④ 貧乏子爵家令嬢だって頑張るもん!
リモーネとアクイラの初顔合わせの場面です。
「ルチェルトラ・アリエーテ子爵が三女のリモーネ・アリエーテ家でございます」
「姉のフィオーレ・アリエーテにございます」
2人揃って完璧なカーテシーでアクイラに挨拶をした。
「素敵なドレスだね。その刺繍の花は、この屋敷に咲いているものだよね」
(さすがです!良いところに気付いてくれました)
「ありがとうございます。家族が今日のために用意してくれたものです」
リモーネも、ぺスカとマージが寝る間も惜しんで刺してくれたドレスを一番に褒められて嬉しくてたまらない。後ろを振り返ってフィオーレに、歯を見せてニコッと笑った。
他の令嬢とは一言交わすと次の令嬢のもとに移動したアクイラが、リモーネの前を動こうとはしない。
(第一印象はバッチリね)
フィオーレは心の声が表情に出たような気がして、焦って赤髪の護衛騎士を見たが、やはり無表情のままフィオーレを見下ろしている。
(わたくし、アクイラ様に何か失礼なことをしたのかしら?それとも「たかが子爵令嬢の分際で」とか思われてる?)
リモーネとアクイラがほんの少し良い雰囲気なところに水を差されたようで、フィオーレが護衛騎士をキッと睨んだ。すると驚いたように一瞬目を見開いてから視線を逸らしたのだ。
(あら。いちおう感情はあるみたいね)
「ティグレ、予定通りサロンに移動するから案内して」
ははあん。この赤髪の護衛騎士はティグレ様と言うのね、とその名を記憶の隅に置くことを決めた。
「リモーネ嬢。サロンに氷菓を用意しているから行こうか」
アクイラが真っ白な手袋を履いた手を差し出したが、リモーネは「はい」と答えてから、その手を取っても良いものか少し迷った。
ここにはアクイラの婚約者候補が集められていて、誰が気に入られるのか、令嬢だけでなくその同伴者たちが令息の一挙手一投足に目を光らせているのだ。
出された手をちらりと見てから、リモーネは後ろに立つ姉に「フィオ姉さま、行ってまいりますね」と言うことで、アクイラの手を取らないほうを選んだのだった。
もしここで、ホイホイと令息の手に指を乗せようものなら、それこそ「最下位の子爵の娘があつかましい」と言われただろう。
アクイラの手を取ることはしなかったが、彼が思わず頬を染めてしまうほど可愛らしい笑顔で応えた。
そう!この「リモーネの微笑み」は必殺技である。
幼少期からリモーネが笑うと、「リヤドロ人形のようだ」と言って皆をメロメロにしてきたのだ。
8歳の公爵令息まで、真っ赤にしてしまうとは・・・。
フィオーレは、アクイラの後ろを歩くリモーネが振り返って「まかせてね。うまくやるから」とウインクを投げたのをしっかり受け取り、「頑張れ」と見送ってから、他の招待客の輪に入って行った。
ここでも同伴者が自分の娘を公爵夫妻に売り込むのに必死になっていた。
ところが公爵夫妻は領地での麦の収穫の話ばかりで、令嬢たちの話題には無関心を決め込んでいるように見えたのだった。
どうやら、娘たちを同伴者から切り離して、アクイラにじっくりと観察させる魂胆なのだろうとフィオーレは思った。
7人の令嬢を引き連れて、アクイラが屋敷に入った。
エントランスから続く長い廊下には、数々の調度品や神々と天使が描かれた絵画が飾られている。質素なアリエーテ家とは大違いだ。
リモーネは場違いを感じながらも、他の令嬢と同じように堂々と歩くよう努めた。ただし視線だけはキョロキョロと忙しく動かして、1つも見落とさないように神経を集中させていた。
(ああ、もっとゆっくりと、じっくりと1つ1つを見せてもらいたいわ)
長い廊下の突き当りに飾られた、1枚の大きな絵に呼び止められた気がした。
侍女マージより少し若いくらい、40歳くらいの美しい貴婦人の肖像画だ。ふんわりとしたドレスに、高く結い上げられた濃い金髪。
リモーネが吸い寄せられるように1歩近づくと、後ろから「亡くなられたオリーヴァ前公爵夫人です」と護衛のティグレが教えてくれた。
(これはきっと聞こえる)と肖像画の夫人の顔を凝視する。
「・・・なの・・・」
リモーネが予想した通り、確かに「オリーヴァ夫人」の声が耳に届いた。
「まだ・・・伝えてない・・・」
(うん。やっぱり、はっきり聞こえるわ)
アリエーテ家の3姉妹は、それぞれ特殊な能力を持っていた。
長女フィオーレは幸せを呼び寄せる能力(訳あって本人は不幸を呼ぶ能力だと思い込んでいるが)、次女ぺスカは本物と偽物を見分けることができる能力、そして三女リモーネは死んだ人間の残留思念を聞く能力を持っている。
フィオーレとぺスカの能力は人助けにもなるために公にしているが、リモーネの能力だけは悪用される恐れがあるために、絶対に表に出すことはない。
「まだ・・・伝えていない・・・伝えたい・・・」
ビランチェ前夫人の思念がこの肖像画に残っていることを知ってしまったのだった。
「どうかしましたか?」
絵の前に立ち竦むリモーネにティグレが優しく声をかけた。
「あっ、いえ。綺麗な方だなぁと思って・・・」
リモーネの独り言
「フィオ姉さま、わたくし他の令嬢たちに負けないわ!だって、こんなに素敵なドレスを着させてもらったんですから。・・・でも、なんだかそれどころではないような気がします」




