は入った事なかったけれど、なぁんだ。ただの荒れた山道じゃないか。全然怖くないや)
「ね? 全然怖くなんかないでしょ」
「……え?」
今、おいらは声に出していただろうか。
怪訝そうに眉を顰めると、友達はどこかの華族のように上品に笑った。
「なんて事ない、ただの山」
そう言う友達を見る。相変わらず上品に笑っているけれど、なんだかとても不気味に感じた。
それを見たら、忘れていた嫌な予感が戻り、腹の底から恐怖が湧き出してきた。
そもそも、おかしいことが一つある。どうして気が付かなかったんだろう。
「おいら、今日は博と、義男と、勇と……」
頭の中で人数を考える。いつもの四人と、目の前にいる、この友達。
「それと、君と……五人で遊んでいたんだ。でも、いつもは四人」
「うん」
「たまに文子や幸子もいて、他にも兄ちゃん達がいたりするんだけれど、いつもは、四人」
「そうなんだ」
あぁ、誰か助けて。博、義男、勇……母ちゃん。
全身がガタガタと震え出し、血の気が引いて全身から汗が吹き出す。
おいらは残った勇気を振り絞り、震える声で友達に問いかけた。
「君は、誰?」
友達は直接その問いに答える事は無かった。
代わりに、口が裂けたように大きく笑う。その顔色は闇のように黒く、まるで今朝見たあの濃い影の様になっていた。
風なんて吹いてないのに、木々はまるで警告するように激しくざわめき、墨汁を混ぜたように黒い色をした霧が漂い始める。
その光景は、まるでこの世が恐ろしい異界へと変化している様だった。
「あ、あぁぁああ……!!!」
おいらは悲鳴とも取れない情けない声をあげ、足をもつれさせながら、鳥居の外に向かって必死に走った。




