⑦ もしかして、もしかするとリモーネが玉の輿?
義兄の力を頼るしか方法のない父娘が行きます。
ティグレを乗せた馬車が去るのを玄関先で見送り、その姿が見えなくなると同時に、ぺスカはくるりと身体を反転させて大きな花束と公爵の封蝋が押された手紙を抱えてリモーネの部屋に走った。
「りもぉーねぇ~~~!!」
ノックもせずにバーンと勢いよくドアを開け、リモーネの髪をツインテールに結っているマージの「ぺスカお嬢様、はしたない!」と叱る声すらニコッと笑ってスルーすると、妹の顔の前にデーンと花束を差し出した。
ビランチェ公爵家に咲く色とりどりの花が輝いている。
「たった今、ビランチェ公爵家の従者様がこれを届けに来られたのよ。・・・ア・ク・イ・ラ・様からだって!」
「うっそぉぉぉ!!!!」
リモーネは最大に目を見開いて驚き、両手で花束を受け取ると1度、その香りを大きく吸い込んだ。
「朝とお花のいい香り」
胸いっぱいに香りを吸い込んだら、満面の笑顔でマージに預け、公爵の封蝋を指で辿った。
「じっくり読むのよ」
目尻を下げてニコニコ微笑むぺスカとマージが音を消して、妹の視線の先を見る。
『2週間後の朝の礼拝が終わったら、馬車を向かわせるから我が家に来て欲しい。図書室を案内してあげたいんだ』
丁寧な美しい文字で綴られている。
「まあ、素敵だわ!公爵家の蔵書を見せてくださるんですって」
嬉しそうに何度も声に出してメッセージを読み返すリモーネの気持ちを汲んで、マージが花束と同じ濃いピンクのリボンを髪に結んだ。
朝の着替えが終わると、アクイラからの手紙をひらひらさせながら「お父さまぁ~!フィオ姉さまぁ~!」と屋敷中に聞こえるような声で食堂に走ってきた。その後ろを花束を抱えたマージが「り、リモーネお嬢様ぁ~!」と同じように叫びながら追いかけて来た。そして、更に大笑いしながらぺスカが続く。
朝一番に公爵家から使者が訪れたことは父にもフィオーレにも伝わっている。
父は朝の乗馬に出ていて使者を出迎えることができなかったが、それは昨日のお茶会の様子ではリモーネが婚約者候補から脱落した確率のほうが高いと思ったからだ。
公爵夫妻やアクイラから特別に声をかけてもらったとか、会話が弾んだなどということがなかったために、「やっぱり子爵家ではつり合わないよね」「期待薄だよね」と父と姉2人の間で判断していたのだ。
「万が一」を考えて屋敷の者たちに心構えを伝えていれば、エントランスでの応対、更に玄関先での追い返しというような失態を犯さなかったのに・・・。
せめて、ぺスカではなくフィオーレが対応していれば、もう少しスマートにできたものを・・・。
「ねえ、お父様。これってやっぱり・・・リモーネが気に入られたってことよね?」
嬉しそうに目をキラキラさせて父に詰め寄るぺスカと、ドキドキしながら父の返事を待つリモーネ。
侍女やメイドたちも食事の用意をしながら、全神経を父娘のやり取りに向けている。
「そうだなあ。気に入られていなければ、お茶会の翌朝一番にこんなに立派な花束と封蝋が押された手紙を届けに来ることはないだろう。・・・うん、うん。・・・我が家の可愛いリモーネ姫は婚約者選びの第一次選考を通過したと判断して間違いないだろう」
父のそのひと言で歓声が沸き起こった。
実際は「第一次選考通過」などではなく本命候補となったわけだが、いくら何でもそこまで突飛な発想はできるものではない。
焼きたての香ばしい匂いをさせたクロワッサンを籠トレイに山盛りに乗せて運んできたフィオーレもその手紙を読んで、「お父様、これは急がなければいけませんね」と興奮を隠さなかった。
朝食後すぐに義兄のレザーラ・ソレイユ公爵に事のあらましを書いた手紙を執事に運ばせた。そして驚くことに、公爵からの返信はその場で書かれて、執事が持ち帰ってきたのだった。
『2日後の昼過ぎに3姉妹とともにソレイユ公爵邸に来るように』
* *
義兄に会うのは7年振り。
馬車の中で父は緊張からひと言も喋ろうとしない。公爵に何を言われるだろう、という恐怖に近い感情に圧し潰されそうになっているのが見てわかる。
あれほど結婚を反対されたにも拘らず、「必ず幸せにする」と額を床に擦り付けて何度も頼んだが、最後まで公爵の首が縦に振られることはなかった。
そして大事な妹に「お前とは縁を切る」と宣言させてしまったのだ。それでも幸せにできれば挽回のひとつもできただろうが、リモーネを出産するときに命を落としてしまったのである。
葬儀で「嘘つき」と低い声で言われたことが7年間頭から離れない。
その場で罵倒してくれれば・・・恨みを思いきりぶつけてくれれば、頭を下げて許しを乞うこともできたのに、ひと言突き付けられただけだった。
父は血が滲むほど拳を握りながら、立ち去る義兄をただ見ていた。
そんな義兄に、リモーネの後ろ盾になって欲しいと頼みに行くのだ。
娘たちのためならば、頭を下げるだけでなく「裸で逆立ちして、街じゅう歩け」と言われれば喜んでする覚悟はある。
ただ、レザーラ・ソレイユという男はそんな簡単な要求で許すほど甘い人間ではないだろう。この公爵は誰もを屈服させるような、圧倒的なオーラを持っていた。
この国でビランチェ公爵家とソレイユ公爵家は国王に意見できるほど絶大な権力を持っている。
財政を握るオルカ・ビランチェ公爵と軍の指揮を統べるレザーラ・ソレイユ公爵。
ビランチェ公爵は温厚な人柄で、まだ話が通じそうだが、ソレイユ公爵は目を合わせただけで次の言葉が言えなくなるほど冷酷な雰囲気を醸し出しているのだ。
今回、アクイラの婚約者に選ばれるために、できれば「レザーラ・ソレイユ公爵がリモーネの後ろにいる」という強烈な「箔」を付けてやりたいと思った。その箔は最強で誰も「子爵家の娘のくせに」などと言えなくするものである。つまり、「単なる子爵家のリモーネ」から「ソレイユ公爵の姪、リモーネ」にぽーんと格が上がるのだ。
そして、何としてでも義兄を頼らなければいけないのは、リモーネの能力を隠し通すためである。
あの想像画の残像思念をビランチェ公爵に伝えた後、絶対に他の者に知られないようにその権力で抑え込んでもらいたいのだ。
義兄はリモーネを護ってくれるだろうか?
父の口の中がカラカラになった頃、馬車はソレイユ公爵邸の玄関前にピタリと止まった。
「さあ、行こうか」
意を決して父が娘たちに微笑んだ。
父の独り言
「義兄上様にどんなことを言われるだろうか?裸で逆立ち?裸にはなれるが、逆立ちはできない・・・。出来るようになるまで1週間ほど練習させてもらえるだろうか?いやいや、リモーネのためだ。逆立ちが無理なら、王城のてっぺんから裸でオペラを歌わせてもらう、と言うので許してもらおう」




