第9話 攻めの一手と決意
レイモンドから王国と自分の家族関係について聞かされたレティシア。
兄を見つけるという自身の目的のため、レイモンド相手に攻めの一手を投じる。
「そのまま、たくさんの事を学ばれて、姫様の優秀さをお示し下さいませ。誰もが姫様の事を認めるようになります」
優しい笑顔のまま答えるレイモンドを見て、レティシアは攻めの一手を出せると確信した。
―レイモンドを3歳児の愛嬌で落とすのは難しそう。賢いレティシアでいった方が勝ち筋が見える…
「レイモンド、王国のみんなはお金や食事に困ってるんだよね」
真面目な表情に変わったレティシアに対して、表情一つ変えることなくレイモンドは優しくうなずいた。
「レティがお仕事を作ってあげる事ってできるのかな」
レイモンドの穏やかに笑う目が少しだけ開き、眉も少し上がった。
「それは、どのようにお考えですかな」
「ハンナもたくさんいた侍女たちも、働ける場所が無くて困ってた。それをレティが作れれば、みんなの困りごとが減るんじゃないかな」
レイモンドは笑顔のまま、レティシアの真剣なまなざしを見つめる。
「何をすれば、姫様が仕事を作ることができますかな」
―来た!チャンスよ私
狙い通りの話の流れにもっていくことができたレティシアは、心の中の不敵な笑みを隠しながら続ける。
「まずはみんなの事を知らないと、どういうお仕事がいいのか分からないと思うの!レティがお城の外に出て、みんなのところに行くことってできる?」
レティシアはここが交渉の正念場であると直感し、絶対に引かないという強い気持ちでレイモンドを見つめる。
「素晴らしいお考えですな、姫様」
レイモンドは優しい笑顔のまま、レティシアに音を鳴らさずそっと拍手を送った。
「このレイモンドから、ライオネル殿下に進言させていただいてもかまいませんかな?」
―よーし!まず第1関門突破よ!やったわね私
「お願い!レイモンド!」
レティシアは自分の攻めの一手によって、大きく状況を好転できたことに達成感を味わっていた。
一方、マリアンヌはレティシアの部屋で一人、不安な気持ちを抑えられずにいた。
両手を胸の前で揉み合わせながら、部屋のあちらこちらを行ったり来たりしている。
パタパタと走る小さな足音が近づいてきたかと思うと、扉を勢いよく開けてレティシアが部屋に戻ってきた。
マリアンヌは今にも泣きだしそうな顔で扉の方を向いたが、嬉しそうな顔をしているレティシアを見て驚いた。
―そうだった、重たい話したんだっけ…
マリアンヌの表情を見たレティシアは、二人の間の温度差に戸惑いつつも、嬉しい報告を隠すことができなかった。
「マリアンヌ聞いて!レティお外に行けるかも!」
マリアンヌの不安そうな顔を晴れさせるように、レティシアは一目散に彼女に駆け寄り、元気に胸に飛びついた。
「姫様、、?お話は、?どうでしたか?」
3歳児には堪える話を聞いてきたはずの姫が、とても嬉しそうに帰ってきて自分に駆け寄った状況を飲み込めず、マリアンヌはおろおろした。
いつもなら、そっとレティシアを抱きしめる両手が、そのまま宙を泳いでいる。
「レティの家族のお話は少し悲しかったけど、大丈夫!レティには大好きなマリアンヌがそばにいるもんっ!」
レティシアは屈託のない笑顔でマリアンヌを見上げた。
そんな彼女の笑顔に、マリアンヌの青い瞳が潤む。
「あぁ、姫様。マリアンヌは一生姫様のおそばにおりますね」
マリアンヌの潤んだ瞳から一滴の涙がこぼれ落ち、泣いていることを隠すように彼女はレティシアをそっと抱きしめた。
彼女の涙がこれまでの涙とは違うことを、レティシアは抱きしめられている体全身で感じていた。
―私はもう兄に助けられてばかりの"ミーナ"じゃない、マリアンヌたちを守れる強い"姫"になるんだ
その日、ミーナは兄に守られて生きる移動商人の少女から、自分を慕う者たちの上に立って守る一国の姫になった。
同時刻、荘厳な銀色と白で整えられた景観が特徴的な"パゴス宮"の廊下。
レイモンドはいくつかの書類を抱えて、エマと一緒にパゴス宮の執務室へ向かっていた。
「レイモンドはどう思ったの~?」
特に荷物は持っておらず軽くスキップをして歩いていたエマが、微笑みながらレイモンドの顔を覗き込む。
「エマ殿、誰が聞いているか分かりませんよ」
レイモンドはエマの方へ顔を向けることなく、前を向いたまま静かに答えた。
「大丈夫~、そこで隠れてる可愛い騎士さんしかいないみたい」
エマは妖艶な微笑みのまま、視線だけを廊下の端に向けた。
「怖い人だ~、寿命が縮まりますよ~」
ふにゃっと泣きそうな顔をしながら、影から姿を現したのはライオネルの専属騎士、ギルバートだった。
「ふふふ、ごめんなさいね~、私以外だったらばれないと思うわ~」
エマは微笑みながらギルバートをからかうように頭を傾げた。
「もうやだ~また僕だけが殿下に叱られるんだぁ」
ギルバートは口をあんぐり開けて落ち込んでいる。
3人は執務室の扉の前まで無言で歩いた。
到着すると、レイモンドが執務室の扉を静かに叩く。
「入れ」
中からはあの冷酷な声が聞こえた。




