⑤ 伝えちゃだめですか?
勝負のお茶会がとんでもない方向に向かいます。
サロンでは、甘いミルクがたっぷりかけられた氷菓が用意されていた。
リモーネ以外の令嬢はアクイラに気に入られようと、氷菓に目もくれず最近読んだ本の話や街で流行っているスイーツや遊び、屋敷の庭に飛んでくる鳥の話を必死でしている。アクイラの周りに集まって、身振り手振りでアピールしているのだ。
リモーネも先月観た歌劇の話をしようと準備してきたのだが、先程のオリーヴァ夫人の思念の声があまりにも悲しそうだったことが気になって、アクイラに自分をアピールするどころではなかった。
1人椅子に座って冷たい氷菓を口に運びながら、(帰ったら、お父さまとお姉さまたちに相談しなきゃ)と考えていたのだ。
結局、リモーネはアクイラとはほとんど会話することなく、気が付けば氷菓が入った器を空にしていた。
(あ、もっとちゃんと味わえば良かったわ)
* *
お茶会がお開きになった後、アクイラがティグレに「リモーネ嬢は退屈だったのだろうか?」と聞いて、公爵夫妻を驚かせた。
サロンでの様子を侍女やメイドたち、ティグレから報告させても、その中にリモーネの名前は一切出てこなかったからだ。それなのに、アクイラの口からはリモーネのことばかり。
アクイラにしてみれば、点数を稼ぐために必死にアピールしてくる令嬢に好感が持てなかった。アクイラ自身に興味を持ったのではなく、「公爵令息の婚約者」の席に座ろうとしていることが余りにもあからさまだったからだ。
それに引き換えリモーネは礼儀正しく挨拶をし、彼女だけが出された氷菓を溶かすことなく食べきったのだ。
同伴者から離したワケ、そして公爵家がもてなすのに氷菓を選んだワケを7歳の令嬢に考えさせるつもりはなかったが、結果的にアクイラの心を掴んだのは偶然とはいえリモーネだった。
まあ、それ以前に「あの微笑みにイチコロ」だったわけだが。
「リモーネ嬢をまた招待して欲しい。ゆっくり話をしたい」
公爵夫人にそう頼むのを聞いたティグレもまた、「フィオーレ嬢に会える」と心の中で喜んだのは内緒の話。
* *
屋敷に帰ったフィオーレとリモーネはそれぞれ難しい顔をしていた。
お茶会での様子が聞けるものだと帰りを楽しみに待っていたぺスカと侍女マージが、リモーネの何とも言えない表情を見て「これは上手くいかなかったのかも・・・」と判断して、何も聞けなくなってしまった。
リモーネは途中、何度も立ち止まって何かを考える仕草をしながら、とぼとぼと自室に向かう。「お父さまが帰られたら教えて」とだけマージに言い残して。
マージもリモーネがこの日のために一生懸命「自分磨き」をしてきたのを見ていたので、どう慰めてよいか言葉が見つからなかった。
「フィオ姉様。リモーネはアクイラ様のお眼鏡に叶わなかったの?」
ソファに座って手袋を脱ぐ姉に、堪えかねたぺスカが隣にドンと腰掛けて聞いてきた。
「いいえ。サロンに行く前の挨拶ではなかなか良い感触だったのよ」
フィオーレはアクイラが令嬢たちを連れて屋敷に行くまでの様子を詳しく聞かせた。
「じゃあ、サロンで『子爵家の娘なんか』みたいなことを他の令嬢から言われたのかしら?」
「わからないわ。お屋敷から出てきたら、何も言わなくなってたから・・・。嫌な思いをしてなきゃいいのだけどね」
それから1時間ほど経ってから、お待ちかねの父が帰ってきた。
馬車を降りると執事のハンスが「リモーネお嬢様からお話があるとのことでお待ちです」と伝えた。
リモーネからの話と言えば、今日のお茶会のことしかない。
「話がある」と伝えられて、期待が顔に出てにこやかに笑った。
「お茶会で、アクイラ様から何か良いお言葉をいただけたのかな?」
父がホンブルグ帽(リボンのベルトが付いたフェルト製の帽子でクラウンの中央を1本のくぼみが走っている)を執事に預けて、足軽に居間に向かった。
「お帰りなさい、お父さま」
馬車の音で父の帰宅に気付いた侍女がリモーネに声をかけていた。
そしてフィオーレとぺスカも「お帰りなさい」と迎えるが表情が冴えない。
(ん?娘たちの表情が読めないぞ?)
夕食前だけど、父親や姉たちに一緒に考えて欲しいことがある、と真剣な眼差しで訴えるリモーネを見て、能力が発動したのだと察した。
リモーネの残留思念を聞く能力は、フィオーレやぺスカの能力と違って「死者の声を伝える」というとても重いものだ。
この能力が最初に発動したのはリモーネが5歳の時だった。
何が起こったのか、誰もいないのに声が聞こえるという恐怖からパニックになり、手が付けられない状態だった。ただ、母親も残留思念が聞こえる能力があったため、父が幼いリモーネを抱きしめながら「母からもらった能力なのだよ」と言って落ち着かせることができた。
この能力は滅多に発動しない。それが今回発動したということは余程、リモーネと「相性が良い」思念だったのだろう。
父も姉たちも黙ってソファに座って妹の言葉を待っている。
リモーネは、聞こえた声が前公爵夫人のものであり、それはとても悲しそうだったと語った。
「オリーヴァ夫人の思念をちゃんと聞かせていただいて、ご家族にお伝えしなくても良いのかしら?」
父はリモーネのこの能力を世間に知られることを恐れている。死んだ人間の思念は、裁判や神殿での啓示に利用される可能性が高いからだ。もしかすると、国や神殿の管理下に置かれて、最悪、家族から離されてしまうかも知れない。
下唇を噛んで、眉間に皺を寄せて父が考えている。
アクイラの独り言
「もっとリモーネ嬢と話をしたかったなあ。もう一度、あの笑顔を向けてもらいたい。父上も母上もちゃんとリモーネ嬢を招待してくれるかなあ」




