⑥ 怖いけど、伯父様にお願いする?
リモーネの気持ちが明らかになります。
長い沈黙が続いた。
父が使用人すらも締め出したために夕食の準備が止まっている。
静まり返った空気の中、フィオーレが不意に「わたくしは反対だわ」と口火を切った。
「公爵家にリモーネの能力を知られたら、次の日には国王の知るところになるでしょうね。そんなの絶対にだめよ」
「わたくしもフィオ姉様と同じ意見。わざわざリモーネを危険な立ち位置にする必要があるかしら?そもそも公爵様たちは、その肖像画に残留思念があることをご存知ないのでしょう?これから先、その思いを知っても知らなくてもきっと何も変わらないと思うの。わたくしは、リモーネのほうが大事だわ」
姉たちの意見を聞いて困った顔をしている。
「でもね。わたくし、お母さまの思念が残っているなら、聞きたいと思ってるのよ」
リモーネは自分の誕生と引き換えるように命を落とした母の言葉を探し続けている。残留思念は何か1つの物にしか残っていない。だから、母のアクセサリーや肖像画、愛読書、日記、ティーカップまで試したが未だ見つけることができていないのだ。
「もうお会いすることはできないのだから、せめてお母さまの声を聞きたいと思うのは当然でしょ?」
だからビランチェ公爵にも2人の令嬢にもオリーヴァ夫人の思念を届けたいのだと繰り返した。
「でも、ビランチェ公爵が前夫人の思念を聞きたいかどうか、どうやって確認するの?『今更聞きたくない』って言われたら、リモーネの気持ちが無駄になるだけじゃなくて、リモーネの能力を知られただけに終わるのよ?それって最悪じゃない・・・」
ぺスカはガンとして反対の立場を表明する。
「何か良い方法はないものかねぇ」
父は腕を組んで鼻息を一気に吐き出した。
そもそも残留思念を聞くことができるのはリモーネただ一人で、他の者にはそれを伝えてもらうだけである。遺された者と会話ができるわけではない。一方的に聞こえてくるのをそのまま伝えるだけで、もっと言えばその思念を聞けるのは一度キリなのだ。
問題は、その残留思念が遺された者を幸せにするとは限らない、ということである。「聞かなきゃ良かった。余計なことをしてくれたな」と逆に恨まれる可能性も考えられるのだ。
もっともリモーネを傷つけるのは、「本当にそんなことを言っているのか?嘘を伝えて金でも稼ぐつもりか?」という言葉だ。もちろん一銭も受け取るつもりはないし、嘘をつくような娘でもない。
全てのことを想定してみると、若干7歳の娘にそれが堪えられるとは到底考えられなかった。
「オリーヴァ夫人の声は悲しそうだったけど、同じくらい優しそうだったわ。だから悪い言葉を遺してないと思うの」
リモーネの意志の固さは母親譲りで、2人の姉とそっくりだ。これ以上反対しても妹の気持ちは変わらないと判断して、フィオーレとぺスカは口を閉じた。
2人の姉が折れたことで、父も腹を括らねばならないと、大きく息を吐いてから頷いた。
「義兄上様の力を借りよう」
フィオーレたち3姉妹の母、カンナはソレイユ公爵家の娘だった。
子爵位のルチェルトラと恋に落ち、ルチェルトラが何回、何十回と膝を突いて結婚の許しをもらいに行っても首を縦に振ってはもらえなかった。
カンナが「ルチェルトラ様との結婚を許してくれないのなら食事を口にしない」と言って実行に移すと、怒った兄のレザーラ・ソレイユ公爵から「縁を切る」と宣言されて、駆け落ち同然で夫婦になったのだった。
それ故に、アリエーテ家がどれだけ困窮しても助けようとはしなかったし、頼るつもりもなかった。
フィオーレたちがソレイユ公爵の顔を見たのは、母の葬儀の1度だけである。棺の妹の顔を撫でながら涙を流す公爵を覚えている。
「まずは手紙を書いてから会いに行ってくるよ。リモーネのことだと書けば会ってくれるだろう」
一番頼りたくない義兄に助けを請わざるを得ないことに、肩をガクッと落とした。
「ありがとう。お父さま」
* *
ところが翌朝、状況が一変する。
早朝にも関わらず、ビランチェ公爵家から大きな花束と手紙が届けられたのだ。
そしてそれらを持って来たのは「あの」赤髪の護衛騎士ティグレだった。
まだ寝起き後の着替えを終えていないリモーネに代わってぺスカが対応した。
ティグレは花束と手紙を渡すと、応対に出てきたぺスカと侍女の向こう側に視線を向けている。何かを探しているようだ。
その様子が余りにも奇妙だったためにぺスカは、もしかしたらアリエーテ家のエントランスが殺風景で「この子爵家は貧乏なのでは?」と値踏みされているのではないかと邪推してしまった。
「どうかされましたか?」
少しムッとして尋ねる。
「あっ、いや・・・昨日のお茶会に同伴で来られたご令嬢に挨拶しようかと・・・」
視線を泳がせて、何ともしどろもどろである。
長身で筋肉質のイケメン騎士の狼狽える姿は滑稽でしかなかった。
ぺスカも侍女も吹き出しそうになるのを堪える。
「姉でしたら、厨房で朝食のパンを焼いております」
それが当然であるかのようにさらりと言うが、ほとんどの貴族令嬢は厨房には入らないし、パンを焼いたりはしない。
ティグレは、リモーネがアクイラの婚約者候補に名前が上がったときに、アリエーテ家の財政状態も調べていたので、人手が足りてないことを知っていた。
今、ティグレの頭の中には「フィオーレ嬢が焼いたパンを食べたい。何とかして、一切れでも口にできないだろうか」しかなかった。
確かに、ほのかにパンが焼き上がる香ばしい匂いが漂っているではないか。
そうこうしているうちに「では、リモーネに渡しますので、公爵様とアクイラ様にお心遣いありがとうございます、とお伝えください」と言われてしまった。
これは「はいはい、用が済んだら帰ってね」と言う意味である。
これを言われてしまっては、もうフィオーレのパンを口にできる可能性は「ゼロ」だ。
ティグレは心の中でビランチェ公爵夫人を恨んだ。
「朝イチで届けなさい」と夫人から言われなければ、「お茶でも飲んで行ってください」と声をかけてもらえる時間に来ただろう。あのレディなら、きっとそう言ってくれたに違いないのに!
まさか、朝食前に行ってきなさいと言われるとは・・・。
まさか、フィオーレがパンを焼いていて、顔すら見ることができないとは・・・。
「では・・・」と言ってティグレは戦いに敗れた騎士のように下を向いて、公爵家の家紋が描かれた馬車で帰路に就いたのだった。
ぺスカの独り言
「この騎士様、もしかしてお腹が空いているの?フィオ姉様がパンを焼いているって聞いた途端に表情が変わったわよね。『帰りの馬車の中で食べてください』っていくつか渡せば良かったかしら?・・・まあ、いいか」




