③ いざ、公爵家のお茶会へ!
さて、リモーネの勝負の瞬間がやってきました。
リモーネはとても頭が良く、アリエーテ家が貧乏貴族で屋敷の使用人だって他家に比べたら半分、いや、3分の1もいないことを理解している。
そのためにフィオーレが失敗続きでも呪い屋の仕事をし、ぺスカは侍女マージとともに刺繍の内職をして家計を支えていることも知っているのだ。
フィオーレとぺスカが家計のために必死で働くのは、そもそも父の報酬が低すぎるからである。
父は城で、他国から届く文書の翻訳という立派な仕事している。秘匿性の高い文書も扱うために「専門職」のはずなのだが、重要な仕事の割に報酬は少ない。もともと欲がない父は文句を言わずに「まあ、こんなもんだろう」と妙に納得しているのだ。フィオーレとぺスカは、父の報酬が低いのはきっと上司が正当に評価をしていないからだと思っている。
それで使用人たちにも他家ほどの給金を支払うことができないわけだが、彼らは不満を口にすることなくアリエーテ家に仕えてくれているのだ。
「アリエーテ家のみなさんが好きだから」
感謝しかない。
リモーネは高位貴族の婚約者に選ばれれば、多額の婚約金と月々の生活費が貰えることを知っていた。
7歳で何も出来ない自分がアリエーテ家の役に立てるかもと考えると、何が何でも婚約者に選ばれるようにしなければ、と強く思ったのだった。
「夢見る少女」が、まだ見ぬアクイラへの憧れよりも、現実だけに目を向けなければいけないほど切迫していたのは事実である。
リモーネがやる気になったことで、アリエーテ家あげての「リモーネ磨き」が始まった。
まず、リモーネは誰から見ても「段違いに可愛い少女」なので、最初から他の令嬢より数歩リードだと考えた。これは家族の欲目ではない。
3姉妹共通の母譲りの銀髪は太陽の下では白金に輝くのだが、リモーネの銀髪は最高級の白金なのだ。そして透き通るような白い肌にぱっちり大きな瞳はアメジスト色。間違えて小鳥が止まりそうな長いまつ毛。すうっと通った鼻筋とぽってとした可愛い唇。
「アリエーテ家の宝」と表現しても誰もが納得する可愛さなのだ。
後は貴族令嬢としての嗜みである。フィオーレはマナーだけではなく、知識を増やしてどんな分野の会話になっても受け答えができるよう本を読ませた。これに関しては、もともと読書が趣味のリモーネには楽しい「自分磨き」であった。
そして、ぺスカとマージがビランチェ公爵家の庭に咲く花々を調べて、それと合わせて蝶の刺繍を美しく、丁寧に、人目を引くように刺した。
そうしてリモーネを「一級品」に仕上げたのだった。
ただ不思議なことにその間も、フィオーレの呪いの仕事は悉く失敗し、あちらこちらに「小さな幸せ」を届けてしまい、前金分しか稼ぐことはできなかった。
そして、ついに公爵家主催のお茶会の日になった。
「保護者同伴で」と招待状には書かれており、フィオーレがその役を担う。
お茶会の会場は公爵夫人ご自慢のバラ園だ。
10年ほど前に亡くなった前夫人「オリーヴァ」の名が付いた真っ赤なバラ、現夫人でアクイラの母「カメリア」の名が付いた紫色のバラはどちらも見事に咲いている。他にも黄色や白色のバラが咲き誇って、それらを眺めるだけでも来た甲斐があると思った。
庭園では既に招待された貴族親子の駆け引きが始まっている。
美しいバラと同じ背丈の令嬢は7名で、リモーネと同年代のようだ。
フィオーレが知る限りリモーネ以外は、やはり伯爵家や侯爵家の令嬢である。
着ているドレスは一目でオーダーメイドだとわかる代物だ。それも人気デザイナーの新作だろう。比べてリモーネのものは既製品。それでも、姉と侍女が刺してくれた刺繍によって間違いなく「類似品のない一品もの」になっているので見劣りしない。
ドレスはその場に相応しいものとなっているので良いのだが、伯爵令嬢や侯爵令嬢には堂々としたオーラのようなものがあって、リモーネはそれに圧倒されてしまった。
「フィオ姉さま・・・」
余程不安なのだろう。公爵邸に着くまでは「わたくし、頑張るから」と張り切っていたのに、フィオーレのドレスをキュッと握って身体をぴったりくっつけてきた。
「大丈夫よ。ほら見てごらんなさい。他の令嬢はリモーネほど可愛くないでしょ?自信もって」
身をかがめて妹の肩を優しく撫でてやる。
そこにビランチェ公爵夫妻が今日の主役の息子アクイラを連れてバラ園に現れた。アクイラの後ろには、赤髪の美男子——護衛騎士だろう——が控えている。
「今日は、我が家自慢のバラを眺めながら楽しんでくれたまえ」
ビランチェ公爵はフィオーレの父親より10歳ほど上である。前妻は2人の娘を生んだ後、流行り病で亡くなっている。それからすぐ公爵家の跡取りを生むために、前妻の侍女だった侯爵令嬢と結婚したのだ。
娘よりも若い後妻が生んだアクイラを公爵は殊の外可愛がった。
ただ、前妻ほど後妻に対して愛情はなく、そのために前妻が生んだ2人の娘からアクイラが冷たい目で見られることはなかった・・・まあ、娘たちは当に高位の貴族に嫁いで子どももいるために、父親か幸せそうにしていればそれで充分だったのだが。
公爵夫妻から離れてアクイラが、赤髪の護衛を伴って招待客と順々に挨拶し始めた。令嬢たちが優雅にお辞儀をする姿は、幼くても立派な淑女に見える。そして少しでもアクイラを引き留めて印象を強くしようと、保護者も令嬢も必死に話しかけているのだ。だが、アクイラは「また後でゆっくり話しましょう」と言って順々に挨拶をして回っている。
アクイラから目を離すことなく、リモーネは両手を握りしめて「第一印象が大事、第一印象が大事」と呪文を唱えるように呟いている。
そして、いよいよリモーネの番になった。
太陽の光でキラキラ輝く金髪のアクイラと、長身で鍛えられた体躯の赤髪の護衛騎士。護衛はフィオーレより5つ、6つ上だろう。ㇵッとさせられるほどイケメンだが、ニコリともせずフィオーレを見下ろしている。
フィオーレの独り言
「やっぱりわたくしのリモーネが一番可愛いじゃない!爵位が問題にならなければ王太子妃だってなれるに違いないわ」




