② 末娘にチャンス到来ですって??
父がとんでもない話を持って帰ってきます。
御者のジャンが馬車のドアを開けるのを待たずに・・・玄関の扉を執事のハンスが開けきるのを待たずに・・・そして、肩に掛けていたショールを侍女のマージに預けることなくフィオーレは一目散に居間に飛び込んできた。
フィオーレがそんな帰宅をした時は決まって「失敗」なのだ。と言っても、優雅に、ゆっくりと、笑顔で帰ってきたことは一度たりともない。
つまり、100パーセント「失敗」。
末妹のリモーネが心配そうに姉の顔を覗き込む。銀の髪をツインテールにした7歳の我が家の宝。母の命と引き換えに生まれてきたフィオーレの宝石。
姉の倒れ込むようにソファに突進するという光景は見慣れているものの、一度くらい「フィオ姉さますごいです」と言ってみたいのだ。
「ええ。侯爵令息がダンスホールの真ん中で男爵令嬢に『結婚しましょう』と言ってしまったの」
大きな溜め息とともにそう言うと、リモーネが目を見開いて「まあ、何てロマンティックなんでしょう!」と叫んだ。
「わたくしも素敵な王子様から愛を囁かれたいわ」
リモーネは、レースのフリルがぐるりとスカートの裾を一周しているドレスを摘まんでバレリーナのようにくるくる回った。
「そうね。リモーネもしっかり淑女教育を受けて、爵位が高くて素敵な殿方に見初めていただかなきゃね。・・・でも困ったわ。今回も前金しか稼げなかったのですもの・・・」
白い手袋を嵌めたまま、おでこに手を当てて天井を見上げた。
そこに夕食のシチューが入った鍋を乗せたワゴンを押して次女のぺスカが現れた。居間の隣の大きなテーブルで夕食を全員で食べるのが「アリエーテ家流」である。
「大丈夫よ、お姉様。マージと一緒に刺した刺繍のブックカバーが全部売れたから」
ぺスカは死んだ母と同じで手先が非常に器用だ。今夜のフィオーレのドレスの胸元に施された刺繍もぺスカが刺してくれたものである。フィオーレも決して不器用なわけではないが、ぺスカや侍女マージと比べるといかに自分が平凡であるかを思い知らされるのだった。
「まあ、あれを全部?納品分以外にも余分をたくさん作ったわよね?」
「ええ、わたくしも驚いたのよ。炎の騎士団の方が、『あるだけ全部貰おう』と言ってくださったのよ。それで言葉通り全部、ぜーんぶ買ってくださったの」
「騎士団の方が?確か、下半分に色とりどりのバラの花があって、上半分にたくさん蝶が舞っているデザインのブックカバーだったわよね?」
フィオーレが想像してみた。筋肉隆々の男たちがあんなに可愛いブックカバーを使っている様を。
「そんなにたくさん買う目的とか、使い道?とか仰ってた?」
「いいえ。きっと恋人とか奥様にプレゼントするんだわ。騎士団の奥様方が使ってくださったら良い宣伝になって、また注文いただけるんじゃないかしら?」
貴族の間では革製の高価なブックカバーが主流だが、ぺスカとマージの美しい刺繍が入った布製のものも少しずつ浸透しつつある。この調子で注文が増えるといいわね、と3姉妹で話していた矢先のことだった。あまりにタイミングが良過ぎて驚きしかない。
そんな話をしているところに、血相を変えた父、ルチェルトラ・アリエーテ子爵が帰ってきて、フィオーレ同様居間に駆け込んできた。
今日は、月に一度の子爵会——と言う名の情報交換会——のために王城に行っていたはずだ。いつもなら子爵たちと夕食を食べて、ほろ酔いで帰って来るのに、どうしたのだろう?
「フィ、フィオーレ。大変なことになった。ビランチェ公爵のご令息、アクイラ様の婚約者候補の名簿に我が家のリモーネの名前が書かれているんだ」
一瞬時が止まった。
そして5秒後に、フィオーレとぺスカが顔を見合わせて「まさかぁ~」と言って、ひらひら手を振る。
父は、ハアハア、ゼエゼエ言いながら額の汗を拭き、「私も自分の目を疑ったんだよ。ところが何度見ても・・・試しに、目を擦って見直しても『リモーネ・アリエーテ子爵令嬢』とあるんだ」と両手を広げて力説する。
「アクイラ様は今年おいくつになられたの?」
「8歳の誕生日を先月お迎えになられたと聞いたよ」
それを聞いたフィオーレが、「なあんだ」と言って鼻から息を漏らした。
「じゃあ、リモーネが婚約者候補のリストに名前が載っていたのは間違いだわ。だって、アクイラ様のお誕生日会に呼ばれなかったじゃない」
フィオーレの言い方が悪かったようで、末娘の表情が見る見る曇った。
「フィオ姉さま。わたくしが婚約者候補になったのは『間違い』なの?」
しまった!!リモーネは3姉妹の中で最も「夢見る少女」なのだ。半べそをかいている妹の目線にまで膝をたたんでフィオーレは慌てて取り繕う。
「そんなことはないわ。公爵家のお誕生会には『たまたま』伯爵家以上の爵位の方が招待されたのよ。うちは子爵家でしょ?きっと子爵家が招待されていたら、絶対にリモーネも参加できたはずよ」
「じゃあ、じゃあわたくしが婚約者になれる可能性はあるのね?」
訴えるような目をしてフィオーレにしがみついてきた。
父、ルチェルトラの独り言
「いくら何でも、公爵家のご嫡男と子爵家の三女ではつり合いが取れないよ。誰がリストを作ったのか知らないが、可愛いリモーネを傷つけるようなことをしてほしくないなあ」




