⑧ 絡まった糸が解れた後、やっぱりそうなりますわよね
ソレイユ公爵ははたして父をゆるしてくれるのか?
フィオーレ、ぺスカ、リモーネにとって今回の公爵邸訪問は初めてで、その屋敷の大きさと豪華さに驚くばかりだった。
ビランチェ公爵邸もなかなか豪奢ではあったが、この公爵邸はそれ以上である。
博物館か美術館か、と思えるほどに有名な彫刻や絵画が並べられているのだ。上を見ると、天井には女神と天使が大きな噴水の周りで飛んでいる絵が描かれているし、螺旋階段には竜や獅子の彫り物がほどこされている。足元はつるっつるの大理石。
「お母様、凄かったのね」
ぺスカが姉に耳打ちする。
父の革靴と娘たちのヒールの音が、広くて長い廊下にコツンコツンと響く。
格式の高い執事が「こちらでございます」と案内してくれた。
てっきり客間や応接室に通されるものだと思っていたが、案内されたのは公爵の書斎である。
書斎には革張りの椅子がいくつも置いてあるのに、公爵夫妻が立って待っていた。
父より少し年上だろうか。聞かされていたような「冷酷で厳しい雰囲気」ではない。どう見ても「優しいおじさま」だ。夫妻とも目を細めて3姉妹を見ている。
フィオーレの顔を見た瞬間にレザーラは涙を流して駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。「フィオーレはカンナにそっくりだ」と言って何度も顔をまじまじ見ては、再び抱きしめて、そして泣いた。
ぺスカが「ソレイユ公爵夫妻に」と家紋が刺繍されたハンカチをプレゼントすると、彼女も強く抱きしめられて大泣きされた。
そして、母の死因となった末娘と向かい合うと、レザーラは彼女の目線まで膝を落とし、「会いたかったよ」と心から優しい声をかけた。そのひと言でリモーネが公爵の首に腕を回して抱きつき、「ごめんなさい。ごめんなさい」と謝りながら泣いたのだった。
ひとしきり感動の対面を果たした後で、父ルチェルトラには「何故、娘たちを独り占めして、ここに連れて来なかったのだ」と言う内容で、長々と文句を言った。
義兄には、とうに怒りもわだかまりもなかった。カンナの死をちゃんと受け止めていて、むしろ結婚を強固に反対したために、妹の最期にも立ち会うことができず申し訳ないことをしたと、後悔しかなかったのだ。
「それで、リモーネの後ろ盾になればよいのだな?」
父から前もって手紙で知らせておいたことを確認する。その上で、改めて父がビランチェ公爵家長男アクイラの婚約者になるため、それと前夫人の残留思念を伝えることに関して力を貸して欲しいと深々と頭を下げた。
「そうか・・・。オルカの息子にリモーネをか・・・」
オルカ・ビランチェ公爵とレザーラ・ソレイユ公爵は犬猿の仲だと噂されているが、実は旧友で戦友で親友なのだ。
ただ、財政担当と軍部担当では、事ある毎に衝突するために「お互い嫌いなのだ」と思われている。
しかし城を一歩出ると、互いの屋敷で酒を飲む間柄で、レザーラはアクイラのことも良く知っているのだ。アクイラとリモーネが並ぶ姿を頭に受けべながら「なかなか良いんじゃないか?」と頷いた。
「リモーネはあの男が良いのだね?」
「はい。よろしくお願いします」
出た!必殺リモーネの微笑みが!
冷酷公爵も瞬殺された。
目尻を下げた公爵がリモーネの後ろ盾になった時点で「無敵」である。
フィオーレはドレスの後ろでガッツポーズをした。
正式に婚約者となったら、リモーネは月の半分をソレイユ公爵邸に滞在して淑女教育を受けることが決まった。
「私がリモーネに付いているのに、他の令嬢が婚約者に指名されるなど『絶対に』起こり得ない」と太鼓判を押す。
* *
そして、2度目の招待の日を迎えた。
アリエーテ子爵邸の玄関先にビランチェ公爵家の紋章が描かれた馬車が停まっている。
エントランスホールでリモーネは迎えのティグレからまたしても大きなバラの花束を受け取った。
今日のリモーネはクリームイエローのパフスリーブドレスに瞳と同じ紫色のアメジストのペンダントを纏っている。このペンダントはソレイユ公爵が3姉妹にそれぞれ贈ったものだ。
義兄とのわだかまりがなくなったあの日以降、アリエーテ家の3姉妹にドレスやアクセサリー、靴や化粧品などの贈り物が毎日のように届いている。それだけでなく、通いのメイドや庭師など足りていなかった使用人も世話をしてくれたのだ。
妹にしてやれなかった分を取り戻そうとしているのがわかるために、父もありがたく受け取っている。
そして驚いたことに、公爵家を訪れた翌日、父の翻訳の仕事が「1級」から「特級」にランクアップして報酬が増えたのだ。これに関しては、ソレイユ公爵が「今までこんな扱いをしてきたのか!」と激怒したためで、決して特別扱いされたわけではない。
とはいえ途端に裕福になったわけはなく、これでやっと「標準的な子爵家レベル」である。
そして、今日もリモーネに付き添うフィオーレは、主役の妹より目立つことがないようにブラウンのチュールレースのドレスを選んだ。髪はハーフアップに纏めて、オレンジの幅広リボンで包むというシンプルな装いである。
ティグレは花束をリモーネに渡して、馬車までエスコートした。視界の隅に後ろを歩くフィオーレをしっかり捉えながら。
(ああ、今日も美しい・・・)
リモーネを馬車に乗せた後、フィオーレの手を取って乗りやすいように支えた。
屋敷に到着すれば自由に動けるティグレは、応接室で待つことになるフィオーレの話し相手になろう、と決めている。そこに、この先ライバルとなる「あの男」が現れるとも知らずに・・・。
レザーラ・ソレイユ公爵の独り言
「こんなに可愛い娘たちを、あの男は20年間も独り占めしてきたのか!城でしっかり働かせてやろう。・・・ん?この報酬の低さは何だ?こんな額では私の可愛い姪たちが苦労しているだろう!!」




